馬場昇の発言 (環境委員会)
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○馬場委員 石原慎太郎環境庁長官は、カルチュラルラグ、これは難しい言葉ですが、あの人はこれを文化遅滞、こう呼んでおられまして文化遅滞の象徴、水俣病についてそういうタイトルで私のこの本に一文を寄せていただいております。どう書いておられるかといいますと、水俣病の原因の正確な分析と把握をおくらせたものは、まだいろいろありますけれども、この出来事を可能な限り隠ぺいという基本姿勢を決定した通産省に象徴される全国家的な目的意識の責任にある、こう言っておられる。大臣ですよ。そして、それを何よりも証するものは、まだ行方不明の、研究の途中でどこかに握りつぶされ葬られた水俣病原因に関する細川報告書である。これが厚生省に出ている、これを握りつぶして葬り去って、石原さんがどんなに捜そうとしてもないのだ、そういうことを本人は言っておられました。
この細川報告書というのは、細川さんというのは、新日本窒素の水俣工場附属病院の院長さんでした細川一博士でございます。この人が昭和三十一年に、原因不明の中枢神経の患者が水俣で多発しておるということを当時の水俣の保健所に昭和三十一年五月一日に報告された。今このことを水俣病の公式発見の日としておるわけでございますけれども、細川博士はそれで仲間と一緒に研究論文をまとめて細川一報告書というものをつくっておられるわけです。それを熊本県を通じて厚生省に報告してあるわけです。これが水俣病に関する最初の報告だと言われておるのですけれども、これを行方不明にさせておる。そしてまた、その後は猫実験で、これは水俣の猫ではなくて関係のない人吉、球磨、あの山の方から猫を持ってくる、天草の向こうから猫を持ってくる、そして水俣湾でとれた魚をそれに食わせると直ちに水俣病に発症した、それに排水を飲ませると直ちに水俣病に発症した、そういう実験も報告してあるわけです。そういうことで、石原さんもそう言っているのです。こういうことが今日の悲惨な状況を引き起こしたということは明らかであるわけでございます。先ほど大臣言われましたけれども、やはりこの園田さんのように言わなくてもいいような、石原さんのように憤慨しなくてもいいような環境行政、水俣病行政を北川長官はぜひやっていただきたい、こういうことを申し上げておきたいと思います。
私はなぜ今、少し時間をとり過ぎたかといいますと、私は原爆の被害に匹敵すると言いましたけれども、人類が、特に日本人が、ノーモア広島、ノーモア長崎とともに私はノーモア水俣ということを言わなければならぬ。それでないと人類の未来とか地球の未来は危ない。私はよく言うのですけれども、人間とか企業とか、こういう欲、その欲とくるんだ行政、政治、そういうもので地球が病気になって、がんになって、がんの腫瘍が吹き出したのが水俣病だ、だからがん細胞というのは完全に取ってしまわなければ地球にがんが転移してしまうわけですから、これをきちんと完全に解決することがさっき言いました地球を守り環境を守り二十一世紀を守ることだ、そういう気持ちでおるわけです。
〔委員長退席、持永委員長代理着席〕
ところが、最近幾つか、たくさんありますけれどもここで二つ言います。大臣、今これに反する、石原さんとか園田さんが反省したのと全然違うような動きがこの水俣病をめぐって起きております。それを心配するからこそ、少し長くなりましたけれども経過を言ったのですけれども、それは結論から言いますと、この水俣病をもうこの辺で幕引きをしようかというような動きが行政、政治の中にあるということを、私は四十年近くこの問題に携わってきて実質そう感じ、肌でも感ずるわけでございます。それは、もうあそこのヘドロ処理がこの三月に終わったのですよ、だからヘドロ処理が終わりました、海はきれいになりました、魚もとっていいですよ、それから、さっき福島先生言われましたが、物すごい認定申請の滞留者があったのですけれども、我々の方で言いますとどんどん切り捨てられておって、大体この一、二年で認定審査を終わるのではないか。終わりますということを細川知事も言っているのです。ヘドロ処理は終わった、そして認定審査も大方終わった、そしてそれを見計らって一九九二年に水俣で国際的なイベントをやろう、祭をやろうという計画があるわけです。そこで、そのときに水俣病の終結宣言、幕引きを政府がするんじゃないか、そういう危険性を私は今感じております。
これは、私が感じるのは杞憂とおっしゃるかもしれませんが、絶対杞憂じゃないんだ。四十年もすれば、その節目節目でこういうことがあったのを私は皆経験しています。例えば昭和三十四年、水俣病が公式に発見されたのは三十一年ですから、それから三年後の三十四年に、当時寺本さんという人が熊本県知事でございました。これは今水俣病にタッチしている者はだれでも知っている悪名高い見舞い金協定というのを、この人のあっせんで患者とチッソが結びました。これは死んだ者の命の値段は三十万。そしてそのころはまだ原因を隠しておった。さっき言ったように知っている者は原因を知っていた、行政におる者は。ところがそれは表には隠してあった。そういう中で、「たとえチッソの排水に原因があったとわかったときにもこれ以上の要求はいたしません。」そういう一項がその見舞い金契約の中に入れてあるのですよ。そして、そのときどうだったか。ちょうど年の暮れで、みんながもち代もない、年が越せないと言っておる時期ですよ、その時期が。それと時を同じくして漁民、漁協と漁業補償の協定をやったのです。そして見舞い金協定を患者とやった。そういう中で政府は、私ども社会党の議員の質問書に対して、閣議で決めて水俣病は三十五年で終わったという宣言をしているのです。ところが、今このときとよく似ている。再び過ちを犯すのでないか、そういう感じがしているから経過をお話ししたわけでございます。
そこで、絶対に北川長官はそういう幕引きはいたしませんとここではっきり答えてください。