奥野誠亮の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○奥野委員 私は、政治を行うについては国民によく理解を求める、そして国民とともに進めていく、これが大切なことだと思うのですけれども、残念ながら、昭和二十年から二十七年の占領されておった期間のことは余りわからないままで今日に来ていると思います。その占領政策も、初期は大変厳しい姿勢でございました。中ごろになりますと、ヨーロッパで米ソの対決が始まりましたから変わってまいりまして、昭和の初めの生活程度を超える産業設備は撤去して賠償に充てるという方針も中止になりました。終期になりますと朝鮮戦争が始まります。むしろ日本を育てる側に変わっていっているわけでございます。
その最初のときには大変厳しいものがございまして、神道指令、公務員は国家公務員であっても地方公務員であってもいかなる神社にも参拝してはならない、あるいは教科書から神道にかかわり合いを持つ神話や伝記は全部削れと言うてまいりましたし、大東亜共栄圏という言葉や八紘一宇という言葉も禁句になってまいりました。衆議院の選挙の前にも、立候補するためには資格審査を受けさせたわけでございました。また、アメリカの考える憲法をおまえたちがつくったということで公表しろと命ぜられて、それが今日の憲法になっているわけでございますが、憲法と総司令部との関係に触れてはならないという検閲項目もございました。また、極東国際軍事裁判が開かれまして、日本は侵略戦争をやったのだ、残虐行為をやったのだと一方的に決めつけられたものでございました。
当時、朝日新聞が四十八時間の発行停止処分を食らったのです。数年前でしたが、何で発行停止処分を食らったかなということを調べさせました。そうしたら、鳩山さんの談話記事もあったのだということを教えられました。それで、昭和二十年の朝日新聞の九月の縮刷版をずっと拾って発見いたしました。そうしたら、それはこういうことでございまして、鳩山さんが新党をつくろうとしておられる、その考え方をいろいろ述べておられる、取材に応じて。終わりにこういう言葉があるのです。「広島や長崎に原子爆弾を落とした、ああいう行為というものは病院船を爆撃したり、毒ガス弾を使ったりした以上の大きな戦争犯罪行為だ」、こう言っておられるのですよ。私は、それはそうだ、日本の残虐行為と比較にならないなと思いました。
私は、二十年の三月、江東地区が焼夷弾を落とされた、そのときに内務省の五十人の職員を連れて二つの区役所の応援に行ったのです。そうしたら、猛火で熱くてかなわない、どぶ川にどんどん身を投げて、十万人死にましたよ。非戦闘員を殺してはならないというのは、これは戦争法規の鉄則ですよね。
もう一つ例を挙げますと、日本はポツダム宣言を受諾して戦争終結に持ち込んだのです。これにはソ連もその後参加したのです。あれには、軍隊は武装解除するけれども、家庭に帰して、平和的な生産的な業務に従事させると書いてある。書いてあるのに、六十万人シベリアに連れていきましたよ。六万人命をつぶしていきましたよ。みずから言っていることをほごにしているわけですから、大変な違法行為です。
私は、アメリカやソ連を非難するつもりでこういうことを言っているわけじゃございません。日本人に自覚をしっかり持ってもらいたいということを私は言いたいのです。今の日本は、日本を悪くさえ言えば喜んでいるような人たちも出てきておるわけでございまして、我々の先輩に対して申しわけない感じがするものでございますからあえてこういうことを持ち出したわけでございまして、時間の関係がありますから言いませんが、やはりこの七年間のことをもう一遍客観的に検証することを考えていただけぬだろうかなという、そういう組織なり機関なり考えていただけぬかなと思うわけでございます。
なおもう一つ、自治大臣も見えておりますのでつけ加えさせていただきますが、今は世界は五十年に一回の大転換期を迎えているとか、あるいは五百年に一回の大転回期を迎えているとか、いろいろ言われております。日本もそうだと思うのですよ。また宮澤総理が生活大国を言っておられるのも、今までは産業を政府が保護してきた、もうそういう時代じゃないのだ、生産者に視点を向けるよりも、消費者、生活者に視点を向けなきゃいけない時代を迎えているんだということも考えておられるし、規制緩和にも取り組んでおられる。みんなそういう精神だと思うのでございます。我々は、こういう成熟した時代ですから、画一的にそんな行政をやるんじゃなくて、地域の特性を生かした手づくりの行政を考えていかなきゃならない、中央集権よりも地方分権に向かって努力しなきゃならない時代を迎えていると思うのでございまして、そういうことで村田大臣が何を考えておられるかということを御披露していただけたらありがたいと思います。