宮澤喜一の発言 (国際平和協力等に関する特別委員会)

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○宮澤内閣総理大臣 我が国は、憲法のもとに軍事大国にならないという決心をいたしまして、今日までその道を歩んでまいりました。また、今後もそうでなければならないと思います。そのような我が国の歩みの中で、これは戦後しばらくの間はやむを得なかったことでございますけれども、世界の平和というもののいわば一方的な受益者であった。これは、援助も受けておった国でございましたし、やむを得ないことでございますけれども、長いこと受益者である立場を続けてまいりまして、世界の平和に積極的に貢献をするということは大変に少なかった。軍事的に貢献できないことは当然でございますけれども、これだけの経済大国になった場合にもっと貢献をすべきではないかということは、自然に我が国が成長するとともに世論の中に起こってまいりました。
 ODAはその一つの道でございます。これは確かに我が国として、今や世界一、二のODAの供与国になったということは、我々の協力の一つの道でございますけれども、それでもなお、日本は繁栄するに従って世界の平和にただ乗りをしているのではないか、必要な保険料を払わずに保険だけを受けておるのではないかという批判は、我々がしばしば長いこと受けてまいったところでございます。しかし、それでも軍事的に協力をすることはできない、このことは今日まで明白にしてまいりました。
 しかるところ、米ソの間の冷戦が終わりました。その段階であのようないわゆるガルフ戦争が起こりました。ガルフ戦争というものが、お互い記憶いたしておりますようにサダム・フセインという人の侵略が非常に明白でありましたために、国連が安保理事会においてこれに対応するということが現実に起こってまいりました。これは米ソの間の協力関係が生まれたからでもございますけれども、余りに侵略が明らかでございましたので、国連安保理事会は十幾つの決議を重ねてこの侵略を排除いたしたわけであります。その状況を日本国民は見ておったわけでございますけれども、したがって、その国連に対して財政的な援助をしなければならないというコンセンサスは比較的国の中で早く生まれておったと思います。
 が、しかし他方で、たまたまあの地域が我が国に対する石油の大きな供給源であったということもございまして、金だけで済むのだろうかということは、国外からも批判がございましたけれども、国内でも国民の間で大きな議論になったわけでございます。その場合、初めてと言っていいほど、我々国民が平和の一方的な受益者であっただけでよろしいのか、こういう場合にさらに積極的に貢献する道はないのか、殊さら、この紛争の処理の中心にありましたのが国連安保理事会でございますので、これに対して我々は何もできないのだろうか、しなくていいのだろうかという議論は非常に国内に高まったわけでございます。
 そのようなことから、我々が金だけでなくさらに人的な貢献をいかにしたらできるのか、またそのことが適当であるかないかといったような国内の議論の中から、当初政府が御提案いたしましたような人的寄与の考え方が生まれてまいりました。それにつきましては、国会でいろいろ御議論があり、また各党でいろいろな御検討がありました。その結果といたしまして、ただいま御審議をいただいておりますような国としての人的な貢献といったようなものをすべきではないかという、そのような問題意識を持ちましてこの法案を御審議いただいておるわけでございます。
 つまり、四十何年の国の繁栄の歴史の中から、我々が憲法で許される範囲で世界の平和に国連を中心としてどのように寄与すべきかという問題についていろいろな議論が行われました。憲法で許されておりませんことは、これはやってはならないことであります。しかし、そうであるならば、憲法で許される精いっぱいのことは我々としてしているということによって、何ゆえにそれより先のことはできないかということをむしろはっきり世界に申すべきである、また、それを申すためには許されることはきちんとやっておるということが、我々が世界の平和に誠実に貢献をしているということを示すゆえんであろうというふうに考えております。

発言情報

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発言者: 宮澤喜一

speaker_id: 13804

日付: 1992-06-11

院: 衆議院

会議名: 国際平和協力等に関する特別委員会