竹下登の発言 (予算委員会)

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○証人(竹下登君) 自由民主党の総裁公選規程に基づきまして、私ども三人が立候補し、そして締め切られたのは十月八日の日でありますしたがって、十月八日の締め切りによって予備選挙がなくなり、そして国会議員による選挙が行われるという状態が確定をいたしました。
 指名をいただこうということにいたしましたのは、たしかその後三者会談等をたびたび行いました。また、当時の政調会長であられました伊東正義さんを中心としてのいわば話し合い選出の議論が行われました。当時の総裁、中曽根康弘総裁に選考を一任しようと、選任を一任しようということがまとまったのは十九日でございますしたがって、二十日の午前零時何分でございますか、中曽根先生から、内外の諸改革、内政上の諸改革、国際国家としての充実した外交の展開、熟慮の上、私は指名するという文書をちょうだいをいたしましたので、おっしゃるとおり、その当時はまたいわゆる現総裁一任というような環境には全くございませんでした。

発言情報

speech_id: 112515261X00419921207_022

発言者: 竹下登

speaker_id: 22013

日付: 1992-12-07

院: 参議院

会議名: 予算委員会