加藤紘一の発言 (税制問題等に関する調査特別委員会)

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○加藤(紘)委員 消費税につきまして、私たちももちろん政府・与党として案を出す、そして野党の方も案を出す、それが両方同時にこの場で審議されるというのは、衆議院の歴史の中で非常に新しいいい方向であろうと思っております。ですから、できるだけ建設的な、お互いに合意のできるような討論を我々これからできればと思っておりますので、そういう趣旨でお答えいただき、また討論いただければありがたいと思っています。
 ところで、きょうは六月十二日なんです。これは十年前大平総理大臣が亡くなられた日でございます。私は、大平さんに育てられた政治家みたいなものですから、個人的には特別の感慨があります。しかし、ここで自分の個人的な感慨や感傷というようなものを云々している場面ではないと思っています。しかし、大平さんという方は、私もそばで見ておりましたけれども、税制のために命をなくされたと思っております。人はそれぞれ運命というのがあって、寿命というのがあってと、こうよく言われますけれども、私は、大平さんが一般消費税というものを提起しなかったならば、あのような四十日抗争とかその後の苦境に立たなかったし、心労にもならなかったしという気持ちがございます。
 個人的な話ですけれども、大平さんの御長男は正樹さんといって、二十五歳で若くして世を去られました。次男の裕さん、この方が大平家を今継いでいるようなものですけれども、非常に大平さんに風貌も似て、発想も似た方です。今から五日ほど前、日本経済新聞の文化欄にその裕さんがちょっとした文章を書いておられますけれども、それを読んでみますと、「父は一般消費税の導入を打ち出したものの、結局、受け入れられなかった。が、十年たって、消費税として結実した。総選挙に敗北し、その後のいわゆる四十日抗争で疲れ切り、道半ばにして倒れたものの、今、ようやく理解されてきたのはうれしい限りだ。」こう息子さんとして書いておられるのですね。
 私は、全くそのとおりだと思っているのです。一人の政治家が税制のために死んだ。私は、当時大平さんのもとで官房副長官というのをしておりましたから、それをずっと見ていて、そして大平さんが死んだ後外国に行きましたら、特にアメリカの国会議員ないしジャーナリストから口をそろえて言われたのは、大平さんのやったことはポリティカルスイサイドじゃないか、政治的自殺じゃないか、選挙の前に一般消費税を、大型税制を打ち出すということが本当にあり得るのかね、誠実だということもいいけれども、それは政治的に見れば非常にロマンチスト過ぎる話だったんではないかというように言うわけですね。私は、その言葉を政治家としてよくわかります。しかし、大平さんはそういう話を言われると、いや国民に話せばわかってくれる、理解してくれる、日本の国民のレベルは高いんだということを言い続けながらこの税制を提起したわけであります。
 今でも私覚えておりますけれども、五十四年九月、我々の総選挙がありました。そのときに、総選挙が近くなりますと、大平さんが一般消費税を言っておるものですから、多くの人から、選挙は危ない、やめろやめろ、多くのブレーンの方、側近の代議士の方が大平さんをいさめました。しかし大平さんは、やるんだと言ってそのいさめを拒否されて、そして力強くリーダーシップを発揮されようとした。一番典型的なのは、告示が九月十七日でしたけれども、九月の二十一日、選挙期間中の閣議がありました。閣議が形式どおり終わって、みんなが散会したその丸テーブルの大平さんのそばに金子一平大蔵大臣が来られて、口論されておるのですね。私は何だと思って行きましたら、大平さんが、君がそんな弱気でどうするのだ、国民はわかってくれます、堂々としていなさい、こう言っていました。金子大蔵大臣は、余りにも反発の強さに一般消費税をトーンダウンしましょうと言ったに違いないのです。そのような感じでした。その金子大蔵大臣の言葉が、大蔵省事務当局の意向を代弁したものなのか、政治家金子一平さんとして政治判断されておっしゃったのか、これは私も今なぞなんです。
 しかし、そういう大蔵大臣に対し総理は、頑張っていこうじゃないかと言いました。しかし、反発はますます強くなって、それから五日の後、九月の二十六日、大平さんは新潟市のホテルで記者会見をし、ついに後退発言をしました。そこで、一般消費税によらないで財政再建の実を上げてみたい、一般消費税については仕組みに問題があり、相当きつい反対がある、こう言って、無念の気持ちで多分記者会見をされたと思います。しかし、事はもう動いておりました。選挙において自民党は大敗を喫します。自民党内には猛然たる反発が当然来ます。犠牲者も多かったのです。私も自分で大平さんの側近のつもりでしたから、最後の五人か六人まで残って一般消費税の必要性を説き、自分の予想より一万七千票ぐらい少なかったな、これは厳しいものだな、こう思いました。それで大平さんは、敗北になって弱気になりまして、多分総裁としての責任を感じたのだと思います。
 それからもう一つ弱気の原因には、私は、国民はわかってくれるはずだと思って言ったのにわかってくれてなかったのか、この気持ちがあったと思います。その後四十日抗争になって、ある日、党本部で福田さんと対決をされるという日に、私はなぜか大平さんの世田谷の自宅から車に乗って一緒に党本部に向かったのです。環八から入っていくときに大平さんは、国民はわかってくれているのだ、しかしあの大雨でこうなったのだということを言いました。私は、国民に拒否されたのになぜ大平さんはわかってくれるということを言い続けるのか、やはりその信念を崩したくなかったのだと思いますね。語りかければわかるはずだと。
 それからもう一つ大平さんは重大なことを言っていたと思うのです、今から見れば。消費税は将来の高齢化社会のために温めてきた発想である、その仕組みである。しかし、それを財政再建、赤字解消に我々は使おうとした、そこを国民が見て反発したのであろうか、こういうこともぼつっと車の中で言っておりました。
 そこで、それから十年たちまして、私はこの消費税論議をするときにお聞きしたいのですけれども、これは大蔵大臣にもお聞きしたいと思います。
 それは、新たな税制、特にこのような大型な新税を含むような税制改正をやるときに、国会で国民に向かって直接語りかけて、そして理解してもらえるものであろうか。それとも、やはり国民というのは新たな税というのはしょせん拒否するのだ、嫌なのだ、だから税制を提起するのは与党の責任であって、与党が泥をかぶって、時にはいろいろな手練手管を使いながらやっていかなきゃならぬものなのだ、そういう厳しいものなのだ。政治をダイナミックに考える人、マキャベリスティックに考える人はそう言うかもしれません。伊藤さんは、どちらの道をとられますか。

発言情報

speech_id: 111804585X00319900612_002

発言者: 加藤紘一

speaker_id: 20151

日付: 1990-06-12

院: 衆議院

会議名: 税制問題等に関する調査特別委員会