ロバート・リケットの発言 (法務委員会)
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○リケット参考人 制度上の変化それぞれありましたけれども、今現在のところ、外国人でいえば永住権を求める外国人、つまり永住権を得る外国人だけから十指指紋をとりますけれども、その前はそれぞれの長い――まあ指紋はアメリカではまた別の意味を持っているんですけれども、その制度がどこから来たかということをむしろさかのぼってごく簡単な形ででも説明させていただいた方がいいと思います。
アメリカでは指紋の話が初めて出たのは一九三〇年代ですね。ナチス・ドイツが強くなっていたし、やはりいろいろそういう政治的背景からどうもアメリカにいる外国人の指紋をとらなければいけないんじゃないかという考え方がありまして、それで一九三七年の二月十六日、アメリカの議会で議論されたわけです。当時アメリカの労働省の、大臣に当たる人間ですけれども、大臣はすごく反対しまして、これは一九三七年の段階ですけれども、大臣はこういうふうに言いました。登録といいますと常時携帯義務、指紋押捺ということだったんですが、引用しますと、
登録は結果として三千五百万人以上の在米外
国人を困惑させ、不便を感じさせるだけに終わ
るだろう。包括的な外国人登録は、合法的に滞
存する外国人と他の住民との間に差別的な区別
を設け、さらに、比較的に少数の不法滞在者を
見つけるというむだに近い努力のために、彼ら
大多数に出費と屈辱を強いるだけになろう。い
かなる登録制度の導入の是非を問う際にも、そ
れがアメリカ型の政治体制から完全に逸脱し、
個人に対する警察管理の厳しいヨーロッパ型の
政治体制への逆戻りを意味するということを率
直に認めなければならない。一旦、このような
制度を外国人に適用すれば、似たような措置が
アメリカ市民へも適用されるのは時間の問題だ
ろう。包括的な登録に反対する主な理由はその
ような制度は外国人を普通の住民と違うカテゴ
リーに分類することになり、その上彼らに、自
分だちが歓迎されない劣等な差別対象であると
の印象を与える効果をもたらすからである。そ
して、それは彼らに、我が国における法の下の
平等の原理に反すると解釈されるだろう
という、当時、一九三七年のアメリカの労働省の大臣の話ですけれども、しかしながら、その後三年たちますともうヨーロッパでは戦争が勃発するし、ナチス・ドイツとソ連が不可侵の協定を結んだところでアメリカの中では反ナチス、反共ヒステリーに近いような状態になってしまったところでこの法案が通りました。以来ずっと、一応戦時立法として通りましたし、そういうふうにアメリカの中でも認識されているわけです。そこからアメリカの外国人登録法が始まったわけであります。