予算委員会
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会
会議録情報#0
平成四年十二月七日(月曜日)
午前十時五分開会
—————————————
委員の異動
十二月四日
辞任 補欠選任
穐山 篤君 北村 哲男君
肥田美代子君 会田 長栄君
吉田 之久君 長谷川 清君
聴濤 弘君 上田耕一郎君
吉川 春子君 高崎 裕子君
磯村 修君 笹野 貞子君
乾 晴美君 池田 治君
青島 幸男君 下村 泰君
十二月七日
辞任 補欠選任
喜岡 淳君 篠崎 年子君
國弘 正雄君 清水 澄子君
高崎 裕子君 吉川 春子君
笹野 貞子君 磯村 修君
—————————————
出席者は左のとおり。
委員長 遠藤 要君
理 事
井上 裕君
石川 弘君
上杉 光弘君
柳川 覺治君
角田 義一君
村沢 牧君
山本 正和君
白浜 一良君
寺崎 昭久君
委 員
井上 章平君
石井 道子君
大河原太一郎君
北 修二君
志村 哲良君
下稲葉耕吉君
須藤良太郎君
野間 赳君
野村 五男君
服部三男雄君
林田悠紀夫君
星野 朋市君
前田 勲男君
松浦 孝治君
会田 長栄君
及川 一夫君
北村 哲男君
久保田真苗君
小林 正君
櫻井 規順君
清水 澄子君
篠崎 年子君
種田 誠君
堂本 暁子君
三重野栄子君
荒木 清寛君
猪熊 重二君
矢原 秀男君
長谷川 清君
上田耕一郎君
吉川 春子君
池田 治君
磯村 修君
下村 泰君
武田邦太郎君
事務局側
常任委員会専門
員 宮下 忠安君
証 人
竹下 登君
—————————————
本日の会議に付した案件
○平成四年度一般会計補正予算(第l号)(内閣
提出、衆議院送付)
○平成四年度特別会計補正予算(特第1号)(内
閣提出、衆議院送付)
○平成四年度政府関係機関補正予算(機第1号)
(内閣提出、衆議院送付)
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この発言だけを見る →午前十時五分開会
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委員の異動
十二月四日
辞任 補欠選任
穐山 篤君 北村 哲男君
肥田美代子君 会田 長栄君
吉田 之久君 長谷川 清君
聴濤 弘君 上田耕一郎君
吉川 春子君 高崎 裕子君
磯村 修君 笹野 貞子君
乾 晴美君 池田 治君
青島 幸男君 下村 泰君
十二月七日
辞任 補欠選任
喜岡 淳君 篠崎 年子君
國弘 正雄君 清水 澄子君
高崎 裕子君 吉川 春子君
笹野 貞子君 磯村 修君
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出席者は左のとおり。
委員長 遠藤 要君
理 事
井上 裕君
石川 弘君
上杉 光弘君
柳川 覺治君
角田 義一君
村沢 牧君
山本 正和君
白浜 一良君
寺崎 昭久君
委 員
井上 章平君
石井 道子君
大河原太一郎君
北 修二君
志村 哲良君
下稲葉耕吉君
須藤良太郎君
野間 赳君
野村 五男君
服部三男雄君
林田悠紀夫君
星野 朋市君
前田 勲男君
松浦 孝治君
会田 長栄君
及川 一夫君
北村 哲男君
久保田真苗君
小林 正君
櫻井 規順君
清水 澄子君
篠崎 年子君
種田 誠君
堂本 暁子君
三重野栄子君
荒木 清寛君
猪熊 重二君
矢原 秀男君
長谷川 清君
上田耕一郎君
吉川 春子君
池田 治君
磯村 修君
下村 泰君
武田邦太郎君
事務局側
常任委員会専門
員 宮下 忠安君
証 人
竹下 登君
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本日の会議に付した案件
○平成四年度一般会計補正予算(第l号)(内閣
提出、衆議院送付)
○平成四年度特別会計補正予算(特第1号)(内
閣提出、衆議院送付)
○平成四年度政府関係機関補正予算(機第1号)
(内閣提出、衆議院送付)
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遠
遠藤要#1
○委員長(遠藤要君) ただいまから予算委員会を開会いたします。
平成四年度一般会計補正予算、平成四年度特別会計補正予算、平成四年度政府関係機関補正予算、以上三案を一括して議題といたします。
東京佐川問題について、証人の証言を求めることにいたします。
まず、委員長から確認させていただきます。
あなたは竹下登君御本人ですか。
この発言だけを見る →平成四年度一般会計補正予算、平成四年度特別会計補正予算、平成四年度政府関係機関補正予算、以上三案を一括して議題といたします。
東京佐川問題について、証人の証言を求めることにいたします。
まず、委員長から確認させていただきます。
あなたは竹下登君御本人ですか。
竹
遠
遠藤要#3
○委員長(遠藤要君) この際、一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多忙中のところ御出席をいただきまことにありがとうございました。
当委員会におきましては、目下平成四年度補正予算に関する審査を進めておりますが、本日は特に証人の方から東京佐川問題について御証言をいただくことになった次第でございます。
証言を求めるに先立ち、証人に申し上げます。
議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人には、証言を求める前に宣誓をしていただくことになっております。
宣誓または証言を拒むことができるのは、次の場合に限られております。
自己または自己の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または自己とこれらの親族関係があった者及び自己の後見人、後見監督人または保佐人並びに自己を後見人、後見監督人または保佐人とする者が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときは宣誓または証言を拒むことができます。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、外国法事務弁護士を含む弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者が業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについて証言を求められたときも宣誓または証言を拒むことができますが、本人が承諾した場合はこの限りではありません。
正当の理由がなくて証人が宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられます。
また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。
なお、今回の証人喚問についての当理事会の決定事項については、証人には既に文書をもってお知らせしたとおりでありますが、この際、その主要な点について申し上げておきます。
まず第一点は、資料についてであります。
証人は、既に通知したとおり、証言を行うに際し、あらかじめ当委員会に提出された資料を用いることは差し支えありませんが、委員長の許可が必要であります。
その第二点は、証人のメモ、筆記が尋問の項目程度に限られていることであります。
以上の点を十分御承知願います。
それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。
全員御起立願います。
〔総員起立〕
この発言だけを見る →本日は、御多忙中のところ御出席をいただきまことにありがとうございました。
当委員会におきましては、目下平成四年度補正予算に関する審査を進めておりますが、本日は特に証人の方から東京佐川問題について御証言をいただくことになった次第でございます。
証言を求めるに先立ち、証人に申し上げます。
議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人には、証言を求める前に宣誓をしていただくことになっております。
宣誓または証言を拒むことができるのは、次の場合に限られております。
自己または自己の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または自己とこれらの親族関係があった者及び自己の後見人、後見監督人または保佐人並びに自己を後見人、後見監督人または保佐人とする者が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときは宣誓または証言を拒むことができます。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、外国法事務弁護士を含む弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者が業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについて証言を求められたときも宣誓または証言を拒むことができますが、本人が承諾した場合はこの限りではありません。
正当の理由がなくて証人が宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられます。
また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。
なお、今回の証人喚問についての当理事会の決定事項については、証人には既に文書をもってお知らせしたとおりでありますが、この際、その主要な点について申し上げておきます。
まず第一点は、資料についてであります。
証人は、既に通知したとおり、証言を行うに際し、あらかじめ当委員会に提出された資料を用いることは差し支えありませんが、委員長の許可が必要であります。
その第二点は、証人のメモ、筆記が尋問の項目程度に限られていることであります。
以上の点を十分御承知願います。
それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。
全員御起立願います。
〔総員起立〕
遠
遠藤要#4
○委員長(遠藤要君) 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第五条の三の規定により、これより竹下登君の証言が終了するまで撮影は中止してください。
竹下登君、宣誓書を朗読してください。
〔証人は次のように宣誓を行った〕
宣 誓 書
良心に従って真実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。
証人 竹下 登
この発言だけを見る →竹下登君、宣誓書を朗読してください。
〔証人は次のように宣誓を行った〕
宣 誓 書
良心に従って真実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。
証人 竹下 登
遠
遠
遠藤要#6
○委員長(遠藤要君) これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は証言を求められた範囲を超えないこと、また、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言なさるようお願いいたします。
なお、尋問を受けているときは御着席のままで結構でございますが、お答えの際には起立して御発言を願います。
また、委員の尋問時間が限られておりますので、答弁は要点を的確に簡潔にお願いいたします。
この際、委員各位に申し上げます。
本日は、法律に基づき申し合わせの時間内で証言を求めるものでございますから、不規則発言等により、議事の進行を妨げたり証人に対して不適切な言動が及ぶことのないよう特に御協力をお願い申し上げます。
それでは、まず委員長から竹下証人にお尋ねいたします。
まず最初に、委員長から申し上げます。
御存じのとおり、私は経世会のメンバーの一人であります。実は、委員長であることが、公正公平な議会運営に疑念を持たれるのではないかと考え、自分の進退を理事の皆さん方に御相談申し上げました。しかし、皆さんからその必要はないとのお話で、この席を汚しております。お引き受けした以上、私は政治不信を払拭するため真相究明に渾身の努力を払う決意でございます。
竹下証人の招致は、私が委員長一任を受け決めさせていただきました。証人喚問したのは、竹下証人が国会を通じお話を申し上げたいと申されておりましたので、衆参両院で証言していただくことが二院制の上からも、また証人が常に言われている議会の子の立場からも大事と考えて決定させていただいたことを申し上げ、証人は各委員の質問に御存じの事実を真摯にお述べください。
昭和六十二年の自民党総裁選挙に出馬した際、右翼団体の日本皇民党がいわゆる褒め殺しの街頭宣伝活動を行ったことについて、皇民党のそのような活動に対し、当時、あなたはどのような心境でしたか。褒め殺しに相当の経費をかけ、行動を起こされた遠因、理由等に思い当たる節はございませんか。
報道によると、皇民党攻撃に証人がおびえたなどといろいろと言われておりますが、おびえる理由があったのでしょうか。
さらに、皇民党問題と自民党総裁選出や竹下政権誕生が関係あるやに取りざたされておりますが、当時の後藤田官房長官はそうしたことは考えられないと再三述べていますが、証人の見解はいかがですか。
この発言だけを見る →なお、尋問を受けているときは御着席のままで結構でございますが、お答えの際には起立して御発言を願います。
また、委員の尋問時間が限られておりますので、答弁は要点を的確に簡潔にお願いいたします。
この際、委員各位に申し上げます。
本日は、法律に基づき申し合わせの時間内で証言を求めるものでございますから、不規則発言等により、議事の進行を妨げたり証人に対して不適切な言動が及ぶことのないよう特に御協力をお願い申し上げます。
それでは、まず委員長から竹下証人にお尋ねいたします。
まず最初に、委員長から申し上げます。
御存じのとおり、私は経世会のメンバーの一人であります。実は、委員長であることが、公正公平な議会運営に疑念を持たれるのではないかと考え、自分の進退を理事の皆さん方に御相談申し上げました。しかし、皆さんからその必要はないとのお話で、この席を汚しております。お引き受けした以上、私は政治不信を払拭するため真相究明に渾身の努力を払う決意でございます。
竹下証人の招致は、私が委員長一任を受け決めさせていただきました。証人喚問したのは、竹下証人が国会を通じお話を申し上げたいと申されておりましたので、衆参両院で証言していただくことが二院制の上からも、また証人が常に言われている議会の子の立場からも大事と考えて決定させていただいたことを申し上げ、証人は各委員の質問に御存じの事実を真摯にお述べください。
昭和六十二年の自民党総裁選挙に出馬した際、右翼団体の日本皇民党がいわゆる褒め殺しの街頭宣伝活動を行ったことについて、皇民党のそのような活動に対し、当時、あなたはどのような心境でしたか。褒め殺しに相当の経費をかけ、行動を起こされた遠因、理由等に思い当たる節はございませんか。
報道によると、皇民党攻撃に証人がおびえたなどといろいろと言われておりますが、おびえる理由があったのでしょうか。
さらに、皇民党問題と自民党総裁選出や竹下政権誕生が関係あるやに取りざたされておりますが、当時の後藤田官房長官はそうしたことは考えられないと再三述べていますが、証人の見解はいかがですか。
竹
竹下登#7
○証人(竹下登君) 証言をいたします。
まず、私の当時の心境でございますが、率直に申しまして、街頭宣伝等で私を総裁にすべきだという街頭宣伝がありました。で、これがいかなる遠因があるだろうかということに全く関心がなかったわけではございませんけれども、言論の自由ということからいたしまして、それについて深くせんさくするという立場にはございませんでした。
二番目の、何かおびえたことがなかったかという御尋問でございます。
この点につきましては、私が仮に当時、何かおびえるようなことがあったとしたら、公党の総裁に立候補するだけの決意は恐らく持ち合わせなかっただろうと、このように思います。何もおびえるようなことはありませんでした。
その次の、総裁選出、また首班指名といわゆる政治団体の街頭宣伝活動との関係でございますが、私はまず総裁公選規程に基づいて粛々と選挙の準備を行い、そして立候補をいたしました。したがって、この総裁選挙そのものと、ひいては本院でも首班に指名していただいた結果になるわけでございますが、それといわゆる一政治結社の街頭宣伝活動というものについては全く関係のないことであると、このように思っております。
この発言だけを見る →まず、私の当時の心境でございますが、率直に申しまして、街頭宣伝等で私を総裁にすべきだという街頭宣伝がありました。で、これがいかなる遠因があるだろうかということに全く関心がなかったわけではございませんけれども、言論の自由ということからいたしまして、それについて深くせんさくするという立場にはございませんでした。
二番目の、何かおびえたことがなかったかという御尋問でございます。
この点につきましては、私が仮に当時、何かおびえるようなことがあったとしたら、公党の総裁に立候補するだけの決意は恐らく持ち合わせなかっただろうと、このように思います。何もおびえるようなことはありませんでした。
その次の、総裁選出、また首班指名といわゆる政治団体の街頭宣伝活動との関係でございますが、私はまず総裁公選規程に基づいて粛々と選挙の準備を行い、そして立候補をいたしました。したがって、この総裁選挙そのものと、ひいては本院でも首班に指名していただいた結果になるわけでございますが、それといわゆる一政治結社の街頭宣伝活動というものについては全く関係のないことであると、このように思っております。
遠
遠藤要#8
○委員長(遠藤要君) 東京佐川急便株式会社渡邊元社長から稲川会の石井前会長に皇民党の活動中止を依頼し、皇民党はあなたが田中角栄邸に総裁立候補のあいさつに行くことを示唆したと言われています。そして、あなたが田中邸を訪問した後に皇民党の活動もおさまりました。世上、田中邸訪問が皇民党行動中止の条件であったと言われていることに関し、創政会の議員もぜひ田中先生のところにあいさつに行ってほしいと勧めていたことを知っておりますが、証人もまた人の道として田中邸を訪問されたのではないかと思われます。
さらに、六十二年十月五日の夜、渡邊氏から田中邸に行ってほしいと言われたとき、証人は心の中に葛藤があったと衆議院で証言されましたが、これはどのような気持ちを表現されたものですか。田中邸訪問の一連の経緯と真意を述べてください。
皇民党の騒ぎをとめなければあなたは総裁になれないとの懸念をお持ちでしたか。皇民党に総裁選の選挙権があるわけではないので、総裁当選に何らの心配はなかったのではないか。また、当時の自民党の選挙情勢からも、創政会が推す竹下さんの当選間違いなしが大勢であったと判断しておりましたけれども、当時の証人の判断を述べてください。
この発言だけを見る →さらに、六十二年十月五日の夜、渡邊氏から田中邸に行ってほしいと言われたとき、証人は心の中に葛藤があったと衆議院で証言されましたが、これはどのような気持ちを表現されたものですか。田中邸訪問の一連の経緯と真意を述べてください。
皇民党の騒ぎをとめなければあなたは総裁になれないとの懸念をお持ちでしたか。皇民党に総裁選の選挙権があるわけではないので、総裁当選に何らの心配はなかったのではないか。また、当時の自民党の選挙情勢からも、創政会が推す竹下さんの当選間違いなしが大勢であったと判断しておりましたけれども、当時の証人の判断を述べてください。
竹
竹下登#9
○証人(竹下登君) まず、田中邸訪問、そして葛藤という表現についてお答えを申し上げます。証言をいたします。
この田中邸訪問というものは、今委員長からも申せられましたように、私自身、内閣官房長官としてお仕えしたのが田中角栄先生、幹事長としてあるいは大蔵大臣としてお仕えしたのが中曽根康弘先生、今現存していらっしゃる方、私がそういう立場で仕えた方はお二人でございますしたがって、私は少なくとも決意表明までにはごあいさつをすべきだということを考えておりました。多くの同志の皆さん方も、今委員長から申されたように、その意見に同感でございました。したがって、私は必ず田中先生を訪問し、ごあいさつすべきであるという心で、心の中に決しておりました。
そして、私が葛藤という言葉を使いましたのは、十月六日、失礼、五日の夕刻、渡邊さんとお会いいたしましたとき、非常に丁寧なお話で私に、田中先生のところへごあいさつに、同郷のよしみもあったかもしれません、その中に街頭演説中止の条件ではないかという印象を持ったことも既に証言申し上げましたように事実でございます。
葛藤ということは、字引で引いてみましたら、これはまさに相反する二つの意見が譲ることなく対立する状態と、こう書いてありますので、いささか文学的表現であったかなという反省もありますが、行くべきだ、行かなきゃならない、それをどういう日程に設定するかというまず第一義的なものにそれが条件ととられる誤解を生じやしないかなという付随したものが私の葛藤という言葉になったと、こういうことであります。したがって、葛藤という言葉は必ずしも文学的には適切でなかったというふうに思います。
そして、懸念を持っておったかということにつきましては、最初お答えいたしましたとおり、もし私がこのような懸念というものがあれば総裁選
挙に厚かましく立候補するようなことはしなかったということの事実が懸念がなかったということになりはしないかと、このように思います。
この発言だけを見る →この田中邸訪問というものは、今委員長からも申せられましたように、私自身、内閣官房長官としてお仕えしたのが田中角栄先生、幹事長としてあるいは大蔵大臣としてお仕えしたのが中曽根康弘先生、今現存していらっしゃる方、私がそういう立場で仕えた方はお二人でございますしたがって、私は少なくとも決意表明までにはごあいさつをすべきだということを考えておりました。多くの同志の皆さん方も、今委員長から申されたように、その意見に同感でございました。したがって、私は必ず田中先生を訪問し、ごあいさつすべきであるという心で、心の中に決しておりました。
そして、私が葛藤という言葉を使いましたのは、十月六日、失礼、五日の夕刻、渡邊さんとお会いいたしましたとき、非常に丁寧なお話で私に、田中先生のところへごあいさつに、同郷のよしみもあったかもしれません、その中に街頭演説中止の条件ではないかという印象を持ったことも既に証言申し上げましたように事実でございます。
葛藤ということは、字引で引いてみましたら、これはまさに相反する二つの意見が譲ることなく対立する状態と、こう書いてありますので、いささか文学的表現であったかなという反省もありますが、行くべきだ、行かなきゃならない、それをどういう日程に設定するかというまず第一義的なものにそれが条件ととられる誤解を生じやしないかなという付随したものが私の葛藤という言葉になったと、こういうことであります。したがって、葛藤という言葉は必ずしも文学的には適切でなかったというふうに思います。
そして、懸念を持っておったかということにつきましては、最初お答えいたしましたとおり、もし私がこのような懸念というものがあれば総裁選
挙に厚かましく立候補するようなことはしなかったということの事実が懸念がなかったということになりはしないかと、このように思います。
遠
遠藤要#10
○委員長(遠藤要君) 重複するようでございますけれども、衆議院での証言とも関連して、浦田参議院議員の発言が取りざたされました。当時、田中派と創政会の中間にいた小沢辰男さんや長谷川信さん、お亡くなりになった、及び創政会の議員の方々から進言もあったと、証人自身御承知のとおり。ただいまの御発言にもございましたが、田中内閣の官房長官でもあったわけで、総裁選立候補のあいさつは人の道と考えて伺ったと思っていますが、改めてどうですか。
その当時に田中さんを守る趣旨の文書がつくられていたとの浦田発言も、実は当時の情勢を的確に思い出してほしいという浦田氏の気持ちであのような発言になったのではないかなと思っています。証人はそういうふうにしてもろもろの人の田中さんに対するあいさつ、そういうような点がどうも今、世上、皇民党の、そして渡邊佐川元社長の、東京社長の丁寧なごあいさつがあったために竹下証人がお伺いしたんだというような印象を多分にとっておりますので、重ねてその点をいま一度お答え願いたいと思います。
この発言だけを見る →その当時に田中さんを守る趣旨の文書がつくられていたとの浦田発言も、実は当時の情勢を的確に思い出してほしいという浦田氏の気持ちであのような発言になったのではないかなと思っています。証人はそういうふうにしてもろもろの人の田中さんに対するあいさつ、そういうような点がどうも今、世上、皇民党の、そして渡邊佐川元社長の、東京社長の丁寧なごあいさつがあったために竹下証人がお伺いしたんだというような印象を多分にとっておりますので、重ねてその点をいま一度お答え願いたいと思います。
竹
竹下登#11
○証人(竹下登君) 今、御氏名を申されました浦田さん、また長谷川信さん、また衆議院議員である小沢辰男さん、この方々はかねてそのようなことを申しておられたことは事実でございます。それは十月五日よりはかなり前の段階であったかと思いますが、いや、私もそのような考えを持っておるから、適当な、一番適当な時期、私が考えておったのは、五日の日に決意表明をしましたのでその前にという気持ちがあったことは事実でございます。お二人の方にはごあいさつに伺う考えたということを申しておって、浦田さん、皆様方もそれを確信していただいておったというふうに私は思っております。
ただ、衆議院でいきなりこれはあなたの筆跡かという文書の提示がございまして、私の字と違いますということを申し上げたことも事実でございますが、その背景にありましたのは、私があいさつに行くことが至当である、自分もそう思っておるという共通した認識がその底辺にあったではなかろうかと、これは推測をいたします。
この発言だけを見る →ただ、衆議院でいきなりこれはあなたの筆跡かという文書の提示がございまして、私の字と違いますということを申し上げたことも事実でございますが、その背景にありましたのは、私があいさつに行くことが至当である、自分もそう思っておるという共通した認識がその底辺にあったではなかろうかと、これは推測をいたします。
遠
遠藤要#12
○委員長(遠藤要君) 衆議院における証人の証言に関して、六十二年十月二十九日の会合を十一月中旬と発言され、後日、思い違いということで修正されたように伺っていますが、御説明を願いたいと思います。
また、この会合が偶然の出会いであったやの趣旨の証言でしたが、先日の新聞報道では、竹下事務所が予約し、費用も負担していたとのことでございますけれども、御説明を願いたいと思います。
この発言だけを見る →また、この会合が偶然の出会いであったやの趣旨の証言でしたが、先日の新聞報道では、竹下事務所が予約し、費用も負担していたとのことでございますけれども、御説明を願いたいと思います。
竹
竹下登#13
○証人(竹下登君) 十月二十九日というのは私のこの思い違いであったと、日にちそのものが。このようなことでございます。
それはなぜならば、十月二十九日は私はそのとき、十月三十、自由民主党党大会前日と誤解をしておりました。したがって前日は、私が総裁に初めて就任するわけでございますから、まあ私なりに立派なあいさつもしなきゃならぬし、とてもそういう時間がないということを断定してしまったところに間違いがございました。しかし、正確に調べますと、党大会は三十一日でございますから、前日とは三十日でございます。二十九日にはさようしからば日程があるはずだと言って調べましたところ、確かに言われる料亭へ参っております。
その当時は総裁にはなっておらぬわけですから総裁予定者になっておるわけでございますが、新聞紙上等では私の動静が書かれておりました。したがって、二十九日のいわば六時三十分から帰宅八時四十何分でございましたか、という日程がありましたので、そのときにその会合があり得る可能性があると思いますが、それを中旬であってどっちであったかということを確定するだけの自信がございませんでしたので、その可能性、その会合自身は認めたわけですから、可能性に対してはあるという前提のもとにこの訂正の表現をいたしました。
五日の分につきましては、これは飛び込みだという表現をいたしました。確かに私の関係者が部屋を用意したといたしましても、事前に私の日程にはない、言ってみれば我々がよく言います飛び込み的という意味で申し上げたわけでございます。
この発言だけを見る →それはなぜならば、十月二十九日は私はそのとき、十月三十、自由民主党党大会前日と誤解をしておりました。したがって前日は、私が総裁に初めて就任するわけでございますから、まあ私なりに立派なあいさつもしなきゃならぬし、とてもそういう時間がないということを断定してしまったところに間違いがございました。しかし、正確に調べますと、党大会は三十一日でございますから、前日とは三十日でございます。二十九日にはさようしからば日程があるはずだと言って調べましたところ、確かに言われる料亭へ参っております。
その当時は総裁にはなっておらぬわけですから総裁予定者になっておるわけでございますが、新聞紙上等では私の動静が書かれておりました。したがって、二十九日のいわば六時三十分から帰宅八時四十何分でございましたか、という日程がありましたので、そのときにその会合があり得る可能性があると思いますが、それを中旬であってどっちであったかということを確定するだけの自信がございませんでしたので、その可能性、その会合自身は認めたわけですから、可能性に対してはあるという前提のもとにこの訂正の表現をいたしました。
五日の分につきましては、これは飛び込みだという表現をいたしました。確かに私の関係者が部屋を用意したといたしましても、事前に私の日程にはない、言ってみれば我々がよく言います飛び込み的という意味で申し上げたわけでございます。
遠
遠藤要#14
○委員長(遠藤要君) ありがとうございました。
委員長からお尋ねすることは以上でございますけれども、証人に重ねてお願い申し上げたいと思います。
各委員は政治に対する不信感を払拭するためにこの佐川問題に対して解明したいということでございますので、証人を責めるという気持ちではなく、事件解明ということの趣旨であるということを御理解願って、ひとつ証人として承知のことはすべて御証言をいただきたいということをお願い申し上げておきたいと思います。
ありがとうございました。
それでは、竹下証人に対し質疑のある方は順次御発言を願います。
この発言だけを見る →委員長からお尋ねすることは以上でございますけれども、証人に重ねてお願い申し上げたいと思います。
各委員は政治に対する不信感を払拭するためにこの佐川問題に対して解明したいということでございますので、証人を責めるという気持ちではなく、事件解明ということの趣旨であるということを御理解願って、ひとつ証人として承知のことはすべて御証言をいただきたいということをお願い申し上げておきたいと思います。
ありがとうございました。
それでは、竹下証人に対し質疑のある方は順次御発言を願います。
井
井上裕#15
○井上裕君 自民党の井上裕です。
本日は大変御苦労さまでございます。
竹下元総理には、総理として在任中は誠実な実行の政治を目指して、外に向かっては世界に貢献する日本、内にあってはふるさと創生、行財政改革、特に現行消費税の創設等数々の実績を上げましたことは、これを評価いたすものであります。不幸にしてリクルート問題によりその政治責任をとられ引退されましたが、その当時党議決定した政治改革大綱は、今日我々が目指す政治浄化のための政治改革の基本憲章として大きな主張であり、意義を持っております。
今回、東京佐川急便事件の真相を解明して政治に対する国民の信頼を回復するため、本院としても衆議院に引き続いて再度の喚問となったわけであります。この点御理解をいただきたいと思います。
まず最初は、政治に対する国民の信頼確保、政治浄化の問題であります。
世界が何百年に一回という激動の転換期にあり、また国内的にはバブルの崩壊によって景気が落ち込み、先行き明るさが感じられない、速やかに景気回復のてこ入れとしての補正予算を成立させねばならないという重大な時期に、東京佐川急便事件に関する証人喚問の問題で会期の多くが空費される事態は、国民の負託を受けた国会の使命に照らしてまことに遺憾であります。
そこで、竹下元総理には今回の件を顧みて、政治に対する国民の信頼の確保、政治の浄化についていかなる所見をお持ちでありますか、お伺いをいたしたいと思います。
この発言だけを見る →本日は大変御苦労さまでございます。
竹下元総理には、総理として在任中は誠実な実行の政治を目指して、外に向かっては世界に貢献する日本、内にあってはふるさと創生、行財政改革、特に現行消費税の創設等数々の実績を上げましたことは、これを評価いたすものであります。不幸にしてリクルート問題によりその政治責任をとられ引退されましたが、その当時党議決定した政治改革大綱は、今日我々が目指す政治浄化のための政治改革の基本憲章として大きな主張であり、意義を持っております。
今回、東京佐川急便事件の真相を解明して政治に対する国民の信頼を回復するため、本院としても衆議院に引き続いて再度の喚問となったわけであります。この点御理解をいただきたいと思います。
まず最初は、政治に対する国民の信頼確保、政治浄化の問題であります。
世界が何百年に一回という激動の転換期にあり、また国内的にはバブルの崩壊によって景気が落ち込み、先行き明るさが感じられない、速やかに景気回復のてこ入れとしての補正予算を成立させねばならないという重大な時期に、東京佐川急便事件に関する証人喚問の問題で会期の多くが空費される事態は、国民の負託を受けた国会の使命に照らしてまことに遺憾であります。
そこで、竹下元総理には今回の件を顧みて、政治に対する国民の信頼の確保、政治の浄化についていかなる所見をお持ちでありますか、お伺いをいたしたいと思います。
竹
竹下登#16
○証人(竹下登君) 今申されたことはそれぞれ私もうなずけるものでございます。私自身は、私の側から見れば誤解であり風間であり憶測であるという点がもとよりないわけではございません。しかし、今それらが政治不信というものの大きな理由になっておるということを前提に置きますならば、まずは誤解を解き、そして真相を解明していく、その努力が私自身に課せられた使命であると、このように思います。
二番目には、これは言論の自由とともに人権というものは民主主義社会において大切なことでありますので、それらの問題が守られるようにそうした風土、政治社会をつくっていくための努力を長期的にはしなきゃならぬ課題だと、このように問題意識を整理いたしております。
この発言だけを見る →二番目には、これは言論の自由とともに人権というものは民主主義社会において大切なことでありますので、それらの問題が守られるようにそうした風土、政治社会をつくっていくための努力を長期的にはしなきゃならぬ課題だと、このように問題意識を整理いたしております。
井
井上裕#17
○井上裕君 私は、去る十一月二十六日、衆議院予算委員会における竹下元総理に対する証人喚問の状況を現場でこの目でこの耳で傍聴いたしておりましたが、当日の質疑により大方事実関係の究明はかなり進んだものと受けとめております。すなわち、竹下内閣成立時において暴力団絡みの者が介在したということはない、当時は中曽根総理の厳正にして公正な指名により誕生したものであると思っているわけであります。
竹下証人として衆議院の喚問における証言について何か意を尽くせぬものがあったかどうか、忌憚なくお述べをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →竹下証人として衆議院の喚問における証言について何か意を尽くせぬものがあったかどうか、忌憚なくお述べをいただきたいと思います。
竹
竹下登#18
○証人(竹下登君) 私は、その際も申し上げましたが、いわゆる世に言われる皇民党問題とそして私の総裁選任との問題については、何らかかわりのない問題であるということを繰り返し繰り返し申し上げて今日に至っております。
この発言だけを見る →井
井上裕#19
○井上裕君 次に、先ほどの予算委員長の冒頭質問により、竹下元総理は衆議院予算委員会における発言を訂正いたしましたが、これに関連してお伺いをいたしたいと思います。
報道によりますと、昭和六十二年十月五日の東京プリンスホテル及び同年十月二十九日の「吉兆」の予約及び代金支払いが竹下事務所によって行われているとのことでございますが、この点はっきりと明快な御説明をいただきたいと思いま
す。
この発言だけを見る →報道によりますと、昭和六十二年十月五日の東京プリンスホテル及び同年十月二十九日の「吉兆」の予約及び代金支払いが竹下事務所によって行われているとのことでございますが、この点はっきりと明快な御説明をいただきたいと思いま
す。
竹
竹下登#20
○証人(竹下登君) 先ほど申しましたように「吉兆」の日にち、失礼、東プリの日にちの十月五日、この日にち自身は訂正いたしておりません。「吉兆」における十月二十九日、この問題は訂正をいた促しております。申し上げたとおりでございます。私の党大会の日取りを間違えた大きなこれはミスでございます。
そしてこの予約、代金支払い、私は常日ごろ、会費制度の場合は別としまして、飲み食いに関するものは可能な限り支払うようにということを事務所にも申しております。したがって、そういうことはあり得ることでございます。
また、予約につきましては、五日の日のにつきましては、それは十分可能性は私はあると思います。パーティーの席上、次の会場をすぐ予約したらと、これはあり得ると思います。
そして、二十九日につきましては、私が定例の後援会のお方にお礼を申し上げるという状態の会合でありまして、その下で金丸さんと渡邊さんが飯を食っておられるのでおりてきたらどうだということでございますから、当然このことも私はあり得ることであろうと。しかし、何分五年前の話でございますので、そういう証拠書類が残っておりませんので、それを断定的で、断定して、また再び修正願を出すなんというのは、これは体裁の悪いことでもございますので、したがって断定こそいたしておりませんが、そういう可能性のある旨と、それから二十九日はないということは間違っておったということは訂正願を出して、今委員長の手元にあると、このようなことでございます。
この発言だけを見る →そしてこの予約、代金支払い、私は常日ごろ、会費制度の場合は別としまして、飲み食いに関するものは可能な限り支払うようにということを事務所にも申しております。したがって、そういうことはあり得ることでございます。
また、予約につきましては、五日の日のにつきましては、それは十分可能性は私はあると思います。パーティーの席上、次の会場をすぐ予約したらと、これはあり得ると思います。
そして、二十九日につきましては、私が定例の後援会のお方にお礼を申し上げるという状態の会合でありまして、その下で金丸さんと渡邊さんが飯を食っておられるのでおりてきたらどうだということでございますから、当然このことも私はあり得ることであろうと。しかし、何分五年前の話でございますので、そういう証拠書類が残っておりませんので、それを断定的で、断定して、また再び修正願を出すなんというのは、これは体裁の悪いことでもございますので、したがって断定こそいたしておりませんが、そういう可能性のある旨と、それから二十九日はないということは間違っておったということは訂正願を出して、今委員長の手元にあると、このようなことでございます。
井
井上裕#21
○井上裕君 次に、検察庁が取り調べた渡邊氏の検事調書に関連してお伺いをいたしたいと思います。
渡邊調書によれば、金丸前副総裁が渡邊氏に対して、心配事がある、皇民党に激しく褒め殺しをやられると中曽根さんによる竹下指名がなくなるかもしれないと言ったということになっているようです。そして、これが発展して、昭和六十二年十月六日の竹下元総理の田中邸訪問ということになっている。マスコミ等はこの渡邊供述を重要視したりしておりますが、この渡邊供述について私が大変疑問に思いますのは、昭和六十二年十月一日から五日ごろの当時は、総裁予備選になるか、あるいはまた本選挙になるかはともかく、総裁選出は選挙で決することになる、こういう状況のころであって、中曽根総裁による後継者指名の状況が出るのはもっと後の十月十八日ごろであったと思うからであります。十月五日ごろに総裁指名で後継者決定という状況ではなかったのです。したがって、金丸先生が皇民党の行動によって中曽根総裁による竹下指名がなくなることを非常に心配したという渡邊供述には疑問が残ると思います。
そこで、念のため竹下元総理にお伺いいたしますが、昭和六十二年十月一日から五日ごろまでの状況は、予備選か本選挙かはともかく、総裁選出は選挙によって決するという状況にあって、中曽根総裁の指名による後継総裁選出という状況にはなかったと私は思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →渡邊調書によれば、金丸前副総裁が渡邊氏に対して、心配事がある、皇民党に激しく褒め殺しをやられると中曽根さんによる竹下指名がなくなるかもしれないと言ったということになっているようです。そして、これが発展して、昭和六十二年十月六日の竹下元総理の田中邸訪問ということになっている。マスコミ等はこの渡邊供述を重要視したりしておりますが、この渡邊供述について私が大変疑問に思いますのは、昭和六十二年十月一日から五日ごろの当時は、総裁予備選になるか、あるいはまた本選挙になるかはともかく、総裁選出は選挙で決することになる、こういう状況のころであって、中曽根総裁による後継者指名の状況が出るのはもっと後の十月十八日ごろであったと思うからであります。十月五日ごろに総裁指名で後継者決定という状況ではなかったのです。したがって、金丸先生が皇民党の行動によって中曽根総裁による竹下指名がなくなることを非常に心配したという渡邊供述には疑問が残ると思います。
そこで、念のため竹下元総理にお伺いいたしますが、昭和六十二年十月一日から五日ごろまでの状況は、予備選か本選挙かはともかく、総裁選出は選挙によって決するという状況にあって、中曽根総裁の指名による後継総裁選出という状況にはなかったと私は思いますが、いかがでしょうか。
竹
竹下登#22
○証人(竹下登君) 自由民主党の総裁公選規程に基づきまして、私ども三人が立候補し、そして締め切られたのは十月八日の日でありますしたがって、十月八日の締め切りによって予備選挙がなくなり、そして国会議員による選挙が行われるという状態が確定をいたしました。
指名をいただこうということにいたしましたのは、たしかその後三者会談等をたびたび行いました。また、当時の政調会長であられました伊東正義さんを中心としてのいわば話し合い選出の議論が行われました。当時の総裁、中曽根康弘総裁に選考を一任しようと、選任を一任しようということがまとまったのは十九日でございますしたがって、二十日の午前零時何分でございますか、中曽根先生から、内外の諸改革、内政上の諸改革、国際国家としての充実した外交の展開、熟慮の上、私は指名するという文書をちょうだいをいたしましたので、おっしゃるとおり、その当時はまたいわゆる現総裁一任というような環境には全くございませんでした。
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井
井上裕#23
○井上裕君 よくそこのところはわかりました。
次にお伺いいたしますが、過日の金丸前副総裁の病院における証言では、後継総裁が中曽根総裁の指名によって決定される状況になったときでも、金丸前副総裁は「私は中曽根さんと以心伝心、私の勘で必ず竹下が総理大臣に指名されると
いう判断を私がしている」、こう言っておられ、また褒め殺しがとまるについて金丸前議員の尽力があったと思うかとの質問には、「全然ない。」と答えております。皇民党の行動と総裁選との関連について重要視しておられるようにも思えません。
竹下元総理としても、そのような状況のもとでも総理大臣に必ず指名されるものとお考えで、昭和六十二年十月五日ごろの御心境としては、皇民党の行動に対してじっと我慢しておればよいと思っておられたのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →次にお伺いいたしますが、過日の金丸前副総裁の病院における証言では、後継総裁が中曽根総裁の指名によって決定される状況になったときでも、金丸前副総裁は「私は中曽根さんと以心伝心、私の勘で必ず竹下が総理大臣に指名されると
いう判断を私がしている」、こう言っておられ、また褒め殺しがとまるについて金丸前議員の尽力があったと思うかとの質問には、「全然ない。」と答えております。皇民党の行動と総裁選との関連について重要視しておられるようにも思えません。
竹下元総理としても、そのような状況のもとでも総理大臣に必ず指名されるものとお考えで、昭和六十二年十月五日ごろの御心境としては、皇民党の行動に対してじっと我慢しておればよいと思っておられたのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
竹
竹下登#24
○証人(竹下登君) もとより立候補いたしますときには、どなたも必勝の信念でお立ちになると。私も必勝の信念でおったと思います。
五日という日は私が決意表明をいたした日でございますので、平素自分を高揚させないようにすることを常としておりますが、幾らか高揚しておったと思います。したがいまして、一層総裁に選ばれるであろうという確信を強くしながらおった時期ではなかったかというふうに思うわけでございます。
ただ、私自身、先ほど来申しますように、本当に私自身に困るようなことがあれば私は総裁に立候補していなかったであろうし、総裁選挙に立候補していなかったであろうし、また、あの政治結社の街頭宣伝活動、多くの国民の皆さん方に騒音とかあるいは交通渋滞とか迷惑をかけました。中には追い越したための暴行傷害事件もございました。しかし、私はそのことと自由民主党総裁選挙というものとは全く無関係のものである、このことを何度でもこの席でも申させていただきたいという心境でいっぱいでございます。
この発言だけを見る →五日という日は私が決意表明をいたした日でございますので、平素自分を高揚させないようにすることを常としておりますが、幾らか高揚しておったと思います。したがいまして、一層総裁に選ばれるであろうという確信を強くしながらおった時期ではなかったかというふうに思うわけでございます。
ただ、私自身、先ほど来申しますように、本当に私自身に困るようなことがあれば私は総裁に立候補していなかったであろうし、総裁選挙に立候補していなかったであろうし、また、あの政治結社の街頭宣伝活動、多くの国民の皆さん方に騒音とかあるいは交通渋滞とか迷惑をかけました。中には追い越したための暴行傷害事件もございました。しかし、私はそのことと自由民主党総裁選挙というものとは全く無関係のものである、このことを何度でもこの席でも申させていただきたいという心境でいっぱいでございます。
井
井上裕#25
○井上裕君 さらに、過日の金丸前副総裁の証言によれば、昭和六十二年十月五日当時、褒め殺し対策に稲川会の石井氏が関与していることは金丸前副総裁は御存じなかったのであり、また、褒め殺し対策については、死んだ人間の名前を持ち出すのは非礼だと思うかと断りつつ、中尾宏氏と青木氏の氏名が出ておりますが、これについていかなる認識をしておられますか。
また、したがって、国政万般についての最高責任者として内政、外交、いろいろな重要な問題に取り組んでおられた竹下元総理が、この褒め殺し対策に暴力団が関与していることを正確に承知されたのが昭和六十二年十二月以降であったというのも当然だろうと思っております。
そこで、竹下元総理にお伺いいたしますが、昭和六十二年十月五日当時、青木秘書から褒め殺し対策のことについて何か聞かれたことがおありでしょうか。
この発言だけを見る →また、したがって、国政万般についての最高責任者として内政、外交、いろいろな重要な問題に取り組んでおられた竹下元総理が、この褒め殺し対策に暴力団が関与していることを正確に承知されたのが昭和六十二年十二月以降であったというのも当然だろうと思っております。
そこで、竹下元総理にお伺いいたしますが、昭和六十二年十月五日当時、青木秘書から褒め殺し対策のことについて何か聞かれたことがおありでしょうか。
竹
竹下登#26
○証人(竹下登君) まず、金丸さんの証言で出てきた中尾さん、青木さん、この二人についてでご
ざいますが、青木氏は昭和三十三年以来五十一年まで私の公設秘書または官房長官秘書官二回、建設大臣秘書官、そしてその後は竹下事務所の責任者という立場にありましたので、私自身の人生観とでも申しますか、これはみずから体の中にもうしみ込んでおったと思います。
したがって、私がかねて学生時代聞いた言葉でございますけれども、体制側にある者は言論の自由に対していかなる批判にもこれに耐えていかなければならない、そして、報道とはという後段の方は別にいたしまして、したがって、人様に迷惑をかけてはいけない、大概のことは自分で耐え忍べばよろしいという私の生きざまは彼にしみ込んでおったと思います。
しかし、事務所の責任者でありましただけに、いろいろな、やかましくて困るとかあるいは暴行傷害事件があったとか、そういうことのアドバイスなり忠告なり受ける立場にあったことは事実でございますが、いわゆる街頭宣伝活動を中止させるための方法等について私に相談したことは一回もございません。相談する心境にもなかったのであろう、確かめることもできない今でございますが、私はそのように思います。
中尾さんは元衆議院議員であります。私は、元議員の方がおいでになりますと可能な限り時間を割いてお会いすることに努めておりますしかし、中尾さんの場合は東京にお住まいでございますから、自分で意識して努める時間をつくらないでも容易に会い得る、会うことのできる立場にあられたと思いますが、この中尾さんといわゆる皇民党運動についてのかかわり合いというのは、私は全く存じていないところであります。
それから、十二月二十三日という日が石井さんと金丸さんとお会いになった日だというふうに衆議院で言われておりますが、私はその当時は、二十三日は本院で名誉ある内閣総理大臣兼大蔵大臣竹下登君を問責するという決議をいただいた日でございまして、私はその当時の政治情勢からいたしまして詳しくそのような事情を聞くことはなかったと。したがって、その後知ったというのが正しかろうというふうに申し上げておるところでございます。
この発言だけを見る →ざいますが、青木氏は昭和三十三年以来五十一年まで私の公設秘書または官房長官秘書官二回、建設大臣秘書官、そしてその後は竹下事務所の責任者という立場にありましたので、私自身の人生観とでも申しますか、これはみずから体の中にもうしみ込んでおったと思います。
したがって、私がかねて学生時代聞いた言葉でございますけれども、体制側にある者は言論の自由に対していかなる批判にもこれに耐えていかなければならない、そして、報道とはという後段の方は別にいたしまして、したがって、人様に迷惑をかけてはいけない、大概のことは自分で耐え忍べばよろしいという私の生きざまは彼にしみ込んでおったと思います。
しかし、事務所の責任者でありましただけに、いろいろな、やかましくて困るとかあるいは暴行傷害事件があったとか、そういうことのアドバイスなり忠告なり受ける立場にあったことは事実でございますが、いわゆる街頭宣伝活動を中止させるための方法等について私に相談したことは一回もございません。相談する心境にもなかったのであろう、確かめることもできない今でございますが、私はそのように思います。
中尾さんは元衆議院議員であります。私は、元議員の方がおいでになりますと可能な限り時間を割いてお会いすることに努めておりますしかし、中尾さんの場合は東京にお住まいでございますから、自分で意識して努める時間をつくらないでも容易に会い得る、会うことのできる立場にあられたと思いますが、この中尾さんといわゆる皇民党運動についてのかかわり合いというのは、私は全く存じていないところであります。
それから、十二月二十三日という日が石井さんと金丸さんとお会いになった日だというふうに衆議院で言われておりますが、私はその当時は、二十三日は本院で名誉ある内閣総理大臣兼大蔵大臣竹下登君を問責するという決議をいただいた日でございまして、私はその当時の政治情勢からいたしまして詳しくそのような事情を聞くことはなかったと。したがって、その後知ったというのが正しかろうというふうに申し上げておるところでございます。
井
井上裕#27
○井上裕君 昭和六十三年十二月以降におきまして、竹下元総理は皇民党の褒め殺し活動解消について稲川会の石井前会長の介在があったことを承知されたと伺っておりますが、皇民党のこのような人権侵害行動に国家が無力であることは全く私はおかしいと、このように思います。たまたま今回の人権侵害の被害者が竹下元総理でありましたため世論の注目を浴びておられますが、これが無名の一市民であれば世論は注目しないでしょう。しかしながら、人権の重さにおいては、総理大臣であろうと政治家であろうと一市民であろうと同じ人権の重さであります。皇民党のあのような行動は、肉体的に対して有形力を行使する暴力ではありませんか。精神的暴力であり、人の社会的評価を失わせようとする声の暴力であることは間違いありません。
今現在の立場において、人権侵害の被害者としての観点から竹下元総理の御意見をお伺いいたしたい。
この発言だけを見る →今現在の立場において、人権侵害の被害者としての観点から竹下元総理の御意見をお伺いいたしたい。
竹
竹下登#28
○証人(竹下登君) 人権についての御意見につきましては、全く思いをひとしくいたしております。
ただ、被害者というお言葉がございましたが、私、当時を振り返ってみますと、確かに被害者は暴騒音にさいなまされた国民の皆さん方であり、交通渋滞をもたらされた国民の皆様方であり、私は褒められてばっかりおるわけでございますから被害者であるということが断定できるかなと、当時それなりに考えたことがございます。
しかし、そのことが、ある人が竹下登という人間の品性をイメージダウンさせたとしたら被害者だと、こういうことしか言えないのかなと、こんな自問自答をしたことはございます。
しかし私は、言論の自由とともに、やはりこの人権というものは民主主義のまさに根幹でございます。したがってこそ、この暴騒音の問題一つにいたしましても、それから一年たちました昭和六十三年の十二月でございます、本院議員立法で国会等周辺並びに在外公館等周辺の静穏、の暴騒音、いわゆる制限、規制する法律が出されたわけです。そして、いま一つは東京都条例でございます。初めて音の暴力という言葉が使って、これはことしてございます。そういうものはやっぱり国会で対応されてきておると思います。
人権というものを大事にするために、そしていま一つは昨年六月のいわゆる暴対法の成立てございます。それまで、暴力団というものが歴史的に社会的に現存しておる、発生し現存しておる、しかしこれの定義というものも明確にはない。そこで、いわゆるその構成員が集団的にまたは直接的に暴力行為を行うことを助長するおそれのある団体、こういう定義ができたわけでございますが、その定義以前の問題として私は人権というもの、そして暴力というものは排除され人権が大切にされる一そこに初めて民主主義というものが成り立つものであるというふうな問題意識を持っておるものであります。
この発言だけを見る →ただ、被害者というお言葉がございましたが、私、当時を振り返ってみますと、確かに被害者は暴騒音にさいなまされた国民の皆さん方であり、交通渋滞をもたらされた国民の皆様方であり、私は褒められてばっかりおるわけでございますから被害者であるということが断定できるかなと、当時それなりに考えたことがございます。
しかし、そのことが、ある人が竹下登という人間の品性をイメージダウンさせたとしたら被害者だと、こういうことしか言えないのかなと、こんな自問自答をしたことはございます。
しかし私は、言論の自由とともに、やはりこの人権というものは民主主義のまさに根幹でございます。したがってこそ、この暴騒音の問題一つにいたしましても、それから一年たちました昭和六十三年の十二月でございます、本院議員立法で国会等周辺並びに在外公館等周辺の静穏、の暴騒音、いわゆる制限、規制する法律が出されたわけです。そして、いま一つは東京都条例でございます。初めて音の暴力という言葉が使って、これはことしてございます。そういうものはやっぱり国会で対応されてきておると思います。
人権というものを大事にするために、そしていま一つは昨年六月のいわゆる暴対法の成立てございます。それまで、暴力団というものが歴史的に社会的に現存しておる、発生し現存しておる、しかしこれの定義というものも明確にはない。そこで、いわゆるその構成員が集団的にまたは直接的に暴力行為を行うことを助長するおそれのある団体、こういう定義ができたわけでございますが、その定義以前の問題として私は人権というもの、そして暴力というものは排除され人権が大切にされる一そこに初めて民主主義というものが成り立つものであるというふうな問題意識を持っておるものであります。
井
井上裕#29
○井上裕君 最後に、竹下元総理が暴力団と一切関係ないことは、これまでの至言をお聞きして明らかになりました。
皇民党問題に対する暴力団の介在をたとえ後で知ったとしても、総現在任中に知ったことは重大であり、政治的な責任をとるべきなどの声があることは私たちも承知いたしております。しかし、去る四日のこの参議院予算委員会で、宮澤首相は検察の冒頭陳述を引用された上で、明確に竹下元総理の政治的責任はないと否定されました。また宮澤首相は、日本は法治国家なので気に食わないからやめさせてしまえとはいかない。最近の風潮に苦言を呈しておられます。
この点について証人の所見をお聞かせいただき、私の質問を終わらせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →皇民党問題に対する暴力団の介在をたとえ後で知ったとしても、総現在任中に知ったことは重大であり、政治的な責任をとるべきなどの声があることは私たちも承知いたしております。しかし、去る四日のこの参議院予算委員会で、宮澤首相は検察の冒頭陳述を引用された上で、明確に竹下元総理の政治的責任はないと否定されました。また宮澤首相は、日本は法治国家なので気に食わないからやめさせてしまえとはいかない。最近の風潮に苦言を呈しておられます。
この点について証人の所見をお聞かせいただき、私の質問を終わらせていただきたいと思います。