中山正暉の発言 (予算委員会)

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○中山(正)委員 おはようございます。
 新しい内閣が誕生いたしまして初めての予算委員会でございますが、総理大臣に心からおめでとうございますと、改めてこの委員会として御就任に祝意を表したいと思いますし、宮澤内閣、第一次内閣にお入りになりました閣僚の皆さんにも、重大な責務を果たしていただくその栄光の座にお座りになった皆様方に、これまた改めておめでとうございますと、ひとつ御健聞いただきたいということをまず祝意とともに敬意を表したいと思います。
 宮澤総理は、まず終戦のころには津島寿一大蔵大臣の秘書官として焼け野が原の中で大変御苦労なすった長い長い歴史を持っておられると思います。御自身も衆議院議員を務められた御尊父様の跡を継がれたということもございましょうが、宮澤三兄弟それぞれに大活躍をしていらっしゃいます。特に、私も九段の宿舎に住まいをしておりますが、あのすぐそばにフルブライトの事務所が、古い建物が残っておりますが、あの苦しい中で、終戦の中から、長い間御努力をなすってフルブライト試験に合格をされて、大蔵省と外務省で取り合いになって大蔵省にお入りになったという宮澤総理でございます。
 まず、二十八年に参議院議員に御当選になりました。そのお若いころ、個人的なことで恐縮でございますが、私の参議院のおやじが緑風会におりまして、ちょうど議員会館の部屋が隣の部屋であった。大蔵省の分室なんか聞いたら、お若い宮澤総理が気軽にすっと入ってきて教えていただいたというようなことを本当にきのうのことのように思い起こすわけでございますが、総理大臣としてこの席にお座りになって、特に、難しいこれからの世界の中の日本、あのころ、終戦のころの日本とは全く立場が変わったわけでございますが、新総理として、これから世界に向かって日本がどんな務めを果たすか。特にこの国会は、三十六日間の会期の中に、PKOというものを主眼にして世界に貢献をする、日本がいかなる立場をこれからとるかということを審議する国会でございます。
 まず、宮澤総理に、御所信と申しますか御抱負と申しますか、いかなることを考えておられるのか承りたい、かように思います。

発言情報

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発言者: 中山正暉

speaker_id: 32328

日付: 1991-11-14

院: 衆議院

会議名: 予算委員会