篠崎年子の発言 (社会労働委員会)
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○篠崎年子君 私は、社会党を代表いたしまして、提案者の皆さん並びに大臣にお尋ねをいたしたいと思います。
この被爆者等援護法案が初めて国会に提出されましたのは一九七四年、昭和四十九年のことであります。その最初の原案が検討されるときから被爆者の方々が参加され、以来十五年間、その制定はすべての被爆者の悲願であります。本日、本院の過半数を超す議員の賛同を得て提案の運びとなったことにつきまして、被爆県広島選出の浜本委員長とともに、長崎選出の私は深い感銘を覚えるものでございます。初めに、共同提案者の六会派の皆さんに心からの敬意を表したいと思います。
さて、近年、戦争体験の風化現象などと言われるように、特に若い人たちの中に悲惨な戦争犠牲者に対する理解や認識が乏しくなってきていることは御承知のとおりであり、それは時として政府高官の言動にさえあらわれていることを憂えている者の一人でございます。しかし、一昨年六月に発表されました厚生省の被爆者実態調査は、被爆者手帳を持つ三十六万六千九百五十七人の多くが、病苦、貧困、孤独、高齢化の状態の中で今なお苦しんでいられる姿を浮き彫りにしております。
例えば、入院または通院中の方が四割を超え、一般の二、三倍の率であります。年収二百万円未満の世帯が四分の一もあるという状況、また生活保護受給者の割合やひとり暮らしの方々あるいは寝たきりの方の割合も非常に高くなっております。例えば、生活保護受給者の割合は、全国平均は一・六%ですが被爆者の皆さんは一・九%であります。また、寝たきりの方の割合も、千人に対しまして全国平均は二十三・八八ですが被爆者の皆さん方は三十・九人という大変高い率になっているわけです。
このような生存被爆者の実情からすれば、一九八〇年に政府の原爆被爆者対策基本問題懇談会報告が強調したいわゆる戦争被害受忍論、すなわち、「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による「一般の犠牲」として、すべての国民がひとしく受忍しなければならない」という立場は、言語道断であると言わなければなりません。
政府・自民党の方針の基本とされているこの考え方についてどのような見解を持っておられるか、まず提案者にお尋ねいたしたいと思います。