国際連合平和協力に関する特別委員会

1990-10-30 衆議院 全444発言

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会議録情報#0
平成二年十月三十日(火曜日)
    午前十時開議
 出席委員
   委員長 加藤 紘一君
   理事 高村 正彦君 理事 西田  司君
   理事 浜田卓二郎君 理事 宮下 創平君
   理事 山崎  拓君 理事 池端 清一君
   理事 上原 康助君 理事 高沢 寅男君
   理事 日笠 勝之君
      愛知 和男君    井出 正一君
      石井  一君    植竹 繁雄君
      奥田 幹生君    古賀  誠君
      自見庄三郎君    鈴木 宗男君
      園田 博之君    近岡理一郎君
      中川 昭一君    中村正三郎君
      中山 正暉君    野中 広務君
      鳩山 邦夫君    浜田 幸一君
      林  大幹君    牧野 隆守君
      町村 信孝君    三原 朝彦君
      渡辺 省一君    石橋 大吉君
     宇都宮真由美君    上田 利正君
      小澤 克介君    大木 正吾君
      岡田 利春君    川崎 寛治君
      左近 正男君    水田  稔君
      和田 静夫君    井上 義久君
      遠藤 乙彦君    冬柴 鐵三君
      山口那津男君    児玉 健次君
      東中 光雄君    正森 成二君
      和田 一仁君    楢崎弥之助君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  海部 俊樹君
        法 務 大 臣 梶山 静六君
        外 務 大 臣 中山 太郎君
        大 蔵 大 臣 橋本龍太郎君
        文 部 大 臣 保利 耕輔君
        厚 生 大 臣 津島 雄二君
        通商産業大臣  武藤 嘉文君
        運 輸 大 臣 大野  明君
        郵 政 大 臣 深谷 隆司君
        労 働 大 臣 塚原 俊平君
        自 治 大 臣
        国家公安委員会
        委員長     奥田 敬和君
        国 務 大 臣
        (防衛庁長官) 石川 要三君
 出席政府委員
        内閣官房内閣安
        全保障室長
        兼内閣総理大臣
        官房安全保障室
        長       米山 市郎君
        内閣法制局長官 工藤 敦夫君
        内閣法制局第一
        部長      大森 政輔君
        内閣法制局第三
        部長      津野  修君
        警察庁長官官房
        長       浅野信二郎君
        防衛庁参事官  内田 勝久君
        防衛庁参事官  玉木  武君
        防衛庁長官官房
        長       日吉  章君
        防衛庁防衛局長 藤井 一夫君
        防衛庁教育訓練
        局長      坪井 龍文君
        防衛庁人事局長 村田 直昭君
        防衛庁経理局長 畠山  蕃君
        防衛庁装備局長 関   收君
        防衛施設庁総務
        部長      箭内慶次郎君
        防衛施設庁施設
        部長      大原 重信君
        防衛施設庁労務
        部長      竹下  昭君
        法務大臣官房長 堀田  力君
        法務省民事局長 清水  湛君
        法務省刑事局長 井嶋 一友君
        法務省人権擁護
        局長      篠田 省二君
        外務大臣官房外
        務報道官    渡邊 泰造君
        外務省北米局長 松浦晃一郎君
        外務省欧亜局長 兵藤 長雄君
        外務省中近東ア
        フリカ局長   渡辺  允君
        外務省経済局長 林  貞行君
        外務省経済協力
        局長      木幡 昭七君
        外務省条約局長 柳井 俊二君
        外務省国際連合
        局長      赤尾 信敏君
        外務省情報調査
        局長      佐藤 行雄君
        大蔵省主計局次
        長       田波 耕治君
        大蔵省国際金融
        局長      千野 忠男君
        文部大臣官房長 坂元 弘直君
        厚生大臣官房総
        務審議官    熊代 昭彦君
        厚生省保健医療
        局長      寺松  尚君
        厚生省年金局長 末次  彬君
        通商産業省通商
        政策局長    畠山  襄君
        通商産業省機械
        情報産業局長  山本 幸助君
        運輸省国際運
        輸・観光局長  寺嶋  潔君
        海上保安庁長官 丹羽  晟君
        海上保安庁警備
        救難監     赤澤 壽男君
        郵政大臣官房長 木下 昌浩君
        郵政省電気通信
        局長      森本 哲夫君
        郵政省放送行政
        局長      桑野扶美雄君
        労働大臣官房長 齋藤 邦彦君
        労働省労働基準
        局長      佐藤 勝美君
        労働省職業安定
        局長      若林 之矩君
        自治省行政局公
        務員部長    滝   実君
        消防庁長官   木村  仁君
 委員外の出席者
        国際連合平和協
        力に関する特別
        委員会調査室長 石田 俊昭君
    ─────────────
委員の異動
十月三十日
 辞任         補欠選任
  東中 光雄君     正森 成二君
同日
 辞任         補欠選任
  正森 成二君     東中 光雄君
    ─────────────
本日の会議に付した案件
 国際連合平和協力法案(内閣提出第一号)
     ────◇─────
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加藤紘一#1
○加藤委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、国際連合平和協力法案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中山正暉君。
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中山正暉#2
○中山(正)委員 私は、若いときから大変親しくさせていただいております海部総理、最初に選挙しましたときの推薦状に一文を寄せていただいた
その若いときから、若き指導者としての期待をかけておりました海部総理がここに座っておられて、ここから御質問申し上げるというのは感慨無量でございます。時間がたったなという気もいたしますが、それだけに日本の情勢も大変変わったな、世界の情勢も変わったな、そんな気持ちでここへ立っております。
 それから、私事にわたりまして恐縮でございますが、兄貴の中山太郎が隣に座らせていただいておりまして、親戚筋からこんなことを言うのはおかしゅうございますが、かなりしっかりやっておるような感じもいたします。ことしはちょうど私どものおやじの十三回忌に当たります。いい供養になっているなという感じがいたしますが、きょうは、そういう私どものおやじも、これはまた恐縮なんでございますが、かつて戦前、ちょうど兄貴が生まれましたときに最初に立候補して落選をいたしました。フルネームを書かないと当選にならなかったころでございますけれども、中山福藏、福藏という名前が難しい、それで落選したのだと思って、兄貴には太郎という簡単な名前をつけたわけでございます。私は、ちょうど昭和七年、おやじが当選をした年に生まれましたので、私は兄弟余り似通ってない。四郎とかそんなことはついておりません。おやじは、ちょうど昭和十五年の東條陸軍大臣に兵庫県の齋藤隆夫代議士が反軍演説をしましたことを、ちょうど進行係を四年間やっておりまして、弁護士でございましたから、国会で除名を齋藤隆夫が受けるというときに、除名をしてはいかぬ、特に、すぐ判決がおりてもすぐに刑を執行するというようなことはいかぬと言って反対をしたものですから、おやじはついに、永井柳太郎先生にしきりに誘われましたが、大政翼賛会には参加しませんでした。そのために、昭和十六年の選挙が十七年に戦時体制で延びましたときに、非推薦で落選をいたしました。大都市で影響があったのだろうと思います。海部総理の師匠であられた三木武夫先生は、そのときに四国から当選をなさいました。若き二十九歳の代議士として国会に出てこられたそのちょうど同じ年月になっております。前は、この席で私が日中条約のときに質問いたしましたその日におやじは亡くなりました。何となく因縁を感じながら、ひとつ日本のために外務大臣も頑張ってほしい、心から、親しき仲にも礼儀あり、敬意を表し、これから総理大臣、各大臣に御質問申し上げたいと思います。
 実は、皮肉なことを言うようでございますが、私は、私がもしこういう事態に至っておったら、いろいろな要請に対応するのにもう少し暇をかけたのじゃないかなと思うのでございます。なぜかと申しますと、先般、党内の、私は外交調査会副会長をさせていただいておりますから、その席で、国連平和協力といいながらおかしいではないか、協力をするにしても国連の憲章の五十三条と百七条には敵国条項というのがある、それがあるのに平和協力法案という名前は一体どうしてつくのだろうかという一つの疑念がございます。その話をして、国連に演説に行った外務大臣が国連での演説で、その敵国条項を何とか見直してほしいという演説の中に入ったようでございますが、まずその国連憲章の中の敵国条項に対しまして、これから日本はどんな手を打ってこれの改定に努められるのか、その辺からひとつ御答弁をいただきたいと思います。
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中山太郎#3
○中山国務大臣 今お尋ねの国連憲章のいわゆる敵国条項は、第二次世界大戦後の経過的な規定として挿入されているものでありまして、我が国が国連憲章第四条に言う平和愛好国として国連に加盟が認められ、国連加盟国と日本との関係が憲章第二条、なかんずく主権平等の原則に立って規律をされることになった以上、我が国には適用をされないというふうに既に国際社会では認識されていると思っております。
 なお、この問題は、憲章の改正について改正委員会等におきましても我が国からも意見を出したことがありますし、私が先般の国連総会で演説を行った中にもこの問題に触れましたけれども、ドイツがいわゆる第二次世界大戦終了後戦勝国によって共同管理されていたということから、この敵国条項の廃止という問題は、ドイツが統一されるまではベルリン等におきましても占領が続いていたものでございますから、これがなかなか改正に至らなかった。しかし、この十月三日東西両ドイツが歴史的な統一ができたわけでありますから、これからはこの旧敵国条項というものの排除に向かって日本としては積極的に努力をしていかなければならないと考えております。
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中山正暉#4
○中山(正)委員 ドイツは大変賢明な対応をしてきたと思います。世界でドイツの場合は、わざと十万人のボンというところに首都を置いて、ベルリンは本当の首都だよ、ボンは仮の場所なんだということで、首都もわざと小さな十万人のところに置いておりましたし、それからドイツは、憲法ではなくて基本法というものをつくっておりましたが、基本法を何と三十四回変えております。
 ついでのことに、重立った憲法改正をした国、ソビエト社会主義共和国連邦は五十一回で、つい最近変えましたから五十二回かそこらになったと思います。それからスイス連邦、三十三回変えております。それからスウェーデンは三十七回、オーストリアは二十九回、多いところだけ言っておきますと、インドは四十六回変えております。ニュージーランドが二十九回、民主カンボジアが十三回、南アフリカ共和国は二十六回、マラウイ共和国は十三回。
 マッカーサーという人が、日本は十二歳だと言ってくれましたが、あのころから随分年月がたちました。海部総理、いかがお考えでございましょうか。十二歳のときの洋服を今戦後四十五歳、まあ四十五歳になったかどうかわかりませんが、四十五歳になったときにそのまま着ているところに、この国会の議論を聞いていて、民衆が何となくおかしいな、何か裏道をすり抜けて何かするんじゃないかしらな、こう思っているのではないかという、私は、民衆の声なき声といいますか、雰囲気を感じるのでございます。ただし、私申し上げておきますが、私は今すぐに憲法の問題をさわれと言うわけではございません。私は、今の憲法にさわらずに世界の緊急情勢に対応するための処置はこれしかない、この国連平和協力法案を私は野党の皆さんに御理解をいただいて、そしてこれしかないという理解を民衆の方に、民衆の皆さんに、大衆の皆さんに理解をしていただくことが必要なんじゃないか。業務規定の中も停戦というところから書いてある。これは私は大きな意味があると思っておりますが、その意味でこの今の日本と、それから十二歳とマッカーサーに言われた時代とをどういうふうに見比べていらっしゃいますでしょうか。その雰囲気から、総理から御答弁いただけたらと思います。
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海部俊樹#5
○海部内閣総理大臣 顧みますと、お互い政治に志して一緒に研修会をやったり街頭演説しましたころ、もう三十年も三十五年も前になると思います。あのころの日本の立場は復興途上国と言っていいと私は思います。福祉の制度も充実しておらず、国民所得も低く、何かこう西欧先進国に追いつきたい、追いつきたいというのがお互いのいつもの夢であり、また、国民の皆さんにもそういった豊かな暮らしをいたしますということをお約束しながら、国家の安全という方は日米安全保障条約で、しかもこれはバンデンバーグ決議の全くの例外で、日本だけが特別な扱いを受けるということでありますから、十二歳と言われてもいたし方ないようなことであったのだろう。けれども、それによってとにかく平和をきちっと守り、そして豊かになりたいという願望を受け入れて政治が前進をしてきたのが、御指摘のとおり、きょうこれだけ大きな変化となってきました。
 世界の中で、好むと好まざるとにかかわらず、事、経済、事、物に関する限り、あるいは教育が普及して技術に関する限り、いろいろな面で日本の地位は大きくなってきております。ですから、世界の総生産でも、これは粗っぽい言い方をしますと、二十兆ドルというものが出される中でアメリカが五兆ドル、ヨーロッパが全部で五兆ドル、
日本が一国で三兆ドルでありますから、だから国連の負担金も、今とにかく敵国条項なんというものがあるにかかわらず、もう上から二番目のところを拠出して、国際社会の中で日本の立場というものはそれなりに見られておる。けれども、そうであるがために、世界のいろいろな国と貿易摩擦なんということも起こるようになってくる。いろいろな面で影響力は無視できないようになってきておりますから、半面それに伴う自覚と責任と申しますか、世界の秩序というものをつくっていくために日本もそれにふさわしい協力をし、貢献をしていかなきゃならぬ。要するに、平和と繁栄のためにどのような役割が期待されるかというところまで、今日の日本の立場というものは変わってきたというのが、私も、御質問を聞きながら率直な感じでございます。
 したがいまして、そういった意味で、戦後きょうまでお互いに歴史の反省に立って、二度と侵略戦争はしません、軍事大国にはなりませんということはお互いに誓ってきた理念だと思います。同時に、そのことやその立場というのを、これがアジア・太平洋地域の平和と安定にも役立ち、国連憲章の理想もそこにあるわけですから、まさに二十一世紀皆が目指しておるのは、話し合って粘り強く平和な繁栄した世界をつくっていこう。そのために、今現に起こっておるような問題には日本もただ黙って見ておるだけじゃなくて、まあ仕方がないわと言ってああいったことを許してしまうのでは、これはこの平和主義というものが積極的な意味を持たなくなってきます。憲法の前文にも国連憲章の前文にも、皆が力を合わせて平和はつくっていく、守っていくものだということがちゃんと出てくるわけでありますから、それに対する努力の一環としてこの用意した法案は国連平和協力法案で、御指摘のように、三条にもその業務目的はきちっと書いてございますし、武力行使は絶対にしないということも大前提にきちっと置いておるわけでありますから、国際社会の一員としての責任を果たしていかなけりゃならぬ。そして、今御指摘のように、今の憲法の中でできる範囲は何だということをきちっと決めろと、決めたのがこれでございましたので、そのような考え方に立っての提案であるということをどうぞ御理解を賜りたいと思います。
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中山正暉#6
○中山(正)委員 先ほどドイツの話をいたしましたが、ドイツの基本法の中にはこれだけの有事立法がちゃんと書いてあります。有事立法、特に百十五条なんか「戦争・非常状態」。日本の憲法の中にはそういう非常体制がありませんし、世界で珍しい憲法、戒厳令規定がないという不思議な憲法が日本の憲法でございます。いざというときに、もし総理大臣が山の中へ連れていかれて誘拐をされたら総理大臣のない日数が続く、これどうしようもないという、そういうときにどうするかというのは一切書いてないのが日本の憲法でございます。
 それはマッカーサーがいて、吉田茂とマッカーサーという人は七十六回会っております。その会ったときにはいつも、自分がやめて帰るときには必ず日本の安全と平和のことをちゃんと考えて帰ると言っておったのですが、御承知の昭和二十五年の六月の二十五日に朝鮮動乱が起こりました。そのときマッカーサーは、中共軍、中国の戦闘参加によって、満州に二十六カ所に原爆を落とすということを言ったわけでございます。これがそのころ、もうちゃんとアメリカのアチソン秘密文書という秘密文書がありまして、中国の抱き込みを考えておったのが朝鮮動乱の一年前でございます。びっくり仰天したトルーマンは、マッカーサーの首を突然切りました。私は学生でございましたが、突然帰るマッカーサーに同情をしてアメリカ大使館の前まで、あのすばらしいトレンチコート、我々から見たら格好がいいなと思いましたが、それから、マッカーサーがかぶっていた帽子というのは、あれはフィリピンの元帥の帽子でございました。あれはアメリカの将軍の帽子ではございません。一生着ておりましたのは、フィリピン国の元帥帽をかぶっておりましたが、あのフィリピンの元帥帽をかぶったマッカーサー、私は大使館の前へ学生服を着て見送りに行ったものでございます。
 しかし、今から考えると、アメリカの中国を抱き込もう、そのためには中国と戦争をしながらそういうことを考えておったという、時代をしみじみと感じるわけでございますが、特に吉田茂が、今海部総理がおっしゃったようなことをうまいこと言っています。
 鈴木内閣と幣原内閣の外務大臣であったので、吉田茂はアメリカ製憲法の成立事情には一番詳しく知っている日本人の一人だ。彼の著書『回想十年』を見ても「第九条の軍備廃止、戦争放棄を発案したのは幣原さんではない。たしかにマッカーサーだ」と明記している。英語の憲法草案をホイットニーやケイジスから
このホイットニーという人は、これはフィリピンで弁護士をしておりまして、このフィリピンで弁護士を開業をしていた人を彼は突然軍籍に、陸軍に引きずり込んで、ずっとこれがいわゆる政治局を担当した人でございます。ホイットニー、それからケイジス。ケイジスというのは、この人は共産主義者だと言われて、マッカーシー旋風で突然日本からこの人もアメリカへ連れ帰られました。だから、このケイジスという人を私はテレビで見ましたが、日本の政治家の中でだれを一番尊敬するか、野坂參三と言っておりました。その人が憲法をくれたのですから、ありがたい話だという感じがするのでございますが、その
 押しつけられた情景についても詳しく書き残しているが、同じ本の中に”にもかかわらず、この憲法を改めるなどということは特に考えずに、とにかくこのまま手を触れずに維持していたほうがよかろう”と書いてある。これが問題だ。
  なぜ吉田茂は、占領終了後の回想でこのようなことをいったのか。アメリカ製憲法草案を受入れるときには、とにかく占領さえ終れば自主的に改めることができると吉田茂は考えていた。サンフランシスコ講和条約のときにも、とにかく相手の言うがままの講和条約と安保条約を受け入れて、一刻も早く日本を独立させたい、独立さえすればどうにでも改正できるという、吉田独特の楽観主義があった。米国製憲法受け入れの時にも同様に軽く考えていたらしい。
  占領憲法が発布されると間もなく朝鮮戦争が勃発したために、アメリカは日本弱体化から再武装に方針を変え、ダレスを派遣して再軍備を促してきた。吉田は、ダレスの申し出を断わるための方便として憲法を持ち出し、「これはアメリカが作った憲法だ。しかも日本の国会で承認されて発布したもので、この憲法によって軍備はできないのだ」と憲法を盾にして再三のダレスの申し出を逃げ切った。軍備と日本防衛をアメリカに押しつけたという点では、このアメリカ製憲法は大いに役立ったわけだ。
なかなか吉田茂のずるさがここに如実に出ております。
 マッカーサーがまた後にジョージ・H・ブレクスリーという人に言っております。これは「極東委員会国際協力の研究」という、一九四五年から一九五二年にかけての、米国務省出版部、一九五三年、昭和二十八年でございますが、マッカーサーの談話が載っております。どんなによい憲法でも、日本人の胸元に銃剣を突きつけて受諾させた憲法は、銃剣がその場にある間だけしか保てないというのが自分の確信だとマッカーサーは語った。占領軍が撤退し、日本人の思いどおりになる状況が生まれた途端に、彼らは押しつけられた諸観念から独立し、自己を主張したいという目的だけのためにも、無理強いされた憲法を捨て去ろうとするだろう。これほど確かなことはないと彼は語った。
 それから私が申し上げたいのは、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約という条約があります。これは明治四十年、ハーグで締結をされまして、明治四十五年に日本は批准をしております。この陸戦ノ法
規慣例ニ関スル条約の四十三条、ここには「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。」つまり、相手の国に上陸作戦をやって、陸上戦闘をやって機関銃を撃ちまくっても、そこに自分の法律を押しつけちゃいかぬと書いてあるわけであります。私は、完全にアメリカはこの条約違反をやったと思います。
 日本は、昭和二十年の四月の一日に米軍が沖縄に上陸しました。慶良間列島に上陸をしたのは三月二十六日でございますが、あそこで集団自決がありましたのは、太平洋の側から上陸するのかと思ったら、反対側に回って上陸したわけでございます。突然来た。島の人たちが手りゅう弾で穴の中で死んでいきました。私はそこへお参りもしてきました。六月の二十二日——大田少将は十六日に死んでおります。あの海軍ごうの中で自殺をしておられます。「大君の御旗のもとに死してこそ人と生まれしかいぞありける」という辞世の句であります。牛島中将は「秋待たで枯れゆく島の青草は御国の春によみがえらなむ」。長勇と一緒に腹かっ切って、沖に泊まっている千七百隻のアメリカの軍艦を見ながら、そこへ突っ込んでいく特攻隊を見ながら死んでいきました。バックナーという司令官も日本の狙撃兵に殺されています。アメリカ人が一万八千人、日本人が十八万人死にました。陸上戦闘だけ沖縄で起こったわけでございます。
 日本はありがたいことに上陸作戦は、天皇陛下が、日露戦争はアメリカが間をとってくれたから——今度の日米戦争は、ロシアに間をとってもらう、まあ泥棒にかぎを預けに行ったわけでございます。残念なことをしました。そのときにソビエトにおられた佐藤尚武大使、どうしておられたのかなと私は「戦中戦後日ソ交渉史」というような本を読んでみると、しみじみと感じるんです。昭和十七年の四月の十八日に、私は小学校三年生でございました。私は防空ごうに初めて入りました。それは、ホーネットという空母から、真珠湾攻撃の逆に、B25を使って東京を奇襲攻撃したわけです。そのときソ連とちゃんと約束して、もうシベリアに着陸することに約束しておったわけでございます。佐藤尚武大使は乗員とそれから飛行機を渡せと言っているのに、スターリンはナシのつぶてでございます。このときに見抜いておかなければいけなかったのですね。
 演説をしてしまうといけませんので、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約違反を条約局長、どう見ておられますか。それをアメリカに私は言うべきではないか。この間、オハイオ州の下院議員の奥さんが私に、CNNの放送に日本人の日の丸が見えないじゃないかと言われました。何も協力していない。とにかくCNNに出てこない。若いオハイオ州の下院議員の奥さんでございましたが。それを考えると、そういうときにアメリカに、いや、あなた方がくれた憲法で出られないんですよと、吉田茂のまねしたらいいんです、あなた方の先輩の。そのずるさをひとつ今の外務省、学んでいただきたい、こう思います。ひとつ御答弁をお願いします。
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柳井俊二#7
○柳井政府委員 お答えを申し上げます。
 先ほど委員から御指摘のとおり、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約の第三款第四十三条には、「占領地の法律の尊重」という規定がございます。先ほどお読み上げいただいたとおり、「占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。」という規定がございます。連合軍による占領中にこの規定がどの程度守られたかということにつきましては、具体的な状況はいろいろ複雑だったと思います。私、この時点で、その当時のこの四十三条の適用状況につきまして具体的にお答えを申し上げるだけの知識を持ち合わせておりませんけれども、いずれにいたしましても、占領後はサンフランシスコ平和条約によりまして、その第一条で、「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。」ということで、この平和条約によりまして我が国が完全な主権を回復したわけでございます。また、占領中を含めまして、それ以前のいろいろな請求権の問題につきましても、このサンフランシスコ平和条約で請求権の放棄という形で処理がなされているわけでございますので、それ以後の問題につきましては、完全な主権国家として、我が国として我が国の法令その他を決める権利を有するということが言えると思います。
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中山正暉#8
○中山(正)委員 局長、フランス憲法八十九条を御存じでございますか。
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柳井俊二#9
○柳井政府委員 突然のお尋ねで、私、今フランス憲法の条文は持っておりません。
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中山正暉#10
○中山(正)委員 実は、この陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約が条文になっているのがフランス憲法でございます。外国の軍隊が国土の一部または全部を占領している間の法律改正は無効である。ですからそれは、サンフランシスコ平和条約は昭和二十六年、二十七年でございますか、それ以前の昭和二十一年にできた憲法は完全に占領下でございますね。ですから、後でサンフランシスコ平和条約が——またこれくしき因縁でございますが、そのときの全権団の中に我々の母親、中山マサが参加させてもらった印象が非常にあります。この間、亡くなりました遺品の中、それを整理していましたら、そのときのサンフランシスコのベイブリッジの写真と、それから講和条約で星島さんとか吉田さんが座っていらっしゃるその前の席に座っている写真が出てまいりました。それから独立したのはわかりますけれども。
 法制局長官、いかがでございますか。この間、将来できる国連軍の中に今の自衛隊が参加することは憲法に違反する疑いがある。そんな矛盾した話が出てくるんならば、これからの日本というのは世界の中で何をするのか。日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識と言われることわざがあります。日本の常識と世界の常識と私は合わせていかなければならないと思う。それではどっちに合わせばいいのかな、こんな狭い箱の中で首曲げて、こんなにして入っている日本がいいのか、それとも、天井をぱんとあげて堂々と世界と話し合えるような、特にそうでないと日本の自衛隊も——どなたか知っておられたら、日本自衛隊の建軍の精神というのは何か教えていただきたいと思います。ある人が言っていましたけれども、国籍不明の船を停船を命じる訓練をした。そうしたら、あれは前へ一発撃って、後ろへ一発撃って、三発目は真ん中を撃つんですね。真ん中を撃とうとしたら自衛隊員が、どこの国かわからないやつ何で沈めるんですかと言ったというのですね。もう人道主義が徹底しているわけでございます。だから、何から何を守るかという自衛隊建軍の精神については一体何かな。誇りがないと制服なんか着ていられません、ばかばかしくて。
 この間、サウジアラビアに行ってくれと言われたお医者様が、お名前は避けますが、某大学の大教授、細菌学をやっていらっしゃる方でございます。私に何ておっしゃったか。中山さん、サウジアラビアへ行ってくれないかと頼まれたけれども、靖国神社に祭ってくれますかと聞いたら返事がなかったので断ったと言っていました。祭られても、野党の皆さんも反対をされますし、総理大臣は参ってくれない、天皇陛下は参ってくださらない、当然のことながら。その辺が日本って何か欠けているな、じっと見ていても真ん中の部分にブラックホールがあるなという、これが日本の何か今の姿みたいな感じです。
 昔、共産党はいいことを言っていましたよ。野坂參三さん、国会に憲法が提出されたとき何とおっしゃっているか。これは憲法が国会に出たときの速記録でございます。「一体此ノ憲法草案ニ戦争一般抛棄ト云フ形デナシニ、我々ハ之ヲ侵略戦争ノ抛棄、斯ウスルノガモツト的確デハナイカ、此ノ問題ニ付テ我々共産党ハ斯ウ云フ風ニ主張シテ居ル、日本国ハ総テノ平和愛好諸国ト緊密ニ協力シ、」いいことを言っている。今の国会に
来ていただきたいようなことをおっしゃっています。それから、「民主主義的国際平和機構ニ参加シ、如何ナル侵略戦争ヲモ支持セズ、又之ニ参加シナイ、私ハ斯フ云ウ風ナ条項ガモツト的確デハナイカト思フ、」憲法九条に反対していらっしゃるのですね。それから、「一体戦争ノ廃棄ト云フモノハ一片ノ宣言ダケデ、或ハ憲法ノ条文ノ中ニ一項目入レルダケニ依ツテ実現サレルモノデハナイ、軍事的、政治的、経済的、思想的根因、此ノ根本原因ヲ廃滅スルコト、是ガ根本ダト思フ、」野坂議長の演説でございます。結果はどうされたかというと、六人、社会党から二人共産党に同調しました。帆足計と穂積七郎、この二人が共産党と同調して反対投票をいたしました。
 それから、一番最初に新憲法をつくろうといって改正案を出されたのは、昭和二十四年、共産党でございます。これは軍隊のことは余りはっきり書いてありませんが、人民による軍隊は軍隊ではない。つまり、共産党の世界になったらこれは徴兵制度ですから、いつでもつくれるわけですから、そのことは改めて書いてない。今の自衛隊はどうするんだということには、今の自衛隊は再教育して、そしてやめさせる、こう書いてある。それはどういう意味かというと、役に立つやつはとる、共産党に従わないやつは捨てる、こういう考え方があるわけでございます。——残念ですね、共産党に一番聞いていただきたいと思っていたのですけれども。
 ですから、法制局長官、先ほどの陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約で日本は今こんなことになってしまったわけです。これだけ、何でここにいる皆さんが一緒にやろうという気にならないのかなというのを、私は後ろで座っていて、ずっと聞いていてもう不思議でならないのです。もうテレビ見ていたらこんにゃく問答で、そして、昔ヘルメットをかぶっていたような連中がマスコミの中に、そのころ安保騒動で暴れまくったから就職できなくて、プロダクションに入ったり広告会社に入って、その連中が夜のテレビを独占していますから、みんなそれで頭がぼけてしまうのですね。情報のゼロの位置がない。情報のゼロの位置も失ってしまった。すべての誇りも失ってしまった。外国に対して顔向けできずに非常に生産性の低い日本の国会、こんな集中審議をするものすら生産性が低いようなことで、幾ら工業の生産性なんか、こんなもの上がったってガラスの城でございます。だれかが石一発投げたら、このガラスの城は崩壊します。そのもとが、いわゆるこの論議している枠からどうしても出れない。囲いの中に入っている。その囲いを、この間から法制局長官、もうすぐ最高裁判所長官になっていただいた方がいいんじゃないかと思うほど明確な御答弁をいろいろされていますので、ひとつ一般常識として教えていただきたい。陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約という古い古い立派な条約がある。これは世界全部に及ぶ、批准をした国に全部及ぶ条約でございますから、みんながわかっているものでございます。日本が突然、本当は今、現憲法を廃棄してもいいのです、この条約に従って。そのぐらいの値打ちのあるものでございますが、答弁していただいた方がいいのかな、このままやめた方がいいのかなという悩みを持ちながら今聞いているのでございますが、余り私の意に沿えないような感じがするのなら、もうやめておきましょうか。
 またいずれ、それでは総理大臣に耳打ちをする役割をしていただくことに徹したいと思いますが、実に怪しげな戦後処理をやってきた。国連の敵国条項でも、それからこの陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約でも、全部これは戦後処理をきちっとしてないのです。戦後処理をしてないうちに、さあ世界の転換に遭った。
 私、またここへ毛沢東語録を持ってきています。懐かしい赤い毛沢東語録。この中にちゃんと解説が書いてあります。
  戦争と平和 戦争——それは私有財産と階級が発生してからはじまった階級と階級、民族と民族、国家と国家、政治集団と政治集団とのあいだの、一定の発展段階での矛盾を解決するためにとられる最高の闘争形態である。
  「戦争は政治の継続である」、この点からいえば、戦争とは政治であり、戦争そのものが政治的性質をもった行動であって、昔から政治性をおびない戦争はなかった……
  だが、戦争にはその特殊性があり、この点からいえば、戦争がそのまま政治一般ではない。「戦争は別の手段による政治の継続である」。政治が一定の段階にまで発展して、もうそれ以上従来どおりには前進できなくなると、政治の途上によこたわる障害を一掃するために戦争が勃発する。……障害が一掃され、政治目的が達成されれば、戦争は終わる。障害がすっかり一掃されないうちは、目的をつらぬくために、戦争は依然として継続されるべきである。……したがって、政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であるといえる。
それから、その戦争に二つあるというのですね。正義が二つあるのですからね。それはサダム・フセインの正義と日本の正義、アメリカの正義と三つあるかもわかりません、今の世の中。本当は二つなんですけれども。
  歴史上の戦争は二つの種類にわけられる。一つは正義の戦争であり、もう一つは不正義の戦争である。
さっき野坂さんが言っていたこととちょっと似ています。
 すべて、進歩的な戦争は正義のものであり、進歩をはばむ戦争は不正義のものである。われわれ共産党員は、進歩をはばむすべての不正義の戦争に反対するが、進歩的な正義の戦争には反対しない。後者にたいしては、われわれ共産党員は反対しないばかりか、積極的に参加する。
だから、共産主義が広まる戦争は正義の戦争で、それが縮まっていく、それを邪魔をする戦争が不正義の戦争だ。だから、あのヘルメットをかぶっておる連中が反戦と書いてありますけれども、あれは自分の戦争をやって相手の戦争は反対するという、うまいこと書いているものだと思いますが。
 そういう感覚の中で今度のイラクとそれからクウェートの戦いですね。片一方は百万の軍隊、それから片一方は二万四千しかいませんでした。二万四千で金ばっかり持っている。特に、戦争の原因というのは、いっぱい王族がいますから、それに全部小遣いをやらなきゃいけない。それじゃ石油をやろう。いわゆるプリンスオイルというやつですね。プリンスオイルをオランダへ行って売ったり、いろいろなところへ行って売って、それが収入になっていたというスポット市場に出てくる石油、それがいわゆるプリンスオイル。プリンスメロンぐらいだったらよかったのですが、プリンスオイルというのが戦争の原因になってしまいました。この同じアラブ同士の戦いというのを総理は、この間までイラクとイラン——イランはドイツ系、アーリア民族ですからアラブじゃありません。イラクとイラン、それからイラクとクウェートのこの争いというのをどういうふうに見ていらっしゃいますでしょうか。
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海部俊樹#11
○海部内閣総理大臣 非常に博学な中山さんの御質問というかお話を私は承っておりましたけれども、今御質問になった、この戦争をどうだと言われると、これは例えばこの間のイラン・イラクの戦争にしても、あれは領土の問題、その背景に宗教の問題があったのではないか、このように私なりに判断をいたしておりますし、また、今アラブが抱えておる戦争の火種というものは、もう随分長い歴史上のいわく因縁がありまして、それこそ一緒にアラブ旅行したときに詳しく解説を受けた、あの三千年前からのいろいろなしがらみの中でこのような問題がある。それを今日、中東の恒久和平という問題をとらえて、今世界の国々が知恵を出し合いながら、粘り強い話し合いをしながらしておるわけでありますから、やはり国際社会全体が受け入れられるような国際社会の大義といいますか、一つだけきちっと人間の将来のために守らなければならぬことは、力の強い者が力の弱い者を黙って侵略して、つぶして、併合して、とっちゃっていいんだというようなことだけは絶
対にこれからは許してはならぬという基本を立てて、お話し合いをしながら片つけていかなければならぬ。アラブにはアラブのいろいろな問題があるということは、もうそれは日ごろよく御存じのとおりのことでございます。
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中山正暉#12
○中山(正)委員 そこで私は、中東の大事さといいますか、何となくバランスをとっていかなきゃいかぬなという感じがするのです。一九一八年に第一次世界大戦が終わりまして、ヨルダンとそれからパレスチナの部分がイギリスの委任統治領に入った。例のべギン首相なんという方は、デビッドホテルに爆薬を仕掛けて百四名の英国兵士を殺したとか、英国を去らせるために、パレスチナとそのころユダヤ人が一緒になって排撃運動をして、突然一九四八年の五月の十三日にイスラエルは独立したわけですね。ところが、ワイツマン博士という方が、トルーマン、この人もユダヤ系の大統領ですが、この大統領に国を承認してくれと言ったら、何と十一分で承認しているのですね、わずか十一分で。もう私がここへ来てからでも四十分たちますが、四回承認できるぐらいの時間になりました。
 ですから、私は、大事なことは——ちょっとここへ、もうほとんどほかの人がいろいろなことを聞いてしまいましたので、私、ひとつドル紙幣を持ってきたのです。一ドル紙幣でございます。一ドル紙幣の裏を見てください。こっちではエジプトのピラミッド、こっちにはダビデの星が入っています。一ドル紙幣だけが不思議なことにワンと書いてあるのですね。ほかの十ドル紙幣の裏には建物の絵が入っている。これはホワイトハウス、二十ドルはホワイトハウス。それから百ドルは例の独立宣言を起草したところですね。独立宣言の話が出てきたところで申し上げておきますが、独立宣言を起草したトーマス・ジェファソンというワシントン大統領の国務長官は、独立宣言を起草すると同時に、我々の旗はアブラハムがメソポタミアのウルからカナンの土地イスラエルに行ったときの歴史をとろう。どうしたかというと、どっちを向いて歩くんですかと言ったら、神様に、おまえは天国へ行けと言われた。どっちを向いて歩いたらいいんですか、青い空と黄色い砂漠しかありませんと言ったら、それでは、よし、昼間は白い煙の柱を立ててやろう。夜はどうするんだ、赤い火の柱を立ててやる。それで私たちどうなるんですかと言ったら、おまえたちユダヤ人はやがて天に満つる星のごとくに地に満つるであろう。実はそのマークが星条旗でございます。白い筋が六本と赤い筋が七本、隅っこにふえていく星。だからアメリカは、イスラエルが目の中で三番叟を踏んでも痛くないというのです。アメリカの目の中でイスラエルが踊りを踊っても痛くないというのがイスラエル。
 特に、これはイスラエルの人が言っていましたが、中山さん、なぜイスラエルが大事なのかわかりますか、それはいろいろなことがありますけれども、なぜかといえば、それはスエズ運河という、かつては海を遮断するためにスエズをあける、今はソビエトがアフリカへ行くのはあの陸の橋、絶対に落ちない陸の橋、そこにあるのがイスラエル。そこには二百メートルぐらいのところにキリストが十字架にかかったゴルゴタの丘があって、そのすぐそばにはメッカ、メジナ、そしてテンプル山、いわゆるモハメッドが天に上った金のドームがあります。この間ここで大紛争、二十一人殺された。そのまた後、イスラエルの兵隊が三人殺されたという紛争の地。すぐ横に、そのがけの下は嘆きの壁でございます。世界宗教の三大聖地が目と鼻の先にあるのはどういう意味かというと、向こうの人が言うのですが、ここは自動車のギアで言えばニュートラルですよ、ここでギアを前に入れたり後ろに入れたりしたら、世界はどっちにでも走ります。なかなかうまい表現だと私は思います。
 ですから、日本外交を見ていると、アラブとイスラエルというのを今までバランスをとっていなかったのです。宇野総理大臣が一回だけ行ってくださったのです、外務大臣の時代に。ですから、私はバランスをとること、これから日本というのはバランスをとっていかなきゃいけない。
 そんなことを言っていると時間が来ますので、私は総理大臣に、ヨーロッパにはかつての国際連盟があるのですね、パレ・デ・ナシオンという。ニューヨークには国連ビルがあるのです。日本には何もないのですね。東京に国連大学ほか六つの国連機関があります。横浜に木材の国連の機関があります。それから名古屋に地域開発の国連機構があります。きょうは大阪の方にも国連機構をつくってもらおう、環境機構がやってくる。大阪は何もありませんから、花博の後に何とかひとつ国連機構を持ってこよう。それから滋賀県に湖沼のセンターができそうでございます。そんなことどうでもいいのですが、なぜ私が国連機構を引っ張ってこようとしているかというと、日本がつぶされないようにしなければいけないと思っているのです。日本は平和のメッカがあるのですね。これは広島です。私は総理大臣に、アジアの国連センター、それを広島に誘致したらどうですか、これは提案でございますが、もし総理が意欲があられたら、ひとつ国連を招致して、できたらもう国連の本部にしてもらってもいいと思うのですね。アジアは軽視されています。ヨーロッパとアメリカにだけあってアジアには国連機構というのは実に寂しいものしかありません。ぜひひとつその辺の夢ある御回答がいただけたらありがたいと思います。
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海部俊樹#13
○海部内閣総理大臣 大変気宇広大な構想を述べていただきましたし、またその構想自身は、国連のセンターを日本に誘致したらどうか、特に広島ということにもお触れになりましたけれども、私も率直にそれは魅力を感ずるテーマでございます。今お触れになりましたように、国連大学とかあるいは名古屋の国連センターとか、いろいろなものがございます。そういった意味で、今後国連活動を中心にやっていこうとしておる日本でありますから、やはりできる限りのことはしていきたい、すべきだと私は考えますので、外務大臣にもよく指示をいたしまして、いろいろと検討をして、どのような道筋があるのか、どのような環境整備をしたらいいのか、どのようなことを考えていったらこういった目標に近づくことができるのだろうか、十分研究をさせていただきたい、こう思います。
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中山正暉#14
○中山(正)委員 外務大臣、兄上、どうぞひとつよろしくお願いを申し上げたいと思います。
 時間も迫ってまいりまして、言うことが多過ぎるものですから、実は時間調整に困っているのですが、郵政大臣にお願いしたいことは、私はさっき言いました、日本には情報ゼロの位置がない。これは、外国へ行くと突然日本がなくなったように思うのです。外国へ行ったら、アメリカなどへ行ったら、電話をかければすぐに家に電話が通じて、今日本で何をやっていると聞けるのですけれども、アメリカ人がさっきCNNでおまえのところの日の丸が出てこないじゃないかと言われる、それは、アメリカ人はどこのホテルへ行っても、全部テレビにCNNと書いてあって、どこのホテルでも契約しているというので、チャンネルを合わせたら全部CNNが出てくるのですね。コマーシャルも、どこを回しても同じ情報でおもしろくない。日本も今はそうなっています。同じ情報ばっかり。
 この間たまたま安倍晋太郎元外務大臣に顧問議員団で安保三十周年についていけと言われて、私いつも短波放送を持っていくのですが、いつも向こうへ行って聞こえないものですから、そのときはNHKの人に来てもらって、ボタンでディジタルでセットしてもらったのですが、向こうへ行って聞こえないのですね。これは聞こえないからというのでワシントンのNHKの人に来てもらってまたやり直してもらったのです。聞こえませんということなのです。聞いた場所がこっち側とこっち側とでまた違うでしょうから聞き場所がまずかったのかもしれませんが、とうとう聞けなかったのです。
 それで私、党の方で、部会で言ったのです。こ
れでは困るじゃないかと言っていたそれから一カ月もしないうちにこの中東紛争が起こったわけでございます。そこへ外務省が、イラクの放送時間を三時間から十一時間三十分にふやしてくれたということで感謝状を出されましたけれども、これは私は本当はおかしいと思うのです。これは命令放送なんですね。政府が命令を出して放送をしてもらうように依頼ができることになっておるのですが、考えてみれば、私は、映像の時代に映像を遮断される国がありますから短波が一番いいんだと思いますが、私は構想として、これは、NHKは九波ありますから、特に放送大学などという一波を国営放送みたいなもの、ドイツとイタリーは国営放送を持っておりまして情報のゼロの位置がある。特に国会改革の中で今度はアメリカのC—SPANみたいなものを使ってCATVでやろうかというのですけれども、CATVはまた加入してもらわなければなりません。入会金が要る。NHKの聴視料の上にまた金を払わなければならない。私は、一億二千万の人口のうちで十万人しか難視聴区域がないというような完備した日本のNHKの組織を、これは各省の設置法とかそれから放送法の改正とかいろいろな大きな問題が絡んでくると思いますが、これは郵政大臣、何と思われますでしょうか。
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深谷隆司#15
○深谷国務大臣 世界の情勢を確実に手に入れるという点では、世界から入ってくる情報というのはテレビ、ラジオを通じて非常に多いのであります。ところが、肝心の日本の考え方、日本の行動、さまざまな情報を世界に伝えるという点では非常におくれていることは御指摘のとおりでございます。
 例えば国際テレビ放送などを見ますと、外国から入ってくるのに比べて我が国の発信というのは十八分の一でございます。その他のNHK等の放送等を比べましても同じような状態がございまして、これは、海外に向けての国際放送ないしはテレビ中継等は大いに拡大していかなければならないというふうに思っております。特に、現在ラジオ日本、NHKにやっていただいておるのですが、短波による放送は、南西アジアの一部を除いてはおおむね主要な地域に良好に伝わっております。たまたま先生と、この間外務大臣にも言われたのですが、兄弟から共通して言われたのですが、両方短波が聞けなかったというお小言をちょうだいしたのでありますが、全体的にはおおむね受信できるという報告になっております。スリランカに今度中継地点を設けますと、南西アジアの方もカバーできると思うのでありますが、ソ連であるとか東欧の方の発信についてはまだ問題がありますから、そういう意味では基地をさらにふやすなど、改良を加えていかなければならないと思っております。
 それから、たまたまお話に出ました、外務省がNHKに感謝状を贈ったということ、必ずしも間違いではございませんで、国際放送は命令放送と自主放送と二通りございまして、命令放送としては、日本の政府からこういう放送をしてくれということでそれをやっていただくのは当然でありますが、このたびの中東に関しましては、自主放送も含めて三・五時間を十一時間という長きに及んでやってくれているというのは感謝に値するだろうと思っております。ただ問題は、そういうようなNHKの努力に対して、国が行っている交付金が一体適切であるかどうか、少な過ぎるのではないか、そういった議論もこれから非常に激しくやっていかなければなりませんので、国がもっともっと力を入れるということにウエートを置かなければならぬという点では、むしろ先生の御協力を仰ぎたいというふうに思っております。
 なお、国営放送につきましては、一つの重要な御意見として承りまして、今後検討の課題にさせていただきたいと思っておりますが、世界の主要国を見ますと、必ずしも国営放送ではなしに、国が応援をしてやってもらっているというケースの方が多いようであります。これらの検討も含めまして、御意見を大切にして、我が国の情報が正確に世界に伝わるように一層努力したいと思っております。
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中山正暉#16
○中山(正)委員 どうもありがとうございます。
 大蔵省にはお知らせしてないので橋本大臣に御答弁いただくというのはいかがかと思いますので、今の話、ひとつお聞きいただいたと思いますが、NHKもいろいろ苦労しておるようでございます。いろいろ御縁も深いようでございますし、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
 情報というのは、出したから着いたと思っていたらこれは当て違いなんですね。情報というのは着信で考えなければいけないわけです。向こうへ行って聞いてみないと、こっちは出しているから向こうは聞いているだろうと思ったらこれは大当て違いです。
 私はよく例に言うのですが、ミッドウェーの戦いというのはにせ電報にやられたのですね。ミッドウェーに水がないというにせ電報をアメリカは打った。日本は上陸作戦をやるのに、水がないと言っておるぞという本当の電報を打ったんです。だから、よく戦記物を読んだら、向こうが雲の間から先に見つけたとかいいかげんなことを書いてありますが、あれはそうではございませんで、一本の電報で日本のミッドウェー上陸作戦が見破られて、うその電報に誘導されて、ミッドウェーは四隻の空母、ほとんど連合艦隊があれで壊滅いたしました。一本の電報で壊滅した。ところが、戦艦大和は二百キロ後ろにおりました。二百キロ後ろにいて、最新のアンテナをつけていたのですが、これはみんなが知っているだろうと思って、自分が聞いた情報を連合艦隊に知らせなかったのです。まあ戦争に敗れるときというのはそんなものでしょう。それが、ミッドウェーの情報が間違って、情報操作によってやられたという例でございます。これからの日本は、ウサギの耳はなぜ長い、ウサギの後ろ足はなぜ長い、これは情報を早くとって逃げ足を速くすることが、私は、日本のこれからの立場じゃないかという感じがいたします。
 そこで実は、総理大臣、これは国力の方程式だそうです。国力の方程式。——難しい。やってみたら、後ろをあげたらこれは簡単なんだ。パシーブドパワーというのは国力量です。それから、Cというのはクリティカルマス、基本要素、人口と領土。それから、Eはエコノミックケーパビリティー、経済力。それから、これはミリタリーケーパビリティー、軍事力です。それから、これはストラテジックパーパス、戦略目標。それから、これはウイル・ツー・パシュー・ナショナル・ストラテジー、国家戦略を継続する意思。これが国力だという。これはアメリカの学者のクレインさんという方が考えた国力です。
 この国力量を考えてみると、クリティカルマスという人口と領土、これは、人口は一家に一・四七人、大阪市で一・四七人でございますから、一軒の家に二人子供おりません。それから子供を生まない人がいますから、人口はどんどん激減していきます。それで、防衛庁に入ってくれる方がなかなか少ない。五、六人かかって、それから地方連絡部が一生懸命に募集していても、一月に五人入れられたらいい方だ。それも野党の方々のお話を聞いていると、自衛隊がすごく強烈な軍隊のように聞こえますけれども、私はそうだろうかという気がするのです。よく遠いところまで行って、自分の中学生とか高校生なんか連れてきて、それで眼鏡が合いませんと言ったら眼鏡をかえてやる、歯が悪いと言ったら歯をかえてやる、結局は入らないと言って帰ってしまう。「歯を治し眼鏡を直し辞退され」というのが、今自衛隊ではやっているざれ歌だという話を聞きます。ですから、それはちゃんと考えなければいけない。そういう人口と領土。それから、経済力は大きいです。軍事力は今申し上げたとおり。それから、国家目標があるのか、それを継続する意思は何かといえば、ここで今やっている国連協力法で日本は協力をして、世界のためにどういう対処をするかというのがある。私は、この総合国力の最後、戦略と、国連に協力するという大目標と、それからそれをずっと続けていくという意思を掛けたら日本
というのは安全だと思っております。
 時間が来ましたが、時間が足りないのが本当に残念でございますが、またやらせていただくようにお願いをいたしまして、以上で、大変勝手なことを言いましたが、私の質問を終わらせていただきます。最後に答弁が……。
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中山太郎#17
○中山国務大臣 今委員からお話のありました何点かの中で、私が海外へ出ますと必ず在留邦人に聞くことは、日本のいわゆるラジオ日本がどの程度聞こえるかということを、どの地域に行っても在留邦人の方に伺うことにいたしております。それはどういうことかといいますと、今度のイラク・クウェート戦争で、あの地域におられる在留邦人の方々に的確な日本からの情報をどう伝えるかということは一番大きな問題でございました。それで、各個人のメッセージも送れるようにNHKにお願いをして、実は今お話のあったように三時間半から十一時間半に延ばしていただいて、アラビア語と日本語で放送していただいているのが今日の姿でございますが、これから日本は世界各国で企業が進出し、日本の国内におられる方々が外国で生活される。また旅行者が一千万を超えるという事態になりますと、多極化が進んで地域紛争に巻き込まれる日本の方々が世界各地で出てくる可能性が実はあるわけでございまして、日本からの放送の発信パワーというもの、現在世界では第二十位であります。経済力はいわゆるアメリカに次ぐぐらいの大きな経済力、GNPを持つようになりましたが、実は情報発信量は世界で二十位。特にこれから日ソの関係が、友好が促進されて協力していくという中で、やはりソ連圏、東欧圏にも日本の文化が、あるいは情報が伝わるようなことも考えていくとすれば、これから日本の国営放送というものを、あるいはNHKを支援して日本の正しい情報を流すことに努力をしなければならないと考えております。
 なお、国家の総合力につきましては、我々の国家の理想というものを世界に認識させるような努力をしなければなりませんし、我々はこの国連憲章というものを、まあきょうお話に出ませんでしたが、日米安保条約の第一条には——国連憲章の理想が達成されるような国際環境ができたときには日米安保条約はこれを廃棄するということが、実はこの安保条約締結後十年間にそれが実施できるように規定されておったわけであります。今日、規定はされておりませんけれどももうその十年間は終わりましたから、最近では、各国から、双方から一年前に通告をすると廃棄することができるように条文は書かれていますけれども、この日米安保条約の理想も実は国連憲章の大目的、大理想が実現されることを第一条にうたっていることを考えますと、この国際連合に協力する法律あるいは国家の考え方というものはいかに大切なものかということを私は痛感をいたしております。
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中山正暉#18
○中山(正)委員 この法案の一日も早く成立いたしますように祈念して、質問を終わります。
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加藤紘一#19
○加藤委員長 これにて中山正暉君の質疑は終了いたしました。
 次に、和田静夫君。
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和田静夫#20
○和田(静)委員 昨日の本委員会で自由民主党の国際局長でもある愛知和男君が、国連平和協力法に対するアジア諸国の懸念の表明について発言をされ、マスコミもこれを取り上げているところでありますが、自由民主党の国際局長からこういうような発言が行われるのは、国会における発言はいかに自由だといってみても、事の内容によるものでありますから見逃すわけにはまいりません。これはさきの法務大臣の差別発言に対する政府・自由民主党の厳格な反省がなされていない証左だと思われるのでありますが、首相の見解を承っておきます。
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海部俊樹#21
○海部内閣総理大臣 この問題につきましては、愛知議員がどのような判断をして質問の中で言われたのか、愛知議員の全くの個人的なお考えであろうと思いますけれども、その後詳しく事情等も聞いておりませんから、私からもよく真意を尋ねてみます。
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和田静夫#22
○和田(静)委員 私は、中曽根さんの発言にしろ渡辺さんの発言にしろ梶山法務大臣の発言にしろ、あるいは昨日の愛知さんの発言にしろ、どうもかつての加害国が被害国に対する謙虚さを忘れている、経済大国という、知らず知らずのうちに内的に蓄積している他国に対する侮べつ感とでもいいますか、他国に対するそういう本音の発言が自然に出てきている、そういう感じがしてならないのであります。したがって、自由民主党の総裁でもあります海部総理の見解をこの機会にやはり明らかにしておいてもらう方がよいと思いますが。
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海部俊樹#23
○海部内閣総理大臣 私はかねて申し上げておりますように、歴史の反省に立って二度と侵略戦争はしない、軍事大国にならないという誓いを立ててやってきておりますということを何度も申し上げてまいりましたし、同時にこの法案に関しましても、日本が昔のように国権の発動で、自分の国の恣意で近隣諸国に対して武力で侵略行為を行うように出ていくというものでは決してないわけであって、これは国連の安保理の決議を受けて行うもので、その安保理というところには、むしろ日本はまだ入っておらず、中国も入ってらっしゃる、アジアの代表も二カ国ずつ、時々選挙でかわりますけれども入っておって、国連の場で決められる問題、平和の破壊に対して日本はどの程度の協力ができるのだろうか。それは憲法のきょうまでの理念も守って、武力の行使は伴わないものという厳重な大前提をつけてやっておるところでありますし、同時に、これからの新しい世界というのは、平和を皆求めているわけでありますから、力で平和を破壊する行為、国際社会の大義に反する行為は皆でやめさせようということは皆の共通の利益であって、こういったことがいいことだとはだれも思っておらないわけでありますから、そういうこちらの立場、態度というものを十分御説明をしたらアジアの国々にも御理解がいただけるものと思う、十分そこはわかっていただくようにしていきたいということを私は再三申し上げておるわけでありまして、政府の今の考え方というのはそれでございます。
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和田静夫#24
○和田(静)委員 昨日、自衛隊の部隊の指揮は一切とらない、三回ぐらい確認をいたしましたが、この百条の六との関係で防衛庁長官の指揮も一切ない、こう認識しておいてよいですか。
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藤井一夫#25
○藤井(一)政府委員 昨日のお尋ねは、幕僚長の指揮はあるかというお話でございました。これに対しましては再三、私、幕僚長というのは指揮はしないというお答えを申し上げました。これはもともと幕僚長というものには指揮権、指揮監督権がございませんで、指揮監督権は、これは内閣総理大臣、防衛庁長官が持っておるという関係からの御答弁でございました。
 それで、それでは防衛庁長官の指揮監督権があるかという御質問だと思いますけれども、制度的には平和協力隊が行う平和協力業務に参加する自衛隊の部隊等は防衛庁長官の指揮監督下にはございます。
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和田静夫#26
○和田(静)委員 今答弁がありましたように防衛庁長官のもとに指揮権がある。そうすると、指揮は一元化をしているのだという今までの御説というのは明確に答弁としては食い違っているわけですよ。私は昨日そういう意味で申し上げておったつもりですが、それは防衛庁長官、はっきりしてくださいよ。
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石川要三#27
○石川国務大臣 今防衛局長から説明した内容に尽きるわけでありますが、ただ自衛隊がいわゆる国連平和協力隊ということに参加し、そして隊員ということになって仕事するわけでありますから、そういう中においては要するにその本部長たる指揮のもとにその作業が行われる、こういうことでありまして、強いて言えば、私は、潜在的にといいますか、そういう意味では今局長からの答弁のように私は理解しておりますけれども、しかしそれが一たび平和協力隊の隊員としての立場でその任務を遂行するというそういう中においては、一つの組織の中におきましての本部長の指揮下に入る、こういうふうに理解をしているわけであります。
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加藤紘一#28
○加藤委員長 答弁は終わっていますから、質問
の方をやってください。委員、質疑を続けてください。
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和田静夫#29
○和田(静)委員 総理が待ってくれと言っているから待っているわけで、協議をされているわけでしょう。
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