中山正暉の発言 (予算委員会)
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○中山(正)委員 予算委員会の理事会では、汚名をかぶせられた方に自主的に国会で証言をするような制度を、何とか政倫審でそういう制度をつくろうではないかという相談がいろいろとあったわけでございますが、それがこの国会改革の中でいまだ実現しておりませんで、きょうは証人ということで御出席をいただいております。
かつて総理大臣として御答弁をなすったその位置で、証人としてきょうはお出ましをいただいておりますわけでございますが、これは民主主義国家にとって私は重大なことであると思っております。ソビエトが崩壊をいたしましたが、ノーメンクラツーラ、帳簿に記載されざる人々といって三百万人、共産党の幹部は訴追を受けないという権利を持っておった。そのために国家が崩壊をいたしました。これは亡くなりました中川一郎から聞いた話でございますが、十七年間水産大臣をしておったイシコフは、サケの缶詰の中にキャビアを詰めてパリに送って、その差額を自分の預金口座に預金をしておった。そのために、イシコフは十七年間務めておったのが年金生活に入った、しかし下は百五十人ばかりが銃殺に遭ったという話を聞いております。中川本人から聞いた話でございますが……。
その意味では総理大臣を、かつて田中角栄総理大臣を三木武夫総理大臣が逮捕された。それからまた、栄光の座におられた竹下総理が、きょうは自分の立場を鮮明にするためにここにお越しいただいた。私は、日本という国は大変いい国だ、こういう自浄作用によってこれからこの日本を運営をしていかなければならないと思いますが、最大の問題は、かつて竹下内閣が誕生するに当たりまして暴力団が関係したのではないか。これは東京佐川急便事件に関して商法違反で特別背任罪に問われております渡邉廣康氏が六月の二十日の検事側の調書で大変なことを言っております。
竹下内閣成立問題は、私の一生で一番大きな
出来事でございました。私の力を日本の将来に
示すことができた大きな出来事だった。確かに
この問題が解決されなくても竹下内閣は成立し
たかもしれないが、昭和六二年十月五日−六日
にかけて竹下先生の困り切った様子や、金丸先
生の説得の態度や、小沢先生の狼狽ぶりをみる
と自民党問題が解決しなければ成立はあり得な
いという雰囲気だった。このような大問題を私
の力で解決できたのだから竹下内閣成立につい
て、民間人での第一の功労者は私だという自負
心を持っていました。こう供述をしております。
このことで竹下内閣誕生に暴力団が関係をしたというのは、これはゆゆしき問題ということになるわけでございますが、総理大臣としてどういうそのときの印象を持っておられますか、御答弁をお願いしたいと思います。