政治改革に関する調査特別委員会

1993-04-21 衆議院 全240発言

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会議録情報#0
平成五年四月二十一日(水曜日)
    午前十時開議
出席委員
  委員長 田邉 國男君
   理事 大島 理森君 理事 北川 正恭君
   理事 中西 啓介君 理事 野田  毅君
   理事 浜田卓二郎君 理事 左近 正男君
   理事 堀込 征雄君 理事 伏木 和雄君
      石井  一君    岩屋  毅君
      衛藤征士郎君    大原 一三君
      奥野 誠亮君    河村 建夫君
      佐藤謙一郎君    自見庄三郎君
      島村 宜伸君    園田 博之君
      武村 正義君    津島 雄二君
      戸塚 進也君    額賀福志郎君
      葉梨 信行君    鳩山由紀夫君
      深谷 隆司君    穂積 良行君
      細田 博之君    増子 輝彦君
      簗瀬  進君    山本 有二君
      阿部未喜男君    池田 元久君
      大畠 章宏君    菅  直人君
      小林  守君    後藤  茂君
      鈴木  久君    田並 胤明君
      土井たか子君    土肥 隆一君
      細川 律夫君    三野 優美君
      井上 義久君    河上 覃雄君
      北側 一雄君    平田 米男君
      山田 英介君    木島日出夫君
      東中 光雄君    伊藤 英成君
      川端 達夫君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  宮澤 喜一君
        国 務 大 臣 後藤田正晴君
        自 治 大 臣 村田敬次郎君
 出席政府委員
        内閣法制局長官 大出 峻郎君
        内閣法制局第一 津野  修君
        部長
        皇室経済主管  河部 正之君
        総務長官官房  陶山  晧君
        審議官
        経済企画庁調整 長瀬 要石君
        局長
        外務省経済局次 林   暘君
        長
        大蔵大臣官房審 田波 耕治君
        議官
        農林水産省経済 眞鍋 武紀君
        局長
        建設省建設経済 伴   襄君
        局長
        自治大臣官房審 谷合 靖夫君
        議官
        自治省行政局選 佐野 徹治君
        挙部長
 委員外の出席者
        議     員 石井  一君
        議     員 小渕 恵三君
        議     員 塩川正十郎君
        議     員 武村 正義君
        議     員 津島 雄二君
        議     員 西岡 武夫君
        議     員 額賀福志郎君
        議     員 深谷 隆司君
        議     員 小澤 克介君
        議     員 佐藤 観樹君
        議     員 早川  勝君
        議     員 細川 律夫君
        議     員 松原 脩雄君
        議     員 井上 義久君
        議     員 北側 一雄君
        議     員 渡部 一郎君
        衆議院法制局第 臼井 貞夫君
        一部副部長
        自治省行政局選 松尾 徹人君
        挙部選挙課長
        自治省行政局選 中野 正志君
        挙部管理課長
        自治省行政局選
        挙部政治資金課 大竹 邦実君
        長
        特別委員会第二 田中 宗孝君
        調査室長
    —————————————
委員の異動
四月二十一日
 辞任         補欠選任
  石井  一君     簗瀬  進君
  武村 正義君     園田 博之君
  津島 雄二君     岩屋  毅君
  戸塚 進也君     河村 建夫君
  深谷 隆司君     鳩山由紀夫君
  岩垂寿喜男君     三野 優美君
  大畠 章宏君     土肥 隆一君
  河上 覃雄君     平田 米男君
  草野  威君     井上 義久君
  木島日出夫君     東中 光雄君
  川端 達夫君     伊藤 英成君
同日
 辞任         補欠選任
  岩屋  毅君     津島 雄二君
  河村 建夫君     山本 有二君
  園田 博之君     武村 正義君
  鳩山由紀夫君     深谷 隆司君
  簗瀬  進君     石井  一君
  土肥 隆一君     鈴木  久君
  三野 優美君     岩垂寿喜男君
  井上 義久君     山田 英介君
  東中 光雄君     木島日出夫君
  伊藤 英成君     川端 達夫君
同日
 辞任         補欠選任
  山本 有二君     戸塚 進也君
  鈴木  久君     大畠 章宏君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 公職選挙法の一部を改正する法律案(梶山静六
 君外二十三名提出、衆法第六号)
 衆議院議員選挙区画定委員会設置法案(梶山静
 六君外二十三名提出、衆法第七号)
 政治資金規正法の一部を改正する法律案(梶山
 静六君外二十三名提出、衆法第八号)
 政党助成法案(梶山静六君外二十三名提出、衆
 法第九号)
 公職選挙法の一部を改正する法律案(佐藤観樹
 君外二十四名提出、衆法第一〇号)
 衆議院議員小選挙区画定等審議会設置法案(佐
 藤観樹君外二十四名提出、衆法第一一号)
 政治資金規正法の一部を改正する法律案(佐藤
 観樹君外二十四名提出、衆法第一二号)
 政党交付金の交付に関する法律案(佐藤観樹君
 外二十四名提出、衆法第一三号)
     ————◇—————
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田邉國男#1
○田邉委員長 これより会議を開きます。
 梶山静六君外二十二名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員選挙区画定委員会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党助成法案並びに佐藤観樹君外二十四名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員小選挙区画定等審議会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党交付金の交付に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
 本日は、政府より宮澤内閣総理大臣及び村田自治大臣の出席を求めております。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。奥野誠亮君。
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奥野誠亮#2
○奥野委員 本委員会に付託されております法案、さらに政治改革ということで、若干これをはみ出してお尋ねさせていただきたいと思います。
 総理は、学生時代から海外も体験しておられますし、昭和二十六年のサンフランシスコ講和会議には政府随員として出席されて、それから今日まで四十年の長い国会議員としての経歴、しかもその中で国の枢機に参画されてきたことが非常に多かったと思います。そういう意味で、私は、日本にとって貴重な存在だと思っております。その体験からお考えになっていることを率直にお聞かせいただきたい、こう思います。
 最初にお尋ねしたいのは、これからの日米関係をどう構築していこうと考えておられるかということでございます。
 こんなことをお尋ねしようとしますのは、昭和二十年の敗戦直後のアメリカの日本に対する姿勢には厳しいものがございました。やがてヨーロッパで米ソの対決が始まりました。アジアでは朝鮮戦争が起こりました。自来、アメリカは日本に対して庇護者の立場に変わったと思っております。そして、順次日本はその保護のもとに経済成長を遂げてまいりました。その東西冷戦が終わったわけでございます。終わったわけでございますし、戦後四十八年でございますから、今さら戦勝国、戦敗国でもないのじゃないか。そうしますと、アメリカの姿勢も変わっていくだろうし、日本の姿勢も変わってしかるべきじゃないか。そう考えますと、やはりこれからの日米関係をどうするかということは国民にも知っておいていただかなければならないんじゃないかな、こう思いますので、総理の考え方を伺いたいわけでございます。
 一つの例をとって申し上げますと、昭和二十一年二月に、マッカーサーはホイットニー准将に命じまして、三原則を示して、日本国の憲法を部下に作成を求めたわけでございました。その中には、主権の発動である戦争は放棄する、国際紛争解決のための手段としての戦争も、自国の安全を守るためのそれをも放棄するとうたわれているわけであります。全く独立を認めないようなことでございますけれども、それをそのとおりの表現で憲法を書くわけにもいきませんので、今のような憲法の字句になったと思います。
 また、あの憲法制定の国会論議におきましても、吉田総理が、しばしば自衛のための戦争だと言って戦争に出かけていっているというような表現を使われたことに対しまして、その後、芦田さんとの問答で、いや、そんなことを言うた覚えはないとか、多少吉田総理も、総司令部の顔も見なければならないし、日本国民の顔も見なければならないわけでございますから、あいまいなままで過ぎたと思います。やがて独立いたしましてからは、独立国である以上は自分の国の独立を守るのは当然だという姿勢になってきているわけでございますけれども、この憲法を解釈するにつきましては、国論にはいろいろな違いがあるわけでございます。
 そういうことを考えてまいりまして、この間日米首脳会談を終えて帰られた。新聞の報道を見ていますと、クリントン大統領は、特に貿易の黒字のことだろうと思うのでございますけれども、日本側に対して無遠慮な強い要求をしたと書いてありました。これに対しまして総理は、管理貿易的な手法あるいは一方的な行動のおどかしによっては貿易不均衡の是正の実現はできないよと答えておられる。私は、我が意を得たような感じを持ちまして、心強く思わせていただきました。
 なぜ心強く思わせていただいたかといいますと、日本の経済がだんだん復興していく、その過程で日本の品物がどんどんアメリカに入っていく、アメリカの関係の産業が脅かされるということで日本に改善を迫ってくる。そんなことから、最初は繊維製品の自主規制だったじゃないかと思います。それから鉄鋼、自動車、工作機械、半導体と大変な自主規制をやっているわけでございます。これが世界から日本が大変批判を受ける原因になっているのじゃないかな、こう私は思うわけでございまして、特にヨーロッパなどでは、日本はアメリカの言いなりになっているじゃないか、そして日米、二国間だけで管理貿易をしているじゃないか、こういう不信の気持ちが強いようでございます。もっともなことだと私も思うわけでございます。
 前大統領のブッシュ氏は日米戦争に参加した人でございますから、やはり戦勝国と敗戦国という関係は身にしみついているのじゃないかなと思います。ですから、しばしば彼は日本に対する庇護者のような立場に立つ、ある場合には日本に対して恫喝的な態度をとるようなことがあったように私には見受けられているわけでございます。クリントン大統領は戦後生まれの方で、戦争を知りませんし、アーカンソー州知事の時代には企業誘致を求めて日本に来たりもしているわけでございます。だから、新しい立場でお互いに話し合える時代をそういう意味でも迎えたんじゃないかなと思っているわけでございます。
 事実、新聞を見ていますと、クリントン大統領は共同記者会見の冒頭で、冷戦時代の日米関係は終えんした、こう言っている。そのとおりだと思うのでございます。でございますから、これから日米関係をどう持っていくかということは大変に難しいけれども、相当な度胸を持って日本も当たっていって、国際的にも信用される日本になっていかなければならないんじゃないかな、こんな思いを私は持っているわけでございます。
 したがいまして、日米お互いに言いたいことはどんどん言い合ったらいいんじゃないかなと思うのでございます。国内でもあるいは国外でも、とかく日本はアメリカ一辺倒ではないかという批判を受けております。まさにそういう面があったと思います。こういう感じも払拭していきたいな、私はこう思っているわけでございまして、しかし、基本的には日米関係は大事だと思います。したがいまして、ただアメリカについていくんじゃなくて、日本が進んでアメリカに協力していくんだという姿勢が出てくるなら一番好ましいんじゃないかな、こう思っております。
 アメリカ側が日本に基地を持っております。この基地も、基本的にはアメリカの世界戦略上前方展開していく、日本に基地を求めることが必要だったわけでございますけれども、今やアメリカにどれだけ必要なんだろうか。しかし、日本やアジアにとっては必要じゃないか、こういうふうに私には考えられるわけでございます。
 そういういろいろなこともございますので、ひとつ率直な総理の意見をお聞かせいただきたいと思います。
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宮澤喜一#3
○宮澤内閣総理大臣 戦争中から、日本が敗戦になり占領を受け、そして主としてアメリカの援助によってその後復興をし、今日に至りますまでの長い時間の間で、奥野委員は政府のあるいは政界の中心になられて今日に及ばれました点は、私について御言及がございましたが、奥野委員こそはやはりその間のいろいろな苦労をなさったお方であることは世間の皆様がよく御存じでございます。
 その長い年月を顧みまして、その間に起こったことのいろいろな解釈あるいは評価というのは、あるいは奥野委員と私と必ずしも全部御一緒でないかもしれないと思いますけれども、しかし、この長い年月を考えまして、まさに往事渺茫と申しますか、感慨深いものがございます。
 ただいまお話しになられましたことを私なりにいろいろ承って考えてみますと、今日、経済関係におきましては、我々の対米関係というのはむしろ日本がいろいろな意味でアメリカ側から要請を受ける、あるいはお互いのあり方について構造協議のような形で協議をし合う、そういう立場にございますが、安全保障関係においてどうであるかということについてはいろいろ議論が分かれておるであろうと思います。私自身は、日米安保関係というのは両国にとって利益であるから存在している関係だというふうに考えております。一般的に、我が国の安全がアメリカの核の抑止力によって守られているということは、冷戦中も冷戦後も同じことではございましょうけれども、しかし、それは我が国だけの利益として働いておるのではなくて、アメリカ自身がそういう日本との関係を自分にとっても利益である、こう考えておるからだというふうに判断をいたしております。
 その基本には、日米両国間がやはり基本的な価値観、民主主義であるとか自由であるとか基本的人権であるとかいうことについて、基本的な価値観を同じくしております。経済関係、文化関係等々いろいろございますけれども、そういう基本的な利害の一致のもとに日米間の安全保障関係が平等の立場において成立しているというふうに私は考えております。
 大変端的な例を申し上げますけれども、今度、せんだって訪米をいたしましたときに、私のところヘアメリカのレス・アスピン国防長官が訪ねてこられました。コリン・パウエル統幕議長を率いて首脳部が来られました。そのことは、安全保障面においても軍事面においても、アメリカ自身が我が国を大切に考えているということの一つの証左だと申し上げてよろしいと思いますが、それは例えば今日我が国が駐留米軍に対して負担しておりますいわゆる受け入れ国としてのサポート、ホスト・ネーション・サポートと申します、四十六億ドルに達しておりますので、この点は財政的に必ずしも楽でないアメリカにとっては高い評価を受けている部分でございますが、私は、それに対しまして、例えば沖縄のように非常に基地がたくさんあって県民が苦労をしておられるところがある、基地はできるだけ集約、統合してほしいというようなことをお話をしておるわけですけれども、我が国にとっても、また東南アジアの各国にとっても、米国の存在というものは積極的に歓迎をされておるというふうに考えておりますので、したがいまして、安全保障関係においても我が国が何かを一方的に負うておるというふうには私は考えておりません。それもお互いの利害に合致した上で生まれている関係だというふうに思っているわけでございます。
 現状をそういうふうに考えますと、まさに奥野委員の言われましたように、今度のクリントン政権というのは、クリントン氏自身が我が国との過去の戦争といったような関係を現実に知らないわけでございます。現実に体験をしないことと、したことと本で読んだこととはおのずからやはり違いまして、クリントンさんにとってはやはり日本との関係は自分が物心ついたところから始まっていると申し上げても私は間違いでないと思いますが、しかも、それは基本的には非常にいい関係にある。
 クリントンさんは、今度日本との関係を三つに分けて説明をしておられましたが、一つは、政治・安全保障等の関係である。これは、ただいま申しましたようなこともありまして、アメリカにとって満足すべき状態である、こういうふうに言っておられます。次に、両国が一緒になって国際的に共同して行わなければならない幾つかの責任の遂行という点では、例えばせんだってのロシアに対する経済支援の会議のように、お互いの協調のもとに大変にうまくいっておると思う。その他、北朝鮮でございますとかカンボジアでございますとか、幾つかの例が挙げられましたが、国際的な協力関係もまず満足と思う。問題は、両国の間の経済問題であって、ともかくアメリカが何年努力をしても貿易の赤字というものが解消しない、改善しない国は日本である、それにはいろいろな理由があるだろうと思うけれども、これから少し時間をかけてお互いに検討していこうではないかと、最後のところはちょっと省略をいたしましたが、そういったようなことで、三つ目の問題について非常な問題意識を持っておられる、こういう関係であったと思います。
 したがいまして、しかし、本当は奥野委員の言われましたことはもっともっと深いことを言っておられるので、それは私、決しておっしゃっている意味を聞き落としてはおらないつもりでございますけれども、そういう長い間の両国の関係の中で、現在、世界の経済の第一、第二の大国であるという状況、そして、我々としては、憲法のもとに民主主義、基本的人権、自由というようなものを享受をしておるという状況から考えまして、幸いにして冷戦という状況がなくなりつつございますから、その冷戦後の世界の平和秩序というものはどういうものであるかということについて、我が国も米国等々と一緒にその平和秩序の再構築に努力をするというのが今我々に与えられておる任務ではなかろうか。
 御質問に対して十分にお答えをし切れておりませんが、さように考えております。
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奥野誠亮#4
○奥野委員 日米関係が世界各国から評価されるようなあり方を求めていきたいなという願いも込めて伺ったわけでございまして、おっしゃったこと、全く私もそのとおりだ、こう思っております。
 今の日本の国際的な地位というのは、私は、さま変わりしてきたな、それだけ政府の対外折衝も広範にわたっている。そうすると、政府そのものが安定した基盤に支えられる政府でなければならないなと。今の衆議院の中選挙区制は旧憲法時代のものでございまして、必ずしも新憲法に沿うた選挙制度であるかどうかについては、やはり議論があってしかるべきじゃないかな、こう思っておるわけでございます。
 自分のことを言って恐縮でございますが、私が初めてアメリカを訪れたのは昭和二十五年でございますから、もう四十三年前でございました。外務省が開店休業でございますので、外務省の河崎一郎さんが一緒に行ってくれまして、通訳の労をとってくれました。そのときに、この河崎さんは戦前のアメリカを知っている方でございました。第二次世界大戦後初めてアメリカヘ来て、アメリカという国は偉大な国になりましたよ、アメリカ国民は世界じゅうの問題を全部自分たちの問題だと考えるような国民になっていますよと驚いて語っておったことが、いまだに私の脳裏から消えません。
 当時私は、日本とアメリカを百万長者とこじきの違いがあると言うたものでございまして、物にも書きました。今はもう全く同じように話し合っていける。大変な変化だなと思うのでございまして、私は軍用機に乗って、アメリカで三月ほどいろいろ教えてもらって、軍用船で、北周りで横浜の港に着きました。横浜の港から横浜の町を見ますと、焼け野原に見えたものでございました。鉄筋の建物があるかなと探しまして、やっと見つけたのが黒ずんだ神奈川県庁の建物でございました。アメリカは何十階のビルが当時から既に林立しておったわけでございますから、私がそういう思いを持ったのも当然かなと、こう思ったりしているわけでございます。
 自来、長年の経過とともに日本やアメリカの経済力が伸びる。相対的にアメリカの経済力が落ちてきておるわけでございますけれども、やはりアメリカの基本的な姿勢というものは、みずから世界戦略を行っていく、国連をてこにして世界戦略を行う、私はこの姿勢は変わらないだろうと思いますし、また、その気概は持ってもらってしかるべきじゃないかなという気持ちもするわけでございます。したがいまして、経済力が伴いませんから、日本やドイツに協力を求めながら世界戦略を行うということにならざるを得ないんじゃないかなと、こんな思いがするわけでございます。
 当時は、日本が国連への加盟さえ許されませんでした。今は国連の重要な一員になっております。国連経費の一番の負担者がアメリカで、総経費の二五%、日本は二番目でございます。一二・四五%。したがいまして、日本はこれまで国連中心主義、国連中心主義と言ってまいりましたけれども、国連中心主義という言葉は私は否定しませんけれども、国連の意思決定に日本が参加していく、それに影響を与える存在であることを国際社会は求める時代になっているんじゃないかなと、こう思うわけでございます。国際社会にも積極的に日本が出ていきませんと、やはり世界の期待にはこたえられない状態になってきているんじゃないかなと、こう思います。
 そういうふうに日本の役割が大変大きく必要になってきておりますことが、今の日本に振り返ってみますと、こんな日本の政治不信のままでは、世界からも不信の目を持って見られる、これで日本が十分な活動ができるんだろうかなという不安が一つございます。やはりこれまで以上に強力な基盤に支えられた政府を一層つくっていくことが必要になっているんじゃないかなと考えるわけであります。
 そんなこともあってであろうと私は思うのですけれども、首相公選制を唱える方もございます。やはり同じような気持ちを抱いておられるんだなと、こう思っておるわけでございます。現在の日本の憲法では、衆議院で総選挙が行われたら内閣は総辞職をして、選挙後直ちに内閣総理大臣を選ぶことになっているわけであります。衆議院と参議院の議決が異なりますと、最終的には衆議院の議決をもって国会の議決とすることがうたわれているわけであります。さらに、条約や予算については、衆議院の優位性もうたわれているわけでございます。こういう規定から類推してまいりますと、やはり衆議院の選挙というものは、どういう内閣をつくるか、それに即した、その目的にかなった選挙制度であるべきではないだろうかなと思えるわけでございます。
 同時に、参議院には、国民の間にはいろいろな意見があるわけでございますから、その多様な意見を議席に反映させて、いろいろな角度から国政のあり方を議論していく、そして日本の政治の過ちなきを期するということを期待されていると考えてしかるべきじゃないかな、私はこう思います。
 そうなりますと、私は、野党が衆議院で比例代表制を言っておられる、参議院でも比例代表制をとっている。同じことをやっておったんじゃ、せっかく二院制をとっている二院制の使命が十分果たされないじゃないかなという心配を持つわけでございます。現実には、私は、参議院に比例選挙がとられた結果、一層参議院の政党化に拍車をかけたと思います。これはいいことじゃないのであって、私は残念な方向に行っているんだ、こう思っているわけでございます。衆議院と参議院が同じょうなことをやっていろんなら一院でいいわけでございまして、だから、悪口を言う人は、参議院は衆議院のコピーだなんというような失礼なことを言う方もおられるわけでございます。
 かつて参議院に緑風会というものがございまして、緑風会というものは、議員それぞれが党議に拘束されない、それぞれ自己の判断で決めていくんだ、こういう姿勢を貫いてこられたように思うわけでございます。総理は参議院にも議席を置いておられたわけでございますだけに、いろいろなお考えを自分の体験を通じてお持ちだろうと思うのでございます。
 私たちは政治改革をねらっているわけでございますから、党のためを考えているわけじゃないのでございまして、日本国のためを考えているわけでございますから、日本国のためを考えるなら、この憲法の規定に沿って、あるべき国会の姿、どうお考えになっているかということをちょっとここでお述べをいただきますと、参考になるんじゃないかなと思います。
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宮澤喜一#5
○宮澤内閣総理大臣 私の今の公の立場で、両院のあり方あるいは憲法における両院の持っている意味というようなことを公の立場で申し上げますことには非常にはばかりがございますので、どうか一人の政治家としての意見としてお聞き取りをいただきたいと思うのでございますけれども、確かに衆議院の選挙というのは参議院の選挙と異なりまして、それによって事実上総理大臣を選ぶ、そういう意味を強く持っておると思いますし、また、そのように今日まで運営されてきておると思います。それはそれで正しいというふうに考えます。
 参議院が参議院として憲法に設けられましたことを制憲当時の事情等々から判断をいたしますと、やはりそれは衆議院とは別な意味での、ちょっと言葉はよくないかもしれませんが、いろいろな各方面における有識者、あるいは職能と呼んだ人もあると思いますけれども、そういったような有識者を、政党でなく、個人個人として国政において貢献をしてもらおう、そういう考えがかなり私は、そればかりじゃございませんけれども、あったのではないかと思います。
 したがいまして、御指摘のように、緑風会が参議院で大きな力を当初持っておりました。それがだんだん崩れましたのには幾つか理由があると思うのでございますけれども、全国区制というもので勝つためには、相当大きな組織を持っていないと当選できない、あるいは極めて著名な人であればまた別でございますけれども。そういうことから、当時非常に大きな組織でありました労働組合が、参議院に当選をするためには非常に有利な組織であったことは事実でございます。そこから一つの勢力というものができ上がってまいりました。それに対しまして、保守と申しますか、おっしゃいますように、保守の側も大企業といったものを中心に、それに対抗する候補者が立てられたようなことになってまいりまして、お一人お一人の良識によって、どちらかといえばグループでなく、国政についての意見、貢献を期待しておったところとは、どうも私はやや違う結果に、これは比較的早い段階でございます、終戦後そんなに長くない、十年ぐらいの間にはややもうそういうふうになっていきまして、緑風会が事実上崩壊をするということになったと思うのでございますけれども、この点は、本来立法者の意思は、衆議院と参議院とは違った機能を期待をしておったのではないかと、私は学者でもございませんし、深くそういうことを考えたこともございません。また、これは個人の意見として申し上げておりますが、そのように考えております。
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奥野誠亮#6
○奥野委員 占領軍が示した憲法草案では一院制でございましたし、日本が二院制を要望して、基本的には、許されたのは私はこの点だけじゃないかと思うのですけれども、公選という枠をはめてきた。そこが私は、なかなかいい知恵が出ないで、今日のような経過をたどっているのじゃないかなと思っているのですけれども、これはあえてこれ以上申し上げる意思はございません。
 私の体験を申し上げさせていただきますと、私は三十八年の末に国会に議席を持ちました。その当時、選挙制度審議会が政府の審議機関としてございました。国会議員も特別委員として参加しておったわけでございました。私も社会党から出ておられる委員の方々と個人的にいろいろな話し合いをしまして、やはり今の中選挙区制を改めていこうじゃないかと。共通点は、やはり小選挙区と比例代表をかみ合わせるということでございました。私たちは小選挙区で少しでもたくさん選びたいと思いますし、社会党の方は反対でございました。同時に、比例代表については、私たちは、自民党ではとても人間に順位なんてつけられるものじゃないや、こう言ってまいりました。したがって非拘束であります。社会党の方は拘束名簿式比例代表でございました。いわゆる一部を小選挙区、一部を比例代表ということでございますから、並立制でございます。
 今野党が出しておられるのは、これはもう比例代表でございますから、比例代表と単純小選挙区という、与党と野党の案がはっきり分かれていることは、案外わかりやすいのじゃないかなと、こう思います。わかりやすいと思うのですけれども、玄人でありませんと、社会党の案の中にも小選挙区で選ぶ人数がございますので、比例代表制でないような誤解をされる方もあるのじゃないかと思いますが、そういう違いが明らかに出ていると思うのでございまして、結果は、それぞれなかなか党としてまとまり切れる状態ではございませんでした。その結果、今の中選挙区制が長い期間にわたって続いているわけでございます。
 大正十四年に、護憲三派が勝利を占めて、護憲三派、政友会、憲政会、革新倶楽部がそれぞれの選挙区にそれぞれの候補者を立てられるようにしようということから、三人ないし五人の中選挙区制ができ上がったわけでございました。これが昭和三年に初めて実施されまして、自来二十四回衆議院の選挙を行っているわけでありますけれども、違った仕組みをとったのはただの一回、昭和二十一年だけでございました。府県単位、二名を連記する大選挙区制でございました。一回やったきりで、これはいかぬということでまたもとへ戻ったわけでございました。その選挙制度のおかげだばかり申し上げるつもりはありません。また、自民党から政権が他に移った場合に、社会主義政権に移るという危惧の念が、間違いを犯しても国民が自民党を支えてくれた点もあったと思うのでございますけれども、長い間自民党一党の政権が続いてまいりました。
 私は、政界も官界も財界も、それぞれ一生懸命努力し、それぞれの役割を果たしてきていると思うのでございますけれども、やっぱり長く続いてまいりますといろいろなことも起こります。どんなに制度を整備しても間違いを犯す人が出てくるわけでございますから、あとは検察なり裁判なりの公正な活躍にゆだねざるを得ないと思うのでございますけれども、いずれにしても、国民の目から納得できない感情が出てきているわけでございます。
 日本のみならず、国外からも日本の政治が批判を受けるような状態になっているわけでございますから、私たち、日本の将来を考えますと、これを打開するのは、政権交代可能な選挙体制をつくる以外にはないじゃないかなということでございます。自民党のために考えているわけじゃなくて、自民党のためなら今の選挙制度がよろしいわけでございます。みんな自分たちの個人後援会を持っております。個人後援会に支えられて私たち衆議院の選挙は戦っておるつもりでございまして、これを力にしてやっていきますと、なお私は、いろいろ批判があっても、多数を維持できるのじゃないかなという気がいたします。しかし、それじゃ緊張感を与えない。やっぱりここで政権交代可能な選挙制度にすることだと、それが単純小選挙区制を選んだ基本の姿勢だったと私は理解をしているわけでございます。単純小選挙区制でございますと、案外、ちょっと間違いますとがらっと変わってしまいます。四年前の参議院選挙がそれを物語っているわけでございまして、あのときには、消費税の問題もございました、リクルートの問題もございました、女性問題もございました。結果は、一人一区、定員一人のところが二十六あるわけでございますけれども、二十六の選挙区で、これはもう自民党の金城湯池であります、そこで二十三負けたわけであります。勝ったのはわずかに三つでございました。単純小選挙区制だったら、一遍に自民党は政権を投げ出さざるを得なかったわけでございます。
 私はまた、今の選挙を憲法から考えますと、やっぱりどの政党を選ぶかということと直接結びつくわけであります。各政党が、人と政党が一つ、終わったらどの政党に国政をゆだねるかということを決めなければいかぬわけでございますから、小選挙区は有権者が政権選びに参加するという気持ちを私は強く持つのじゃないかと思うのでございます。有権者の政治に対する意欲が一層高まるのじゃないか、活力が出てくるのじゃないかな、こんな思いさえしているわけでございます。
 しかし、初めての選挙は、あるいは政権を今持っております自民党に有利かもしれません。有利かもしれませんけれども、こういう選挙制度になりますと、やっぱり政権を担う政党をつくる体制が生まれてくると思うのでございまして、政権を担う政党はおのずから二つ以上になってくると思うのでございます。それが今日、政界再編成、政界再編成と言われておりますが、その政界再編成というのは、政権を担う政党が二つ以上生まれてくる日本の政界にしなければならぬということでございまして、私は、鶏が先か卵が先かということだと思います。
 昭和三十年に左右の社会党が一つになった。自由党と民主党が一つになった。五五年体制というわけでございますけれども、二大政党対立の時代を迎えて、あそこで単純小選挙区法案を鳩山内閣で提出する、そしてそれが参議院に送られたわけでございました。あのときにゲリマンダーがなかったら私は成立しておったと思います、ゲリマンダーがなかったら。あれは間違ったことをしたなと思います。だから、参議院で緑風会がキャスチングボートを握って、教育制度の改革を選ぶか選挙制度の改革を選ぶか二者択一で、私は自民党は教育の改革を選んだと記憶いたしております。やはり政界が、政権を担う政党が二つ以上存在して単純小選挙区というのが一番素直な移行だと思うのですけれども、しかし、今の状態から考えますと、まず単純小選挙区にして、そして政界再編成、政界に政権を担う政党が二つ以上生まれてくる、こういうことを考えていかなければならないんじゃないかなと、こう思うわけでございます。
 今マスコミは選挙制度の改正の大合唱であります。私は、やはり生まれた妥協案がよいものであれば、それはそれでいいと思いますけれども、悪いものであるなら、これは将来に禍根を残すわけでございまして、やはりそういうものは現状の方がいいんだということに結論はなると思うのであります。
 ちょうど私は、昭和二十六年のサンフランシスコ講和会議のときに、ソ連は、アメリカの軍隊が日本に駐留している、その限りにおいては日本の独立を認めることはできない、こういう姿勢をとりました。だから、国内にはソ連も賛成してくれるまでは待とうじゃないかという意見、いわゆる全面講和でございます。マスコミの大部分も私は全面講和だったと思います。その中で日本は多数講和、とにかく認めてくれる国とから独立を回復していくんだという姿勢をとった、これは私は賢明な選択だったと思います。
 昭和三十五年の安全保障条約、これがまた、こんなことを続けていると戦争に巻き込まれる、マスコミの大部分は廃止の大合唱でございました。その中であえて自民党は継続を選択いたしました。結果は、戦争に巻き込まれるところか、今日まで平和を維持することができたわけでございます。ですから、私は、今のマスコミの大合唱、無責任な大合唱も多数あるな、こう思っておるわけでございまして、ここは総理としての勇断の問題でございますから、マスコミに振り回されて判断を誤ることのないような決意を持っていただきたいなと、こう思うわけでございます。私はあくまでも現行制度を変えたい人間でございますけれども、何でも変えさえすればいいという無責任な考え方は持てません。
 そういうことを通じまして、総理の御決意を伺っておきたいと思います。
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宮澤喜一#7
○宮澤内閣総理大臣 いわゆる比例代表でない制度と申し上げればよろしいんでしょうか、例えば、かつて政友、民政という時代が、長くはありませんでしたが、ございました。ああいうときの選挙は、やはり今度は政友会が、今度は民政党かという選挙、そういう意識で選挙民は選挙をしておりました。それは、したがって衆議院の選挙は政権を選ぶという意識があの政友、民政の時代にあったことは私は確かであって、奥野委員の言われるとおりと思います。それが恐らく衆議院選挙というものの一番大切な意味の一つであろうと思います。
 戦後、おっしゃいましたゲリマンダー、ハトマンダーと申しました。あのハトマンダーの時代にそういう問題が一つあったわけですけれども、あのときに本当に政権交代が可能になるような二つの政党が、例えば仮に五五年体制、そういうようなことにあのときになることについては私は実は心配を持っておりまして、これは申し上げるまでもなくまた個人で申し上げることでございますけれども、つまり、あの時代でございますと、もし政権交代がありますと、突然自衛隊がなくなったり、何かどこかが国営になったり、またそれが少したつと逆になるといったようなことでありますと、それは国民が大変に実は選択に迷われる、とても選択し切れぬということになる心配があったんではないかということを、これは個人で思うことでございますけれども、今御議論になっておりますことの政権の交代ということは、その後随分年月もたちまして、そのような急激な変化が政権の交代によって起こらない、願わくは起こらないであろうような風土が少しずつ醸成されておるかと思いますので、そういう意味でも政権交代というものはやはり政権に緊張感をもたらすということではないかと思います。
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奥野誠亮#8
○奥野委員 国民の政治に対する不信の念は、いろいろな汚職問題もございますけれども、国会の運営のあり方についても私は批判の目を向けているのじゃないかなと考えざるを得ないわけでございます。本当に、よく与野党の見解が合いませんと審議ストップでございます。開店休業でございます。のみならず、予算委員会が対決してストップになったら全委員会がストップになっちゃうわけであります。話し合いの場が何ということであろうか。国民は汗水垂らして働いているんだ、その結果今日の大きな経済発展を遂げたのだ、こういう私はやり切れない気持ちがあるんじゃないかなと、こう思っておるところでございます。同時に、この予算委員会の総括審査、随分長く続きますよ。全閣僚をこれに並ばせるのですね。質問する相手は二人か三人ですよ。一体、やはり三権分立というけれども、国会が少し三権分立を考えながら、行政府にも足を引っ張らぬように考えなきゃいけない。また、既に司法の手にかかっている者については、証人喚問だなんて検察まがいのことはやらない。やはりそれぞれわきまえを考えながらやった方がいいんじゃないかなと思うわけでございます。
 これは私の体験を申し上げるのですけれども、昭和三十二年、ですから三十六年前であります。オランダで国際地方自治体連合の総会が持たれまして、私は政府代表として出席いたしました。そのときに私が演説しましたのは、町村合併でこんな成果を上げているということを誇らしげに申し上げましたが、同時に、今の町村の政治課題は次三男対策なんですよということを言いました。次男坊、三男坊にどうやって職を与えるかということが町村の最大の政治課題だ、そんな日本でした。それからばたばたっとよくなっていったのです。同時に、日本でこの国際会議を持とうじゃないかと言ったら、だれも相手にはしてくれませんでした。それが今は大変な国際会議が日本で行われているし、海外においてもいろいろな協議の場に日本は臨まなければならない。多数の要人も来ていると思います。行政府の姿は三十六年前と今とは本当にさま変わりだろうと思うのです。国会は三十六年前と今とどう変わったかということになりますと、ちょっと私は首をかしげたくなるものですからこんなことを申し上げているわけでございまして、事務当局で結構ですから、どう変わってきているかということについてのお話を聞かせていただいたら幸いだなと、こう思います。
 時間の関係もございますので、もう一つ。
 先ほど申し上げましたように、与野党の一番の違いは、小選挙区か比例代表か、もう一つは企業献金を認めるか禁止するかということだと思います。今日、各企業はどうやって社会に貢献するかということを真剣に考えていますよ。自分の利益を上げることだけを考えているのじゃありませんよ。それは企業にもいろいろあるかもしれません。その一つが私はメセナ活動だと思いますよ。日本もみずから文化活動、芸術活動に参加する。冠イベントをたくさんやっていますね。冠コンサートとかいろいろやっていますよ、企業の名前はつけますけれども。直接、文化や芸術の進展に貢献している。あるいはまたお金を出して財団をつくって、その財団から文化活動、スポーツ活動に進んで出していますよ。これは企業の名前はわかりません、この場合は。間接的な貢献ですよ。
 基本的に企業は学校を卒業した人を採用するのですよ。どんな教育をしてくれるかということは、企業の発展に大きな影響を与えるのですよ。輸送については、道路を使う、港湾を使う、飛行場を使う。いろいろな問題がありますよ。情報の問題もありますし、いろいろありますよ。社会のあり方、政治のあり方が企業活動に積極的に結びついているんですよ。それなら企業が政治に深い関心を持ってもらわなければならない。お金を出した方が一層熱が出てくるだろうと思いますよ。企業も私は積極的に提言をすべきだと思うんですよ。それを、何か悪いことがあったから企業献金は禁止だ、こういうものはあつものに懲りてなますを吹くというたぐいじゃないかなと思うのでございます。ですから、私は、企業のこの意欲は政治の発展に結びつけていくべきじゃないかなと思っておりますので、この点についての総理の見解を伺ってみたいと思います。
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宮澤喜一#9
○宮澤内閣総理大臣 企業からの政治献金につきまして、私は反対をされる方々の中に、よく伺ってみますと、企業というのは何か悪いものであるという、そういう感じを持っていらっしゃる方が意外にある。ヤジいや、ここにいらっしゃいます方はそうでいらっしゃらないそうでございますけれども。それはどういうところから来ますかといいますと、そう思われる方にはそう思われる方の理屈があって、企業というのは、つまり余剰利益を上げているものである。これは労働を搾取することによって生まれるべきでない利益を生んでおるのが企業であるという、大変に古典的な説をいまだに信じていらっしゃる方があるように思います。この席にいらっしゃると申しているんじゃございません。
 で、そこから発しましたのがあの例の八幡製鉄についての訴訟であったわけでありまして、あのときのことを私はよく記憶をいたしておりますけれども、あの訴訟に対して、あれは起こされたのは弁護士さんでございましたが、最高裁判所が、企業というのはやはり社会的な存在である、今奥野委員の言われるような判決をされたのでございますから、その点は判決としてははっきり済んでおると思います。
 ただ、そうは申しても、やはり企業もだんだん大きくなってまいりますと、勢い非常に大きな金が政治支援の単位になりやすい。政党に対してならそれもまだでございますが、個人に対してとなりますと、やはり個人がそれについての何かの影響を受けやすいということは、私はありそうなことに思いますので、とかくありがちなことに思いますので、やはりそれには節度がなければならないだろうと、こういうふうに考えております。
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奥野誠亮#10
○奥野委員 私は、政治を行うについては国民によく理解を求める、そして国民とともに進めていく、これが大切なことだと思うのですけれども、残念ながら、昭和二十年から二十七年の占領されておった期間のことは余りわからないままで今日に来ていると思います。その占領政策も、初期は大変厳しい姿勢でございました。中ごろになりますと、ヨーロッパで米ソの対決が始まりましたから変わってまいりまして、昭和の初めの生活程度を超える産業設備は撤去して賠償に充てるという方針も中止になりました。終期になりますと朝鮮戦争が始まります。むしろ日本を育てる側に変わっていっているわけでございます。
 その最初のときには大変厳しいものがございまして、神道指令、公務員は国家公務員であっても地方公務員であってもいかなる神社にも参拝してはならない、あるいは教科書から神道にかかわり合いを持つ神話や伝記は全部削れと言うてまいりましたし、大東亜共栄圏という言葉や八紘一宇という言葉も禁句になってまいりました。衆議院の選挙の前にも、立候補するためには資格審査を受けさせたわけでございました。また、アメリカの考える憲法をおまえたちがつくったということで公表しろと命ぜられて、それが今日の憲法になっているわけでございますが、憲法と総司令部との関係に触れてはならないという検閲項目もございました。また、極東国際軍事裁判が開かれまして、日本は侵略戦争をやったのだ、残虐行為をやったのだと一方的に決めつけられたものでございました。
 当時、朝日新聞が四十八時間の発行停止処分を食らったのです。数年前でしたが、何で発行停止処分を食らったかなということを調べさせました。そうしたら、鳩山さんの談話記事もあったのだということを教えられました。それで、昭和二十年の朝日新聞の九月の縮刷版をずっと拾って発見いたしました。そうしたら、それはこういうことでございまして、鳩山さんが新党をつくろうとしておられる、その考え方をいろいろ述べておられる、取材に応じて。終わりにこういう言葉があるのです。「広島や長崎に原子爆弾を落とした、ああいう行為というものは病院船を爆撃したり、毒ガス弾を使ったりした以上の大きな戦争犯罪行為だ」、こう言っておられるのですよ。私は、それはそうだ、日本の残虐行為と比較にならないなと思いました。
 私は、二十年の三月、江東地区が焼夷弾を落とされた、そのときに内務省の五十人の職員を連れて二つの区役所の応援に行ったのです。そうしたら、猛火で熱くてかなわない、どぶ川にどんどん身を投げて、十万人死にましたよ。非戦闘員を殺してはならないというのは、これは戦争法規の鉄則ですよね。
 もう一つ例を挙げますと、日本はポツダム宣言を受諾して戦争終結に持ち込んだのです。これにはソ連もその後参加したのです。あれには、軍隊は武装解除するけれども、家庭に帰して、平和的な生産的な業務に従事させると書いてある。書いてあるのに、六十万人シベリアに連れていきましたよ。六万人命をつぶしていきましたよ。みずから言っていることをほごにしているわけですから、大変な違法行為です。
 私は、アメリカやソ連を非難するつもりでこういうことを言っているわけじゃございません。日本人に自覚をしっかり持ってもらいたいということを私は言いたいのです。今の日本は、日本を悪くさえ言えば喜んでいるような人たちも出てきておるわけでございまして、我々の先輩に対して申しわけない感じがするものでございますからあえてこういうことを持ち出したわけでございまして、時間の関係がありますから言いませんが、やはりこの七年間のことをもう一遍客観的に検証することを考えていただけぬだろうかなという、そういう組織なり機関なり考えていただけぬかなと思うわけでございます。
 なおもう一つ、自治大臣も見えておりますのでつけ加えさせていただきますが、今は世界は五十年に一回の大転換期を迎えているとか、あるいは五百年に一回の大転回期を迎えているとか、いろいろ言われております。日本もそうだと思うのですよ。また宮澤総理が生活大国を言っておられるのも、今までは産業を政府が保護してきた、もうそういう時代じゃないのだ、生産者に視点を向けるよりも、消費者、生活者に視点を向けなきゃいけない時代を迎えているんだということも考えておられるし、規制緩和にも取り組んでおられる。みんなそういう精神だと思うのでございます。我々は、こういう成熟した時代ですから、画一的にそんな行政をやるんじゃなくて、地域の特性を生かした手づくりの行政を考えていかなきゃならない、中央集権よりも地方分権に向かって努力しなきゃならない時代を迎えていると思うのでございまして、そういうことで村田大臣が何を考えておられるかということを御披露していただけたらありがたいと思います。
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村田敬次郎#11
○村田国務大臣 戦後の地方自治を文字どおり育ててきていただいた奥野委員の御発言でございまして、非常に傾聴さしていただきました。
 現在、選挙制度と政治資金改革ということに絞られて政治改革が議論をされておるわけでございますが、今後の二十一世紀に対する我が国のグランドデザインということを考えますと、私は、最近非常に御指摘になっておるように、国と地方団体とのあり方、これをしっかりと考えていくことが必要だと思います。総理が今御指摘になりました生活大国づくりを実現するためにも、行政事務はできるだけ住民に身近なところで、地方公共団体の責任においてやっていかなければならない、こういうふうに思います。
 したがって、これからのキーワードの一つは、私は政治改革との関連で地方分権だと思います。そして、国から地方への権限移譲、それから財源の移譲、そして都道府県や市町村の自主性や自律性をしっかりと認めていかなきゃならぬ。そういった意味で、一昨日、宮澤総理に地方制度調査会から地方分権に関連する非常に重要な諮問の答申がございました。これは、内答は広域連合であるとか中核市制度でございますが、こういった問題を総理にしっかりと御検討をいただいて、そしてまた、この問題が政治改革と密接に関連をするように地方分権をやっていきたい。これは私は、自民党のみならず、各党のコンセンサスであると思っておりまして、今後地方自治法の改正等もしっかりと審議をしていっていただきたい、このように思っております。
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奥野誠亮#12
○奥野委員 終わります。
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田邉國男#13
○田邉委員長 園田博之君。
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園田博之#14
○園田委員 通常国会も半ばを過ぎて、特にやはりこの政治改革というのが最大の課題になりましたし、これは制度の改革ですから、予算なんかとは違って、これからの日本の政治形態というものを頭に入れながら決める制度の改革ですから、当然慎重に議論もしなければなりませんが、しかし、残されたわずかな期間の中でどうしてもやり抜かなければならぬ。そういった意味では、自民党だけではなしに、各党の皆さん方もそうお考えだろうと私は信じておるわけでありますが、きょう私が与えられた時間内で、法案の中身というよりは、少しこの政治改革の基本的なことについて、主として総理の御見解をお尋ねしたいと思っておるわけです。
 私は、政治改革というもの、今は選挙制度ばかりが議論をされて、どちらかというと新聞報道なんかも選挙制度が主として報道されております。しかし、実際は、政治資金規正法なんかを見ましても、私は、今までの政治生活をずっとやってきた経験からいいますと、この新たな規正法では、本当にこれで自分が政治活動をやっていけるのかなという不安を覚えるぐらい、大変厳しい自民党の案でありまして、私は、そういった意味でも今度の法案は、選挙制度を絡めて議論して、どうしてもこれを一括して結論を出していただかないと大変困ることになるだろうと思っているのです。
 しかも、この選挙制度の問題も、世間では、嫌な事件が起きました。この事件があったからというふうにとられている向きもありますが、私は決してそうではないと思うのですね。これは明らかに時代の要請であるというふうに私は考えております。今まで自民党が中心になって政治を安定させて、そして結果としても、この日本の成長というのは目覚ましい成長を遂げたわけでありますし、自民党の政策が結果的に間違いではなかったということも、それは確認はできると思います。
 しかしながら、時代は変わりました。まず、国際情勢が変わりました。国内では、自民党と社会党を中心とする野党との対立が緊張感を持って対立した時代もありました。しかし、それは世界のある意味では縮図であったわけでありまして、世界が変わったのであれば日本の政治体制というのは変わるのは当たり前でありまして、そうじゃなければこれからの日本の、次の世代に向けての豊かで自由な日本を引き継ぐことはできないわけでありまして、それをやるのはまさしく私は政治でなければならない、こう思っておるわけです。
 したがって、選挙制度の、選挙のやり方について議論は当然しなければなりませんが、それとは別に、当然総理としては、将来の日本の政治形態というのはどういう形が望ましいのか、こういうことも考えながら制度改革を実行しなければならないと思うのですね。私は、後で自民党の問題なんかについても触れますが、今望まれるのは、そういう国際情勢に対応できるだけの有効な政策をすぐ立案して実行できるそういう政治体制、それはもっと日本の国内の政治体制がやはり緊張感を持った政治体制でなければならない、こう思うのですね。その点で、総理のお考えをまずお聞きをしたいと思います。
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宮澤喜一#15
○宮澤内閣総理大臣 先ほども奥野委員と、政権交代について申し上げていたわけですが、今また園田委員からそういうことについてお話がございまして、確かに冷戦後という時代になりまして、そういうかつて我が国にありました、園田委員のお言葉をかりれば、世界の勢力分野の縮図といったようなことがなくなってまいりました。そういう意味では、政権交代ということが比較的国民の意識の上で考え得るような状況に変化をしてまいったかと思います。
 そうなりましたならば、やはりそこはお互いが常に自分の政権をかけて政治をやっているという、そういう緊張感というものが極めて私は大事なことであろうと思います。どうやっても負けることはないんだというような試合からはどうもろくな結果が生まれませんので、やはりそこのところの緊張感は私は大変大事なことで、しかも、以前と違いまして、仮にそういうことがございましても、日本の政治の基軸というものが非常に大きく揺れるというようなことは、幸いにしてそういう危険が少なくなりつつあるのではないかと思います。
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園田博之#16
○園田委員 そういう観点から、さっき奥野議員の御意見も聞いておりましたが、今度の制度改革というのは、いろいろな御意見ありましょうが、政権党である自民党、何年か前に選挙制度の改革の議論を党内でしたときに、当時は、中には、そういう制度を持ち込むと自民党に不利になる場合もあるじゃないか、こういう意見があったことも事実であります。しかし、今日に至って、選挙制度というものは将来の政治形態なんかも考えなければならないんだ、こういう意見が浸透してまいりまして、今や今度の国会では、私は少なくとも自民党は、自民党にとって有利であるか不利であるかなんということは考えるべきでもないし、また、自民党の提案者の御意見を聞いていても、これは党利党略ではなしに、将来の政治形態を考えてやろうじゃないか、こうおっしゃっているわけでありまして、私はそういった意味で、そういった共通認識を持って双方の案を話し合わなければ、余りにも間が広過ぎて、これはなかなか煮詰まらないということになってしまうんじゃないかと思うのですね。そういった意味では野党の皆さん方にもぜひ、もちろんそういう認識を持っておられるのでしょうが、そういう認識さえ持っていれば必ずこれは煮詰まりますから、これからの議論も、残された期間ぜひ煮詰まるようにお互いに議論してもらいたい、こう思っておるわけです。
 そこで、総理は、従来の委員会には出席もしておられませんけれども、当然議論の中身をお聞きになっていると思います。議論の姿は私は大変いいと思っているのですね。これは議員立法の案を双方から出し合って、お互いに格式張らずに自由に意見を言い合う、そういった意味では、国会改革という意味でも、国会が本当にこういう姿になれば、これからのいろいろな法案ももっとよりよい審議ができるんじゃないかという意味では非常に私はよかったと思うのですが、さて、余りにも広がりのある、隔たりのある両方の案をどこかでやはり妥結させなければならぬ。まだ委員会が始まったばかりでそんなことも言えないという方もおられるのですが、しかし、そう期間があるわけじゃないのですね。総理として、自民党総裁でもあるわけですから、今度の特に選挙制度を中心とする制度改革、どんなことをしてでも、これは場合によっては自民党の方から歩み寄ってでも妥結させるんだ、この決意をぜひ私はお聞きしたいと思うのです。
 これは別に野党の皆さん方に加勢しているわけじゃないのです。野党の皆さん方は、これじゃなければなりませんなどという議論がまだやはりあるのですよ。こんなことではだめなんですね。しかし、責任を持つのはやはり我々の方だから、そういった意味での、かつてこの議論が始まる前に、総理は、自民党の我々に、不退転の決意だ、退路を断ってでもやる、こうおっしゃいましたが、この場で再び総理の決意をお聞きをしてみたい、こう思います。
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宮澤喜一#17
○宮澤内閣総理大臣 やはり政治に対する国民の不信感がここまで参りますと、この状態はこのままほうってはおけないということにつきましては、お互い国会に議席を置く者として、党派に関係なく、そういういわばせっぱ詰まった気持ちでいるということは、私はもう間違いないことだと思います。それでありますからこそ何かの結論が必ず生まれるだろう、これはこのままほうっておくわけにはいかないというふうに、私は実はこの委員会の御審議をはたから伺っておるわけでございます。
 ただ、私は提案者でございませんので、これをどういうふうな終末にしていくかということを私の立場から申し上げることは適当でないというふうに存じますが、必ずや成案を得ていただくことができるだろうということを期待を申し上げております。ヤジ
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園田博之#18
○園田委員 あんまり応援しないでください、これは私の聞く気持ちと若干違うかもしれないから。
 私はちょっと不満なんですね、総理、自民党総裁として。やはり今まで政権を担い、そして最初に申し上げましたように、将来の政治形態は今のままじゃまずいんだ、こういう前提のもとに今度の制度改革をおやりになろうとしているわけですから、しかも総理は自民党総裁でもありますから。
 この委員会の最初の日に、野田毅議員が各党に、どの政党もどんなことをしてもやり遂げるという決意をお聞きになって、それぞれの政党が退路を断ってでもやろう、こう皆さんが言っておられるわけでありますから、そういう環境がもう一つでき上がっているわけですから、総理はもちろん提案者じゃございませんが、しかし、総理は今度の制度改革についてのやはり一番の責任者であることは間違いないのです。そういった意味でのもっとしっかりした決意を私は聞きたいのです。そういう気持ちをお持ちのはずでありますから、ぜひお聞かせをいただきたいと思います。
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宮澤喜一#19
○宮澤内閣総理大臣 そういう観点から遠慮なく申させていただければ、私は自民党の議員によって提案されました四案というものはやはり最善のものだと思いますし、四案を分けずに一括して成立させていただくことが私は一番いいことだと自分自身としては思っております。
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園田博之#20
○園田委員 自民党の提案がもう現実にありますから、総理の言われることもわかります。しかし、これ以上申し上げませんが、私が言った意味というのはよくおわかりでしょうから、これは現実問題として自民党の案でどうしてもやっていけるのかどうかということも、今後のことにつきましてはやはり考えなきゃならないわけでありまして、その時点に来ましたら、基本的にはどうしてもやり抜くんだという決意をお持ちのはずですから、ぜひ総理も責任を持ってこの制度改革に対応していただきたいことを重ねてお願いを申し上げたいというふうに思っております。
 それから、私はいろいろなことを申し上げておりますが、現実に我が党が政権党でありますから、いろんな制度改革とかなんとか言っておりますが、これは端的に言ってしまえば政権党である自民党さえしっかりしていれば日本の将来に不安を抱くことは何もないわけでありまして、私は、並行して、やはり自民党の総裁として総理が党の改革もあわせてやっていただくことも必要じゃなかろうかと思うのですね。仮にこの制度が改革されましてもすぐ政治形態がばっと変わるわけじゃありませんから、その間、政権党である自民党は、よりよい方向に改革をすべき点が幾つも私はやはりあると思うのですね。
 実は私は国会議員に当選をしてちょうどもう七年ぐらいになります。国会に出てきて自民党員としてのいろんな活動をしながら、そのとき私が持った感想というのは、やはり自民党の先輩の先生方は、第一に勤勉である、非常にいろんな個性を持った有能な方々が集まっておられる。これは、私は実は国会議員でない前はただの国民で、政治を批判的な目で見ておりましたから、自民党はもっとしっかりしなきゃだめだというぐらいの気持ちがやはりあったのですね。しかし、私の想像したよりもはるかに一生懸命個々の議員の方々は務めておられる。それがずっと継続されているのです。しかし、残念ながら、個々にはそういう人たちがそろっていながら、結果として時代の要請にこたえられるような、有効に政権党としての機能を果たせてない、そこからやはり問題が出てきていると私は思うのですね。
 私は、一つにはやはり外側の環境も悪かったと思う。これは、野党の皆さん方も悪いけれども、もし、最初に申し上げましたように、自民党が政権をとられるかもしれないという緊張感さえあれば、もう自動的に自民党はもっと活性化しただろうと思うのですね。しかし残念ながら、七年間、申しわけありませんが、政権を取ってかわられるという心配は一回も持ったことがないのですね。これは全員がそう思っちゃったのですね。そこにやはり政権党である自民党として緩みが生じてしまった。これはもちろん人ごとじゃいけないのです。自民党がしっかりしなければだめなんです。したがって、党の改革をやはりやらにゃいかぬ。
 そこで、もうこご数年、党の改革についていろんな決め事をしておりますが、なかなかやはり実行できていませんですね。どこに問題があるのか。いろいろな問題がありますが、既に自民党のこの派閥の問題というのは、これは正式な機関でも何でもありませんが、国民の皆さん方の前では、派閥というのはもう自民党内の正式な機関みたいに誤解されるぐらい機能してしまっているのですね。
 この派閥がよかった時代もやはり私はあるだろうと思うのです。自民党というのは、その時代に応じて幅広い一つの基本政策を持ちながら、その中でいろんな意見があって、意見の対立もあって、場合によっては自民党内で政策を中心に対立をしながら、そしてよりよい方向を求めて自民党がこうやってきた、そのことが結果として日本の将来を誤らせなかった時代も実はあったわけであります。しかし、今日の自民党内の情勢を見ておりますと、そういう長所がだんだんだんだんなくなってきたのですね。そこはやはり気の緩みだろうと私は思うのです。挙党一致ということが確かに必要でありますが、悪い方向に向かう場合がやはりどうしてもあるのですね。だれかが言い出したことは、それがいいことなんだ、いいことなんだということになってしまう可能性も実はあるわけでありまして、本当の意味での自民党内での切磋琢磨ということがもっと行われなければならないと私は思っておるわけです。
 人事一つとってもそうなんですね。申しわけありませんが、今の日本の世の中でこれほど年功序列が徹底した人事が行われるところというのは、私は自民党くらいしかないと思うのですね。これはもちろん、例えば大臣をおやりになるには相当な経験を踏んでいかなきゃなりません。だから我々若い者を大臣にしろと申し上げているのじゃないのですよ、これは。しかし、ある程度の経験を踏まれて、その分野で一生懸命努力をされて、そういう有能な方は何年でも大臣をやってもらっていいじゃないですか。そして、申しわけないのですが、大変な長所を持っておられるけれども大臣にはちょっと向かないという方は、その他の分野で国会議員として御活躍願えればいいんじゃないでしょうかね。当選回数がある程度来たら、しかも派閥のある程度の枠があって、その中から選ぶというやり方は、いい時代もあったけれども、これからは政権党である自民党にはもう許されないと私は思っておるわけですね。
 これは総理、自民党総裁であられますから、総理御自身でできることなんですね。これはぜひ実行していただきたいと思いますが、お考えを聞かせていただけますか。
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宮澤喜一#21
○宮澤内閣総理大臣 実は、昨年の秋ごろでしたけれども、私どもの党内で政治改革をいろいろ議論をしていただいている中で党改革という問題がありまして、そのことを私はその小委員会に出ましてお願いをいたしました。派閥というものが、金の問題、人事の問題等々いろいろ、いいところは無論あるが、弊害がある。どうしてもこの弊害が除去できない。これを何とか除去を考えてほしい。できなければこれは派閥というものをやめていくしかないんではないか。過去何度も解消を試みましたけれども、自然にまた復活をしてきたようないきさつがございますので、まず金のことからひとつ考えてもらえないかということをお願いをいたしました。
 そういう背景があったわけですが、せんだって、これは園田委員も御存じでございますけれども、私どもの党内では、これから後は、この法案の成立、非成立のいかんにかかわらず、個人は政治資金を受けることも出すことも保有することもできないということを現実に実行しようではないか、そのために三月間のひとつ検討をして実行していこうというのは、実は夏から実行をしたいということなのでございますけれども、それはもうすぐお気づきのように、派閥が派閥のメンバーに対して、仮に盆暮れという言葉がございます、そういったようなことはできなくなるということでございます。
 派閥にはいろいろいい効用がございますから、いい部分は残しておきたいと思いますけれども、金の面倒を全く派閥が見ないということは、従来私どものお互いの党内でやってきたこととは実は大変な変革でありまして、これは法律が成立すればもともとそうなるはずでございますけれども、それに先んじてこれを行って、我々としての党改革のかたい意思を世間にもわかってもらいたい、こういうふうに考えております。
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園田博之#22
○園田委員 それは確かにそのとおりなんです。総理おっしゃるように、自民党の派閥の形態も少しずつ変わりつつあるんですね。それはお金の面では確かにそのとおりでありまして、我々が派閥の一員として将来に不安を感じるぐらいのことを今もう実行に入っておられるんで、それはそれで結構なんです。
 私は、派閥というのは弊害が幾つかあって、それは一つはお金の問題である、それはなくなるだろうと思います。しかし、もう一つ私が申し上げたいのは人事の問題なんですね。これもやはり派閥の弊害であるのです、これは明らかに。そして、この人事の問題さえ解決すれば——派閥というものはなくなりませんから、また派閥の効用というものがありますから、私は派閥を全部なくせとは言っていないのです。そうすると、残された派閥の役目というのはやはり政策集団だと思う。自民党の中で、自民党の一つの決められた枠内でよりよい政策を求めてグループが議論をし合う、これはまさに派閥の効用なんですね。だから、資金面は解決されたでしょうが、人事の面をこれから解決してくださいと私は申し上げたのであって、その点についてお聞かせをいただきたいのです。
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宮澤喜一#23
○宮澤内閣総理大臣 それは、私の気持ちといたしましては、すべて思っていることがそのとおりいくのではありませんけれども、先般組閣をいたしましたときはかなり自由な人選をさせていただいたつもりでございます。ただ、何事もすべていっときに全部片づきませんので、事実問題として、いわゆる派閥別の何人といったような人員のバランスは、これはある程度は正直を申して考えさせていただきましたけれども、しかし、個々の人選につきましてはかなり自由にさせていただいたつもりでございます。
 ただ、このことは、私ができるということではなくて、党内にそういうことでいいではないかという、今園田委員のおっしゃいますような雰囲気ができてまいりますと、自然にそういうことはやりやすくなってまいりますので、自分としても党というものはそういうふうに運営したい、また、党員におかれてもそういう運営についてひとつ支持と御協力をいただきたいというふうに思っております。
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園田博之#24
○園田委員 この点は現実にすぐできる問題でありますし、総理のおっしゃるとおりでありまして、総理にだけ責任をおっかぶせるわけにいかないと思います。その方向に向かって、自民党の各位の方々も、制度改革と同時に、やはり政権党である自民党を活性化させる、こういうことでぜひ御認識をいただけたらありがたいと思います。
 そして、もう最後になりましたけれども、最初に申し上げましたとおり、今度の制度改革というのは、まさに党利党略を離れて、将来の政治形態が本当に今日の国際情勢に対応できるように、やはり有効に個々の議員が努力したことがそのまま結果に反映できるような、そういう制度改革ができるように強く要望をいたしまして、私の質問を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。
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田邉國男#25
○田邉委員長 鳩山由紀夫君。
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鳩山由紀夫#26
○鳩山(由)委員 総理に御質問をさせていただきます。
 今、後ろの方で総理の御答弁を伺っておりますと、残念ながらいま一つ、政治改革をどうしてもなさらなければならないというそのお言葉はよくわかるのでありますが、迫力の部分で私どもに伝わってまいらないところがございます。
 実は、一月に総理に随行させていただいてASEAN訪問をさせていただいた折に、海外での総理は大変に生き生きと、はつらつとしておられまして、その生き生きとしたお態度でぜひ政治改革も乗り切っていただきたいと思っております。
 日米首脳会談をなさった後でお疲れの御様子がと思いますが、まず、クリントン大統領にお会いになって、率直な印象をお聞かせいただければと存じます。日米首脳会談の内容等々は新聞等々で私ども承っておりますが、ぜひクリントン大統領の印象を、宮澤総理、率直にお聞かせいただければと思います。
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宮澤喜一#27
○宮澤内閣総理大臣 何度か電話などでは話をしておりましたけれども、直接に会ってかなり長い時間お話をしたのは初めてであります。
 それで、もう世間によく言われていることでございますけれども、やはり非常に若いなということと、それから大変に、どう申しましょうか、大変によく勉強をしておられる、つまり、問題を非常によく把握をしておられるということ。それから、しかし、いろいろな人がいろいろなアドバイスをしておるに違いありませんけれども、結論としては、その間のバランスをかなりよく考えて、余り極端なアドバイスに耳を傾けてすぐそれを実行するということについては、かなりよく考えてから物をされる、そういうお人であるという、これは数時間でございますので、数時間だけの印象を申し上げるわけですが、そういう印象でございました。
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鳩山由紀夫#28
○鳩山(由)委員 ありがとうございました。
 そのクリントン大統領、実は四十六歳であられる。私も四十六になってしまいましたが、実はある方からこんな御批判をいただいたのです。クリントンさんはあなた方と同じ世代じゃないか、一方はもはや世界最大の国の大統領だ、あなた方は全く迫力ないじゃないか。何でこんなに違いができたんだろうか。
 クリントン大統領は、実は太平洋戦争、第二次世界大戦の戦勝国でもある、大いに青春時代を謳歌したはずの人物だ。ところが、現実はそうではなかった。あれから朝鮮動乱とかあるいはベトナム戦争があって、クリントン大統領はそのベトナム戦争を忌避をされて、徴兵を忌避をされた方である。その当時から、ですから若いころから魂が燃えて、この国をおれの力で新しい方向に引っ張ってやらなきゃいかぬじゃないか、多分高校時代からそんな思いになられたというふうに承っています。そして現実に大統領になられた。これから大変に私も期待をしておるわけでありますが、期待だけしているわけにはまいりません。
 一方の私どもは、第二次世界大戦の敗戦国に生まれて、もっと苦しい青春時代を送っていくべきであった。ところが、あなた方のお父さんやお母さん、あなた方じゃない、お父さんやお母さんが大変に苦労をして、血と汗と涙で高度経済成長まで導いていったんだ、あなた方の手柄でも何でもない、あなた方はその手柄に乗っかって、高度経済成長期にただぶつかって、のほほんと青年時代、成長期を迎えてしまった。
 今、そのような青春時代を送った青年たちが結構多く国会にも登場するようになった。その私どもがもっと、クリントンと同じように、おれたちがこの新しい流れをつかまなきゃならないときに、自分たちが底力を発揮しなきゃいけないんじゃないか。それを例えば宮澤総理に託するとか、あるいは竹下さん、金丸さん、こういう方々がおったからこういう時代になった、のほほんとしていたんじゃいけないよ、あなた方からしっかりとした行動をしなきゃならぬと言われたわけであります。私どもは大変にその場で反省をさせられました。
 ある意味で、国民の皆さんに、まさに先ほど園田委員が申されましたけれども、年功序列型社会、その中で私どもは喜びを享受していた、甘えていたわけであります。甘えていた我々が年功序列型社会が悪いといって怒ったってしょうがない、その中から飛び出る勇気がなかったわけでありますから。ですから、私どもはそんな意味で、新しい流れを、みずからの力をある意味で信じて、蓄えて、努力を今こそしなきゃならない大事な時期だというふうに理解をしております。
 そこで、政治改革という話になってまいりまして、私は、単純小選挙区制度を実は五年ほど前から、国会と申すよりも地元で申し上げ続けてまいりました。単純小選挙区制度の案が自民党の案として採用されたということは、私にとりまして、個人的な思いとしては感慨無量のものもございます。しかし、行く先は大変に厳しいなというふうな思いも感じないわけにはいきません。
 地元に戻らせていただいて、しばしばこんなことを言われるのです。あなた方も制度改革にすりかえているんじゃないか、制度改革に逃げ込んで、それですべてだと思っているのですかとよく言われる。我々は、数百時間の議論をさせていただいて、その結論を皆様方にお見せして、やはり制度を変えなければ、つまるところいかぬのだということになったわけでありますが、そして宮澤総理も所信表明演説などで、盛んに国民の皆さんに、このような事態になったということを、政治不信がここまで募ったということに対してしばしばおわびを申されておりますが、どうも国民の皆さんにまだまだ十分にその気持ちが伝わってきていないというふうに受け取っております。
 そこで、大変に恐縮ではございますが、いま一度この政治改革特別委員会の場で、このような事態に至ったこと、そして何ゆえに政治改革をやらなければならないのか、その原点、総理からその原点的なお言葉を聞かせていただきたいと思っております。
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宮澤喜一#29
○宮澤内閣総理大臣 ここ何年間かの間にいわゆるスキャンダルと言われる事件が頻発をいたしました。その多くのものは政治家と金に関係をするものでございました。その都度、無論司直の手によりまして厳正な対応がなされてはまいりましたけれども、一つはやはり、これは法によるプロセスでございますので、国民から見ますと、なかなか時間がかかる、どうしてもっと思い切って黒白はっきりできないのかというような、これはもうとかく理解のできることで、ありがちなことですけれども、そういう一つの国民の側の焦燥感というものがあったと思います。と同時に、そういうことはもう行わないということで、いろいろ政治家の側でも制度の改正等々もいたしましたけれども、事件はなかなか頻発をやめないというようなことで最近に及んだわけでございます。
 殊に、最近になりまして、政治に金がかかるということについては国民がある程度理解をしておられるでありましょうけれども、その金が必ずしも政治に使われたのではなかった、そういう疑いの濃い事件が出てまいりましたために、今まで政治に金がかかるのはある程度やむを得ないと考えていた国民が、実は全くそうでないことがあるではないか、そういう国民の非常な不信というものが頂点に達した感がございます。ここまでいきますと、政治家というものすべてが現在までのこういうやり方を改めませんと、私は民主主義そのものが国民から見放されるのではないかということを強く心配をしております。
 また、自分の立場といたしますと、国政を預かる人間として、こういう出来事が再び起こって、そうしてそれに十分に対応できないということになれば、これはまことに申しわけないことであって、何とか、行政としてはもちろんでありますけれども、この政治家の倫理を高め、そうしてその倫理を担保するための政治改革というものを何としてもこの際やってしまわなければならない。それは恐らく一八八三年にイギリスの腐敗防止法が成立せざるを得なかったほど状況は実は悪いというふうに考えておりますし、したがって、やはりどうしてもここでそういう思い切った政治改革をしていかなければならないというふうに考えております。
 問題はもちろん幾つかあるわけでございますけれども、一つは金の問題がございます。これについては従来から、何とかして金の出というものをできるだけ制限をしようではないか、いわゆる冠婚葬祭のたぐいですが、そういうことについてはある程度のことが、多少のことはできましたけれども、しかし、依然として入りの方については十分なことができておりません。出の方も決して普通の我々の才覚で賄えるような金額まで縮減されてきたとは申しにくい。ですから、金の問題がどうしても一つございます。
 それから、金がどうしてもかからざるを得ないということの一つに選挙区制の問題があるであろうということと、金の問題をやはりきれいにしようと思いますと、選挙に対する公費の補助というものが要るのではないかという大方の御意見でございますが、そうであるとしますと、その公費が間違いなく、これは政党ということにならざるを得ませんが、政党に補助され、それが政党間の政策論議、政治のための選挙等に使われなければならないということを担保いたしますためには、やはりもう一つそこで選挙制度を改めなければならない、そういう状況になっておるというふうに考えます。
 したがいまして、これらのことは、一つだけ取り上げて政治改革が成就するのではなくて、全部を総合的に取り上げてこの政治改革をいたしませんと、本当に思い切った改革というものにはならないということを恐れておりまして、しかも、この時期を逸しますならば、再び国民の政治に対する信頼を回復することは容易ならざることである、こういうふうに考えております。
 それで、この委員会における先日来の御審議をはたから伺っておりますけれども、いわばこれは何党、何派の問題ではなくて、お互いが一つの船に乗っておって、沈んでしまうかどうかというほど深刻な問題であるというふうに考えております。
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