竹下登の発言 (予算委員会)
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○証人(竹下登君) まず、田中邸訪問、そして葛藤という表現についてお答えを申し上げます。証言をいたします。
この田中邸訪問というものは、今委員長からも申せられましたように、私自身、内閣官房長官としてお仕えしたのが田中角栄先生、幹事長としてあるいは大蔵大臣としてお仕えしたのが中曽根康弘先生、今現存していらっしゃる方、私がそういう立場で仕えた方はお二人でございますしたがって、私は少なくとも決意表明までにはごあいさつをすべきだということを考えておりました。多くの同志の皆さん方も、今委員長から申されたように、その意見に同感でございました。したがって、私は必ず田中先生を訪問し、ごあいさつすべきであるという心で、心の中に決しておりました。
そして、私が葛藤という言葉を使いましたのは、十月六日、失礼、五日の夕刻、渡邊さんとお会いいたしましたとき、非常に丁寧なお話で私に、田中先生のところへごあいさつに、同郷のよしみもあったかもしれません、その中に街頭演説中止の条件ではないかという印象を持ったことも既に証言申し上げましたように事実でございます。
葛藤ということは、字引で引いてみましたら、これはまさに相反する二つの意見が譲ることなく対立する状態と、こう書いてありますので、いささか文学的表現であったかなという反省もありますが、行くべきだ、行かなきゃならない、それをどういう日程に設定するかというまず第一義的なものにそれが条件ととられる誤解を生じやしないかなという付随したものが私の葛藤という言葉になったと、こういうことであります。したがって、葛藤という言葉は必ずしも文学的には適切でなかったというふうに思います。
そして、懸念を持っておったかということにつきましては、最初お答えいたしましたとおり、もし私がこのような懸念というものがあれば総裁選
挙に厚かましく立候補するようなことはしなかったということの事実が懸念がなかったということになりはしないかと、このように思います。