沖縄及び北方問題に関する特別委員会

1988-03-24 衆議院 全167発言

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会議録情報#0
昭和六十三年三月二十四日(木曜日)
    午前九時五十分開議
 出席委員
   委員長 稲葉 誠一君
   理事 高橋 辰夫君 理事 中村正三郎君
   理事 宮里 松正君 理事 上原 康助君
   理事 玉城 栄一君 理事 和田 一仁君
      北村 直人君    佐藤 静雄君
      鈴木 宗男君    武部  勤君
      近岡理一郎君    野中 広務君
      鳩山由紀夫君    渡辺 省一君
      前島 秀行君    小谷 輝二君
      藤原 房雄君    林  保夫君
      中路 雅弘君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 宇野 宗佑君
        国 務 大 臣
        (沖縄開発庁長
        官)      粕谷  茂君
 出席政府委員
        防衛施設庁総務
        部長      弘法堂 忠君
        防衛施設庁労務
        部長      山崎 博司君
        沖縄開発政務次
        官       岡野  裕君
        沖縄開発庁総務
        局長      勝又 博明君
        沖縄開発庁総務
        局会計課長  五郎丸日出昇君
        沖縄開発庁振興
        局長      塚越 則男君
        外務省北米局長 有馬 龍夫君
        外務省欧亜局長 長谷川和年君
 委員外の出席者
        防衛庁教育訓練
        局訓練課長   柳澤 協二君
        大蔵大臣官房参
        事官      林  正和君
        国税庁間税部酒
        税課長     久米 重治君
        農林水産省農蚕
        園芸局果樹花き
        課長      市之宮和彦君
        食糧庁管理部企
        画課長     日出 英輔君
        水産庁漁政部企
        画課長     上木 嘉郎君
        資源エネルギー
        庁公益事業部業
        務課長     清川 佑二君
        運輸大臣官房審
        議官      近藤 憲輔君
        運輸省国際運
        輸・観光局観光
        部旅行業課長  高野 富夫君
        運輸省港湾局計
        画課長     坂井 順行君
        運輸省航空局監
        理部航空事業課
        長       圓藤 壽穂君
        運輸省航空局飛
        行場部計画課長 堀井 修身君
        海上保安庁警備
        救難部警備第一
        課長      中島 健三君
        労働省職業能力
        開発局管理課長 清浦  寛君
        特別委員会第一
        調査室長    諸岡 昭二君
    ─────────────
委員の異動
三月二十四日
 辞任         補欠選任
  瀬長亀次郎君     中路 雅弘君
同日
 辞任         補欠選任
  中路 雅弘君     瀬長亀次郎君
    ─────────────
三月三日
 北方領土返還促進等に関する請願(高橋辰夫君外一名紹介)(第六九四号)
は本委員会に付託された。
    ─────────────
本日の会議に付した案件
 沖縄及び北方問題に関する件
     ────◇─────
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稲葉誠一#1
○稲葉委員長 これより会議を開きます。
 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。
 まず、沖縄及び北方問題に関する政府の施策について、外務大臣から説明を求めます。宇野外務大臣。
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宇野宗佑#2
○宇野国務大臣 沖縄及び北方問題に関する特別委員会の開催に当たり、一言ごあいさつを申し上げます。
 まず北方領土問題について申し述べます。
 昭和三十一年の日ソ共同宣言による国交回復以来既に三十年余が過ぎた今日、我々の祖先が辛苦の上に開拓し、歴史的にも法的にも我が国の領土として全く疑いを挟む余地のない北方四島が、依然としてソ連の不法占拠のもとに置かれていることは、まことに遺憾であります。
 政府といたしましては、歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島の一括返還を実現し、平和条約を締結することにより真の相互理解に基づく安定的関係を確立するとの確固たる基本方針にのっとり、ソ連との間に粘り強く交渉を重ねてまいりました。しかしながら、ソ連側はこの問題の解決をかたくなに拒み続け、いまだに平和条約が締結されておりません。
 本年後半にはシェワルナゼ外相の来日を得て日ソ外相間定期協議を開催したいと考えておりますが、右協議に際しましても、またそれ以外の機会にも北方領土問題は日ソ関係の発展の上で避けて通れない問題であることを主張し、ソ連にその解決を強く求めていく所存であります。
 私は、ゴルバチョフ政権が標榜しているペレストロイカ、新しい思考がソ連の対日政策、なかんずく北方領土問題に対するソ連の立場の変更につながり、ソ連が我が国の正当な主張に誠実に対応し、言葉ではなく行動でそれを示すことを強く求めるものであります。この問題の解決は、単に日ソ二国間のみならず、広くアジア・太平洋地域の情勢の健全化にも大きく貢献すると信ずるものであります。
 北方領土返還を求める国民世論が日ごとに高まりを見せていることは外交交渉に当たる者として誠に心強い限りであります。政府といたしましては、一昨年十月の決議を初めとする累次にわたる北方領土問題解決促進のための本委員会の決議の趣旨を踏まえて、全力を傾注してソ連との交渉を続けていく所存であります。
 次に、沖縄に関する事項について申し述べます。
 日米安保条約に基づき我が国に駐留する米軍の存在は、我が国の平和と安全、ひいては極東の平和と安全に寄与するものであります。日米安保条約の目的達成のためには、米軍施設、区域の円滑かつ安定的使用を確保することが極めて重要であると考えております。
 同時に、政府といたしましては、沖縄において米軍施設、区域の密度が高くその整理統合について強い要望があることを十分承知しており、これまでも米軍施設、区域の整理統合計画の実施について努力してまいったところであります。また、米軍の活動に伴う住民生活への影響についても、これを最小限にとどめるよう努力を払ってまいりました。
 政府といたしましては、安保条約の目的達成と地域住民の要望との調和を図りつつ、沖縄における諸課題の解決のため、今後ともさらに努力を払っていく所存であります。
 最後に、本委員会の委員の皆々様よりの引き続きましての御協力、御助言を賜りますよう切にお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。
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稲葉誠一#3
○稲葉委員長 以上で説明の聴取は終わりました。
    ─────────────
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稲葉誠一#4
○稲葉委員長 次に、沖縄開発庁長官に対し質疑の申し出がありますので、順次これを許します。宮里松正君。
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宮里松正#5
○宮里委員 それでは、さきに行われました粕谷沖縄開発庁長官の所信表明に対する質問を行いたいと思います。ちょっと風邪を引いておりまして、聞き取りにくい点があろうかと思いますけれども、御容赦を願いたいと思います。
 まず最初に、昨年秋に行われました海邦国体の成果についてお尋ねをしておきたいと思います。
 昨年は、沖縄県にとって復帰十五年目の記念すべき年でありましたが、その上、十月二十五日から同三十日までの六日間にわたっては、全国一巡の最後を飾る第四十二回国民体育大会秋季大会の海邦国体が「きらめく太陽 ひろがる友情」をテーマにして開催され、地元はこの海邦国体の期間中二重の喜びに沸き立ちましたことは御承知のとおりであります。
 この海邦国体において実施されました競技は三十一種目、これに参加した選手が全国から約二万人、使用された競技会場は沖縄市の主会場を初め県下三十四市町村に設けられた七十二カ所の競技場でありました。沖縄県は、昭和五十四年の三月に国体の誘致を決定いたしまして以来、九年余の年月をかけて競技会場の建設その他の準備をしてまいりました。それだけの時間的な余裕があったということ、政府の御支援によりまして、あるいは県民の御協力によりまして十分な準備態勢が整えられてきたというようなことなどもありまして、昨年の海邦国体は、会場の設営の面でも、あるいは選手、役員の受け入れ態勢の面でも十分に気が配られておりました。
 また、開会式から閉会式に至るまでの各種公式行事の運営の面でも、大会基準にのっとってわりかた整然と実施されたというふうに思います。おまけに、地元沖縄県の選手団が地元の利を生かして多くの種目で健闘し、男女ともに総合優勝を果たし、天皇、皇后の両杯を獲得したのでありますから、地元にとっては全く言うことがありません。
 沖縄県は、復帰後、政府の関係省庁や関係団体等の御協力のもとに、昭和四十七年には植樹祭を行い、昭和四十八年には復帰記念特別国体の若夏国体を実施し、また昭和五十年には復帰記念国際海洋博覧会を開催いたしました。昨年の海邦国体は、そのような経験と実績の上に立って開催されたものであります。そして昨年の海邦国体の終了によりまして、復帰後に予定されておりました大きな行事は一通り終了いたしました。この復帰後に予定されておりました最後の海邦国体を無事こなし、これを予想以上に成功させることができたことによりまして、地元沖縄県の人々は、やればできるという自信を深めたことと思います。
 そこで、私はこの際、沖縄開発庁が沖縄県と一緒になりまして二十一世紀へ向けた、例えば国際的なリゾート計画などを用意いたしまして、新しい県づくりの施策を積極的に展開し、海邦国体で示された沖縄県民の情熱とエネルギーをそれらに活用していくべきではないかと考えているわけであります。海邦国体の成果につきまして、粕谷長官の御所見を承っておきたいと思います。
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粕谷茂#6
○粕谷国務大臣 先生の御質問にお答えをさせていただきます。
 先生がおっしゃいましたように、昨年開催されました海邦国体は全く大成功裏に終了したというふうに、私どももはたからテレビなどを通じて見ておりまして痛感をいたしました。今日また、沖縄の担当大臣としてお役目を務めさせていただいておりまして、現地にも赴いてその実感を新たにしたわけでございます。これは今、宮里先生のお言葉にもありましたように県民の努力、これは言うまでもありませんけれども、同時にまた、社会資本の整備、その実績が両々相まって結実をした、それが大成功をおさめたゆえんではなかろうか、こんなふうにも思っております。
 今後、このような海邦国体の技術面、運営面の大成功をばねとして、沖縄県民の皆さんが自信を持って豊かな沖縄県づくりに励まれることを確信いたしている次第でございます。私どもといたしましても、沖縄の振興開発のために今まで以上に各般の施策を推進して、今後も全力を尽くしていきたいと思っております。
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宮里松正#7
○宮里委員 海邦国体の成果の一つに、選手、役員を受け入れた民泊、民宿との海邦国体後の交流の面が語られております。私も何度かそういう方々のお話を承って、幾つかの事例を承知しておりますが、例えば宜野湾あたりで民泊をされた選手諸君は、今なお民泊の方々と文書などによる交流をしておりまして、何かしら国体を通して沖縄と全国の方々との心の交流が非常に盛んになってきた、こういうことが言われているところであります。
 これなども、この国体をしてよかったな、しかも復帰して十五年という節目に、長官が先ほど言われましたように、その間に社会経済も大変発展をしてまいりまして、地元の人々も心にある程度の余裕ができて、それがまた本土からお越しいただいた選手、役員の方々との温かい交流というふうになったと思うわけであります。これからもその実績を踏まえて、今沖縄県では県当局並びに関係団体等、何としてでもこの成果を次の県づくりにつなげていこう、こういう運動が起こっているところであります。その辺のことも踏まえられて、ひとつこれからの施策の展開にも役立てていただきたいと思います。
 次に、前回の委員会でも御質問を申し上げたのでありますが、海邦国体後の振興計画の推進についてお尋ねをいたしたいと思います。
 前回は主として、国体が終わると公共事業を初めとして国庫支出金が削減をされ、地元の経済が冷え込むのではないかという不安が県民の間にありました。したがって国体後も振興計画の推進については特段の御配慮をお願いしたい、こういう趣旨でお尋ねをしたわけであります。幸い六十三年度の予算は、県民のそのような不安などにも配慮をいただきましてかなり積極的なものを組んでいただきましたので、そのような懸念はある程度解消したかというふうに思います。その点、心から感謝を申し上げるところであります。
 ところで、沖縄開発庁は昭和四十七年以来、本土とのもろもろの格差を是正し、かつ経済社会の自立的発展の基礎条件を整備するという目標を掲げて沖縄県の振興開発計画を推進してこられました。この振興開発計画を推進するために、昭和四十七年度から昭和六十二年度までの十五年間に沖縄開発振興事業費として投入された国庫支出金は、産業投資特別会計への社会資本整備勘定分を含めて総額で二兆四千六百六十四億四千五百万円であります。
 その内訳は、公共事業関係では治山治水事業費が千三百億六千九百万円、道路整備事業費が八千六百八十四億三千万円、港湾漁港空港整備費が三千九百三十六億五千三百万円、住宅建設事業費が千七十七億五千八百万円、下水道環境衛生施設等の整備費が四千三十四億二千八百万円、農業基盤整備事業費が二千四百八十七億五千三百万円、林道工業用水施設等の整備費が四百六十二億一千九百万円、そして公共事業関係の推進調査費がそのほかに十二億三千百万円計上されまして、公共事業関係の合計が二兆一千九百九十五億四千百万円となっております。
 また、非公共事業関係では教育振興事業費が二千七十億一千九百万円、保健衛生事業費が百五十五億三千九百万円、農業振興事業費が四百四十三億四千六百万円、合わせて二千六百六十九億四百万円となっております。
 この事業項目別に支出された振興開発事業費の金額を見ますと、国がこの十五年の間に公共事業関係では道路、港湾、漁港、空港、下水道及び農業基盤の各整備事業に力点を置き、また非公共部門では教育の振興に特に力を入れてこられたことがだれの目にも一目瞭然であります。そして実際にも、道路、港湾、漁港、空港、下水道及び学校教育施設などは、この十五年の間に毎年目に見えて整備をされてまいりました。復帰前にはあらゆる面で軍事優先政策が貫かれておりました。道路も港湾も空港も上下水道も、米軍のための軍用道路、軍用港湾、軍用空港、軍用上下水道しかまともなものはなかったことを思いますと、実に目覚ましい発展ぶりであります。
 この十五年の間にはこれら社会資本が急速に整備されたばかりでなく、本土各地との間の航空路や自動電話網なども整備され、県民の生活が一段と便利になってまいりました。そして、最近は人口も百二十万台にふえてまいりましたし、県外からの観光入域者も二百三十万人台を維持するようになってまいりました。
 このように沖縄県は、昨年の海邦国体にも見られますように、二十一世紀の新しい時代の到来を間近に控え、ようやく将来にかすかな夢と希望が芽生えてきたような感じがいたします。そして、このかすかな夢と希望をただ夢と希望として終わらせるのではなく、これを現実の経済社会の繁栄に結実させていくためには引き続き道路、港湾、空港及び下水道などの社会資本の整備をさらに進めてまいりまして、その上で沖縄県の地域特性にマッチした、例えば国際的な海浜性リゾートでありますとかあるいは学術、文化の交流の面での施策でありますとかそういったものを積極的にこれからも推進していかなければならぬと考えているところであります。
 前回は国体後の不安に対する御配慮をお願いしたのでありますが、今回はそのような観点からさらに積極的な施策を展開していくべきではないだろうか、こう考えておりまして、その点に関します長官の御所見を賜れば幸いであります。
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粕谷茂#8
○粕谷国務大臣 今先生の御指摘になりましたように、私も就任早々沖縄を視察に行きましたときに、西表に渡りまして民宿に泊まりました。商売というか商いというか、そういうようなのりを越えた民泊には人間的な情愛、家庭の温かみ、そういう点で非常に親身な交流が行える、こういうふうにしみじみ感じまして、前段にありましたような、これからの沖縄にいろいろな海邦国体の経験を生かして民泊なども考えたらどうだというような御指摘については大変な共感を覚えております。
 それから、今海邦国体後の沖縄振興開発事業計画、それについての数字を挙げての大変克明な御指摘、御質問がありまして、一々ごもっともだなと思って拝聴しておりました。
 御承知のとおり、復帰以来十五年を経過したわけでございますが、その間に先生おっしゃいましたように約二兆五千億弱の国費が投入されてきたわけでございます。その間、社会資本整備の面では学校施設あるいは道路、港湾、空港等の交通通信施設、それからとみに最近は水の確保という点で上水道あるいはまた終末処理の下水道などの生活環境施設の整備、こういうものが大きく前進をしてきておるわけでございます。
 そんなことで、次第に本土と沖縄との格差は縮小はしてきている、こんなふうに思いますが、しかしながら生活産業基盤の面ではなお整備を要するものが数多くありますので、一層産業の振興、それから特に雇用問題、これをやはり重視しなければならぬだろう、こんなふうに思っております。それからまた水の確保は沖縄の農業、産業に欠かすことのできないことでございますので、こういったことを解決しなければならない、こういう課題を抱えながらこれから励んでいきたい、こんなふうに思っております。
 こうした中で、今後の沖縄の振興開発につきまして、本土との格差の是正を行うと同時に、自立的発展の基礎条件を整備してこれを四全総の開発計画の基本的方向につなげていく。そして、沖縄の地域の特性であります亜熱帯性、海洋性を生かして来るべき二十一世紀の社会にふさわしい国際交流拠点沖縄一そして国際的評価にたえられるリゾート基地の形成及び亜熱帯農業の振興等、特色のある産業の振興を図っていくということの必要性を痛感いたしております。これらに向かって沖縄開発庁といたしましては、以上のような考え方に立って今後とも沖縄の振興開発に積極的に取り組んでいきたい、こう思っております。
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宮里松正#9
○宮里委員 海邦国体後の振興計画の進め方につきまして、今粕谷長官から大変力強い御所見を承ってまことにありがたいというふうに思っているところであります。
 特に、さきの国会で制定をされました全国保養地域整備法、これに基づきます国民保養の場としてのリゾート計画、今沖縄県はその準備をしている最中でありまして、寄り寄りこれから開発庁とも御相談をされながらその具体化をしていくのだというふうに思います。きょうは、その点につきましても先ほどの御決意の趣旨にのっとりまして、これからひとつ積極的に推進をしていただきたいということを申し上げておきたいと思います。
 次に、昨年の四月十六日付の要請書に基づきまして沖縄県に国立の組踊の劇場をつくっていただきたいという要請があったはずであります。
 沖縄県には独特の歴史の中から生まれてまいりました伝統芸能がございまして、古典舞踊、古典音楽とともに伝統芸能の組踊というのがございます。この組踊というのは舞踊と音楽とせりふを組み合わせて物語の筋を運んでいくという非常に特色のある戯曲であります。昭和四十七年五月十五日復帰のその日に国指定の重要無形文化財に指定をいただきまして、今関係者はその伝承並びに発展のために努めているところであります。
 これはかなり長い歴史と伝統を持ったものでございまして、代々舞踊家の中の長老格といいますか非常に精練された方々がこれを引き継いでまいりまして、これを次の世代に伝承していく、こういう手法と伝統がつくられてまいりました。戦後、長老の方々が何名か他界をされまして、最近はこの世界でも世代交代が著しくなってまいっております。
 そこで、沖縄には多目的の劇場、集会場などはあるわけでございますが、この種の伝統的な古典でありますとか重要無形文化財というような形の芸能を伝承し発表するという専用の劇場がございません。ちなみに、国が重要無形文化財に指定したものは、雅楽、人形浄瑠璃、文楽、能楽、歌舞伎、そして今の組踊と義太夫節、さらには常磐津節の七つだそうであります。その五番目にこの組踊は指定を受けているわけであります。
 そこで、海邦国体も無事に終わり、これからはかなり落ちついた形で地元でも振興計画を進めていける、こういう形になってまいりましたので、この辺でひとつ長年の念願であります国立の組踊劇場をおつくり願いたい、こういう要望があるわけでございます。もとよりこれには相当の準備と想を練っていく期間も必要になろうかと思います。そしてまた、今東京で第二国立劇場が建設をされている最中でありまして、この種の文化事業に振り当てられる国費もある程度限度があるところでありますから、そう簡単に実現できる、そしてまた直ちにそれが実現できるというふうにも必ずしも思えないのでありますけれども、この辺でひとつしっかりとした考え方を示していただいて、あるいは県ともひとつじっくり御相談をいただいて、何らかの形でこれが実現できるようにお願いをしたいと思うのでありますが、長官の御所見をひとつ承っておきたいと思います。
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粕谷茂#10
○粕谷国務大臣 御指摘のように、沖縄の貴重な伝統芸能を継承して発展をさせるということは重要な課題であります。中でも重要無形文化財にされております組踊につきましては、この伝承者のお年がだんだんと高齢化されてきているということも加えて、このような中で沖縄県において国立組踊劇場の設置要望があることは理解をできるところであります。
 この件につきましては、文部大臣から過日お話を承りました。現在、今お話しになりましたように国立第二劇場の建設を控えておりますなど、種々の困難な問題を抱えているようでございます。しかしそれはそれとして、当庁としては今後文部省と引き続いて御相談をさせていただいたり、関係者との御相談をさせていただいたりして、ぜひ積極的に取り組まさせていただきたい、こういうような気持ちでおります。
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宮里松正#11
○宮里委員 粕谷長官の組踊劇場の設置に対します前向きの姿勢を承って、大変ありがたく思います。ぜひひとつこれから、そう急いでもできないのでありましょうけれども、一つの方向を出しておいていただきたいと思います。
 次に、岡野政務次官にひとつお伺いをしておきたいと思います。
 岡野政務次官は、大変政務に熱心な方でありまして、毎回こうしてお座りでありますけれども、なかなかその御高見を承る機会がありません。政務次官は沖縄と非常にゆかりの深い方でありまして、そしてまた非常に該博な方でありまして、これまでしばしば沖縄現地を訪問され、御視察をされたと聞いております。
 そこで、先ほどから粕谷長官と質疑をしたわけでありますが、昨年の海邦国体あるいはその後の振興計画の進め方あるいはまた今の沖縄の現状を踏まえて、沖縄は振興計画等によるてこ入れをしながら将来どう進んでいくべきかといったようなことなどを含めまして、ひとつ視察の御感想あるいは御所見なども承れれば幸いでございます。ひとつよろしくお願いをいたします。
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岡野裕#12
○岡野政府委員 政務次官の私に御質疑をいただきまして答弁のチャンスをつくっていただきました。宮里先生本当にありがとうございました。
 先生がおっしゃいますように、昨年の秋この仕事につかせていただきまして以来、三回ほど沖縄に参上することができました。と申しましても、私は役人生活が長かったものですから、在官当時から勘定いたしますれば何十回行っておりますか、そんなことでございますが、その沖縄にお邪魔をするたびに思いますのは、やはり沖縄の経済あるいは生活面におきますところの進歩が非常にはっきり出ているのではないかな。道路が非常に立派になりました。名護から沖縄まで結んだ高規格の幹線道路を今度は南風原まで延ばそうじゃないか、こんな予算も今できているわけで、また御審議をいただいているわけであります。
 港も立派になりましたし、空港も整備されました。上下水道しかりであります。教育施設、学校校舎等々もよくなったな。また立派なビルディングが非常に目につくようになりましたし、総じて思いますのは、沖縄県民の皆さんのお顔がうんと明るくなったなということを身をもって体感をしているところであります。
 先生もお話しになりましたし大臣からもお話がありました海邦国体、東京から千七百キロも離れているところであれだけ大きな成果をおさめたということは、県民百二十万の皆さんが本当にこれで自信を深められたのではないかな。
 私は、役人以来引き続いて通信だとか放送という仕事をしてまいりましたので、南北大東島で人工衛星のおかげでビデオではなくて生でちゃんとテレビが見れるようになった、よかったな、あるいは二月以降先島も、離島間の通信もちょうど那覇から名護に電話をかける料金と全く同じ三十円ということになりましたので、これもNTTもいいことをしてくれたものだな、こう思っているわけであります。
 さりとは申しましても、政務次官に発令をいただき、現地をお訪ねを申し、また事務局の立派な皆さんから現状の報告をつぶさに受けますと、やはりまだまだやらなければいかぬことが数多いな。県民所得をつかまえてみましても、全国平均から見ても、十五年前は六〇%でありましたものが七四・五%になった、まことに立派だな、先輩の皆さんのおかげだなと思うのではありますが、私の田舎の東北よりもまだ劣っている、最下位だということであります。特に大臣もお話しになりました雇用関係では、まことに残念でありますが、失業率は全国から比べますと約二倍の数値になっているということであります。
 ということでありますならば、やはりこれから産業基盤というものを十分整備をし、その上に立って雇用対策を中心に沖縄が経済的にも自立体制ができるような基礎づくりをすることが私どもに課せられた仕事ではないかな。農水産関係についても、立地条件を考えましても本当にこれから多くなすべきことがあろうと思います。組踊のお話がありましたけれども、沖縄は伝統に輝く立派な文化遺産というものも持っておりますので、これに新しい着物を着せなければいかぬのではないか。それから、在来の産業を栄えさせると同時に、やはり付加価値の大きい新しい産業も導入していったりなどなどと、現地に参り勉強しますればするほど、私ども任重いものがあるなということを痛感している今日であります。
 幸いにいたしまして、積年にわたって御指導いただいております大臣、粕谷先生のもとで働かせていただける。粉骨砕身、一生懸命頑張りまして、今後の沖縄の発展のために努力してまいろう。指針も、第二次振興計画あるいはまたその後期の展望と戦略というような提言もいただいてありますので、これからも先生の御指導を賜りたい、このように思っているところであります。よろしくお願いいたします。
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宮里松正#13
○宮里委員 大変ありがとうございました。長官並びに政務次官の御答弁をいただいて、私も非常に力強く思っているところであります。
 確かに、復帰十五年の間に長官並びに政務次官が御指摘されましたように、社会資本の整備の面で格段の進歩があります。復帰前に比べると、ややオーバーな言い方をいたしますと隔世の感すらするわけであります。
 例えば現地の人たちの生活実感からいたしましても、今新車を乗り回しているのは沖縄の青年たちでありまして、GIたちはおんぼろの車をやっこらやっこら転がしているという状態。これなどを見ても、復帰してこの十五年の間に沖縄がすばらしくよくなったな、十五年前に県民が総力を結集して復帰を実現してよかったな、こういうことを私はしばしば実感として持つわけであります。しかしながら、これは復帰前が余りにも惨めだった、そしてまたすべての面に軍事優先の政策が貫かれておって、アメリカのキャンプと自分たちの生活を比較しながら慨嘆をしておったところから今を見るからそのような感慨もわいてくるのであります。本土各地に比べますと、今なお格差というのは歴然としたものがあるわけであります。
 例えば、陸上交通一つをとってみましても、沖縄には鉄道がございませんので、すべては道路運送、バスあるいは自家用車に頼らざるを得ません。それも、先ほど御指摘いたしましたように、八千億余りの巨額を投じて復帰後道路を整備してまいりましたが、今なお都市間交通といいますか市街地の交通は渋滞も甚だしい状況でございまして、これからも道路の整備を続けていかなければならぬ、こういうことをつくづくと痛感するところであります。
 幸い、昨年の海邦国体に合わせて開通をいたしました自動車道の南端から空港までの高規格道路も計画をしていただきました。そしてまた、国道五十八号線の嘉手納地域の渋滞緩和のためのバイパスなどにつきましても位置づけをしていただきました。それからさらに、例えば読谷から西海岸を国道五十八号に並進をさせまして、安謝、泊の港をまたぎ、そして那覇港を越えて、空港を経て、糸満あたりまでの道路の整備も必要になってこようかというふうに思います。
 実はこの西海岸湾岸道路というのは、昭和五十年の海洋博の関連道路計画といたしまして、当時県と建設省の道路局との間でしばしば議論をしてきたところであります。今その一部が北の端で嘉手納のバイパスという形で実現をするわけでありますけれども、これも今後ひとつ引き続き御検討願っておきたいというふうに思います。
 それから自動車道の関連で申しますと、北の方は宜野座から名護の許田に行く道、これはもともとは名護岳の裏を通って本部半島を貫くといったような構想もありました。これから後も、これを真っすぐ、例えば大宜味の塩屋ないしは国頭の奥間あたりまで背骨を一本ぶっ通してまいりまして、その端で西と東に道路を振ってまいりまして、東の方の東村の地域、名護市の久志地域等々の開発効果が大いに期待できるところであります。
 新リゾート法に基づきますリゾート計画が沖縄本島では北部で進められているように思います。そうなってまいりますと、今でも例えば海洋博記念公園の年何回かの行事のときにも道路が渋滞をいたしまして、ふだん二時間で来るところを六時間もかかるような状況でありますから、このようなところもひとつ御検討を願っておきたいというふうに思います。
 それから、沖縄全体としては、離島でありますから、港湾整備をすることはもちろん緊急の課題であります。そして、これには相当の巨額の国費が投ぜられておりまして、かなりその整備がなされてまいりました。ただ一方、沖縄本島の東にあります南北両大東は港がございません。非常に地元の人たちに不便を与えております。前回もこの点は御指摘をしたところでありますが、絶海の中に島が二つ切り立った形で浮かんでいるというのが南北の両大東島であります。今農水省の水産庁漁港部の方で漁港整備の準備を進めているようでありますけれども、これは漁港だけではどうしても位置づけがしにくいというふうに思います。漁港に一般港湾そしてあそこは優良な漁場にもなっているわけでありますから、避難港を兼ねた形で計画を進めていただくと私はちゃんとしたものができるのだろうというふうに思います。
 これらのことにつきましては、具体的になってまいりましたので長官にお答えいただくのはちょっと大変だと思いますので、振興局長の方にひとつ御答弁を願いたいと思います。
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塚越則男#14
○塚越政府委員 ただいま道路関係の御質問、それから南大東の漁港についての御質問がございました。
 御指摘のように、沖縄の場合には鉄道がございませんので、道路の整備ということは県民の生活、産業の振興に大変大きな意味を持ってくるわけでございます。こういうことから、私どもこれまで道路の整備に努めてまいりましたが、その結果整備率等を見ます限りは大変よくなってきたと思いますけれども、なお道路網の密度でございますとか体系的な道路網の整備というところでまだまだやっていかなければならないことは多いのではないかというふうに考えております。先生の御指摘の点を踏まえまして、これからそういった点に力を入れて検討してまいりたいというふうに考えております。
 それから、南大東の漁港の関係でございますが、南大東の水産振興のために漁港の整備が必要であるということを考えておりまして、第四種漁港としての漁港指定を行いまして、第八次漁港整備計画、これは昭和六十三年から六十八年までのものでございますけれども、その中で前進根拠地及び避難港としての機能を持つ漁港として整備を進めることとしております。
 南大東島は海底から屹立した隆起孤礁ということでございまして、しかも台風の常襲地帯でございます。大変厳しい自然条件のもとにあるわけでございますので、開発庁としましては、六十一年から六十二年にかけまして、沖縄特定開発事業推進調査費によりまして、南大東島における漁港整備計画樹立のための調査を行っております。六十三年度は沖縄県が建設に関する技術的調査を行うという予定でございます。
 簡単に申しますと、以上のようなことでございます。
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宮里松正#15
○宮里委員 時間も残り少なくなってまいりましたので、多少急いでまいらなければなりませんが、道路関係につきまして振興局長にもう一言だけお尋ねをしておきたいと思います。
 前年度の予算の中には浜比嘉の架橋が予算化されまして実現することになりました。これは大変ありがとうございました。
 次に、屋我地大橋は復帰前に米軍予算などでつくられたものでありますけれども、当時としてはなかなか画期的なものでございましたが、今から見ますともう橋げたが非常に老朽化もしてまいりましたし、そして構造そのものがまた非常に小さい、貧弱なものでございました。現在の交通体系ではもう対応できなくなってまいりました。そこで、これをできるだけ急いでひとつかけかえをしてほしいという要請があることは御承知のとおりだというように思います。一方また、今帰仁とその屋我地を結ぶ運天港の根っこの方、ワルミと言われるところでございますが、これに対する架橋も要請をされているところであります。
 地元の皆さんのお話を伺っておりますと、まず最初に屋我地大橋のかけかえをやっていただいて、その上でひとつワルミの方もお願いをいたしたい、こういう御要請を承っているわけでありますが、これに関します局長の御所見をひとつ承っておきたいと思います。
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塚越則男#16
○塚越政府委員 屋我地大橋につきましては、御指摘のように老朽化が著しくて、また幅員狭小、しかも歩道が設置されていないということでございますので、早期に改築を行う必要があると考えております。事業着手に向けて努力をしてまいりたいと考えております。
 それからワルミ架橋でございますが、これにつきましては、地域振興のための関連施策経済効果、それから取りつけ道路を含めた路線の位置づけ等につきまして沖縄県で調査を行っているところでございます。この結果を踏まえて、また屋我地大橋との関連もございますが、そういうところをにらみながら事業化に向けて検討を進めてまいりたいと考えております。
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宮里松正#17
○宮里委員 次に、総務局長にお尋ねをしておきたいと思います。
 昨年、補正で自由貿易地域の予算が計上されました。そして直ちに着工をされ、今つち音も高く建物が建築されつつあるところであります。これはもとより復帰のときにつくりました沖縄独特の制度でありまして、そしてまたこれからの国際化に向けて沖縄地域の経済の活性化等々に大いに役立つだろうと期待をされているものであります。長い間かかってやっと実現にこぎつけたわけでありますが、この将来に若干問題がないわけでもありません。
 もともと自由貿易地域というのは、関税等が高いときには非常に機能しやすいわけでありますが、今の世界、国際貿易というのは次第次第に関税等が低減をされてくる傾向にあるわけであります。そしてまたその地域の労務賃金などが低いときにはこれまたかなり有効に使えるわけでありますが、それも先進国並みになってまいりますと、若干工夫していただかないとなかなかうまくいかぬというところもあるわけであります。したがって、一応制度として発足をすることになったわけでありまして、そして大体四十二、三社ぐらいの企業が今ノミネートされているということも聞いているわけであります。今後ともひとつこれを発展させていくためにいろいろと御指導、御助言等々いただきたいと思うのでありますが、これに対する御見解をお聞かせ願いたいというふうに思います。
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勝又博明#18
○勝又政府委員 沖縄に沖縄振興開発特別措置法に規定します自由貿易地域を設置することによりまして、当該地域に貿易に関連します県内外の企業立地が促進され、これによりまして県内における雇用機会が増大する、あるいは企業活動が活発化するなどによりまして、県経済の発展に大いに寄与するものであろうというふうに期待しておるわけでございます。私ども沖縄開発庁といたしましても、県の御当局あるいは県の経済界の御努力等によりましてその機能が十分発揮されるよう見守ってまいりたいと思っております。
 ただ、今先生御指摘の現行制度の機能の拡充ということにつきまして、県内においてもいろいろ御意見があることは承知しておるわけでございます。しかし、この自由貿易地域制度と申しますのは、先生も御指摘になりましたように、関税法に規定している保税制度と企業立地のための税制上の優遇措置というものを組み合わせた制度としてあるわけでございまして、そういうような制度のもとに現在自由貿易地域制度が間もなく発足しよう、こういう時期でございます。
 したがいまして、御指摘の件につきましては、まず現行制度によりまして自由貿易地域制度の設置を行い、その運営状況を見た上でなお検討すべき課題があればその時期に検討するということで、当分成功への努力を見守っていきたい、かように考えておるわけでございます。
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宮里松正#19
○宮里委員 次に、パインの自由化対策について農林省にお伺いをいたします。
 御承知のように、昨年農産物十二品目につきましてアメリカ側からガットへの提訴があり、ことし二月上旬に、そのうち沖縄のパインを含めまして十品目ほどクロの判定が出た。そこで政府としても、これ以上日米間の二国間協議を続けてもなかなからちが明かぬ、一部を除きましてパインなどは自由化へ踏み切る、こういう閣議決定がなされたところであります。
 ところが、沖縄パインは一九五〇年代以降当時の占領軍が沖縄本島中南部の農地を接収してそこに米軍基地を建設した、その代償措置として北部山間地を開いて始めたのがこの沖縄のパインの始まりであります。そしてまた軍用地に土地をとられ農業ができなくなった、その軍用地周辺の農民が八重山の裏石垣に移住をいたしましてそこでパインをつくり出したのが八重山のパインの始まりであります。
 したがいまして、農産物につきましても自由貿易体制というのが原則でありますから、東南アジア地域から自由化を要求されても、これは沖縄の県民大衆にとっても何ら驚くに足らないごく当たり前のことである、こういうふうに自然に受けとめられるわけでありますが、基地のために農地を取り上げてその代償措置としてみずからつくり出したはずのアメリカが、沖縄農民を相手にパインの自由化を求めてきた、ここに沖縄現地は大変な怒りを覚えているわけであります。したがいまして今なお自由化阻止の旗がおりておりませんで、なかなか条件闘争にまでこない、これが実情であります。
 しかし、そうはいいましても既に国と国との間で方針が決まって自由化に踏み切ったわけでありますから、これから後はこの自由化に伴うその国内対策あるいは国境対策等々をしていかなければならぬ、私はこう思います。
 そこで、農林省御当局に、今回のこの農産物のうち特にパインの自由化につきまして今後どのような対策を考えておられるのか、今またその内容がほぼ固まってきたかどうか、そのことについてまずお伺いをいたしたいと思います。
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市之宮和彦#20
○市之宮説明員 お答えを申し上げます。
 パイナップルの調製品等につきましてはガットに適合する措置に移行することになるわけでございますけれども、私どもといたしましては、沖縄農業の将来に禍根を残すことがないよう関係各方面から御意見を十分に伺う等手順を踏みながら、所要かつ適切な措置につきまして最大の努力を傾注してまいりたい、このように考えているところでございます。
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宮里松正#21
○宮里委員 まだ具体的な形では対策が固まっていない、こういうことだと思いますが、どうせ自由化に踏み切ったわけでありますから、その実施までの間には生産農家あるいは工場等が困らないように、実施時期等を決定するに当たりましてもひとつ十分な猶予期間を置かれ、そして生産農家に対する価格の安定対策あるいは国境対策、それから生産向上のための助成措置等々、さらにはまた工場側に対しましても産業が滅びていかないように、持続していけるように、しっかりとした対策をとっていただきたいと思います。
 時間がありませんので次の問題に移りたいと思います。
 新石垣空港の建設計画につきましては前回の委員会でも御質問申し上げたところでありますが、そのときには、最終的にはこの新石垣空港の建設は現石垣空港が既に手狭になり、ある意味では危険状態になっている、千五百メートルの滑走路を暫定許可という形でジェット機を就航させている、しかも一日十二ないし十三便、もはや飽和状態になってきている、そして既にその滑走路が狭いためにといいますかオーバーランの事故なども起こってきている、こういう事実を踏まえて、運輸省当局には新石垣空港の建設の必要性というものについて確認をしていただいたのでありますが、その点まだ変わりがないかどうか、もう少し御答弁を願いたい。
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堀井修身#22
○堀井説明員 お答えをいたします。
 先生御指摘のように、石垣島には県が設置管理をいたしております第三種空港の石垣空港というのがございますけれども、滑走路延長千五百メーターでございます。したがいまして、本来的に申し上げますとジェット機を就航させるには標準的な延長の長さではございません。そんなこともございますが、ただ航空需要が非常に大きいということもございまして、現在ジェット機の中でも一番小型のボーイング737というジェット機が就航してございますが、これを就航させるために例えば滑走路にグルービングをいたしますとか、あるいは空港施設についていろいろな配慮をする、あるいは運航に当たってはかなりの制約を加える、このようなことで安全を確保しながら運航しておるのが現状でございます。
 一方で、現在の需要でございますけれども、現石垣空港の六十一年度の実績を見てまいりますと七十万を超えておる、特に那覇路線については六十万を超えるというような数字でございまして、全国の第三種空港中乗降客数では第一位でございますし、またその利用率につきましても上位にランクをされるというようなことで、御指摘のように非常に混雑と申しましょうか望ましいというような状態にはないと思っております。
 そのようなことからできるだけ早く本格的なジェット空港、中型ないしはそれ以上のジェット機が就航できる空港がぜひとも必要だというふうに私ども考えてございまして、できるだけ早く建設を進めなければならないという従来の考えに変わりはございません。
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宮里松正#23
○宮里委員 最近環境保護に関する国際組織、略してIUCNと言っておりますけれども、総会で、この新石垣空港の候補地になっております白保地域での建設を見直したらどうかといったような決議などもあります。そしてそこの種の保存委員会の事務局長をしておりますスティーブン・エドワーズという人などもお招きいたしまして、日本環境会議が先般石垣市でシンポジウムを開催する予定にしておりました。
 ところがそこへ新石垣空港の建設がいつまでたっても実現しないことにいら立った賛成促進派の市民の方々が参りました。新聞の報道によりますと約千人ほど参りまして、自分たちもそのシンポジウムに参加をさせて意見を述べさせてくれ、こういう要請をしたようであります。そこでこのシンポジウムは、平穏に学際的なシンポジウムができないと、新聞報道によりますとそのような形で中止になったようであります。
 そこで、新石垣空港は、前回も指摘いたしましたように現在の石垣空港がもうどうにもならない、極端な言い方をすると暫定許可という形で今綱渡りをするような気持ちで石垣空港は運航している、こういう状況であります。そこで一日も早く白保に新石垣空港をつくってちゃんと基準に合った安全性の確保された空港を確保していきたい、そしてまた本格的な空港をつくることによって石垣地域の地域振興を図ってまいりたい、こういうのが石垣市民を初め八重山郡民の長年の念願である。
 そこで、運輸省にも新石垣空港建設の必要性について重ねて確認を願ったところでありますが、開発庁ひとつ、今予定をしております白保の建設予定地というものは県と石垣市が長い年月をかけ石垣地域をつぶさに調査をし、ここ以外にないんだ、最終的な案を出し、地元の漁民を含め九十数%、ほとんどの人の了解をとって行政上の手続を積み上げられて今日に至ったはずである。よそから来て、その場所にはアオサンゴがあるからそれを保護するために計画を考え直したらどうかというようなことは、私は地元に対しては非常に僣越だろうと思うのです。民主主義の世の中、地元の人たちが総意を結集してここでいこう、こういう結論を出しているわけです。本来ならば素直にそれを受け入れてその計画を進めるのが建前であろうと思います。
 そして、確かに滑走路の建設予定地の南側、一番近いところで七、八十メートル、中心地域から遠いところで百五十メートルのところにアオサンゴの群生がある。それはまた相当年月のたった、相当発達した、よそでちょっと見られないものです。しかし、そこはアオサンゴだけである。滑走路になる地域、ほかの地域に比べてそれ以外の別にすぐれた産業があるわけでもありません。そこで、開発庁はこれまで県と接触してこられて、果たして建設予定地が変更可能なものなのかどうか。またそこで、現在の白保地域以外に適地があると考えられるかどうか。その点についてこれまで接触した過程でのお話をお聞かせ願いたいと思うわけでございます。
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塚越則男#24
○塚越政府委員 空港の建設地点の選定につきましては、設置管理者である県が第一義的に判断されることでございますが、県としては非常にいろいろな問題を考慮した上で現在の予定地である白保海上を選定したというふうに私どもも理解しております。
 詳しく申し述べることは時間の関係でできませんけれども、まず現空港の拡張でございますが、これにつきましては市街地に大変近接しているということで、現在でも騒音問題がございますし、また空港の早期移転ということが地元住民が暫定ジェット化を容認する上での条件となっていたこともございます。また、七十ヘクタールほどの用地確保が必要でございますが、これが周辺の土地利用の現況から困難でございますし、また国指定の歴史的文化遺跡でありますフルスト原遺跡というものが破壊されるという問題もございます。こうしたことから、現在の空港を拡張するということはできないというふうに私どもも判断いたします。
 それから、現空港のある位置で多少方向を振るという考え方でございますが、これはフルスト原遺跡を回避できますし、また進入表面が市街地の真上になることを避けられるということはございますけれども、住宅団地などが新たに騒音影響の範囲に入ること、また、周辺の土地利用でもさらに多くの農地がつぶれるというような問題、八重山保健所などの公共用の建物の移転が必要であるという問題、こういったことからますます問題は大きくなるというふうに考えられます。
 また、そのほかのものとして白保海上、白保陸上、宮良川、富崎野といったような地点を候補地として選んで検討したようでございますけれども、いずれの点につきましても、新たに空港用地として必要な区域、面積約百十ヘクタールのものが必要でございますけれども、大部分は農地として土地改良事業が終了または計画されている区域でございます。空港を建設する場合には、陸地であります場合にはどうしても三十戸から五十戸の農家に影響があるわけでございますが、こうした農家の転業というようなことはなかなか難しゅうございますし、島内に代替地を確保することも難しいという問題がございます。
 そのほか白保陸上案では騒音問題あるいは墓地移転の問題がございますし、富崎野というところでは観音崎歴史公園計画との競合あるいは道路、海底送電線、水道ポンプ場のつけかえ、移設というような複雑な問題を抱えることになります。
 以上のように、陸上の四候補地については空域条件、土地利用条件、騒音等生活環境への影響、工事中の現空港の機能維持面への影響などの面からいろいろ検討を行った結果なかなか難しいということになりまして、総合的に見て白保海上案が他の候補地に比べて優位であるという結論を出したというふうに聞いております。
 以上でございます。
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宮里松正#25
○宮里委員 時間がなくなりましたので、最後に一言だけ。
 この新石垣空港の問題につきましては、昨年の八月運輸省、建設省、沖縄開発庁、そして環境庁、それに沖縄県当局が加わりまして五者の間で一定の協議をなし、県の当初の計画を変更して、先ほど指摘しましたアオサンゴから約五百メーターずらすことによって計画を進めていく、こういう協議もなされたはずであります。したがいまして、その線に沿ってこれから関係当局の御協力をいただいて鋭意推進をされて地元の期待にこたえられるよう、最後に御要望を申し上げて私の質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
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稲葉誠一#26
○稲葉委員長 上原康助君。
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上原康助#27
○上原委員 粕谷長官初め開発庁の皆さん、関係者の皆さん、大変御苦労さんです。きょうは質問が多岐にわたりますので、私の方もできるだけ要領よくお尋ねをいたしますが、大臣初め答弁者の方々の誠意ある御答弁を要望して、お尋ねに入りたいと思います。
 そこで、まず粕谷長官に改めて所信をお尋ねしたいわけですが、沖縄開発庁長官に御就任以来既に現地も御視察をなされ、またせんだってこれからの沖縄施策に対する所信でも、特に二次振計後期に入り今後より沖縄の振興開発に政府としても力を傾注をしていきたいということが明らかになったわけです。これまでも何代かの長官にその都度お尋ねしてきているわけですが、おおむね一次振計あるいは二次振計のその基本に沿ってもちろん政策や行政を進めていかれることは理解するわけですが、沖縄担当の大臣に責任者として就任なされて、特にこの点に力を入れてみたい、これこれの課題については自分の在任中に実現したい、あるいは方向づけたいという、いわゆる目玉的な施策があっていいんじゃないかという感を私は受けるわけですね。もちろんそういうことを逐次進めてこられた歴代の大臣も多いわけですが、粕谷長官は何を実行なさって、そしてまた何を二次振計後期から、恐らく三次振計ということは当然私は続くものと期待をし、またそうならざるを得ないと見ているわけですが、そういう重要課題について、ぜひもう少し具体的にお聞かせいただければありがたいと存じます。
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粕谷茂#28
○粕谷国務大臣 先生御承知のとおり、ざっくばらんのところ閣僚の任期というのは普通一年ぐらいです。その間に、沖縄が抱えておる大きな悩み事、問題がいろいろあろうと思うのですが、それを一気かせいにこの一年間で解消するなんということはとても望めるべきことではないと思っております。
 私も就任してまだ五カ月足らずでございますので、本来東京っ子でございますから全く沖縄に――担当大臣として就任しまして以来四回沖縄に渡っております。また一方で北海道も私担当しておりますので、そちらの地域にも行かなければならぬ。こういう中で、閣議のある日、また国会のある日を避けたりして行かさせていただいております。
 痛切に感じますことは、沖縄は離島の集まりで形成されている県でございますから、本島のように大きい島はまた本島自体の交通網の整備ということもあろうと思うのですが、沖縄県全体で考えた場合には水路、空路といったものをできるだけ開発しなければいかぬのじゃないだろうかというようなことを痛感をしております。なろうことなら、私の任期中に空路一つでも地元の御要望にこたえられるようなことができたらなというようなことを考えております。
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上原康助#29
○上原委員 空路一つというと東京――宮古直行便ですね。後で聞きますが、このことを念頭に置いて今御答弁いただいたのかどうか聞かせてください。
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