奥野誠亮の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)

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○奥野委員 占領軍が示した憲法草案では一院制でございましたし、日本が二院制を要望して、基本的には、許されたのは私はこの点だけじゃないかと思うのですけれども、公選という枠をはめてきた。そこが私は、なかなかいい知恵が出ないで、今日のような経過をたどっているのじゃないかなと思っているのですけれども、これはあえてこれ以上申し上げる意思はございません。
 私の体験を申し上げさせていただきますと、私は三十八年の末に国会に議席を持ちました。その当時、選挙制度審議会が政府の審議機関としてございました。国会議員も特別委員として参加しておったわけでございました。私も社会党から出ておられる委員の方々と個人的にいろいろな話し合いをしまして、やはり今の中選挙区制を改めていこうじゃないかと。共通点は、やはり小選挙区と比例代表をかみ合わせるということでございました。私たちは小選挙区で少しでもたくさん選びたいと思いますし、社会党の方は反対でございました。同時に、比例代表については、私たちは、自民党ではとても人間に順位なんてつけられるものじゃないや、こう言ってまいりました。したがって非拘束であります。社会党の方は拘束名簿式比例代表でございました。いわゆる一部を小選挙区、一部を比例代表ということでございますから、並立制でございます。
 今野党が出しておられるのは、これはもう比例代表でございますから、比例代表と単純小選挙区という、与党と野党の案がはっきり分かれていることは、案外わかりやすいのじゃないかなと、こう思います。わかりやすいと思うのですけれども、玄人でありませんと、社会党の案の中にも小選挙区で選ぶ人数がございますので、比例代表制でないような誤解をされる方もあるのじゃないかと思いますが、そういう違いが明らかに出ていると思うのでございまして、結果は、それぞれなかなか党としてまとまり切れる状態ではございませんでした。その結果、今の中選挙区制が長い期間にわたって続いているわけでございます。
 大正十四年に、護憲三派が勝利を占めて、護憲三派、政友会、憲政会、革新倶楽部がそれぞれの選挙区にそれぞれの候補者を立てられるようにしようということから、三人ないし五人の中選挙区制ができ上がったわけでございました。これが昭和三年に初めて実施されまして、自来二十四回衆議院の選挙を行っているわけでありますけれども、違った仕組みをとったのはただの一回、昭和二十一年だけでございました。府県単位、二名を連記する大選挙区制でございました。一回やったきりで、これはいかぬということでまたもとへ戻ったわけでございました。その選挙制度のおかげだばかり申し上げるつもりはありません。また、自民党から政権が他に移った場合に、社会主義政権に移るという危惧の念が、間違いを犯しても国民が自民党を支えてくれた点もあったと思うのでございますけれども、長い間自民党一党の政権が続いてまいりました。
 私は、政界も官界も財界も、それぞれ一生懸命努力し、それぞれの役割を果たしてきていると思うのでございますけれども、やっぱり長く続いてまいりますといろいろなことも起こります。どんなに制度を整備しても間違いを犯す人が出てくるわけでございますから、あとは検察なり裁判なりの公正な活躍にゆだねざるを得ないと思うのでございますけれども、いずれにしても、国民の目から納得できない感情が出てきているわけでございます。
 日本のみならず、国外からも日本の政治が批判を受けるような状態になっているわけでございますから、私たち、日本の将来を考えますと、これを打開するのは、政権交代可能な選挙体制をつくる以外にはないじゃないかなということでございます。自民党のために考えているわけじゃなくて、自民党のためなら今の選挙制度がよろしいわけでございます。みんな自分たちの個人後援会を持っております。個人後援会に支えられて私たち衆議院の選挙は戦っておるつもりでございまして、これを力にしてやっていきますと、なお私は、いろいろ批判があっても、多数を維持できるのじゃないかなという気がいたします。しかし、それじゃ緊張感を与えない。やっぱりここで政権交代可能な選挙制度にすることだと、それが単純小選挙区制を選んだ基本の姿勢だったと私は理解をしているわけでございます。単純小選挙区制でございますと、案外、ちょっと間違いますとがらっと変わってしまいます。四年前の参議院選挙がそれを物語っているわけでございまして、あのときには、消費税の問題もございました、リクルートの問題もございました、女性問題もございました。結果は、一人一区、定員一人のところが二十六あるわけでございますけれども、二十六の選挙区で、これはもう自民党の金城湯池であります、そこで二十三負けたわけであります。勝ったのはわずかに三つでございました。単純小選挙区制だったら、一遍に自民党は政権を投げ出さざるを得なかったわけでございます。
 私はまた、今の選挙を憲法から考えますと、やっぱりどの政党を選ぶかということと直接結びつくわけであります。各政党が、人と政党が一つ、終わったらどの政党に国政をゆだねるかということを決めなければいかぬわけでございますから、小選挙区は有権者が政権選びに参加するという気持ちを私は強く持つのじゃないかと思うのでございます。有権者の政治に対する意欲が一層高まるのじゃないか、活力が出てくるのじゃないかな、こんな思いさえしているわけでございます。
 しかし、初めての選挙は、あるいは政権を今持っております自民党に有利かもしれません。有利かもしれませんけれども、こういう選挙制度になりますと、やっぱり政権を担う政党をつくる体制が生まれてくると思うのでございまして、政権を担う政党はおのずから二つ以上になってくると思うのでございます。それが今日、政界再編成、政界再編成と言われておりますが、その政界再編成というのは、政権を担う政党が二つ以上生まれてくる日本の政界にしなければならぬということでございまして、私は、鶏が先か卵が先かということだと思います。
 昭和三十年に左右の社会党が一つになった。自由党と民主党が一つになった。五五年体制というわけでございますけれども、二大政党対立の時代を迎えて、あそこで単純小選挙区法案を鳩山内閣で提出する、そしてそれが参議院に送られたわけでございました。あのときにゲリマンダーがなかったら私は成立しておったと思います、ゲリマンダーがなかったら。あれは間違ったことをしたなと思います。だから、参議院で緑風会がキャスチングボートを握って、教育制度の改革を選ぶか選挙制度の改革を選ぶか二者択一で、私は自民党は教育の改革を選んだと記憶いたしております。やはり政界が、政権を担う政党が二つ以上存在して単純小選挙区というのが一番素直な移行だと思うのですけれども、しかし、今の状態から考えますと、まず単純小選挙区にして、そして政界再編成、政界に政権を担う政党が二つ以上生まれてくる、こういうことを考えていかなければならないんじゃないかなと、こう思うわけでございます。
 今マスコミは選挙制度の改正の大合唱であります。私は、やはり生まれた妥協案がよいものであれば、それはそれでいいと思いますけれども、悪いものであるなら、これは将来に禍根を残すわけでございまして、やはりそういうものは現状の方がいいんだということに結論はなると思うのであります。
 ちょうど私は、昭和二十六年のサンフランシスコ講和会議のときに、ソ連は、アメリカの軍隊が日本に駐留している、その限りにおいては日本の独立を認めることはできない、こういう姿勢をとりました。だから、国内にはソ連も賛成してくれるまでは待とうじゃないかという意見、いわゆる全面講和でございます。マスコミの大部分も私は全面講和だったと思います。その中で日本は多数講和、とにかく認めてくれる国とから独立を回復していくんだという姿勢をとった、これは私は賢明な選択だったと思います。
 昭和三十五年の安全保障条約、これがまた、こんなことを続けていると戦争に巻き込まれる、マスコミの大部分は廃止の大合唱でございました。その中であえて自民党は継続を選択いたしました。結果は、戦争に巻き込まれるところか、今日まで平和を維持することができたわけでございます。ですから、私は、今のマスコミの大合唱、無責任な大合唱も多数あるな、こう思っておるわけでございまして、ここは総理としての勇断の問題でございますから、マスコミに振り回されて判断を誤ることのないような決意を持っていただきたいなと、こう思うわけでございます。私はあくまでも現行制度を変えたい人間でございますけれども、何でも変えさえすればいいという無責任な考え方は持てません。
 そういうことを通じまして、総理の御決意を伺っておきたいと思います。

発言情報

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発言者: 奥野誠亮

speaker_id: 25784

日付: 1993-04-21

院: 衆議院

会議名: 政治改革に関する調査特別委員会