大塚雄司の発言 (本会議)
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○国務大臣(大塚雄司君) お答え申し上げます。
このたび日野議員からこのような御質問をいただき、御指摘をいただきましたことは、まことに遺憾でございまして、恐縮をいたしております。政治資金の収支報告につきましては、自治大臣同様、修正をした分につきまして的確に処理をするように指示をいたしておるところでございます。
ただいま議員から、弁明をせよということでございますので、若干お聞き取りをいただきたいと存じます。
その企業である会社は、昭和三十七年に私が中心になって創立をしたものでございます。当時、オリンピックが日本にやってくるということで、私の居住する青山通りは二十二メートルから四十メートルに道路が広がることになりました。そのときの沿線の商店街や住んでいる方々は立ち退きを余儀なくされ、反対の運動も大変盛り上がったところでありましたが、後背地の方々と前面の方々と力を合わせて敷地を大型にしてビルを建て、そして、公団の住宅を上に乗せ、住宅政策に資するとともに商店街の繁栄を図ろうという私の計画を地元の皆様にお願いをいたしまして、既に四つの共同建築をいたしました。
我が国の共同建築の手法については、そのほとんどが区分所有でございますけれども、法人によってこの仕事をはかどらせようという私の指導に対しまして、全国からいろいろとお問い合わせがありましたり、いろいろ御要望がございまして、自乗、全国を飛び歩くようなコンサルタント業務をいたしたわけでございます。そのころは、秘書である者とあるいは所員である者と一緒に混在をしておりましたが、会社を創立しまして身分の確保をし、社員といたしたわけでございます。
その後、私は東京都議会に出てまいりました。都議会の秘書として社員が任に当たることになりまして、自乗、国会に出るまで、社長は昭和五十年にやめましたが、私の事務所は今日におきましても、全国の商店街の方々が共同建築の手法についていろいろ御相談に来られることがございます。したがいまして、今会社の顧問をいたしておりますけれども、そんなことから、社員と秘書が兼任をするということが続きました。
しかし、今回閣僚になりまして、資産公開をいたしましたときに御指摘がございましたので、会社の社長に、自主的に国税当局と相談をして御指導をいただくように指示をいたしたところでございまして、それに伴いまして修正申告をさせていただいた次第でございます。
以上でございますが、私としては二つの反省をいたしております。
一つは、社員といえども、あるいはまた秘書といえども、やはり働く場を持っている若い者にしてみますれば、私の政治資金だけで賄う秘書であったり、あるいはポケットマネーで払うような秘書でございますと身分の安定を欠くものですから、ついつい、本人たちも、できれば会社の身分で、秘書の仕事もやるけれども会社の仕事もしっかりやるからそのようにしてほしいという要請をそのまま私が甘く判断をしたことは、一つの反省点でございます。
もう一つは、せんだっても建設委員会で鈴木委員から御指摘がございました。国会の秘書は二人しか認められておりません、三人目をつくるのに本当に苦労をしているというお話を承りましたが、私自身も何人かの私設秘書も抱えておるわけですが、もしも私が身分を失えば、その秘書たちは路頭に迷うわけでございます。国民健康保険とあるいは国民年金だけで賄っておりますということは、大変働く者に対しても不安を与えておりますことから、ついそのような処理をいたしたことは反省をいたしておるところでございます。
私は政治改革の担当ではございませんが、この国会に臨むに当たりまして、私も国民の皆様方から信頼がいただけるように、深い反省の上に立ちまして最大限の努力をしてまいることを、ここにお誓いをしたいと存じます。
以上でございます。(拍手)