安田範の発言 (商工委員会)
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○安田(範)委員 御答弁ありましたけれども、なかなか率直に言ってそう簡単には理解できないわけなのです。というのは、一九七〇年代のビジョンというのがありましたね。その中の通産政策の目標ということで、第一の柱として、人間性豊かな生活の確保というのが出ているのですよ。これはまさに、今回のゆとりと豊かさと同じような形で、やはりそのときの通産省での考え方をまとめられた、まあ一つのビジョンを示したということなのですが、二十年も過ぎて、この中に書いてありますようにいろいろ、経済成長は果たしたけれどもやはりなかなか生活のゆとりとか豊かさが実感できない、こういうようなことが反省点としてあって今日出てきたのかなというふうには思うのですが、それと同時に、反省点だけじゃなくて、今日の経済の伸展の状況からすれば当然のこととしてこのことは提起をされたのであろう、こういう面でも受けとめられるわけなんですね。特にヨーロッパ先進諸国等々の比較の中におきまして、日本の一般の国民、特に勤労市民、こういう人たちの今日の生活の実態、こういうものの中から判断をいたしますると、非常に劣悪といいますか劣っている部分が多い、このことをやらないと、やはりもう政権とかそういうものにもいろいろかかわりが来るというようなことも反省点として出てきたのだろう、こんなことを踏まえて私どももこれを見させていただいたのですが、そういう中で、個々の問題について若干話を聞かせていただきたいと思うのですね。
一つは、概括的に、ゆとりと豊かさという言葉を使うのです、ゆとりと豊かさ。これは、どなたがどういう立場でお聞きをしましてもこのことについてノーと言う人はいないと思うのですね。が、しかし、本当の意味でゆとりと豊かさというものを考えてみた場合に、何が豊かさなのか、何がゆとりなのだろうか、こういうことで考えますると、国民それぞれの間で受けとめ方はまちまちだと思うのです。いろいろ、状況の変化、生活の実態の状況も違いますから、あるいは意識の変革も大分あるわけでして、そういう面からしますると、ゆとりとは何だ、豊かさとは何だ、こういうことに気づいてくるのじゃないかと思うのですね。そういう意味についてひとつ簡潔に認識をお聞かせいただけませんか。