志村哲良の発言 (建設委員会)
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○志村哲良君 去る一月十八日から二十日までの三日間、村沢委員長、石井理事、一井委員及び私、志村の四名は、岡山、香川、愛媛、広島の四県において、本四架橋事業と広島市における建設事業の状況を調査してまいりました。以下、その概要を御報告申し上げます。
瀬戸内地域は高度経済成長期における鉄鋼、造船、石油化学等、重厚長大産業を中心に発展してまいりましたが、近年、円高等により、こうした中心産業が直撃され、地域の経済と雇用への影響は深刻なものがあります。しかし、昨年の公共投資の大幅追加、好調な住宅建設等の内需拡大に支えられて、地域経済はようやく上向き始め、明るい状況も出てきたと言われております。中でも四国側の香川、愛媛両県では、公共投資への経済依存度が高く、したがって、公共事業に関しては、当面、地域の経済を支える柱として、また、おくれている社会資本の整備促進のために、事業費の確保に強い期待が寄せられておりました。
さて、こうした中で、瀬戸大橋すなわち本四連絡橋児島—坂出ルートが四月十日に開通が予定され、五十三年に着工以来十年目、事業費一兆一千三百億円で、道路と鉄道によって本州と四国が初めて陸続きになるわけであります。これにより、本州と四国間の交通は時間的に大幅に短縮され、経済、文化等の交流の緊密化を通じて地域の活性化と国土の有効利用に大きく寄与することが期待されております。
視察当時、工事は既に最終段階に入っており、舗装や維持管理施設等の整備が行われておりましたが、ルート延長三十七キロのうち、三つのつり橋、二つの斜張橋及びトラス橋の計六つの橋が連なる海上部十三キロは壮観で、改めて世紀の大事業であることを実感いたしました。地元では開通に先立ち、三月二十日から児島と坂出の両側で架橋を記念する博覧会が開催されますが、開通後はこの橋をすぐれた自然景観とあわせて観光の柱にも期待し、ホテル等の建設も進んでいるとのことであります。
このような中で、本四備讃線の開通に伴い、四国側の玄関口となる宇多津町では、地域振興整備公団による区画整理事業によって、塩田跡地に、計画人口八千七百人、商業、住宅、流通等総合的機能を備えた町づくりが進んでおります。この地域は瀬戸大橋の開通及び関連道路の整備により、鉄道で高松に約二十五分、岡山まで三十分という利便性を生かし、中讃都市圏の拠点となる新都市をつくろうとするもので、今後、産業構造の変化等を勘案しつつ、観光レクリエーション開発やスポーツ産業、ホテル等の立地に期待がかけられておりました。
しかし、瀬戸大橋開通に伴う高速交通メリットを広く及ぼすためには、一日二万五千台と予想される自動車交通を円滑にさばくための関連道路及び高速道路網の整備が不可欠であります。このため、岡山県内では当面の受け皿となる国道二号のバイパス整備が、また香川県内では国道十一号坂出—丸亀バイパス、善通寺バイパス等の整備が鋭意進められております。しかしながら、高速道路
については、山陽道が瀬戸大橋との接続点、早島から西四十一キロが開通するものの、その東側及び中国横断道の工事はおくれており、また、四国側では、計画に対する供用割合が全国の三六%に対し一〇%、開通区間は善通寺—土居間等合計でまだ七十キロにすぎず、橋と直接関連する善通寺—高松間の開通は数年先となります。事業の一層の促進が望まれます。
次に、尾道—今治ルートについてであります。
尾道—今治ルートは、瀬戸内の西の地域、広島と愛媛の経済圏を結ぶことから西瀬戸自動車道と呼ばれておりますが、ルート全体の建設に向けて大きく前進しております。すなわち、五十年の一レート三橋の建設方針によって、まず大三島橋、続いて因島大橋が建設に着手され、その後、五十六年、伯方・大島大橋、六十一年、生口橋が着工凍結を解除、そして来年度には来島大橋の建設着工が予定されております。既に大三島橋は五十四年、因島大橋は五十八年に供用され、また伯方・大島大橋は我々の視察の二日前に開通しており、ルートの中で残された区間は生口島と大三島を結ぶ多々羅大橋のみとなります。来島大橋は完成が十一年後と見込まれておりますが、地元からは、その時期には多々羅大橋もあわせて完成するよう建設に配慮してほしい旨の強い要望がありました。
西瀬戸自動車道の特徴は、道路単独橋であり、また、人口が合計で十万人を超える大きな島々を結び、島嶼地域の振興に寄与するものでもありますが、工事面では、設計上、特にすぐれた自然との調和が要求され、また来島海峡は、潮流が速い上に船舶の幹線航路となっていることから航行安全対策が重要になっております。なお、ルート全体の事業費は六千億円が見込まれており、六十二年度末の進捗は約二五%となっております。
最後に、広島における建設事業についてであります。
原爆による惨禍から奇跡的な復興を遂げた広島市は、現在、人口百三万人を数え、中国地方の中核都市として発展を続けております。しかし、広島は太田川の河口に開けておりますが、平地は少なく、開発が急速に周辺丘陵地に拡大しているのに対し、都市機能は都心部に集中しており、都市機能の分散配置による多心型都市構造への転換が必要になっております。
こうした課題を抱える中で、市当局は、具体的な都市ビジョンとして世界平和に貢献する水と緑と文化のまちを掲げ都市整備に取り組んでおり、その基盤となる道路交通網の整備を初め、河川、公園、都市開発等の事業が意欲的に進められておりました。
これらの事業のうち、太田川の整備と道路整備について若干申し述べます。
太田川は市街地で六本の河川に分流し、水の町広島を特徴づけておりますが、四十七年の放水路完成までは大災害も何回か発生しております。現在もなお高潮対策、ダム等治水事業が進められておりますが、大都市を流れる河川としては水質がきれいで、基町地区では、護岸が隣接する公園計画にあわせ親水性や景観に配慮して整備され、市民の憩いの場にもなっております。
また、市内では交通渋滞が激しく、おくれている道路整備が大きな課題であります。この中にあって、祇園新道は山陽道広島インターチェンジと市内中心部を結ぶバイパス道路として建設が進んでおりますが、その中央部には新交通システムの導入が計画され、市内西北部からの通勤交通を改善する上で大きな期待が持たれております。
このほか、西部丘陵都市建設、広島広域公園、段原地区の区画整理、八幡川の改修等の事業を視察いたしましたが、詳述を省略させていただきます。
以上であります。