前島英三郎の発言 (社会労働委員会)
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○前島英三郎君 精神論はよくわかりました。
次に、そのほかの戦争犠牲者との均衡の問題についてでありますけれども、さきの大戦は我が国にとって未曾有の事態でありまして、当時の国民すべてが戦争による何らかの犠牲を受けております。しかしながら、このような戦争被害につきましては仮に生命、身体の障害に限定したといたしましても、これを完全に償うということは到底不可能であろうと私は思うんです。私の友人にも焼
夷弾で、あるいは艦砲射撃でという、そういう生活をしている方もおります。戦後四十四年以上経過した現在、一般の戦争被害については、欧米先進諸国に比較しても遜色のない程度にまで整備された我が国の社会保障制度で広く対応して、これを今後とも発展させていくということが私たちの務めではないかというふうに思ってもおります。
このような中で、政府といたしましてといいますか、私たちも一緒になって自民党として考えているわけでありますが、原爆放射能による健康障害のような特別の犠牲に対してはその障害の実態に即した対策をずっと講じてきているわけです。しかし、そのような特別の事情にない人にまで、例えば死没者の遺族とか被爆者というだけで何ら健康障害がないという方々まで給付を行うということになりますと、ほかの戦争犠牲者との間に著しい不均衡が生ずるのではないかと私は思うわけです。
先日の委員会では、一般戦災者に対する補償も行わなければならないが、原爆被爆者については原爆は極めて悲惨であったという点で一般戦災者に優先して補償を行う必要がある。今もそのようなことを含めた御答弁があったわけでありますが、確かに現在も原爆放射線による健康障害に苦しんでおられる被爆者の方々につきましては他の戦争犠牲者とは違う点があることは事実でありますし、肉親を失った遺族の方々につきましてはその心情に、他の戦災の被災者とこれは遺族という立場におきましては、肉親を失ったその心情というものはこれは変わりはない、このようにも私は思うわけであります。
東京大空襲では十万人近くの人が、またほかの都市でも空襲や艦砲射撃により多くの人々が亡くなりました。きょうおいでの方々は戦後生まれの方は少ないわけでありますから、私も山梨の甲府が昭和二十年の四月の六日に焼夷弾の一斉爆撃を受けました。多くの人が亡くなりました。これら多くの戦災者の肉親を失った遺族の悲しみやあるいは心情は被爆者の遺族との間に一体どれほどの違いがあるだろうかと思いますと、これはそう違いを私はとうとうと述べられるものではないというふうにも思うわけです。そして、被爆者対策が結局は国民の租税負担によって賄われていることを考慮するならば、被爆者の遺族の皆さんにのみ特別の個人的な給付を行うということは国民的合意が到底得られないのではないかという気もするわけであります。
提案者は、国が原爆死没者やその遺族に対して何ら弔意をあらわしていないと言っておられるわけでありますが、幾つかの方法で弔意は表明いたしております。すなわち、毎年行われる広島市、長崎市の原爆死没者慰霊式に対して総理大臣、厚生大臣が出席するとともに、その式典開催費に対して補助金を支出しているほか、八月十五日の戦没者追悼式には原爆死没者の遺族の皆さんが参列する費用を予算化するなどの措置が講じられていることは御存じだろうと思います。このように、個人に対して特別な給付をするのではなく、死没者及びその遺族全体に対して弔意を表明することが国民感情にも沿うものではないかというふうに思うわけであります。
原爆は確かに特別な爆弾ではあります。しかし、特別な爆弾だからといって他の戦争犠牲者との不均衡が生じてもいいということにはならないと思うのでありますが、この点についていかがお考えでございましょうか。