馬場昇の発言 (文教委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○馬場委員 いずれにいたしましても、私が言いましたのは、一九八七年一月二十七日の第三委員会の結論も引き続き検討するとなっておりましたが、今言われたのはちょっと混線しておられるのではないかと思います。教科等別委員会の社会科委員会がまた検討しておるわけでございまして、これが六十二年五月二十二日、今言われました両論併記という形でしておるのはここじゃないかと思うのであります。
しかし、この教科等別委員会の中の社会科委員会の内容を聞いてみますと、現状のまま社会科を残すというのが多数であった、そういう方向でまとめようとしたけれども、名前まで言ってなんですが、諸澤さんが来ておって、これはここでまとめるようにしてくれとか、この人ではないけれども両論併記は文字数は同じで書いてくれとか、いろいろあったそうであります。河野さんがその主査ですけれども、多数が現状のままだということでまとめようとした状況もございましたし、またそこの中の人が多数が現状維持だったということも後で発言をしておられるわけでございます。いずれにいたしましても、少なくともあらゆる分科会、小委員会、そして教課審もこの段階までは継続審議にする、検討を続けるということで大体終わっておるので、ここでこの問題は終止符を打たれるのが当然だと私は思うのですが、そこでこういう問題が突然起こっております。
一九八七年十月二日、中曽根総理大臣と高石文部次官がこの日に二回会談をした。一回目は高石次官と塩川文部大臣も一緒だった。二回目は高石さん一人だった。こういうことが言われて、新聞に書かれておりますから御存じと思いますけれども、総理官邸で行われた。そこで、新聞にも伝えられておりますが、中曽根さんが地理と歴史は非常に大切だということを高石さんに言って、高石さんがそれじゃそうしましょうというようにそれを引き受けた。その背景として、いろいろ言われておりますけれども、このころ高石さんは福岡県の知事選挙に出馬しようと考えておった。ところが、こういう会談の後、福岡三区から衆議院選にくらがえをした。そして、それまでは安倍派だったけれども、この会談以降中曽根派にくらがえをした。そういうことが言われておるわけでございます。
そこで、いろいろ書き物にも出ておりますけれども、この十月二日の中曽根さんと高石さんの会談で、高校社会科の問題、地理と歴史が大切だという問題で何か取引があったのじゃないか、こういうことが当時も言われております。今もずっと雑誌なんかにも書かれておるわけでございますけれども、こういう点について文部大臣は、そういう記述があったとか、そういう評論、議論が行われておるとか、そういううわさがあるとか、こういう事実なんか何か御存じでありますか。