海部俊樹の発言 (国際連合平和協力に関する特別委員会)

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○海部内閣総理大臣 顧みますと、お互い政治に志して一緒に研修会をやったり街頭演説しましたころ、もう三十年も三十五年も前になると思います。あのころの日本の立場は復興途上国と言っていいと私は思います。福祉の制度も充実しておらず、国民所得も低く、何かこう西欧先進国に追いつきたい、追いつきたいというのがお互いのいつもの夢であり、また、国民の皆さんにもそういった豊かな暮らしをいたしますということをお約束しながら、国家の安全という方は日米安全保障条約で、しかもこれはバンデンバーグ決議の全くの例外で、日本だけが特別な扱いを受けるということでありますから、十二歳と言われてもいたし方ないようなことであったのだろう。けれども、それによってとにかく平和をきちっと守り、そして豊かになりたいという願望を受け入れて政治が前進をしてきたのが、御指摘のとおり、きょうこれだけ大きな変化となってきました。
 世界の中で、好むと好まざるとにかかわらず、事、経済、事、物に関する限り、あるいは教育が普及して技術に関する限り、いろいろな面で日本の地位は大きくなってきております。ですから、世界の総生産でも、これは粗っぽい言い方をしますと、二十兆ドルというものが出される中でアメリカが五兆ドル、ヨーロッパが全部で五兆ドル、
日本が一国で三兆ドルでありますから、だから国連の負担金も、今とにかく敵国条項なんというものがあるにかかわらず、もう上から二番目のところを拠出して、国際社会の中で日本の立場というものはそれなりに見られておる。けれども、そうであるがために、世界のいろいろな国と貿易摩擦なんということも起こるようになってくる。いろいろな面で影響力は無視できないようになってきておりますから、半面それに伴う自覚と責任と申しますか、世界の秩序というものをつくっていくために日本もそれにふさわしい協力をし、貢献をしていかなきゃならぬ。要するに、平和と繁栄のためにどのような役割が期待されるかというところまで、今日の日本の立場というものは変わってきたというのが、私も、御質問を聞きながら率直な感じでございます。
 したがいまして、そういった意味で、戦後きょうまでお互いに歴史の反省に立って、二度と侵略戦争はしません、軍事大国にはなりませんということはお互いに誓ってきた理念だと思います。同時に、そのことやその立場というのを、これがアジア・太平洋地域の平和と安定にも役立ち、国連憲章の理想もそこにあるわけですから、まさに二十一世紀皆が目指しておるのは、話し合って粘り強く平和な繁栄した世界をつくっていこう。そのために、今現に起こっておるような問題には日本もただ黙って見ておるだけじゃなくて、まあ仕方がないわと言ってああいったことを許してしまうのでは、これはこの平和主義というものが積極的な意味を持たなくなってきます。憲法の前文にも国連憲章の前文にも、皆が力を合わせて平和はつくっていく、守っていくものだということがちゃんと出てくるわけでありますから、それに対する努力の一環としてこの用意した法案は国連平和協力法案で、御指摘のように、三条にもその業務目的はきちっと書いてございますし、武力行使は絶対にしないということも大前提にきちっと置いておるわけでありますから、国際社会の一員としての責任を果たしていかなけりゃならぬ。そして、今御指摘のように、今の憲法の中でできる範囲は何だということをきちっと決めろと、決めたのがこれでございましたので、そのような考え方に立っての提案であるということをどうぞ御理解を賜りたいと思います。

発言情報

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発言者: 海部俊樹

speaker_id: 5376

日付: 1990-10-30

院: 衆議院

会議名: 国際連合平和協力に関する特別委員会