野中広務の発言 (国際連合平和協力に関する特別委員会)
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○野中委員 さて、もう一つは新東京国際空港、いわゆる成田空港であります。これは今なお残念ながら非常に未完成の、小さな、俗に言う欠陥空港と言われておるのであります。申し上げるまでもなく、長い反対運動、そして莫大な経費、とうとい犠牲者を出して今日に及び、五十三年開港となったのであります。これも私は過去を風化させてはならない重大な問題だと思っておるのであります。
当時社会党は、成田委員長を初め六十名の国会議員があの地域においてそれぞれ一坪地主となって反対運動の先頭に立って、限りなく反対運動の輪を広げてこられたのであります。その後、反対運動は中核と言われる学生たちを中心として最近まで続けてこられ、社会党国会議員の一坪地主も、時代のその後の変化とともに所有権を譲渡され、たしか昭和五十七、八年ごろにはすべてなくなっておると承知をしておるのでございますけれども、この反対運動の犠牲をこうむった神奈川県警の一人の警察官の親たちは私の知人であります。この間、この家族がテレビの画面を見ながら、現在の土井社会党委員長がさっそうとして成田空港から手を振りながら海外に出ていかれるのを見て、政党の責任というのは一体何なんだ、政治家に良心はあるのか、自分の息子は一体何のために死んだんだ、その無念の涙とともに私に訴えられました。改めて私は、過去を風化させてはいけないと思います。私はその親御さんに、私なら大阪から香港に渡り、反対した空港からは乗らないでヨーロッパに行きます、またそれが反対した政治家のあるべき姿ではなかろうか、そんな過去を忘れ切ってしゃあしゃあとして出かけていく政治家もあるんですね、こう言って、慰めをする言葉もなかったのであります。
今申し上げた話に、非常に重大な時期を迎えておるときでございますから、その事実確認を運輸大臣に求めることは難しゅうございますけれども、私は、申し上げた事実関係の確認と、さらにこれについてどう考えておられるか、運輸大臣にお伺いをいたしたいと存じます。