馬場昇の発言 (環境委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○馬場委員 議論すると時間がないのですけれども、全然認識不十分。言えばもうたくさんあるのですけれども、例えば化学工業会というのがあったでしょう。これは通産省が指導するのですね。原因究明のときにわざわざそこから大学の学者の先生を出して、水俣に行って、チッソの排水が原因ではないということを宣言して、これは戦争中に爆弾をあの不知火海に、水俣湾に落としたこの爆弾説だというのを言ったのは通産省が指導しておる化学工業会でしょう。その次はアミン説というのを言いました。そしてもう一つは、化学工業会なんか、いやこれは農業説だ、全然排水を調べもしないでそういうことを、原因は別だ別だと言ったのは通産省の指導じゃないですか。そんなこと、たくさんありますけれども、時間がないので、その反省がなしには水俣病の解決というものはないと私ははっきり申し上げておきたいと思います。
 私が言いたいのは、通産省なんか予算はある、大分削って、済みませんでした、水俣病の解決のために予算を使ってくださいと。環境庁は予算も非常に少ない、通産省なんか予算が多い、削って持ってこい、そのくらいの責任はありますよ。
 それから、長官にお聞きしたいのですけれども、全然責任がないというようなことを言っていますが、実は歴代の環境庁長官は今言ったようなことと全然違う責任の発言をしております。例えば、大石環境庁長官は二十年前の国連人間環境会議に行かれて、「「水俣病」と呼ばれる有機水銀中毒事件は」「原因の究明がおくれたこと、政府を含め関係者による対策が手ぬるかったこと等により多数の悲惨な犠牲者を出しました。さらに阿賀野川流域でも同じような水銀中毒による死者、患者の発生を見るに至りました。早期に十分な救助の手をさしのべ得なかったことに政府は責任を痛感いたしております」こういうことを二十年前の国連人間環境会議で言われました。昭和四十八年四月六日にこの委員会で当時の三木環境庁長官は「責任について深く反省する」、こういうことを言われました。昭和五十二年五月二十六日に石原環境庁長官は「加害者という立場に立っておったのじゃないか、そういうような真剣な反省というものが非常に必要ではないか、」「不作為に終わったということの責任は、私は十分感じておる次第でございます。」こういうことを言っているのです。そして「間接的なつまり加害と言われても仕方のないケースもあったと私は思わざるを得ません。」これを石原環境庁長官は言っておる。昭和五十三年に山田環境庁長官は、「いろいろわれわれの中にそういう足りなかった点、その点については、十分その点での責任」を痛感しております。昭和六十年に石本環境庁長官は、「もとをただしましても、そういうものの経過を考えましても、責任はあるというふうに私も思います。」それから、昭和六十二年に稲村環境庁長官は、「行政としての責任はもちろん感じております。」それから、昨年の六月に北川環境庁長官は、「早く対応しておれば少数の被害で済んだのではないか、全くそのとおりだと思います。」こういうぐあいに、不作為の責任というものも含めて、みんな責任を考えておられるわけですが、各大臣が言ったこの責任というものについて、中村長官も全くそのように考えておられるのかどうか、そのことについてお尋ねします。

発言情報

speech_id: 112204006X00219911203_014

発言者: 馬場昇

speaker_id: 10581

日付: 1991-12-03

院: 衆議院

会議名: 環境委員会