宮里松正の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)
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○宮里委員 それでは、さきに行われました粕谷沖縄開発庁長官の所信表明に対する質問を行いたいと思います。ちょっと風邪を引いておりまして、聞き取りにくい点があろうかと思いますけれども、御容赦を願いたいと思います。
まず最初に、昨年秋に行われました海邦国体の成果についてお尋ねをしておきたいと思います。
昨年は、沖縄県にとって復帰十五年目の記念すべき年でありましたが、その上、十月二十五日から同三十日までの六日間にわたっては、全国一巡の最後を飾る第四十二回国民体育大会秋季大会の海邦国体が「きらめく太陽 ひろがる友情」をテーマにして開催され、地元はこの海邦国体の期間中二重の喜びに沸き立ちましたことは御承知のとおりであります。
この海邦国体において実施されました競技は三十一種目、これに参加した選手が全国から約二万人、使用された競技会場は沖縄市の主会場を初め県下三十四市町村に設けられた七十二カ所の競技場でありました。沖縄県は、昭和五十四年の三月に国体の誘致を決定いたしまして以来、九年余の年月をかけて競技会場の建設その他の準備をしてまいりました。それだけの時間的な余裕があったということ、政府の御支援によりまして、あるいは県民の御協力によりまして十分な準備態勢が整えられてきたというようなことなどもありまして、昨年の海邦国体は、会場の設営の面でも、あるいは選手、役員の受け入れ態勢の面でも十分に気が配られておりました。
また、開会式から閉会式に至るまでの各種公式行事の運営の面でも、大会基準にのっとってわりかた整然と実施されたというふうに思います。おまけに、地元沖縄県の選手団が地元の利を生かして多くの種目で健闘し、男女ともに総合優勝を果たし、天皇、皇后の両杯を獲得したのでありますから、地元にとっては全く言うことがありません。
沖縄県は、復帰後、政府の関係省庁や関係団体等の御協力のもとに、昭和四十七年には植樹祭を行い、昭和四十八年には復帰記念特別国体の若夏国体を実施し、また昭和五十年には復帰記念国際海洋博覧会を開催いたしました。昨年の海邦国体は、そのような経験と実績の上に立って開催されたものであります。そして昨年の海邦国体の終了によりまして、復帰後に予定されておりました大きな行事は一通り終了いたしました。この復帰後に予定されておりました最後の海邦国体を無事こなし、これを予想以上に成功させることができたことによりまして、地元沖縄県の人々は、やればできるという自信を深めたことと思います。
そこで、私はこの際、沖縄開発庁が沖縄県と一緒になりまして二十一世紀へ向けた、例えば国際的なリゾート計画などを用意いたしまして、新しい県づくりの施策を積極的に展開し、海邦国体で示された沖縄県民の情熱とエネルギーをそれらに活用していくべきではないかと考えているわけであります。海邦国体の成果につきまして、粕谷長官の御所見を承っておきたいと思います。