中島源太郎の発言 (予算委員会)
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○中島(源)委員 お考えはわかりました。ただ、平成元年の十一月時点で、ある証券会社で損失補てんの実態があった、これは法律以前のモラルの問題であるという大変重い受け取り方をなさってこの通達をお出しになった。
そこで伺いたいのですが、実は平成元年の十一月に、ある証券会社とおっしゃったわけですが、後から損失補てん額を期別に出してもらった表をいただいておるわけでありますが、それによりますと、少なくとも大手四社並びに準大手十三社、合わせて十七社の額で申しますと、既に平成元年の三月期、つまり通達を出される大分前でありますが、平成元年の三月期で既に百六十八億円強の損失補てん額があったわけでありますね。その中の氷山の一角、ある証券会社とおっしゃったので、その一つを見つけられてこれはいかぬということで通達を出された。ところが、通達を出された後も恐らく損失補てんはされたと思うのですが、その平成二年の三月期を見ますと、残念ながら補てん額は平成元年の百六十八億円を大きく上回りまして、一けた伸びた千六十四億円強の損失補てんがなされておる。月別の補てん額は私のところにはございませんけれども、この中には少なくとも通達を出された後もその通達の重さを感じなかったか、あるいは結果的に無視されたかということになっておると思います。これは大変残念なこととお思いになると思うのですが、この平成元年の三月期あるいはそのもう一つ前の昭和六十三年の九月期にも既に四百八十七億円強の損失補てんがなされておった。
大蔵大臣は、ある証券会社の損失補てんを元年の十一月に知ったとおっしゃるわけでありますが、既に六十二年のブラックマンデー以後この損失補てんが次々なされておったという実態をお知りになったのはいつでございますか。