中山正暉の発言 (予算委員会)

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○中山(正)委員 実は、私は、さっき言いました、外務大臣もおっしゃいましたが、将来の日本が心配だとおっしゃった。私は、このまま日本が平和憲法を持っていくならば、日本がつぶされないような国にしておかなきゃいかぬ、それには国連の機構を一つでもいいから日本に引っ張ったらどうだろう、これが本当のねらいでございます。まさか、日本に国連の機構があるのに日本を攻撃しようなんて言ったら、世界じゅうから非難をされる。私は、その知恵を出さなきゃいけないと思うのです。だから、核軍縮の機構が置いてある日本に原爆は落とせない、そんなこと考えておかないと、このちょっと精神の緩んできたといいますか、何となく日本は目標を失う。
 これは、山本七平先生がある会合でおもしろい話をされましたのは、昭和二十年から昭和三十五年まではわだつみの時代、戦争反省の時代。それから十五年は、今さっき言いました池田総理の経済繁栄の、上を向いて歩こうの時代。それから後の昭和六十五年まで、平成の二年までですね、これが、この十五年が歴史と伝統を見直す時代。確かに、何かお祭りが復活したり、何か琴や三味線とか民謡の大会がたくさん持たれたり、そういう三つのブロックが過ぎたら、日本は目標を失う。日本の目標って一体何だということになってくる。ですから、私は、次は何かと、つぶされない算段をしなきゃいかぬ。
 私はさっきちょっと爆撃の話をしましたが、これ、ちょっと写真で大きくしました、昔の十円でございます。十円札、これはイノシシ、有名なイノシシのマークがついています。大正七年ですかね、イノシシは、和気清麻呂という人が、例の弓削道鏡が孝謙天皇、女の天皇様でございましたが、二回天皇についておられますが、女の天皇様を天皇にしようとしたんですね、それを何とか阻止しようとして宇佐神宮へ行かれて御託宣を受ける。そのとき、暗殺、テロが来るのですが、そのテロをイノシシが救ったんですね。イノシシがそのテロに体当たりしたわけでございますね。そのために、イノシシをここに入れてあるわけであります。この十円、これは昭和十七年ですか、法律で金の兌換を停止したのが、大蔵省が停止したのが。昭和六年ごろに本当の兌換は停止されていますけれども、これ。
 それから、終戦になりましてからはいろいろな十円が出ました。もうそれはひどいもので、お金を見ればその国の勢いがわかるといいますけれども、本当に今のルーブル紙幣みたいですね。それから、これ見てください、十円札、いいときのは番号も全部組番号まで入っているのですが、さあ戦争が済むころになると番号もなくなってしまうのです。それで、証紙が張られた。これはソビエトでは貨幣の切り下げができなかったんですね。みんな床下貯金をやっていたんです。それを三日間でやりましたが、それでゴルバチョフも大変苦労をした。日本は進駐車の命令でございますから、「この場所にごみを捨てるな、マッカーサー」なんという、私子供のころに忘れられない言葉が書いてあるのを見たことがありますが、それで今度は十円札が出てきました。これは昭和二十一年、何とこれが今でも通用しているんですね、大蔵省さん。
 何書いてあるか、このお札は。これはこっち側は米と書いてある、こっちは鎖が張ってありまして、中に天皇の鳳凰を閉じ込めて、ここを二つに折りますと、進駐車がヘルメットをかぶって横顔、金網の中で天皇を閉じ込めたということになります。そして、この国会議事堂の前に植え込みがあるのは、これは戦艦大和が沈んでいくところをデザインしたそうです。それから、裏にぽちぽちがあります。四十八あります。そのときアメリカが四十八州だったんですね。何でこの米国と書いたお札が今でも大蔵省で通用しているんですかね、これもうぼつぼつやめたらどうですか。今でもこれ、コイン屋さんで買ったら千五百円です。きのう安いのを買って、これは千五百円ですね。上に値札が張ってあります、千五百円、十円札。
 アメリカは、なかなかお札にマークを入れるのが好きです。これは一ドル紙幣ですね。一ドル紙幣には、こっち側にピラミッド。これはアラブの代表がここに入っています。そして、神様の目玉というのが入っています。そこの上にラテン語でANNUITCOEPTISと書いてありますが、これは大蔵省で調べてもわからなかったのですけれども、国会図書館で一生懸命調べましたら、神は我が事業に好意を示すということだそうです。このピラミッドの下にNOVUSORDOSECLORUM、ニューワールドシステムだそうです。それから、ピラミッドの下にはMDCCLXXW、一七七六年、アメリカ建国の年。それが、ピラミッドが途中でとまっています。これはアメリカが未完成である。しかし、こっち側はイスラエルのマークが入っています。アメリカというのはアラブとイスラエルを踏んまえている国だと。キリスト教とユダヤ教とそしてイスラム教が仲よく住んでいたマドリッドでこの間中東和平会議をやった意味はそこにあるわけなんですが、そういういろいろなサインをつける。
 そして、こっちはワシがオリーブの葉っぱと矢を握っていますが、これは戦争でも平和でもアメリカはどっちでもできるという意味だそうです。そして、このワシがリボンをくわえています。片一方はUNUM、単一、それから片一方は複数という意味が書いてあります。神は複数にして単一なり。ローマ字でONEと書いてあるのは、これは一ドルだけなんです。ほかは皆アラビア文字で書いてあるのです。EPLURIBUSですね、複数。アメリカ大使館でも、記者会見するときに後ろに大きなワシの大統領のマークが出ますけれども、あのワシがくわえているリボンは、片一方は単一、片一方は複数。
 だけれども、私はアメリカとの関係は大事だというのは、これは珍しいお札でございます。これはアメリカが宣伝のために裏に宣伝文句を印刷して爆撃が終わった後にまいた十円でございます。これは竹下総理にも一対差し上げたことがあります。何と書いてありますかというと、「日本人諸君!銀行や債券に入れた金は何の役に立ちますか。今日の必用品、又は将来使用する様な物は今の中に買って置きなさい。残品は少くなりました。空爆の為こ空襲のためですね、「空爆の為、多くの店は閉ぢ、或ひは短時間しか開けられていない様になります。この困難なる時期を凌げる様、食物、着物、日常品等を買ひ給へ。お金は飢を癒やしたり、着物としては使用出来ません。債券で泣く幼児をなだめる事は出来ません。賢者であればこ賢い人であれば、「今金を貯めず、品物を買ふでせう。今はお金の時代ではありません。物の時代です。」と書いてあります。
 片一方、こっちは何と書いてあるかというと、「軍閥が」、そのころ使っていた言葉ですからお許しをいただいて、チャイナというのはいいのですが、隅っこの国という名前をつけてしまった、日本語で支那と呼んだのがいけなかったのですね。チャイナというのはいいのですが。支店の支と書いて国と書いたから中国の人が怒ったので、この支那と書いたのも日本人のおごりでございましたが、「軍閥が支那と戦争を未だ始めて居なかった昭和五年には十円で次の物が買へた。」と書いてあります。「上等米二斗五升 或ひは夏着物八着分の反物 或ひは、木炭四俵 支那事変勃発後の昭和十二年には十円で次の物が買へた。下等米二斗五升 或ひは夏着物五着分の反物 或ひは木炭二俵半 世界の最大強国を相手に三年間絶望的戦争を続けた今日、十円で次の物が買へる。暗取引にて上等米一升二合 木炭少額(買ひ得れば)木綿物なし以上が諸君の指導者の云ふ共栄圏の成行きである!」と書いてあります。これが空襲が済んだらぱらぱら、ぱらぱらと空から降ってきたんですね。
 これは、私どもマリアナ通信なんというのをよく見ました。マリアナ通信には、「大阪、神戸は灰の山、花の京都は後回し」なんて書いてありました。塩川先生じきりにうなずいておられますが、そのアメリカと今、米でもめているのですね。これは本当にどうしたらいいのか。
 この間も、農林水産大臣になられる前のときに、ちょうど掃海艇部隊が帰ってきました。掃海艇部隊のまた指揮官の落合さん、あの人が何と沖縄で最後の海軍こうの中で自殺をされた大田少将の御令息だそうでございますね。私はくしき因縁だな、後世沖縄に特別の配慮を。沖縄開発庁長官がこの間特別措置法がもう切れるので何とかしたい、これも今ついでのことに申し上げておきますが、この間テレビでお話を伺わせていただきました。その大田少将、六月の十六日に海軍こうの中で「大君の御旗のもとに死してこそ人と生まれしかいぞありける」という辞世の句を詠んで亡くなっておられます。
 田名部農林水産大臣、大変御苦労でございますが、本当にこれ総理大臣がお書きになったものを読んでみますと、もしウルグアイ・ラウンドで関税化するならば七〇〇%になると書いておられましたですね。私どもは、これは大都市から出ていますので、安い米を買えたらいいななんという人がたくさんいます。それからまた、これはアメリカのことを米国なんて名前をつけて、米を売りに来たって怒っているのもおかしいななんて言う人がいます。第二次世界大戦には、戦略物資というのは二十一あったんです。二十一あったうちで、アメリカは十七持っていました。それは戦争に勝つ国ですから、十七持っていました。日本は何を持っていたかというと、一つだけ持っていた。米です。米を持っていて戦争に勝てたかという話が聞こえてまいります。
 ですから、これ、いろいろと難しい問題。私どもがこれからアメリカとかヨーロッパと協調していかなければならないときに、食べる、食事というのは、食という字はこれは人によいものを、事という字はこれは占いの易学でぜい竹をぱっと決めて一本すっと抜くときの字が事という字でございますから、これは食事というのは、人によいものを占って決める。今回〇%が米を食べていまして、三六%はもう麦になってしまいました。
 昔は食管制度の中で、私は食管制度という自由主義経済の中で社会主義経済をやっていたら、それは国鉄と同じで、国鉄も国が金を失うと書いて国鉄と書いてありましたが、ついにJR。JRになると何となくジェニアールと聞こえるような気がするのですが、とにかく米の問題は、アメリカも米を入れてどうのこうのということは私はないと思うのです。これは象徴として扱われると思うのですね。ですから、その象徴として扱われるものに対して日本人が心意気を示さないと、いろいろなところでまたいろいろな反発が出てくるので、そういう言葉を聞きますが、私は党の方針に従って、党員でございますから進みますけれども、そういう話が聞こえてくるのに対して、田名部農林水産大臣、大変難しいときに農林水産大臣になられて本当に御同情を申し上げておりますが、これまた難儀があると書いてありがたいと言いますから、これを乗り越えられるとあなたはもう国際的な大政治家になられると期待をしておりますが、ちょっと御答弁をいただけますか。

発言情報

speech_id: 112205261X00219911114_014

発言者: 中山正暉

speaker_id: 32328

日付: 1991-11-14

院: 衆議院

会議名: 予算委員会