法務委員会

1992-04-07 衆議院 全136発言

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会議録情報#0
平成四年四月七日(火曜日)
    午前十時二分開議
出席委員
  委員長 浜田卓二郎君
   理事 鈴木 俊一君 理事 田辺 広雄君
   理事 津島 雄二君 理事 星野 行男君
   理事 小森 龍邦君 理事 冬柴 鐵三君
      愛知 和男君    石川 要三君
      大島 理森君    武部  勤君
      小澤 克介君    沢田  広君
      仙谷 由人君    高沢 寅男君
      谷村 啓介君    松原 脩雄君
      倉田 栄喜君    中村  巖君
      木島日出夫君    中野 寛成君
 出席政府委員
        法務大臣官房長 則定  衛君
        法務大臣官房審
        議官      本間 達三君
        法務省入国管理
        局長      高橋 雅二君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (関東学院大学
        法学部教授)  萩野 芳夫君
        参  考  人
        (在日本朝鮮民
        主法律家協会幹
        事)      殷  宗基君
        参  考  人
        (愛知県立大学
        外国語学部教
        授)      田中  宏君
        参  考  人 
        (和光大学文学 ロバート・
        科助教授)    リケット君
        参  考  人
        (弁 護 士) 金  敬得君
        法務委員会調査
        室長      小柳 泰治君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月七日
 辞任         補欠選任
  坂本三十次君     大島 理森君
  大内 啓伍君     中野 寛成君
同日
 辞任         補欠選任
  大島 理森君     坂本三十次君
    ―――――――――――――
四月七日
 夫婦別氏・別戸籍の選択を可能にする民法・戸
 籍法の改正に関する請願(宇都宮真由美君紹介
 )(第八九八号)
 同(森井忠良君紹介)(第八九九号)
 同(遠藤和良君紹介)(第九四九号)
 同(長田武士君紹介)(第九五〇号)
 同(馬場昇君紹介)(第九五一号)
 同(長田武士君紹介)(第九九〇号)
 同(井上一成君紹介)(第一〇一〇号)
 同(岡崎トミ子君紹介)(第一〇一一号)
 同(岡崎宏美君紹介)(第一〇一二号)
 同(北沢清功君紹介)(第一〇一三号)
 同(清水勇君紹介)(第一〇一四号)
 同(田中昭一君紹介)(第一〇一五号)
 同(竹村幸雄君紹介)(第一〇一六号)
 同(辻一彦君紹介)(第一〇一七号)
 同(戸田菊雄君紹介)(第一〇一八号)
 同(堀込征雄君紹介)(第一〇一九号)
 同(串原義直君紹介)(第一〇四三号)
 同(中沢健次君紹介)(第一〇四四号)
 同(池端清一君紹介)(第一〇五五号)
 同(村山富市君紹介)(第一〇五六号)
 非嫡出子差別を撤廃する民法等の改正に関する
 請願(後藤茂君紹介)(第九〇〇号)
 同(永井孝信君紹介)(第九五二号)
 同(永井孝信君紹介)(第九九一号)
 同(永井孝信君紹介)(第一〇四五号)
 夫婦別氏・別戸籍の選択を可能にする民法・戸
 籍法改正に関する請願(伊藤忠治君紹介)(第
 九〇一号)
 同(中村巖君紹介)(第九五三号)
 同(春田重昭君紹介)(第九五四号)
 同(細川律夫君紹介)(第九五五号)
 同(松前仰君紹介)(第九五六号)
 同外二件(松原脩雄君紹介)(第九九二号)
 同(近江巳記夫君紹介)(第一〇五七号)
 同(中村巖君紹介)(第一〇五八号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 外国人登録法の一部を改正する法律案(内閣提
 出第七号)
 外国人登録法の一部を改正する法律案(高沢寅
 男君外三名提出、衆法第四号)
     ――――◇―――――
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浜田卓二郎#1
○浜田委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、外国人登録法の一部を改正する法律案及び高沢寅男君外三名提出、外国人登録法の一部を改正する法律案の両案を、一括して議題といたします。
 本日は、両案審査のため、参考人に御出席をお願いいたしておりますが、まず、午前の参考人として、関東学院大学法学部教授萩野芳夫君、在日本朝鮮民主法律家協会幹事殷宗基君、愛知県立大学外国語学部教授田中宏君、以上三名の方々に御出席いただいております。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人各位におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 両案について、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 御意見の開陳は、萩野参考人、殷参考人、田中参考人の順序で、お一人十五分以内に取りまとめてお述べいただき、その後、委員からの質疑に対しお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、発言の際は、その都度委員長の許可を受けることになっておりますので、あらかじめ御了承をお願いいたします。
 それでは、萩野参考人、お願いいたします。
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萩野芳夫#2
○萩野参考人 萩野でございます。この委員会におきまして、私のつたない意見を申し上げることを大変光栄に存じます。
 私を推薦くだすった党が何党であるのかということも実はよく存じておりませんで、もちろん打ち合わせをしたわけでもございませんので、その辺、食い違いも多いことと存じます。御容赦いただきたいと思います。
 今回は、政府の案と対案とが出されております。この二つを比べてみますと、極めて大ざっぱに見ますと、対案の方がいささか理想に近いと評することができようかという印象を持っております。
 私は、長年の間、人権尊重を至上とする立場で研究をしてまいりました。ただ、その場合、私は一介の研究者でございますので、法律実務家、とりわけ判例研究などやる場合には、裁判官、検察官、弁護士の方々がどういった点に御苦労されたか、その点をできるだけおもんばかるようにいたしました。また、行政の任にある方々の御説明もできるだけ聞かなければならないという立場でやってまいりました。
 さて、今回、この時点でどういうふうな立場に立つべきかという点につきましては、この場は大変重要な法の制定という責任の重い場でございます。法的安定性、法的な妥当性の観点、人権とともに、我が国の主権の尊重、社会の秩序と安全、そういった極めて重要な問題がかかわり合っております。そう考えますと、最初に、対案と政府案と並べて対案の方が理想に近いと申しましたけれども、では直ちにその対案の方で立法化をお進めいただきたいというふうに私は申し上げることができません。個々の問題について、やはり検討をさせていただきたいと思うのであります。
 外国人登録法の前回の改正のとき、昭和六十二年、一九八七年でございますが、そのときにもお呼びいただきましたので、特に指紋押捺の問題について意見を述べさせていただきました。その際申し上げましたことは、この制度を実施しなければならない必要性と合理性が実証されない限り、個人の尊厳を保障する日本国憲法十三条の規定、それから十四条の平等権の保障、三十一条の適正手続条項及び国際人権B規約の七条の品位を傷つける行為の禁止の規定、それから二十六条の平等条項から見て、指紋押捺を強制することは人権侵害の疑いがあると申しました。そして、指紋押捺を強制されない権利は発展途上のものであるということも申しました。つまり、その意味は、どんな場合にも指紋押捺を強制することは許されないのだという意味ではなくて、そのような意味で絶対的に確立している権利という意味ではなくて、必要性、合理性がある場合には、一定の場合には、制度として残しておくことは憲法上も許される、そういう趣旨でございました。
 先年、私の勤務しておりました大学の学生が当時の西ドイツに留学することになりまして、十指指紋をとられた、そのときには涙が出たということを言っておりました。これはその指紋の問題を象徴的にあらわしていると私は思います。それは、指紋というのは、そのように押させられる側にとっては涙がこぼれるほどのものであるということと、もう一つは、場合によりますと、その国の主権の保持という観点からいたしますと、社会の安全とか治安とかいろいろな考慮があると思いますが、そのような観点から指紋を強制されるということがあり得る、ドイツの例を見てあり得るのだからというような言い方をすることはいささかどうも単純過ぎるかと思いますが、私のこれまで研究したところによりますと、いろいろな国々の最高裁判所あるいは憲法裁判所の判決を調べましても、指紋押捺強制が違憲である、直ちに人権侵害であるとした判決は見当たりません。
 我が国の法律の母法でありますところの一九四〇年のアメリカの外国人登録法、これにつきましても何件か訴訟が起こっておりますが、この最高裁判所の判決を見てみますと、指紋押捺強制が違憲であるという立場をとったものはありません。ただ、適正手続に反して指紋を強制する場合は憲法違反である、そういう判決の立場でございます。
 そこで、今日の段階で、我が国におきましてこの指紋問題をどう考えるべきであろうか。大変難しい問題でございます。最近、外国人の不法就労のケースがふえておるということでございますが、私はその点については、だからといって指紋を置いておかなければならない、強制しなければならない、それはどうも説得力が弱いと思います。つまり、不法就労であるかどうかというのは政策の選択の問題でございまして、今不法だけれどもそれを不法でなくしてしまえばそれまでのことという面がございます。
 ただしかし、そのことに関しまして、私は最近東南アジアの国に住むことが多いのでございます。と申しますのは、夏休みと春休みは大体外国に行きまして、フィリピンの大学に日本研究センターというのを設置いたしまして、そこで日本のことについて講義をしております。
 余談になりますが、日本のことについて余りよく知られていないのです。日本が軍国主義の国とか全体主義の国というような誤った見方をしている人もたくさんあります。私、大変残念に思いまして、毎年、年に何カ月か講義に行っておるのでございますが、そういう生活環境の中で見聞きしたところから申しますと、向こうの人たちは、日本に対する熱と申しましょうかあこがれと申しましょうか、大変熱心です。政府も、外国に出稼ぎに行けという政策をはっきり掲げております。現実に向こうの人たちは、日本に行って稼ぐことに大変な熱意を持っております。そこで考えてみますと、そういう人たちは間々旅券を偽造、変造する、できれば日本人のでございますが、そして、日本に来た場合にどのような仕事にでもありつけるような外国人登録証明書を偽造する、多分そのようなこともあり得るかなということを向こうで生活しておりまして痛感することがございました。
 そこで、私は、指紋押捺という制度はない方がいいと思っております。ただ、さあ、今なくしてしまえるのかなということになりますと、行政当局の御説明のように、まだなくしてはしまえないのだ、そういうお話を聞きますと、やはりまだ無理かなという印象を持っております。
 それから、あとはまた御質問がございましたら御説明するといたしまして、次の問題は、外国人登録証の携帯義務の問題についてでございます。主な問題だけについて申し上げたいと思います。
 私は、外国人登録証の常時携帯義務の強制は、その強制の仕方によっては人権侵害のおそれがあるものだと思ってまいりました。つまり、何の必要もないのに例えば警察官が携帯の有無を尋ねる。よく前から例に出されてきましたのが、おふる屋さんに行っている途中で警察官に外国人登録証持っているかと聞かれて、ズボンをかえてきたので家に置いてある、おふる屋さんに行くときになくしたりしてはいけないから、そんなふうな説明をしても許されないで同行させられる場合があるんだというようなことが間々言われましたけれども、もしそういうふうなことがあり得るといたしますというと、これは人権の問題といたしましても、具体的には例えば憲法二十二条に居住、移転の自由が保障されておりますが、移転、これは今日では広く移動つまり旅行なんかも含めて解釈されておりますが、それを非常に制限することになるであろう。だから、この携帯義務の強制の仕方がどうであるのか、人権の上からして大変問題であると考えてまいりました。
 この点につきましては、前のときにも衆議院及び参議院の各法務委員会において附帯決議がされていて、外国人に対して配慮してほしいというようなことでございました。そのことが現実には生きているとみえまして、何でもお聞きしたところでは、非常に多かったときに比べれば、今では検挙件数は百分の一になっているということでございますので、今、私極端な例を挙げましたが、多分そのような例はもうほとんどなくなっているということだと思います。
 それと、刑罰の問題でありますが、私は以前から、このようなケースについて拘禁刑で処罰をするのは当を得ていないということを申してまいりました。罰金刑によって間接的に所持を強制する、せいぜいそこまでであるということを申しておりました。ところが、これはもう先年に改正になってしまいましたので、私が求めていたところはもう既に実現されてしまっているということであります。
 あと、刑罰ではなくて過料にしたらどうか、というのが対案の趣旨でございますが、その点につきまして、それも理想的なように見えるのですが、ただ本質的に考えますと、外国人というのは、日本人に極めて近い生活をしておりましても、外国に対して忠誠義務を持つ存在という点は変わりません。その点から考えますと、日本国民が住民登録を怠った場合あるいは何か証明書を所持しなければいけないときにそれを持たなかったのと全く同じに考えていいのか、その点は疑問でありまして、その点、今日の国際化社会においても、外国人であり続ける限り、これが一定の刑罰によって強制されてもやむを得ないのではないかという考えを持っております。
 さて、時間でございますので結びでございますが、私はこれまで論文の中で現行制度をいろいろと批判してまいりました。ところが、今も申しましたように、実は、私は大変進歩的なつもりでおりましたが、前の改正、今回の改正におきましてそれがもう全部実現されてしまうことになってまいりました。したがいまして、私は、今回の政府案で結構だという立場になるわけでございます。対案、最初に理想的と申しましたけれども、今申しましたように、本質論と申しましょうか根本的な理論の問題として考えてみますと、今の刑罰問題とか指紋制度そのものの根本のところからいたしますと、私自身が保守的になったことになるのかもわかりませんけれども、ちょっと踏み切れないところがございます。ただ、この委員会におきまして十分御審議の上、その点もう心配ないんだという結論になりましたら、一歩進んで対案の方向でお考えいただければというような考えを持っております。
 失礼いたしました。拍手
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浜田卓二郎#3
○浜田委員長 どうもありがとうございました。
 次に、殷参考人にお願いいたします。
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殷宗基#4
○殷参考人 ただいま御紹介にあずかりました朝鮮民主法律家協会の殷宗基です。私は、まず、私にこのような機会を与えてくださいました諸先生方に心から感謝と敬意を表します。
 御承知のように、今、日本国会に提出された外国人登録法一部改正案は、永住者及び特別永住者、以下永住者と総称いたしますが、これらについて指紋押捺を廃止し、それにかわる手段として写真、署名、家族事項の登録を新たに導入することを趣旨としています。
 永住者に限ってとはいえ、指紋押捺義務の廃止を決めたことは、それなりの改善措置と言えないこともありません。だがしかし、それにかわる手段が新たな管理につながるおそれがあるだけでなく、とりわけ外国人登録証明書の常時携帯・提示義務と外国人登録法違反に対する刑事罰制度については、何ら手つかずで残されております。このことからも明らかなように、今回の改正によっても、朝鮮人を初めとする在日外国人管理という外国人登録法の基本的枠組みには変化がないと指摘せざるを得ません。
 したがって、私は、この機会に、その適用を受ける在日朝鮮人の立場から、外国人登録法が朝鮮人を含む在日外国人の人権保障にふさわしい内容に速やかに改められることを願って、意見を述べさせていただきたいと思います。
 改めて指摘するまでもなく、在日朝鮮人は、最近パスポートを持って日本にやってきた外国人労働者や短期在留者でもなく、かつての日本の植民地により渡日を余儀なくされた人々とその子孫であります。しかも、今では三、四世が大半を占め、日本に生活の基盤をしっかりと築いています。このような歴史的事情を考慮するならば、日本政府は、かつて朝鮮人民に及ぼした被害と苦しみに対する過去の反省と謝罪に基づいて、それにふさわしく彼らを処遇すべきでありました。ところが、日本当局は、そのような処遇をするかわりに、彼らを治安、管理の対象とみなし、その人権を抑圧する態度をとり続けてきたと言えます。その姿勢は、現在に至るまで基本的な変化はないと思っております。
 その具体的なあらわれの一つが、外国人登録法の諸規定に基づく運用における過酷な人権侵害であります。
 外国人登録法は、専ら在日朝鮮人を主たる適用対象として制定され、最後の勅令である一九四七年の外国人登録令施行以後一九九〇年までの間に、登録法違反を理由に、実に五十二万人もの在日朝鮮人が送致されています。単純化して言えば、この数字は罰則の適用を受ける十六歳以上の在日朝鮮人四十五万人すべてが一回以上送致されたことを意味しています。
 外国人登録法違反事犯の中でも、登録証不携帯が突出しており、またささいな手続上のうっかりミスに対してさえも過酷な罰則が科されています。私たちが一致して求めているのは、すべての在日朝鮮人からの指紋押捺制度の全廃とともに、登録証常時携帯一提示と刑事罰制度の廃止を中心内容とする外国人登録法の抜本的な改正であります。これは、在日全同胞の所属団体、立場を超えての一致した要求となっています。
 指紋押捺制度の廃止が永住者以外の朝鮮人や他の外国人にも適用されるように、人権尊重の面から再検討されるべきであります。
 さらに進んで、外国人登録証の常時携帯義務制度が廃止されなければならないと思います。
 私たちが登録証常時携帯義務制度の速やかな廃止を求める理由は、この制度が人権侵害の武器として最大限利用されてきたからにほかなりません。ちなみに、在日朝鮮人送致件数に占める登録証不携帯の割合は、一九八四年が七〇・二%、八五年は六四・六%に達しています。
 登録証常時携帯・提示義務を口実にした警察官による人権侵害は、老若男女を問わず、また時間を問わず、無差別かっ日常的に行われてきました。銭湯に行く際に、あるいは近くの八百屋に用足しに出かけた際に、マラソン中に、果ては民族衣装であるチマ・チョゴリ姿で歩いていたところ、登録証の提示を求められ、不携帯で取り調べられたなどという信じがたい事例まで起きています。これらの事例における特徴は、いずれも朝鮮人であることを知った上で登録証の提示が求められているというところにあります。
 在日朝鮮人は、外国人登録証明書をいつでも所持していなければならないという精神的負担と、いっ警察官から登録証の提示を求められ、いつ不携帯で取り調べられるかもしれないという不安と苦痛にさいなまれています。未成年者である年端もいかない十六、十七歳の子供も、六十、七十歳を超える高齢者も、同様の立場に置かれています。
 日本関係当局は、弾力的、常識的運用の結果、最近検挙数が減少したことをしきりに口にしているようですが、そのことは、これまでいかに登録証常時携帯・提示義務条項を用いて過酷な人権弾圧を行ってきたかを示すものであります。あえて減少を口にするのであれば、そもそもこの条項が必要でなく、在日朝鮮人いじめの条項でしかないことを反証するものと言えるでしょう。問題の本質は、検挙数の減少にあるのではなく、登録証常時携帯義務の規定そのものにあると思います。
 次に私たちが求めたいのは、外国人登録法違反に対する刑事罰制度を、日本国民を対象にした住民基本台帳法による過料程度に緩和してもらいたいということであります。
 それは、外国人登録法違反における罰則が余りに過酷であり、近代法の原則の一つである罪と罰の均衡にも著しく反するからにほかなりません。外国人登録法違反は、一年以下の懲役もしくは禁錮または二十万円以下の罰金に処されます。これは、刑法の賭博罪よりも過失致死罪よりも厳しいものです。
 外国人登録法では、うっかりミスや誤りの訂正さえも刑事罰の対象になっています。住所変更届や運転免許証切りかえの遅延など、うっかりミスはだれにでもあり得ます。ちなみに、日本国民の住所変更届の遅延は、行政秩序罰ともいうべき過料とされています。また、運転免許証の切りかえをうっかり忘れたところで、救済措置があります。ところが、在日朝鮮人が住所変更届や五年ごとの登録確認申請の遅延など、外国人登録法の規定に違反すれば刑事罰に処され、前科がつくようになります。現に、うっかりミスによる住所変更届や五年に一回の登録切りかえの遅延などを理由に、多くの人たちが処罰されております。
 ちなみに、埼玉では警察が、市役所の告発もないのに、居住地変更登録の違反を理由に、一時的に本人が住んでいた会社の寮と、母親が住む他の市内の実家まで家宅捜索しています。日本弁護士連合会では、救済の申し立てに基づき調査した結果、同事件を外国人登録法違反に名をかりた人権侵害と判断し、再びこのような人権侵害が行われないようにとの警告書並びに勧告書を当該警察にそれぞれ送っているほどです。
 兵庫・加古川では、うっかりして登録の切りかえがおくれたことを理由に罰金五万円、また大阪では、五年ごとの登録切りかえの遅延により罰金七万円の求刑を受けました。本人たちが不服を申し立てて法廷で争い、いずれの裁判でも減刑にされただけでなく、執行猶予一年がつく異例の判決が出ております。もともと起訴に値しないものが不当に起訴されたものと言わざるを得ません。
 また、東京では、住所変更届を期日内にしなかったという手続違反で、区役所の告発もないのに、当人の勤める学校や自宅が家宅捜索された上、逮捕までされました。それだけでなく、大阪では、本名が間違って登録されていたので正式名に改める登録を申請したところ、手続が遅いことを理由に罪に問われ、懲役六月、執行猶予一年の有罪を科されています。外国人登録法では、間違いを正すことすら罪に問われるのです。
 以上はほんの数例にすぎませんが、これらからも、外国人登録法がいかに過酷な人権侵害法であるかは明白であると思います。
 もはや、戦後の冷戦体制下につくられた外国人登録法の抜本的見直しは時代の要請であると言えます。平和と協調の時代である二十一世紀を前に、朝鮮と日本の関係改善のための努力が重ねられ、新しい政府関係が築かれようとしています。国交正常化のための朝日政府間会談でも、法的地位問題の論議の中で外国人登録法の抜本的改正、つまり指紋押捺の全廃とともに、とりわけ登録証の常時携帯と刑事罰の廃止が重要に提起されています。
 私は、新しい時代の要求にふさわしく、日本も在日朝鮮人を初めとする外国人を治安、取り締まりの対象とみなす冷戦思考から、今や完全に脱却すべき絶好の時期にあると信じてやみません。人権の尊重なくして朝日両国民間の信頼構築などはあり得ないと思います。
 日本は憲法の前文で「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてみる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と高らかにうたっています。今内外では、かつて日本が朝鮮半島出身者を初めアジア諸国の人々に対して行った強制連行、従軍慰安婦問題など、半世紀もこれらの問題を放置してきた日本の政府の責任が問われています。そのことは、とりもなおさず、このような強制連行者やその孫、ひ孫である私たちの人権を引き続き侵害する外国人登録法の存在そのものを問い直しているのです。
 既に、このような特殊事情を考慮して、昨年の出入国管理特例法で、在日朝鮮人に特別永住による在留の一本化などの措置が講じられました。私は、とりあえず、このような措置が外国人登録法についても講じられ、出入国管理特例法との整合性が図られるべきであると強く主張するものであります。
 繰り返しになるかもしれませんが、私は、何よりもまず日本によって歴史的な反省と謝罪、償いがなされなければならず、あわせて協調と人権保障という時代の趨勢にふさわしく、内外人平等、法のもとの平等を説く国際人権規約を初めとする国際法や日本国憲法の精神に照らしても、外国人登録法は、指紋押捺制度の全廃、登録証常時携帯制度の廃止、刑事罰を行政秩序罰である過料程度に改めることを中心に抜本的に改正されるべきであると確信してやみません。
 外国人登録法の抜本的改正は、二十一世紀を前に、朝鮮半島と日本列島で生きる両民族が善隣友好の関係を築く上で越えなければならないハードルの一つであり、日本が国際社会において名誉ある地位を占められるかどうかを占う試金石の一つであると考えます。私は、諸先生方が、国際的要請と時代の趨勢にふさわしく、外国人登録法を抜本的に改正してくださるよう強く訴える次第です。
 発言の機会を与えてくださり、どうもありがとうございました。拍手
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浜田卓二郎#5
○浜田委員長 どうもありがとうございました。
 次に、田中参考人にお願いいたします。
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田中宏#6
○田中参考人 愛知県立大学の田中でございます。
 大変読みにくいものかもしれませんけれども、簡単なメモを用意いたしましたので、それをごらんいただきながら、しばらく私の意見を申し述べたいと思います。
 実は、ことしは、御存じのように対日講和条約が効力を発生して日本が再び国際社会に迎え入れられて四十周年を今月の終わりに迎えるわけで、日本が対日講和条約が発効して主権を回復したその日に公布、施行されたのがほかでもない外国人登録法であるということは、やはり想起する大変重要なことではないか。先ほどの参考人の先生方もおっしゃっていたようですが、内外人平等の原則の観点から、この法律をどういうふうに考えたらいいのかということに私はこだわりたいと思うのです。
 日本では、外国人は外国人なるがゆえに国民と著しく異なった取り扱いを受けてもやむを得ないのだということがごく一般的に言われてきていると思うのですが、ただ一つだけ例外があります。それは、税金を納めることについては、日本国民か外国人かということについて全く関係がない。
 私もいろいろなところで話をしたり学生に講義をしたりして、しばしば返される疑問は、「えっ、外国人も税金を払ってるのですか」という質問を私は随分受けます。これは、現在の日本の社会の状況にとって大変大きな問題をはらんでいると思うのです。実は、外国人は税金を払ってないと思っているのですね。そういう意識で外国人をどう遇するかということが政策として展開されている、その辺のところから考え始める必要があるのではないか。
 実は、昨年の暮れに日本政府は、日本が加入をしている国際人権規約のB規約に基づいて第三次報告書を国連に提出いたしました。そこで、日本における外国人の地位とか権利に関する包括的な説明をした部分があるのです。そこには、日本は基本的人権の尊重とか国際協調主義を基本的な理念とする憲法に照らして、参政権等性質上日本国民のみを対象としている権利を除いて、他は基本的人権の享有は保障され、内国民待遇は確保されている。要するに、内外人平等の原則は日本では確立されている、極めて例外的に参政権等その性質上国民に限定されるものはともかくとして、こういう説明をしているのです。
 これは、恐らく日本に暮らすあらゆる外国人が、日本の現状と全く違うということを実感していると思います。外国人登録法はその最たるものだということを念頭に考えていく必要があると私は思っています。
 外国人登録法をどういう法律として考えるかということは、いろいろな立場があると思いますけれども、私は、日本政府が国連に提出した報告書に依拠するとすれば、これは内国民待遇が確保されているべき性質の問題であろうというように理解をしております。現行の外国人登録法は、実は日本人を対象とする住民基本台帳法あるいは戸籍法がいずれも外国人を明確に適用除外する制度になっているものですから、日本に生活をする外国人の身分事項あるいは居住関係、そういうものを明らかにするのはまさにこの外国人登録法しかないのです。ほかのものは全部適用しないようにしてありますから。したがって、外国人登録法は外国人の身分関係とか居住関係を明らかにするためにつくられたものであるというように考えるべきではないか。
 地方自治法の十三条の二によりますと、市町村は、住民たる地位に関する正確な登録を常に整備しておかなければいけないということが定められています。外国人については住民基本台帳法なり戸籍法が適用されませんので、外国人登録法があることが、地方自治法が要請する住民記録を用意することになるんですね。そういう観点からこの外国人登録法というものを考えてみる必要があるだろう。
 それで、実は、残念ながらこの外国人登録法というものが余りに外国人の管理に偏り過ぎた法律であるために、というのは日本人の住民登録とのバランスを欠いているために、現場では信じられないことが起きているんです。
 例えば私のいる名古屋の近くに、四日市市という三重県の一番大きな人口を擁する都市がありますけれども、ここが人口二十七万人目に到達したときに、よくあることですけれども、市長がその日の手続をされた方に記念品を、時計か何かだったと思いますが、贈られたんですね。ところが、後でよく調べてみたら、この二十七万人の中には外国人はカウントされていなかった。要するに四日市の人口の中に外国人登録の人間を除いて勘定していたんですね。どうしてこういうことが起こるかというと、外国人登録というのは全く別枠になっておるものですから、別に四日市市が意地悪をしたんじゃないんですね。普通に仕事をしていると、逆に外国人がこぼれてしまう。ただ、くどいようですけれども、税金を取るときは絶対そういうことはないようですね。
 それから、これは地元の恥をさらすようですが、私のいる名古屋市は、住民票のオンライン化をいたしました。したがって、十六区どこに住んでいる人でもどこの区役所ででも住民票がとれるようになりました。住宅地に住んでいる人が、都心のビジネス街の近くの区役所で簡単に住民票がとれます。このために名古屋市は九億円の予算を使って制度を導入しました。ところが、このサービスが受けられるのは日本人住民だけなんですね。外国人は従前どおりの居住区でしか住民票に該当する外国人登録済み証明書を得ることができない。これは私は、先ほど申し上げた地方自治法に戻れば、地方自治法の十条には、住民は、公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有するとうたわれているんですね。ところが、この住民の中に、外国人は外されたことになってしまう。それで「負担を分任する義務を負う。」と、税金の方のことはちゃんと平等だと書いてある。こういう視点からこの問題を考えることがやはり大事だろう。
 少し内容に入っていきます。
 従来指紋のことをいろいろ言われてきましたけれども、指紋については、日本では犯罪捜査以外で指紋押捺の義務を課すことは好ましくないということを、にれも大変皮肉ですが、外国人登録法ができる直前に、当時の地方自治庁は行政課長名で自治体に対して見解を明らかにしています。これは当時、一部の自治体で日本人に対しても指紋押捺の義務を課そうという形で条例制定の動きがあったときに、政府見解が明らかにされたわけです。したがって、外国人だけから指紋をとるというのは、日本では、人権上好ましくないという一般的な認識の例外として承認され、今日まで存続されてきた制度である、私は内外人平等にこだわりたいものですから。
 今度確かに指紋については一歩前進だという意見がありますけれども、よく調べてみると、実は、指紋が今後とられなくなる人は、毎年指紋をとられる人の中の大体六、七%、新しい外国人がだんだんふえできますので、このパーセンテージはさらに下がっていきます。恐らくゼロに無限大に近づいていく。ということは、指紋制度はほとんど変わらないということなんですね。ところが、とられなくなった人が、永住者等が六十万人もいるということなので、ごく一部の例外の人がとられるというように世間では理解されているようですが、これは明らかに事実誤認ですね。しかも、既に例えば在日朝鮮人を初めとする人たちの指紋は政府はちゃんと確保しているわけですから、署名に切りかえても、法案を見るとそれを返還するということもないわけですから、もうとっているわけですから、何の痛痒もないわけですね。
 さらに今度、新しい人はどんどんとっていくわけですから、指紋制度はほとんど変わらない。在日朝鮮人の特別永住等の人たちの子孫、十六歳に達する人というのは、出生統計から見て毎年一万人前後ですね。この人たちが、極めて例外的な者として、指紋ではなくて署名で済むということにすぎないんですね。さほど大騒ぎをして外国人の指紋押捺がなくなると言うのは、私はおかしいというように思っています。
 それから、諸外国で指紋をとっている国が随分あるということは日本でも話題になってきましたけれども、意外と単純なことで忘れられていることは、実はアメリカ以外は、ほとんどの国はすべて外国人指紋をとっている国では自国民からも指紋をとっているんですね。そこではもう指紋の問題が議論の余地はないわけです。アメリカが唯一自国民からとらずに外国人だけからとっている。ところが、そのアメリカは、国籍法が御存じのように出生地主義ですから、外国人の二世というのはありません。アメリカで生まれた子供はすべて、両親とも外国人であろうともアメリカ市民になるわけです。そうすると、外国人だけから指紋をとって、その外国人は子々孫々にわたって指紋をとるというのは、世界広しといえどもどうも我が日本だけだというこの点は、やはり念頭に置いた方がいいと思いますね。
 実はアメリカは確かにとっているのです。アメリカでは実は永住資格を与えた、いわゆるグリーンカードを持っている人だけは指紋押捺義務を課されているようです。ところが、在外邦人、今外国で仕事をする日本人は随分ふえていますけれども、その中の約四割は今アメリカにいます」この人たちは永住者ではありませんので、在外勤務者、この人たちは指紋をとられていないはずです。したがって、このままいくといろいろな意味で、貿易摩擦、経済摩擦ありますけれども、よほど考えないと、非常に日本が特異な国だということを世界に明らかにすることになると思うのですね、これだけ法律改正をしても執拗に指紋にこだわっている国であると。
 指紋問題の解決というのは、非常に簡単なんですね。日本人も全部とればいいんですよ。どうして日本人の指紋をとらないのですか。そうすれば、指紋問題はなくなります。
 それから、常時携帯の問題についても理屈は全く同じことですね。諸外国では、自国民が身分証明書を持っている国は大変多いはずです。ところが、日本はその点では大変特異な国で、自国民は身分証明書はありません。もちろん常時携帯なんぞはないわけですね。外国人だけにそれを持たせるというところに日本の際立った特徴があるのです。そういう点で、外国人登録証の問題は、外国人は別だという思想を貫くか、同じ人間ではないかという思想でやるかという、そこに尽きるわけですね。
 重罰規定の問題についても一言申し上げますけれども、先ほど萩野先生もおっしゃられましたが、例えば、住居の移転の届け出義務、義務というのは大体内外人平等なんです。これは実によくできている。先ほどの税金に象徴されるように。十四日以内に届け出をしなさい、これは平等です。ところが、これを怠った者は、日本人の場合は五千円以下の過料、外国人の場合には懲役一年以下または罰金二十万円以下というこの法律を支える思想は何か。日本人は法律をよく守る、しかし外国人は当てにならないから重く罰しておかないと同じ義務が履行されないという思想に立たない限り、こういう法律は許されないはずなんです。
 しかも、外国人登録法にさまざまな罰則規定がありますけれども、実は今のように非常に重罰規定をつくったのには別の意味で一つ原因があったと思うのです。それはなぜかというと、外国人登録法というのは、外国人を管理することを専ら中心に運用してきた法律です。ところが、途中から内外人平等の国際的な潮流を日本も受け入れざるを得なくなりましたので、八〇年代に入って、例えば児童手当も外国人に出す、国民年金の加入も認める、住宅金融公庫のお金も外国人に貸しましょうというように、大分変わってきたんです。変わってきたことによってどういうことが起こったかというと、外国人登録の手続を怠れば、例えば児童手当がもらえなくなるわけですね。さまざまな行政サービスが受けられなくなるわけです。ということは、外国人の手続をしておけば、それに伴うメリットが今ではかなり生じてきているのです。それ自体が法律を守らせる機能を持ってきているんですね、昔と違って。にもかかわらず、罰則がそのまま維持されているというのは大変奇妙なことなんですね。昔は、とにかく罰則でぎゅうぎゅうやるしかないわけです。ところが、今は、外国人登録の手続を仮に怠れば、例えば転居をきちっとしていなければもらえるものがもらえなくなりますが、昔はもらえるものが全くないわけですから、その点では法律の自動執行力、何と言ったらいいのか知りませんけれども、そういうものが明らかに変わってきているんですね。ですから、従来の罰則は大幅に見直しをしなければいけない。これは僕はいつ出てくるかと思うのですけれども、絶対出てこないんですね。実は、法務省は、裁判所では外国人登録というのはほかに外国人の権利のためにいろいろ大事な役割を果たしているということを最近は言うようになっているんですね。したがって、それは自動的に守られるようになるはず、そういう側面が随分ふえてきているわけです。それが、四十年前にできたときの罰則がそのまま維持されている、これをどう見直すかということを申し上げておきたいと思います。
 時間があれですから最後に、外国人の労働者がふえてきていることが、どうもほとんど指紋はそのまま残すことになった原因ではないかと伝えられています。外国人労働者がだんだんふえてきているのは、貧しい国があって日本が豊かだから押しかけてきているという議論が盛んですけれども、実はこれは事の一面にすぎない。日本における今の若年人口の減少は、すさまじいものがあるわけですね。ロボットを開発すればいいと言われますけれども、ロボットは社会保険を払ってくれませんから、どうするんですか、年金を。そういう日本社会そのものが大きく人口構成が変わってきて、もう外国人がいなければ成り立たないような日本の社会を、いいも悪いもない、私たちがつくってしまったわけです。
 私は学生に説明するときに、平均出生児数が今は一・五三ですけれども、私は一九三七年生まれですけれども、そのときはその数字が四・三なんですね。それが今一・五三まで落ちているわけです。したがって、外国人がいなければやっていけなくなっているわけです。私のいる愛知県は、自動車産業トヨタの拠点がありますけれども、ここの関連企業は今、日系人なしにはもうやっていけないんですよ。したがって、大量のブラジル人が生活をしています。三河地区では、外国人登録のトップは朝鮮人ではなくて今やブラジル人になっているわけですから、外国人を余り敵視することと決別をしてほしいと思います。今度の外登法改正案が報道されたときに、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンという外国の新聞が「日本静かなアパルトヘイトの国」という表題で日本を紹介した。日本は正しく紹介されていないという面はありますけれども、事外国人に関することは、正しく紹介されると極めて特異な国として国際社会で映っている。その観点から、法制をどう見直すかということを私はぜひ期待したいと思います。
 片や日本政府は、自衛隊を海外に派遣する、みずからを守る軍隊といえども国際社会で必要とあらば世界のために貢献をしようということを一方で言っているわけですから、それほど国際的な視野に立って国際社会における地位を云々するのであれば、日本の国内に住む外国人を著しく日本国民と異なった形で扱うという制度を維持しながら国際貢献を口にすることは余りにも醜いと、あえて私は申し上げておきたいと思います。
 以上です。拍手
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浜田卓二郎#7
○浜田委員長 どうもありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
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浜田卓二郎#8
○浜田委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田辺広雄君。
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田辺広雄#9
○田辺(広)委員 ただいま御指名をいただきました田辺広雄でございます。
 まず最初に萩野先生にお尋ねをさせていただきますが、萩野先生も田中先生も私も愛知県でございますので、感覚としては非常によく似ておると思います。今回のこの法律というのは、先生御承知のように、昭和六十二年の外国人登録法の改正の際に衆参両議院で法務委員会において附帯決議がつけられました。その後また昨年一月には、海部前総理が訪韓した際に決着しました日韓法的地位協定に基づく協議が実現して、そして一日も早くこれを実現しなければならないというような事態になっておるわけでございます。特に萩野先生は現在、関東学院大学で、またフィリピンのセブ中央大学で教鞭をとられております。しかも、外国人の人権につきましては憲法を中心として数々の専門的な研究をされております。今回の法案で外国人登録制度について幾つか質問をさせていただきたいと思います。
 私は、いろいろ先生の御意見を今聞いておりまして感じましたことは、これが結論であるのか、それともこれから将来ともに指紋押捺が廃止されていく過程なのかというようなことも、自分でも疑問を持ち、また先生みずからも対案についてはいいと思う、しかし現状ではこれは行政の面からいろいろ現実面では難しいのじゃないか、だから今度の改正案が妥当で執行しやすいのではないかというような受け取り方を私はしたわけでございます。そこで、まず、国際法、憲法から見て、主権国家であります我が国が、国の構成員である国民とそうでない外国人との間において出入国の管理や外国人の登録について異なる取り扱いをするといたしましても、合理的な必要性があるならば違法とは言えないのではないかというようなお話を聞いたわけですが、そのことにつきましてもう少し触れてお話をいただきたいと思います。
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萩野芳夫#10
○萩野参考人 私は、とりわけ一九七〇年代に入りましてから、いろいろな意味合いにおいて国際化が進んできたと思います。それは、国境の壁がだんだん低くなってきた、そういうふうな表現が可能かと思うのであります。したがいまして、そのことは国民と外国人とがだんだんと区別がなくなってきているという指摘もできる方向にある、そういうふうに認識はしております。
 もう一言そのことについてつけ加えたいのは、そのような状況から、ある国の国籍を持つ人が国境の向こうで生活をするという事態が非常に多くなってきていると思います。そうして、何世代もの間、国境の向こうでもともとの国籍を持ち続けながら生活をするというのが、あちらでもこちらでも起こってきております。日本にもそれがあるわけでございますが、さてそのような実態を見てみますと、長年ある国で生活をしてきた外国人というのは、その国の国民と極めて近い立場に立つようになっている、そういう言い方ができるかと思うのであります。
 しかしながら、根本的には他国、自分が住んでいる国ではない他国の国籍を選択するということは、他国に対して忠誠を誓うということを意味するわけであります。その辺ですぐ思い出されますのが、例の山崎豊子が書きました「二つの祖国」という、テレビ映画にもなりましたが、二つの祖国の間で、兄弟が戦争の場で撃ち合いをするという小説でございます。あの中に非常に深刻な形であらわれております。兄は日本で勉強をし、日本人だという意識を持つのですけれども、国籍はアメリカを選択しておりましたがためにアメリカの軍人として出陣をして、ついに日本人を撃つ。その撃った相手が自分の弟であったという、そういう出来事でございます。
 私は、国籍を選択するというのはそれほどに、やはり国境が低くなったとはいえ非常に重要な問題として残され続けていくであろう、そう考えますと、国民と外国人との間に何がしかの違いがあり続けるということは、これは将来ともにどうも区別はなくならないのではないだろうかと考えます。
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田辺広雄#11
○田辺(広)委員 今、いろいろ具体的な例まで引いて御説明いただきました。本当に私も、そのことがある程度自分でもわかるような気がいたします。この問題は、憲法で保障されております十三条の意見もありますが、また、もう一方では今のようなお話も私は理解ができると思うのです。
 そこで、指紋押捺制度というのは人権を侵害すると考え、また、違憲、無効だというところまで考えるということは、私は無理ではないか。また、日本人と外国人の差というのは、今おっしゃったように法的に云々もあるであろうけれども、感情的な、今おっしゃられました忠誠心ですか、そういうものもあると思うのですが、この人権侵害ということについて先生のお考えをお聞きしたいと思います。
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萩野芳夫#12
○萩野参考人 その点につきましては、先ほどごく枠組みだけを申し上げましたけれども、今日の段階におきましては、と申しますのは、指紋押捺の問題について裁判所でもたくさん判決が出されておりますが、それらを通じて言い得ることは、いたずらに指紋押捺を強制されないのは権利である、それは人々の人権であるというような考え方はもう既に確立していると見ていいと思います。
 ただしかし、先ほど申しましたような意味で、それは絶対的な意味合いのものとしては確立しているわけではない。というのは、例えば表現の自由を例にとってみますと、それを侵害してはいけないのははっきりしておるのでありまして、政治的に考えてこの際には表現の自由を制約しなければいけない事情があるというような説明は成り立たないわけでございます。しかし、指紋押捺の場合には、先ほども申し上げましたように、そのこと自体もう絶対的にしてはいけないもの、強制してはいけないものとして憲法上禁止になっているかと申しますと、そうは言えない。なぜならば、今日、内外人平等になったとはいえ、外国に対して忠誠を誓う、そういう意味合いを持つ国籍選択、そのことによって外国人になっている人たちがたくさんおりまして、中には、私外国から見ておりますと、やはりこの人たちは日本の社会生活にはなかなかなじまない人であろうというような人たちをよく見かけます。
 そんな経験からいたしますと、場合によると、指紋押捺という制度によって同一人性を確認しなければいけないような必要性がまだ今の日本にも残されているのかな、そういう印象がございます。そういうふうな必要性がある場合には必ずしも人権侵害とは言えないのではないか、そういう考えでございます。
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田辺広雄#13
○田辺(広)委員 引き続いてお尋ねを申し上げます。
 今回、この法改正によりまして永住者と特別永住者は指紋押捺を廃止して、一部新規外来される外国人につきましては押捺を必要とするというような、その差がありますね。これについての先生のお考え方をお聞きしたいと思います。
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萩野芳夫#14
○萩野参考人 私は、十数年前に、私の所属します学会におきまして、外国人、外国人と言うけれども、その外国人の間に区別を設けるべきではないかというそういう理論を私なりに立てまして、報告をしたことがございます。そのときは大変過激な考え方であるという御批判をいただいたんですけれども、どうやら最近、私威張るわけじゃありませんけれども、大体そのような方向で考えることが多くなっていると考えております。
 と申しますのは、私は、先ほど来も外国人、外国人と言っておりますが、その外国人の中にも日本人にいわば限りなく近い人たちがあります。ただ、その人たちは、自分のおじいさんあるいはひいじいさん、ひいばあさんの祖国であった国に対する愛着、そういうふうな気持ちから、あるいは自分の血につながる文化、民族への懐かしみから国籍を維持し続けている、そういう人たちもあると思います。
 そう考えますと、先ほどもお話ありましたが、税金も払い、日本人とほとんど変わらない、ただそのような意味で国籍を、日本とは違う国籍を選んでいらっしゃる、そういうふうな人たちの場合と、まだ日本に来て間がない、いわばその人がどういうふうな人であるかまだ周りの人にもわからない、そういう人たちと一緒に扱うというのはこれは当を得ていない、法制度としても私はその点を別個に扱うべきであるという主張でございました。
 その点は、最近になってまいりますと、具体的な問題がいろいろ出てまいります。例えば社会保障を受ける、福祉を受けるというふうな場合に、もう何年以上滞在しているとかあるいは永住しているとかというような要件のもとに認めていくという、こういう法制度がだんだんできてきていると思いますので、今の御指摘の区別というのは、もうこれは法制度上現実化していると見ていいんではないかと考えております。
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田辺広雄#15
○田辺(広)委員 次にお尋ねしますが、携帯の義務についてでございます。
 先ほど来いろいろ御意見が出ておりまして、携帯を義務づけることそれ自体がまた人権侵害に当たるんだというような、かつての、古い話か新しい話かわかりませんが、そのような意見も聞かれるわけでございますが、今御承知のように、我が国は非常に外国人労働者がふえてきておりまして、世に言う不法就労、それから不法残留者も十六万人を数えると言われております。こうしたときに、外国人の身分関係、居住関係を明確にするためには、外国人の方々にやはり外国人登録証明書を常に携帯していただく必要があるというふうに私どもは考えております。
 そこで、先生のそれに対する考え方をお聞きしたいと思います。
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萩野芳夫#16
○萩野参考人 私は、外国人登録証の携帯義務につきましても、以前は法制度に対して大変批判的でございました。拘禁刑によってこれを強制しておりました。それが、六十二年の改正で罰金刑になりまして、私の主張していたところは入れられた形になったのでございます。その点につきまして、私は、携帯義務を課すこと自体既に違憲であるという立場はもちろんとりません。
 あと問題は、先ほども御指摘がありましたが、日本人との違いの点でございますが、日本人との違いは明らかにあります。日本人はおおよそ証明書類を持っていなくても自由自在に行動できるわけでございます。
 ただしかし、一たん外国へ行きますとパスポートは常に所持しておらなければなりません。私は実際には日本のパスポートをもっともっと小さくしていただきたいのですが、あれが大きいがために持ち運びにくいのでよく日本人はとられたりいたしますが、私はあれをコピーいたしまして、コピーを持ち歩くことにしております。何かのときには、こういうパスポートを持っているんだということを説明することにしておるのです。
 さて、外国人登録証の携帯義務というのは、先ほど来繰り返しておりますように、余りそれを繰り返しますと、私は、外国人であるがゆえに日本人とは違う差別意識で見ているのではないかというようなおしかりを受けるおそれもありますが、決してそうではなくて、根本的にやはり他国に対して忠誠義務を持つという点がございますので、これはだんだんと永住者、特別永住者について特別の規定を設けていくべきだと思います。具体的には、例えば一定の地域の市民であるという地位、これをだんだん認めていくべきであろうと考えております。というのは、それは行きつくところ地方の参政権も与えてもいいという議論になっていくわけでありますが、そのような地位はだんだんと認めていかなければならないと思います。
 しかし、外国人であり続けるということは、これはやはり、繰り返しますけれども、忠誠義務を持つわけでありますから、日本人とのその程度の違い、携帯義務は課せられる、その点はいたし方のないところではないだろうか。そして、それに対する罰則でございますが、さっきも申しましたように、拘禁刑を科するというのは行き過ぎであるけれども、罰金によって間接強制をするという形ならば許されるであろうというのが私の考えでございます。
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田辺広雄#17
○田辺(広)委員 どうもありがとうございました。
 それでは、時間がございませんので、殷参考人に簡単にお尋ねをいたします。
 今、いろいろ参考人からお話を聞いておりまして、非常に長い日本と朝鮮との関係というものは、我々も覚えておりますし、また今まで続いてまいりまして、これから一日も早く日朝関係を正常化しなければいけない、これが一つの大きな打開の道であろうと私は考えておりますが、そうした中から過去の問題について私どもも考え、また参考人もよくお話を聞かしていただきまして、私もありがたいと思っております。
 そのほかに一つだけお尋ねを申し上げますが、今回の政府提案によった法案では、長年日本に居住しておる在日朝鮮人等と新しく日本に入国した外国人とでは異なった扱いをすることになっています。一方では指紋の押捺義務というものはなくなり、一方においてはそれが存続する、先ほどもちょっと萩野先生にお尋ねしましたが、それについてどういうふうにお考えになってみえますか、お聞きをしたいと思います。
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殷宗基#18
○殷参考人 私の考えを述べさせていただきます。
 私は、内外人平等の原則で一貫して処理されなければならないというふうに考えております。それは、どうしてそういうふうに言えるかといいますと、これは、現在パスポートを持っていろいろやってくる人々、それから歴史的な事情のある人々、そういう人々も内外人平等の原則で扱われるというふうにされるのがベストだというふうに思っております。しかし、私は、そうかといって、それですべて区別をなくするということも、これはどうかというふうに考えております。
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田辺広雄#19
○田辺(広)委員 大変ありがたいお話を聞きまして、実は最後に田中参考人にもお聞きしたいと思いましたが、時間がありませんので、以上で終わりたいと思います。先生方には、大変お忙しいところ、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
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浜田卓二郎#20
○浜田委員長 小澤克介君。
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小澤克介#21
○小澤(克)委員 委員の小澤でございます。
 先ほど既に委員長の方から委員会を代表してお礼の言葉がございましたけれども、一委員の立場としても、お忙しいところをおいでいただきまして、貴重な御意見をいただきましたことに厚く御礼を申し上げたいと思います。
 さて、順不同になりますが、余り時間がございませんので、まず田中参考人にお尋ねいたします。
 御意見を伺っていて、内外人平等という観点から極めて論旨明快で、もうお尋ねする必要もないかなという印象を受けました。この田中先生の御意見からすれば、私どもの社会党で出してある案についても、例えば外登証制度についてなお残している等、むしろ批判の対象になるのではないだろうかなというようにお聞きしたわけでございます。
 一点だけ、この重罰規定について御意見がございました。日本人の住民基本台帳法などで過料五千円以下である、これと比較して余りにも不合理であるというお話でございました。私どもも全く同様の考え方を持っておりまして、この法律は、本来外国人の居住関係、身分関係を明らかにするという極めて技術的な法律でございますので、それに対する担保としては日本人と同様過料ということで十分であるという考え方を持ち、そのような観点から私どもの法案をつくったわけでございますけれども、そのようなところはともかくといたしまして、現行の法案、しかも今回政府案では刑罰について手がつけられてないわけですけれども、余りにも過重、過酷ではないだろうか、特に懲役、禁錮という拘禁刑が付されていることについてはむしろ非常識ではないだろうか、このように思うわけですが、この点について御意見を伺いたいと思います。
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田中宏#22
○田中参考人 基本的なことは申し上げましたけれども、私は、日本における外国人政策全体の基本的な前提を、原則は内外人平等である、そして合理的かつ具体的な内容について必要性があるものについては一定の取り扱いをするということはあり得るだろう。しかし、先ほど御紹介した政府報告によれば、参政権等権利の性質上外国人に異なった扱い方をするものはともかくとしてというのが基本認識であるとすれば、外国人登録法は、どう考えても、参政権から説き起こして、外国人が参政権を持っていないので、よって、例えばいろいろな手続に対する期限を超えたものを処罰する規定が、参政権を持っていないがゆえに今のように懲役一年以下でいいというような説明は、これは国際社会ですごく説明しにくいだろうと思うのです。外務省はどういうようになさるのかなと私は非常に関心を持っているのですけれども、基本的には私はそういう立場をとりたいと思います。
 それで、先ほども言いましたように、ぜひ法律を制定し執行している機関で吟味していただく、御存じのはずだと思うのですが、法律そのものが持っている規範力が全然今変わっているわけですから、それに見合った罰則の軽減ということも行われるべきなので、そういう点からも、全く手がつけられていないというのは、ちょっとオーバーな言い方をすれば信じられないですね。これはさっきも言いましたのですが、昔、いろいろな制度が外国人に均てんされてないときはおもしか何もないのですね。ですから、罰則だけで法律の遵守を促さざるを得ない。ところが、今は随分状況が変わって、さまざまな手続をしてないと不利益をこうむるのは登録をしている外国人自体ですから、そこから手続を速やかに行うということの必要性が生まれてきているわけですから、それに見合った罰則の軽減ということはもう理の当然だと思うのですね。ですから、私は内外人平等の原則を掲げたいと思いますけれども、あえて言いますけれどもこれは日本の名誉だと思うのですね。しかし、現行の実態を考えて、自由刑を科すというのはどう考えたって過酷のそしりは免れない、国際社会で通用するシステムだとは到底思えないという気がいたします。
    〔委員長退席、鈴木(俊)委員長代理着席〕
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小澤克介#23
○小澤(克)委員 ありがとうございました。
 次に、殷参考人にお尋ねいたします。
 お三方の中で唯一この法律の適用を受ける側の立場に立たれる方かなと思いまして、主としてそのような立場から、大変聞いていて胸を打たれるような御意見だったというふうに伺いました。この法の適用を受ける側から、余りにこれまで過酷に、しかも管理という観点から適用されてきたことに対するむしろ弾劾であったかなというふうに思うわけでございますけれども、しかし御意見の最後の方で、その立場にとどまらず、むしろ日本国民が今こそ冷戦思考の中から脱却してほしいという大変格調の高い御示唆をいただいたというふうに思うわけでございます。
 一点お尋ねしたいのですが、殷参考人も罰則が余りに過酷、過重であるというお話がございました。特に殷参考人は強制捜査が行われている実態等について言及があったわけでございますけれども、これは刑事訴訟法の規定等によりまして、罰則が重いということはただ単に実体法が重いというだけではなくて、それに伴って逮捕、拘禁等が行われる、一定の刑罰以下については逮捕、拘禁は原則として行われないという刑事訴訟法の規定があるわけでございますけれども、このことと非常に密接に関連するのではないかなというふうに伺いました。この強制捜査に関して、既にお話ありましたけれども、これまでの実例等々あったら敷衍して御説明を願いたいと思います。
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殷宗基#24
○殷参考人 説明させていただきます。
 ただいま小澤先生の方から御指摘がありましたけれども、例えば居住地変更で強制捜査をされた事件として、埼玉での金賀一事件というのがあります。それは、この金賀一さんが就職をいたしまして、そして一時期正式な住所が定まるまで会社の寮に入ることにしておりました。そして会社の寮から正式な住所が決まればそこに移る、そうして住居変更届をしようというふうにしていたところが、警察当局は、十四日以内の住居変更届におくれたということで、本人の会社の寮はもとより母親が住む実家まで強制捜索をして、そしていろいろな書類まで押収していくというふうな事態に置かれたわけです。日本の方々でも、住所を二つ持ったりいろいろしている人がたくさんいると思います。ところが、在日朝鮮人が住所を二つ持てば直ちにそういうふうな形で警察権力が、先ほども申し述べましたように市役所の告発もないままに捜索をしているというふうな事件であります。
 もう一つは、これは日本の新聞にもいろいろ報道されましたけれども、東京に住む方が住所変更届を怠ったがために、それがまた区役所の方から告発のないままに自分の住所はもとより自分の勤め先以下七カ所を強制捜索されたというふうな事態に至っているわけです。
 これは、今先生もおっしゃいましたように、刑事罰で法違反の対応をしようとしていることは、警察権力が介入できる余地を残しておこうとする、ほかの言葉で言いますと、在日朝鮮人を治安の対象あるいは犯罪の対象とみなす、そういうことの具体的なあらわれではなかろうかというふうに思うわけです。
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小澤克介#25
○小澤(克)委員 ありがとうございました。
 先ほどのお話の中で、外登法違反、特に登録事項変更などについて、うっかりミスといいますかおくれた場合でも、実に過失致死罪、うっかり過失で人を死に至らしめたよりも刑罰が重いというお話を伺いまして何ともすさまじいなという印象を受けたわけでございますけれども、先ほどのお話にもありました、比較的最近の例で、自分のルーツをわざわざ調べて外国人登録の登録事項に違いがあったことがわかった。この方は韓国の方でしょうか、本国まで行って済州島ですかで戸籍を調べた結果、違っていたことがわかったのでその訂正の手続をしたところ、執行猶予とはいえ懲役六月という拘禁刑を受けているわけですね。これなど本当に過酷そのものだと思うわけでございますが、実際にこの法の適用を受ける立場といたしまして、実際にこういう刑罰を受けるということがなくても、日常、心理的重圧感というものは大きなものがあるのではないだろうか。懲役、禁錮、まかり間違えばそういう刑罰を受けかねない、少なくとも法律上は受けても文句は言えないということに対する心理的圧迫感、このあたりについて実際のところを教えていただきたいと思います。
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殷宗基#26
○殷参考人 私、きょうここに参考人としてお呼びいただいたわけですけれども、まず最初に確認をして家を出ましたのは、外国人登録証明書を持っているかどうか、それをまず確認いたしました。そしてさらに、参考人として意見を述べる場合に、これは私一人でなくて全在日朝鮮人が、日常的なこういうふうな精神的な負担、あるいは不安と申しましょうか恐怖と申しましょうか、そういうのにさいなまれている古いうのが実情です。
 具体的に一つだけ例を挙げますが、私も子供が何人がおります。それで、ある日新宿駅で朝鮮学校に通っている子供たちが警察官からいろいろと質問されていたわけです。そこで、僕はどういうことかということで、できれば指導をして早く家に帰させようというふうに思ったわけです。ところが、すぐそこに出ていけない、登録証を果たして持っていたのかどうかということを考えざるを得ないということがあります、同時に、子供たちが家を出るときにまず聞くのは、登録証を持ったかというふうに話をするわけです。そしてまた、子供が例えば就職をしたりいろいろする場合にうちから立ったときに、十四日以内の住所変更届を忘れてはだめだぞ、必ず十四日以内にしなければだめなんだというふうに言い聞かせざるを得ないというふうなことがあるわけです。ほかの言葉で言いますと、それほど常に頭の中に外国人登録法の諸規定を入れておかなければ、ひどいときには二万人余りが送致されていたりあるいはそのうち半数以上が起訴される、そして刑事罰に処されるというふうな事態があるわけです。そういう点で、これはそういう不安を一刻も早くなくしていただきたいというふうに思います。
 そして、あえてもう一つつけ加えますと、私この外国人登録法違反関係の裁判に証人として出たり傍聴をしたりするわけですけれども、その中で、この法違反に問われた人たちが一致して訴えていることは、私が何か悪いことをしたのですか、だれかに被害を及ぼしましたか、だれかを危めたり負傷させたりいたしましたかというふうに聞いているわけなんですね。ほかの言葉で言えば、例えば住所変更届がおくれたり五年ごとの確認申請、これはなくなれば一番いいのですけれども、おくれたとしても、これは行政指導で十分足りる、そういう問題なんですね。
 それにもかかわらずこういう形でなされているということは、かつては朝鮮人取締法あるいは犯罪製造法というふうに言われておりましたのが外国人登録法です。そういう点で、今国会を機会に、先ほども申しましたけれども、抜本的に訂正されるように、そういう御努力を願えればと考えている次第です。
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小澤克介#27
○小澤(克)委員 萩野参考人にお尋ねいたします。時間がなくなってしまいましたので二点一度にお尋ねいたしますので、大変失礼ですがよろしくお願いいたします。
 先ほど御意見を伺っておりましたところ、刑罰に関して、拘禁刑は当を得ていないというふうにおっしゃいました。最初これは外登法全般についてのお話かなと伺っておりましたところ、この点については前回の改正で外されたので解決した、二のように言われたので、これは携帯義務に関してのみおっしゃっていたんだなということがわかったわけでございます。
 携帯義務以外にも、今お話のありました登録事項の変更の申請、例えば勤務所または事務所の名称、所在地などもこれを怠れば、現状では懲役、禁錮というまさに体刑が科され得ることになっているわけです。これに限らず、常時携帯義務以外について体刑があるということについて当を得ているとお考えかどうか、これが第一点でございます。
 第二点は、常時携帯義務でございますけれども、これはさきの改正の際の衆参両院の附帯決議等の趣旨が生かされていて、検挙件数も百分の一になっていて事実上問題が解消したあるいは解消に近いという趣旨のお話でございました。
 確かに運用の面で弾力的になっているのは事実だと私も認識しておりますが、このような弾力的運用が常態化しているということは、既に厳格な法制度の必要がないということが社会的にも定着しているということであろうかと思いますし、また弾力的運用というのは大変いい面もございますけれども、逆に言えば法的な不安定がございます。運用する人によって恣意的な運用がなされ得る、幅があって法律の適用を受ける側からすれば非常に不安がある。それから、法律がこのようになっている以上またいつ何ときもとの過酷な運用に戻る可能性も否定し切れない。これらを考えますと、立法機関である国会としてはむしろ法制度の方もきちんと現状に合わせていくということが必要であり、立法府にいる我々の義務ではないだろうかなというふうに考えるわけですけれども、この点。
 以上二点についてお尋ねいたしまして、私の質問を終わらせていただきたいと思います。
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萩野芳夫#28
○萩野参考人 まず第一点の問題でございますが、おっしゃるように私は携帯義務に関する問題として申し上げました。
 それで、携帯義務の問題とほかの、例えば事務所等の申請に関係する規定との関係でございますが、これは私は性質が違っていると考えましたので携帯義務だけに触れました。なぜなら、携帯義務の方は先ほども申しましたように人権にかかわります。しかし、事務所等について申請をするということは直接には人権にはかかわっていないと私考えましたので、そのことについては触れませんでした。
 ただ、この刑罰が重いか、適当であるか、軽いかという問題は、懲役刑が定められているから等々を単純には比較できないところがあると思います。私この点について、一々について、どの項目が刑が重過ぎるとかいうような検討はまだできておりませんが、具体的には例えば刑法との関係で、ある場合には、公文書を作成するについて正確な申請をしなかったというふうな場合等、日本人の場合にも一定の刑罰があるわけでございますから、そういう刑法との関係も勘案しながら細かく検討していくべきところではないかと考えております。今おっしゃった点だけにつきましては、懲役、禁錮が定められているというのはいささかどうも厳し過ぎるという印象はございます。ただ、その点はちょっと検討ができておりませんので、その印象だけを述べさせていただきます。
 それから、第二点につきましては、私は今おっしゃったところに賛成でございます。なぜならば、やはり実際の運用の面で問題がなくなっているということは運用が変わればまた問題が出てくるということ、おっしゃるとおりでございますので、何らかの法制度上の担保が必要であるという点については全くそのとおりと思います。ただ、現在の段階で私、ここをどういうふうに書けばそれが担保ということになるのか、その点いいアイデアがございません。それで、今の点につきましては、もしこの委員会におきましてそのような方向でいい案がございましたならば、そのような方向にお変えいただきたいということで終わらせていただきたいと思います。
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小澤克介#29
○小澤(克)委員 終わります。
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