小川国彦の発言 (決算委員会)
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○小川(国)委員 ちょっと、今の御報告の経過には、私ども取り組んできた経過とは違う点があるのであります。
すなわち、昨年の九月に現在の橋本龍太郎大蔵大臣が、当時は大臣ではなかったわけでありますが、各党の専門家会議にお見えになって、この問題の処理を私に一任してくれないか、中身はございませんでただ一任してくれ、こういうお話があって、私どもは、この問題については、各党とも、当時の竹下首相と各野党の党首が全部そろった党首会談の中で、国が助成なり補助なりの予算措置をする、こういう建前で進んできているので、我々はその方向に基づく作業を今政府側と話し合っている状況である。したがって、専門家会議からいきなり橋本さんに一任してくれと言われても、各党の党首、それから書記長、政審会長等も、それぞれこの問題については予算委員会等で質問等をいたしてきて、答弁を得てきている。そういう経過がございますので、我々、その当時、自民、社会、公明、民社、四党の関係者の中では、これはもう一段政府部内において、この災害遺児の育英制度については政府が責任を持ってこの問題の対処をしてもらいたい、こういう意向を終始その席では申し上げてきた経過がございます。その点は私は文部大臣にもそのように御理解を願いたいと思うわけであります。
この問題の経過を振り返ってみますと、昭和六十二年の十月三十日に文部省と災害遺児の高校進学をすすめる会の初会合があって、文部省は、災害遺児の育英奨学事業の実施形態(案)として交通遺児育英会の事業範囲を拡大して実施する、そして新たに財団法人を設立して実施する、その他、公益信託による実施とか任意団体のままで実施とかそういった提案をするということで、すすめる会の希望に沿って前向きに考えると約束をされたわけであります。その後六十二年十一月二十五日、文部省との第二回会合で、すすめる会は、交通遺児育英会で実施するのが理想、こういう回答を文部省にいたした。さらに六十二年十二月二十四日の党首会談で、全野党の党首から災害遺児育英制度の六十三年度実施及び予算措置要求をいたしまして、竹下首相が私に任せてほしい、その当時宮澤大蔵大臣は予備費で検討、こういう回答まで出されたわけであります。そして、政府窓口を文部省から内閣官房内政審議室へ、こういうようなことがなされているわけであります。
こういう経過、さらにまた六十三年の二月一日には、衆議院の予算委員会で山口社会党書記長から竹下首相に対して質問し、竹下首相は、党首会談において各党から出た問題でまさに共通認識になっておるのではないか、やはり入学期の始まる四月一日――というのはことしの四月一日のことを言っているのですが、ということを念頭に置きながら、御要請に沿う形で鋭意検討を進めていく、こういう答弁をされたわけであります。また六十三年の二月十七日、衆議院の予算委員会では、やはり坂口公明党政審会長の質問に対して、阿部文部省高等教育局長が、文部省としては、交通遺児育英会から災害遺児の事業をやりたいと申請が出れば、当然前向きに検討する用意はある、こういう御答弁をなすってきた経過がずっとあるのですね。
これで見ると、これはあくまで政府予算で対処する、こういう考え方で終始経過をしてきているというふうに理解をするわけでありますが、この点について文部省の認識は、この経過を十分理解されているとは思うわけでございますが、この経過をどういうふうに認識されておりますか。