馬場昇の発言 (環境委員会)

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○馬場委員 通産省来ていますか。――来ていますな。これは通産省に質問するんですけれども、大臣も聞いていただきたいんです。
 一九三二年、昭和七年です。新日本窒素と言っておりましたが、あのアセトアルデヒドの生産を始めたのは昭和七年です。そのとき二百十トンで生産を始めておるわけでございますが、昭和十年代にもう既に魚介類に異変が起こっているのです。昭和十六年、太平洋戦争が始まったときにもう人間の被害が出たという記録もあります。昭和二十年代になりましたら、水俣湾周辺の魚介類が腐って悪臭を放ち始めております。海藻は枯れ葉のように浮いていたのが昭和二十年代ですよ。魚は弱って浮いてきている。それから、カラスなんかが魚を食うものですから、もう飛べなくて落ちてきておる。ネコが狂死するというのは昭和二十年代に起こっておるのですよ。このことは漁民が一番知っていますから、工場廃液が原因だということでもって工場に補償要求を出している。そして熊本県に対して、排水がおかしいから調べてくれという要請書を出して、昭和二十七年に三好という水産課の技師が調査に行って、これは排水がおかしい、排水を調査しなければならぬという復命書を出している。全部そんなものは握りつぶされてきているのですね。
 後でわかったのですが、昭和二十八年、今水俣病患者の第一号というのは昭和二十八年に発生した人を言っておるわけでございます。何と公式発見が三十一年でしょう。その前二十年ぐらいにもう海の異変、魚の異変、生物の異変があったのです。漁民はそれを訴えておったんだけれども、全然行政が取り上げなかった。そして三十一年を今公式発見されたという。今春間言われておりますのは、公式発見から三十六年もたった、まだ解決しておらぬと言うけれども、さかのぼりますと半世紀以上です、この問題が出てきておるのは。そして、公式発見されてから水銀が原因だと原因をはっきり。させるまで、九年かかっているのです。公害病と認定したのはそれから十二年後ですよ。そしてアセトアルデヒドの生産を禁止して垂れ流しをやめたのは、公式発見から何と十二年後ですよ。こういう経過を実は持っておるわけでございます。これについて、私は現地だからよく知っているのですけれども、当時この原因というのは、やはり今環境庁が責任を問われておる、あるいは水質の問題で厚生省だとか農水省だとかいろいろ責任が問われて被告にもなっているのですが、私は、一番被告であるべきものは日本の産業界、それを指導する通産省がこの問題の一番元凶だというぐあいに実は考えているわけでございます。当時の産業優先、企業優先の姿勢というのは、当時を振り返ってみますと、昭和三十二年ごろはちょうど神武景気と言われておったし、三十六年ごろが岩戸景気と言って、政府も今や戦後ではないと言って産業優先政策をずっととってきた。そのころはもう完全に環境問題は片隅に追いやられておって、だから昭和三十年から四十年ごろに全国に公害問題が発生しておるわけでございまして、アセトアルデヒド、水俣だけとってみましても、公式発見されたときの昭和三十一年は一万五千九百十九トン生産しておるのですよ。ところが、公式発見された後三、四年たって三十五年にはピークになりまして、何と四万五千一百四十四トン。公式発見されてから四年たった三十五年にはピークですよ。そして四十三年まで流し続けてきた。こういうことがあるわけでございます。
 私は、せんじ詰めて言えば、原因発生とか拡大とか救済、こういう問題についての国の政治、通産行政の責任は非常に大きいと思うのですが、これについて通産省はどういう考えを持っておられますかを聞きたい。

発言情報

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発言者: 馬場昇

speaker_id: 10581

日付: 1991-12-03

院: 衆議院

会議名: 環境委員会