予算委員会

1992-11-26 衆議院 全167発言

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会議録情報#0
平成四年十一月二十六日(木曜日)
    午前十時開議
出席委員
  委員長 高鳥  修君
   理事 中山 正暉君 理事 原田昇左右君
   理事 町村 信孝君 理事 村岡 兼造君
   理事 村上誠一郎君 理事 串原 義直君
   理事 野坂 浩賢君 理事 松浦 利尚君
   理事 草川 昭三君
      相沢 英之君    愛野興一郎君
      粟屋 敏信君    池田 行彦君
      岩村卯一郎君    内海 英男君
      越智 伊平君    鹿野 道彦君
      狩野  勝君    唐沢俊二郎君
      倉成  正君    後藤田正晴君
      志賀  節君    戸井田三郎君
      萩山 教嚴君    浜田 幸一君
      原田  憲君    松永  光君
      松本 十郎君    村田敬次郎君
      村山 達雄君    柳沢 伯夫君
      井上 普方君    伊東 秀子君
      加藤 万吉君    小岩井 清君
      新盛 辰雄君    関  晴正君
      仙谷 由人君    高沢 寅男君
      筒井 信隆君    戸田 菊雄君
      楢崎弥之助君    日野 市朗君
      水田  稔君    和田 静夫君
      石田 祝稔君    日笠 勝之君
      冬柴 鐵三君    児玉 健次君
      正森 成二君    中野 寛成君
 委員外の出席者
        証     人 竹下  登君
        予算委員会調査
        室長      堀口 一郎君
    —————————————
委員の異動
十一月二十六日
 辞任         補欠選任
  小澤  潔君     岩村卯一郎君
  越智 通雄君     狩野  勝君
  井上 普方君     高沢 寅男君
  筒井 信隆君     仙谷 由人君
  正森 成二君     木島日出夫君
同日
 辞任         補欠選任
  岩村卯一郎君     萩山 教嚴君
  狩野  勝君     越智 通雄君
  仙谷 由人君     筒井 信隆君
  高沢 寅男君     井上 普方君
同日
 辞任         補欠選任
  萩山 教嚴君     小澤  潔君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 平成四年度一般会計補正予算(第1号)
 平成四年度特別会計補正予算(特第1号)
 平成四年度政府関係機関補正予算(機第1号)
     ————◇—————
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高鳥修#1
○高鳥委員長 これより会議を開きます。
 平成四年度一般会計補正予算(第1号)、平成四年度特別会計補正予算(特第1号)、平成四年度政府関係機関補正予算(機第1号)、以上三案を一括して議題といたします。
 ただいま議題となっております平成四年度補正予算三案の審査に関し、東京佐川問題について、竹下登君より証言を求めることにいたします。
 この際、証言を求める前に証人に一言申し上げておきます。
 昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によって、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになっております。
 宣誓または証言を拒むことのできるのは、まず、証人、証人の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または証人とこれらの親族関係があった者及び証人の後見人後見監督人または保佐人並びに証人を後見人後見監督人または保佐人とする者が、刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときであります。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについても、本人が承諾した場合を除き、宣誓または証言を拒むことができることになっております。
 証人が宣誓または証言を拒むときは、その事由を示さなければならないことになっております。
 証人が正当な理由がなく宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられ、また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっております。
 一応このことを御承知おき願いたいと存じます。
 なお、今回の証人喚問に関する理事会の申し合わせについて申し上げます。
 その第一は、資料についてであります。
 証人は、証言を行うに際し、資料を用いることは差し支えありませんが、委員長の許可が必要であります。また、これらの資料は、いずれも当委員会に提出していただくことになっております。
 その第二は、証人がメモをとることについてでありますが、尋問の項目程度は結構でございます。
 以上の点を御承知おきください。
 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めることにいたします。全員起立を願います。
    〔総員起立〕
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竹下登#2
○竹下証人 宣 誓 書
 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、
 又、何事もつけ加えないことを誓います
  平成四年十一月二十六日
               竹下  登
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高鳥修#3
○高鳥委員長 署名捺印をお願いいたします。
    〔証人、宣誓書に署名捺印〕
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高鳥修#4
○高鳥委員長 議院証言法第五条の三の規定によりまして尋問中の撮影は許可しないことになっておりますので、これより竹下登君の証言が終了するまで、撮影は中止してください。
 これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は、証言を求められた範囲を超えないこと、また、御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。
 なお、こちらから質問をしているときには着席のままで結構でございますが、御発言の際は起立して御発言ください。
 なお、委員各位に申し上げます。
 本日は、申し合わせの時間内で重要な問題について証言を求めるのでありますから、不規則発言等、議事の進行を妨げるような言動のないよう特に御協力をお願いいたします。
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高鳥修#5
○高鳥委員長 これより証人に対して証言を求めます。
 まず、委員長より委員会を代表して総括的にお尋ねして、その後、委員各位の発言を願うことにいたします。
 それでは、私からお尋ねいたします。
 昭和六十二年の自民党総裁選挙にあなたが出馬を表明された際、日本自民党という右翼団体が褒め殺しという手段であなたを激しく攻撃し、この中止を佐川急便の渡邉廣康元社長が故石井進稲川会前会長に依頼し、同会長の仲介で街頭宣伝活動は中止され、あなたは暴力団の力をかりて自民党総裁、ひいては総理大臣になったと非難されています。
 そこで、端的にお尋ねいたしますが、日本自民党がこのような行動に出た原因について、何か心当たりはありますか。
 第二番目。渡遷廣康元社長の行動は自発的なものだったのでしょうか。それともだれかに依頼されたものであったのか御存じでしょうか。また、あなたは、渡邉元社長が石井前会長に仲介を依頼することを知っておられましたか。
 三番目。自民党の中止の条件履行のため、あなたは目白の田中角栄邸を訪問されたと言われておりますが、反面、けさの新聞報道によりますと、衆議院議員小沢辰男氏、参議院議員浦田勝氏、同長谷川信氏などが要請し、それを実行されたと思っておったという報道もございます。その間の事情について説明してください。
 四番目。暴力団の前会長が介在したことについてあなたに非難が集中していますが、事前に承知しておられたとすれば、あなたは自民党の被害者であったとしても責任は重大だと思います。あなたの立場を御説明してください。
 以上です。
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竹下登#6
○竹下証人 お答えいたします。失礼いたしました。証言をいたします。
 まず、私に関する自民党問題とは、委員長から御指摘のありましたとおり、私が自由民主党に就任いたしました昭和六十二年一月から約九カ月間、私を総裁にすべきだという種の街頭宣伝車による街頭演説ないしは連呼行為等が行われ、多くの国民の皆様方に交通渋滞あるいは騒音等で被害を与えた問題であると思います。
 そして、これを中止するために私が石井さんに依頼をしたということが言われておりますが、この問題については私は全く心当たりがございません。
 そして、この行為に対して渡邉さんが自発的に参加されたかということでございますが、私は当時、多くの善意の第三者の方の一人である、このような認識をいたしておるものであります。それは当時、あれをやめさしたらどうだ、私が意思を通じておると思っておる方もいらっしゃいました。また、何とかならぬか、あるいはまた、いわゆる取り締まれないかとかいうような御忠告をたくさんの方からいただきました。しかし、警察等には御相談いたしましたが、当時、道路交通法違反以外これに対して適切な対応はなかった。私はこれはじっと我慢するしかない、このように思っておったわけであります。したがって、多くの方のいわば第三者の善意というふうな範疇に入るものではないか、このように思っております。
 それから、渡邉さんが石井さんという方にこの仲介を依頼されたという事実は、私自身全く存じておりませんでした。
 そして次が、田中邸訪問でございます。これは、たしか十月五日の晩、私が、同僚議員のパーティーがありました際、突然私を同じホテルの上の階へ私の秘書が呼んでまいりました。そこで渡邉さんとお会いをいたしました。非常に丁寧なお言葉でありましたが、田中邸に立候補のごあいさつに伺われたらいかがですか、こういう趣旨のお話でありました。
 私自身、私は田中先生の内閣官房長官でございます、また、中曽根先生の自由民主党幹事長でありましたので、五日の日、実は所信表明を行って立候補の決意表明を行ったわけでございますから、その前にごあいさつをすべきだと思っておりました。しかし、中曽根先生の方が六日の九時にしてくれ、こういう御連絡をいただきましたので、これについてはこの五日の日には実行することができませんで、六日に訪問した次第でございます。これについては、かねて私がそういう意思を持っておった。また、今もお話のありました長谷川信さんが、自分が入り口で待っておって名刺を取り次ぐからということを、それこそ六日の未明であったと思いますが、御連絡をいただいたから決断をいたした次第でございます。
 それから、事前にいわば石井さんを中心とするあっせんというようなことについては、先ほど申し上げましたとおり全く知らなかった、こういうことであります。
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高鳥修#7
○高鳥委員長 竹下証人に申し上げますが、今発言中、中曽根先生の都合でということをおっしゃいましたが、これは田中先生の方の御都合でということですね。ヤジ何か発言に誤謬があるようですから……。よろしいですか。明らかな間違いだと思いましたので、申し上げました。
 じゃ、続けます。
 以上をもって私からのお尋ねすることは終わりました。
 次に、発言の申し出がありますので、順次これを許します。中山正暉君。
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中山正暉#8
○中山(正)委員 予算委員会の理事会では、汚名をかぶせられた方に自主的に国会で証言をするような制度を、何とか政倫審でそういう制度をつくろうではないかという相談がいろいろとあったわけでございますが、それがこの国会改革の中でいまだ実現しておりませんで、きょうは証人ということで御出席をいただいております。
 かつて総理大臣として御答弁をなすったその位置で、証人としてきょうはお出ましをいただいておりますわけでございますが、これは民主主義国家にとって私は重大なことであると思っております。ソビエトが崩壊をいたしましたが、ノーメンクラツーラ、帳簿に記載されざる人々といって三百万人、共産党の幹部は訴追を受けないという権利を持っておった。そのために国家が崩壊をいたしました。これは亡くなりました中川一郎から聞いた話でございますが、十七年間水産大臣をしておったイシコフは、サケの缶詰の中にキャビアを詰めてパリに送って、その差額を自分の預金口座に預金をしておった。そのために、イシコフは十七年間務めておったのが年金生活に入った、しかし下は百五十人ばかりが銃殺に遭ったという話を聞いております。中川本人から聞いた話でございますが……。
 その意味では総理大臣を、かつて田中角栄総理大臣を三木武夫総理大臣が逮捕された。それからまた、栄光の座におられた竹下総理が、きょうは自分の立場を鮮明にするためにここにお越しいただいた。私は、日本という国は大変いい国だ、こういう自浄作用によってこれからこの日本を運営をしていかなければならないと思いますが、最大の問題は、かつて竹下内閣が誕生するに当たりまして暴力団が関係したのではないか。これは東京佐川急便事件に関して商法違反で特別背任罪に問われております渡邉廣康氏が六月の二十日の検事側の調書で大変なことを言っております。
  竹下内閣成立問題は、私の一生で一番大きな
 出来事でございました。私の力を日本の将来に
 示すことができた大きな出来事だった。確かに
 この問題が解決されなくても竹下内閣は成立し
 たかもしれないが、昭和六二年十月五日−六日
 にかけて竹下先生の困り切った様子や、金丸先
 生の説得の態度や、小沢先生の狼狽ぶりをみる
 と自民党問題が解決しなければ成立はあり得な
 いという雰囲気だった。このような大問題を私
 の力で解決できたのだから竹下内閣成立につい
 て、民間人での第一の功労者は私だという自負
 心を持っていました。こう供述をしております。
 このことで竹下内閣誕生に暴力団が関係をしたというのは、これはゆゆしき問題ということになるわけでございますが、総理大臣としてどういうそのときの印象を持っておられますか、御答弁をお願いしたいと思います。
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竹下登#9
○竹下証人 私は、竹下内閣成立に当たって暴力団が介入したというような認識は、もとより持っ
ておりません。
 まず、そもそも私は公党たる自由民主党の総裁選挙に立候補いたしました。自民党問題と総裁選挙は全く無関係であると思います。なぜならば、当時の党則に基づいて、四人以上の候補者があれば党員投票でまず予備選挙を行う、そして立候補者が三名以下であった場合は国会議員の方の投票によって決定する、その仕組みの中で私は駒を進めてまいりました。そして話し合いがたびたび行われまして、たしか十月の十八日に三者で合意いたしまして、当時の総裁に後任総裁をお決めいただこうということで、あの申し入れをしたわけであります。その結果、中曽根当時総裁が、内政問題の諸改革と充実した国際国家としての外交の展開、このようなことを念頭に置いて、熟慮の上、竹下登君を指名すると、厳粛な指名をいただいたものでありますから、いわゆる自民党問題とは全く無関係のものであると、このような問題意識をいたしております。
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中山正暉#10
○中山(正)委員 今、中曽根総理大臣からの指名を受けられたことに関してのお話がございました。
 私も二十五日の夕刻、中曽根元首相にお目にかかりまして、当時の、私、いきさつを伺ってまいりました。確かにあのときは総裁指名ということになりましたわけでございますから、それに関しまして、中曽根総理のお考えを伺いましたら、中曽根総理は、自分が党から指名権をもらうのが第一段階であったと。その次に三人の候補者、亡くなられました安倍先生、そして現総理大臣の宮澤先生、竹下証人、この三名の中から指名をするのに、全く、自民党を意識は全くしていなかったというお話を伺ってきたわけでございます。
 特に、今委員長からもお話がありました、議員席から今やじが飛んでおりましたが、中曽根総理大臣のもとへの、その日程の関係で間違いではないかというお話でございますが、八時に田中邸を訪問された後、九時から九時二十五分まで総理官邸に総理大臣中曽根康弘先生を訪問しておられます。これは、私は、中曽根総理に伺いましたら、奥の部屋から総理大臣当時の日程を持ってこいということで日程を持ってきて見ていただきましたら、六日の日の九時から九時二十五分に中曽根総理のところへ行っておられる。そのお話をされたのが皆さんにちょっと誤解を受けたようでございますが、この件に関して、私は、偶然そこヘマスコミのテレビがあって、田中邸に行かれたことと自民党の褒め殺し中止の問題とが絡んでいるような気がしてなりませんが、その辺についての御感想を伺いたいと思います。
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竹下登#11
○竹下証人 六月五日の二時から私は総裁選立候補の決意、十月、失礼しました、十月五日の午後二時から総裁選立候補の決意表明をホテルで大々的に行いました。
 実は私は、幹事長として仕え、また官房長官として仕えた方の元気でおられるのがお二方でございますので、その決意表明の前に行きたかったわけでございます。しかし、先ほどお話しのように、中曽根先生の方から六日の九時に来てもらいたいというお話がありましたので、それは中止をいたしまして、六日に田中邸、そして総理官邸ではございません、総理大臣の公邸でございました、へお伺いしたわけでございます。したがって、その五日の晩に渡邉さんと話し合いをしましたときに、私はそのとき初めて会ったような感じがしておりましたが、とにかく大変丁寧な言葉で田中邸へ立候補のごあいさつに行かれたらというお話がございました。
 その中で、私自身いわゆる自民党という名前を知っておりませんでしたが、街宣活動をしていらっしゃる、竹下輝励会とかいう名前であったように思いますが、この方々のいわば条件というような形であったならば、私はそれに従うわけにはいかないと、こういう意識を持っておりました。したがって、その席では私は正確にそのことを申し上げなかったわけでございます。しかし、報道によれば、そのとき大変私は弱気になっておったという報道がありますが、二時に立候補を声明して、私、どっちかといえば自分の感情を抑える方でございますけれども、意気軒高たる大演説をやった後でございますので、ふさぎ込んでおったという状態にはなかったろうというふうに思うわけでございます。
 したがって、私自身整理して、いつの日伺おうかと思っておりました。そこへ長谷川信さんが、私の大学の先輩でもございます、自分が玄関で名刺をお受け、取り次ぎますからぜひ朝いらっしゃい、それは中曽根さんの日程が九時ということを知っておるから、その前で結構じゃないですかと、こういうお話がありまして私が参上した次第でございます。そのときテレビが二台ぐらいおったと思います。これは私の方からあらかじめ連絡したものではございません。したがって、私が田中先生に立候補のごあいさつを申し上げに田中邸を訪問したこと、そのものはいわば街宣活動を中止する条件を果たしたという問題意識は全く私にはございません。
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中山正暉#12
○中山(正)委員 この委員会の席にもいらっしゃいますが、中曽根総理大臣の官房長官をされました後藤田正晴先生が十月の二十二日に、毎日新聞に「思うぞんぶん 「佐川」と政治」というところでおっしゃっておられるのが、「はっきりしておきたいが、右翼団体をどう抑えるか、と政権成立とは関係ない。中曽根裁定にいささかの影響もなかった。政治の名誉のために言っておく。」というのが十月の二十二日、木曜日版の毎日新聞の「思うぞんぶん 「佐川」と政治」に載っているわけでございまして、私もそうであろうと。総裁選挙のような選挙ではなかったわけでございますから、指名権というのは神聖な党の決定によって中曽根総理大臣に付与されたものでありましたから、それが右翼の活動に影響されるわけは私はなかったと信じております。竹下内閣、二次にわたる竹下内閣に閣僚を務められた方々も大勢いらっしゃるわけでございますから、私もその一人でございますが、その名誉が傷つけられるということは、日本国家並びに日本の政治の将来に暗雲を投げかけるということであろうと思います。
 そこでお伺いをいたしたいのでございますが、金丸元副総裁が東京佐川急便元社長の渡邉氏から五億円の政治献金を受けて、規制された額を超えたということで略式命令で二十万円の罰金の刑に服されたのでございますが、竹下証人のお嬢様が金丸元副総裁の御令息のお嫁さんに行っておられる、御親戚ということでありますし、政治的にも長い長いおつき合いで、親友であられて、同志であられる。いろいろな関係があるわけで、竹下内閣も支えてこられた、党の内外でそれを支えてこられたという実績があるわけでございますが、しかし、この元副総裁が五億円という多額の政治献金を受けておられたということでみずから辞任をなさいました。このことが世間に大きな政治不信を招くきっかけとなったわけでございますが、このことについてはどういうふうにお考えでございましょうか。
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竹下登#13
○竹下証人 確かにおっしゃいますとおり、金丸さんとは昭和三十三年以来三十五年間議席をともにいたしております。私より十歳年が上でございますので、どっちかといえば、同志であると同時に兄事しておったという感じが私自身にはございます。金丸さんの今回の決断というのはあの方の人生哲学そのものである、辞職されたことそのものは私は残念なことでありますが、その行為はあの金丸さんの人生哲学そのものである、このように感じております。したがって、その議員辞職を無にしないように、政治家としてその意思を生かしていかなきゃならぬというふうに私は考えております。
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中山正暉#14
○中山(正)委員 昭和六十二年の十月の五日に、先ほどからお話のあっております東京プリンスホテルにおいて、金丸前代議士やら渡邉廣康氏らと対策協議をされたということにこの検事調書ではなっております。自民党の出した条件に対して、もう総理にはなれないかもしれないと言われたとか、それから金丸前代議士が、ここまでやってきたのはあんたを総理にするためだと涙を流された
ということが渡邉被告の供述書ではなっておりまして、何人かの議員が、これは七人になられると思いますが、大変な、認めていらっしゃる方もおられますが、認めていらっしゃらない方も四人ばかりおられるという中で、その自民党の街頭宣伝中止のために働いたとされている方々の問題がございます。
 渡邉さんに会われたのがその日が初めてなのか、そういうことも含めて、きょうのこれは毎日でございますが、「竹下氏、知っていた 浦田議員申し出に「ありがとう」」。それから、ここにみずから御署名になったというものが、きょうの、けさの新聞に載っておりますが、これは御存じでございましょうか。
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竹下登#15
○竹下証人 けさの新聞は私も読んでまいりました。この署名は、念書は、私のきよう署名した字よりもはるかに崩しなど立派で、とても私の書いたものだというふうには思っておりません。そして、当時私は、どなたとお会いしましても、ありがとうございますという心境であったことだけは事実でございます。
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中山正暉#16
○中山(正)委員 それにしても大変な自民党の運動があったわけでございます。イタリアの政府などは、P2、プロパガンダ2という組織、イタリア憲法は、憲法八条でございましたか、秘密結社を禁止しております。秘密結社によってつくられたというマフィアがいる国でございますから、政治にいろいろな面で関与をしてくるのを憲法が禁止しているというところもあって、日本も将来考えるべき点ではないかと私は思っておりますが、十八都道府県、百四十回、七カ月にわたる自民党の攻撃、一体何が原因でそんな目に遭われたのか、それから背景に何があったのか、そのお心当たりがおありでございましょうか。
 それからまた、政治の頂点に立つという方に対しては、反対の側もありますし賛成の側もありますし、そういう波風に胸を張って生きていくのが私は政治家だと思っております。そんな意味で、権力の頂点に立つ方のこれは宿命かもわかりませんが、そういうことのない方もいらっしゃるわけでございますので、こういう問題が起こりましたときには徹底的にやはりその原因を究明しなければならないと思います。そういう問題で調査とか、それから警察なんかに御依頼をなすったでしょうか。それからまた、身辺警護には要職を務めておられると必ずSPがついておられるわけでございます。その方々にもそういう行動は目に映るでございましょうから、そういう方々に対してそういう警察に届け出るというようなことはあったのでございましょうか。
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竹下登#17
○竹下証人 まず、この自民党の街宣活動がなぜ行われたかということにつきましては、私もいまだにその理由はわかりません。これはあるいは私自身は永遠に突きとめることのできない問題ではなかろうかと思います。ただ、私が何かにおびえておったとかいうようなことはございません。私は学生のころから、体制側にある者は絶えず厳しい批判に耐え抜いてこそ体制側の真骨頂だということを聞かされておりましたので、ひたすら耐え抜くという考え方でありました。
 そして、この問題につきましていわゆる警察当局等、それは出先の私の応援者がそれぞれの最寄りの警察署へ相談した向きもあるようでございますが、私も実態について何かできないかと、道路交通法違反以外はこれに対応することは困難だということも十分承知の上で、その都度お願いをしておったということは事実でございます。書面でお願いしたというようなわけではございません。
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中山正暉#18
○中山(正)委員 最後の質問になります。時間がございません。
 金丸元副総裁は、自分みずから五億円という違法な政治献金を受けておったということで、民心を反映をして、あの方の率直な性格の一面があらわれたと思いますが、即座に国会議員を辞職されるというようなことを実行されたわけでございます。私は、竹下総理は、国内にあっては新しい時代への税制というものを導入されたという大きな功績、それから対外的にはオレンジ・牛肉の自由化という大きな、対外的な日本の世界貢献度を高めるような行動をとられたことを高く評価をいたしておりますが、その後のこういう話でございます。議員を辞職せよという話まであるわけでございますが、この後いかがな身の処し方を考えていらっしゃいますでしょうか。
 それから、そういうことに関して民衆にひとつこたえて、御自分の考え方をひとつおっしゃっていただいて、今後ともどういう方式をとっていかれるか、この際お述べをいただきたいと思います。
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竹下登#19
○竹下証人 三つあろうかと思っております。
 まず、当面おまえは何をするかということは、私は今までいろいろなところから記者会見、単独インタビュー等を求められましたが、国会でやはり明らかにするということ、国権の最高機関たる国会で明らかにすること、お話をさしていただきたいということを申し続けて今日になりました。したがって、一生懸命でまずは真実を明らかにする努力を国会を通じてやるべきであるというふうに思っております。
 そして、私に対する議員辞職の問題でございます。この問題につきましては、これを分析してみますと、結果として竹下内閣の成立に暴力団が介入しておったことは国内外に対して非常な不評を買っておるではないか、だからみずから議員を辞職すべきではないか、このような御要請であると私は思っております。したがって、私がその職を辞することは、この全く自民党問題と関係のない公党の総裁の選出、なかんずく内閣の首班、これとがまさに連動しておるかのごときを立証することになりはしないか。したがって、私はその職を辞するわけにはまいらない、このように思っておるところでございます。
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中山正暉#20
○中山(正)委員 以上で質問を終わります。ありがとうございました。
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高鳥修#21
○高鳥委員長 これにて中山君の発言は終了いたしました。
 次に、高沢寅男君。
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高沢寅男#22
○高沢委員 ただいまから私、竹下証人に対して御質問しますが、必要に応じてここにおります仙谷代議士がまた関連の質問、こういうふうに考えておりますので、その点をよろしくお取り計らいをお願いいたします。
 さて、竹下さん、あなたにまずお聞きしたいことは、あなたと日本自民党の関係の中で非常に大きな役割を果たした先ほど来出ている稲川会の石井会長、この人の生前にあなたはお会いになったことがありますか。いかがでしょう。
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竹下登#23
○竹下証人 お会いしたことは一度もございません。
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高沢寅男#24
○高沢委員 先ほど来、その石井会長が自民党の運動を抑えるという大きな役割を果たした、しかし私は全く知らなかった、こう言われているわけでありますが、しかし、これは日本の現代史の中のだれでも否定のできない客観的な事実です。
 今あなたは、じゃ今あなたは、石井会長の働きによって自民党の活動が抑えられた、そしてあなたは総理・総裁になった、この事実は今は御承知でありますか。いかがですか。
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竹下登#25
○竹下証人 先ほどお答えしましたように、お会いしたことはございません。そして、石井さんというお方がこの問題に介在しておられたという事実は、昭和六十三年の十二月以降に承知をいたしました。
 しかし、お言葉をお返しするようでございますが、総理・総裁と自民党活動は関係がないというふうに御理解を賜りたいと思います。
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高沢寅男#26
○高沢委員 私は、この十一月の二日に、ここにおります仙谷代議士と一緒に京都へ参りまして、京都の会津小鉄の幹部の三神忠さん、こういう方にお会いしました。その三神さんはこう言っておりました。
 昭和六十二年の九月末ごろ東京の稲川会の石井会長から電話が来た。そして、自民党は今こういう活動をやっておるが、これをとめてくれぬかというふうに石井会長から頼まれた。そこでこの三神氏は自民党の稲本総裁に連絡をとって、そし
て、これをやめてくれぬか、こう言ったところが稲本総裁は、やめてよろしい、ただし条件がある、その条件というのは竹下が目白の田中さんのところへ謝りに行くことだ、おわびに行くことだ、それが条件だ、こういうふうに言ったそうであります。で、三神氏はそれを東京の石井会長に伝えた。これは石井会長から佐川の渡邉さんとか、等々を通じて金丸さんにその連絡が来ておる。あなたはそういうことを金丸さんからお聞きになったことはありますか。
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竹下登#27
○竹下証人 今、高沢先生の御指摘のことは私も報道で、定かではございませんが承知しておりますが、そのようなことを、条件というようなことをそのような時期にお話を聞いたことはございません。
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高沢寅男#28
○高沢委員 実際のところはあなたも御承知のとおりです。この自民党の褒め殺し活動というのは十月の二日までやっていた。三日からぴたりととまったわけです。この段階で自民党の稲本総裁と例えば稲川会の石井会長、この間でもう褒め殺し活動はやめるという話し合いがついた、こういうふうに考えられます。
 あるいはまた、このころに石井会長も出ていた会があって、そういうところへあなたも出席されて、そして石井会長と竹下さん、あなたの間で、それでは自民党の条件を守りましょう、こういうふうな話をされた。こういう会に出られたことがありますか。どうですか。
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竹下登#29
○竹下証人 先ほど来申しましたように、石井さんという方に一度も会ったことはございませんので、その会合に出たという事実もございません。
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