中馬清福の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○中馬参考人 中馬でございます。
私は、本委員会の皆さんが政治改革に関しまして従来になく真剣に論議していらっしゃることに対して、まず敬意を表したいと思います。
政治改革は、私たち有権者の非常に長い間の願いでありました。政治家の皆さん方も、これまで繰り返し繰り返しその必要性を強調してこられました。しかし、我々有権者側から見ますと、政治改革というのは、政治家の皆さん自身が自分の、つまりおのれの身を切る、それぐらいの覚悟を固めない限り、これは実行できるものではありません。これまでできなかったということは、それだけの決意が政治家の皆様方になかったということではないかと私は考えております。
今回はどうでしょうか。正直に申し上げまして、私たちの耳に入ってまいりますのは、どうせかけ声だけだろう、また同じことではないかということが多いのでございます。これまでのことを思いますと、これまた無理からぬことだというふうに考えます。
しかし、政治家を信頼しないというだけではなくて、最近では政治そのものを信用しないという人々がふえてまいりました。これはもう放置しておけない。政治家の皆様方は取りかえることはできますけれども、日本の政治そのものは取りかえることが。できません。したがって、今度はぜひ、今御審議いただいている政治改革の関連法案を十分に審議していただきまして、実のある成果を上げていただきたいと思います。これはいわば政治家個人のためではなくて、日本の政治の復権のために国会議員がおのれをむなしくして考える、これができるかどうかがこの政治改革をなし遂げられるかどうかのかぎではないかというふうに私は考えます。
そこでまず、今申し上げました日本の政治の復権、そのための政治改革とは何だろうかということから考えてみたいと思います。
御存じのとおり、今政治不信が渦巻いております。ロッキード、リクルート、共和、佐川、そして金丸事件と、金にまつわる政治の腐敗が国民をして政治不信の極に達せさせたということは、もうこれは言うまでもございません。これを直さない限り、政治の復権などということを口にすることもできないわけでありまして、政治改革の最大のポイントがここに置かれたのは当然であります。
これを私は仮に古典的政治改革と名づけるといたしますと、もう一つ、政治改革をやらなければならない、政治の復権を図るために政治改革をやらなければならないテーマがございます。これは現代的政治不信といいましょうか、日本だけではございませんで、世界各国に広がっている現代の政治そのもの、政治システムを含めて政治そのものに対するそれぞれの国民の漠とした不信、不安、そういうものであります。これは決して日本だけでない。こういう政治に対する漠とした不信、不安が国民をいわば不安にし、それがさらに政治への無関心につながっていく、これが現代のいわゆる政治不信のもう一つの特徴であろうというふうに私は考えます。
これはどうして生じたかといいますと、やはり政治というものが、国民の非常に多様化してまいりましたところの意識あるいは暮らしのあり方、彼らの求める要求、そういうものとどんどんかけ離れてしまいまして、かけ離れたといいますよりも政治がそれに追いつかなくなって、それに遣い越されていったわけでありますが、ここで両者のギャップが開いてまいりました。情報革命の最近の進み方が激しいことは御存じのとおりでございますけれども、人々の意識それから生活様式というのはもう一カ所に閉じ込めることができないで、非常に世界的な感じで広がっている。枠がどんどん壊されて、先行していっているわけです。ところが政治は、どこの国もと言っていいのでしょうけれども、それに対応するだけのシステムをつくり得なかった。人々は政治を無視しても暮らしていけるということをいわば実感として持ったわけであります。これは、繰り返しになりますけれども、日本だけではなくて、ヨーロッパ諸国の政治状況も似たような状況にあることをおわかりいただけるかと思います。つまり、選挙制度というものは万能ではありません。どういう選挙制度をとっても、今の、現代が抱えるところの漠とした政治不信、政治不安というものを解決するすべをまだ私たち人類は見つけていないということを申し上げたいと思います。
政治改革を論じるときに、どうしてもやはりここのところを見落としがちなんでありますけれども、ぜひこの点を見落とさないで、政治改革というものの原点を考えていただきたい。つまり、どういうようないい選挙制度を導入しても、それだけでは政治改革、つまり政治が信頼されるということにはならない、これはイコールではないということがまず考えていただかなければならない点であります。国民を政治そのものに呼び戻す、これが政治が信頼される第一歩でありまして、それこそまた政治改革の真の目的だと私は思います。政治資金の問題とかそれから選挙区制の問題とかこれからいろいろと議論があろうかと思いますけれども、そういうものもすべてはそういうような国民を政治に呼び戻すということを実現するための手段である、これを確認しておきたいと思います。
それでは、国民を政治に呼び戻すにはどうしたらいいのでしょうか。
まず、政治と金の問題を克服して、政治家が国民から尊敬される、そうなることが第一であります。これはどうやるか。もう既に幾たびとなく国会で論議され、またさまざまな結論が得られようとしているところまで来ております。これはいわば処方せんはでき上がっている、これを実行するかどうかであります。
この金の問題につきましてはまた後ほど触れることがありますが、これと同じぐらい大事なことは、有権者がどうやって政治参加というものの実感を得るか、これが国民を政治に呼び戻す大事なポイントであります。そのためには、まず自分の一票というものが本当に政治に反映されているのだ、こういう実感を持たさなければなりません。自分の一票がせっかく投票しても死に票になるかもしれない、そんな選挙制度ではなかなか投票に行く気もしないのではないでしょうか。だから、国民を政治に呼び戻すためには、まず一票を投じるときに本当に政治とつながっているという実感を与える、そのためには議席配分というものに民意がなるべく正確に反映されなければなりません。さらに、政党というものが政策を示し、その政策を見た上でその政党に一票を投じる、こういう政党・政策中心の選挙制度がいいことは言うまでもありません。こういうふうに有権者に意識を持たせますことが、これまで言われておりますところのいわゆる若い人たちの政治離れ、これをいわば直していく第一歩ではないだろうか、これが私の考えてあります。
私は、以上のような角度から、現在御審議中の政治改革関連法案を点検してみました。その結果の私の考え、私見は次のようであります。
まず、政治資金の規制であります。
私は、企業及び団体からの献金は、この際、社会党、公明党の両方の案のように一切禁止する、ここへ踏み切る時期が来ているというふうに考えます。これまでの例で明らかなように、さまざまな例外を設けながらも、企業・団体の献金を認めてきたことが結局は諸悪の根源になってまいりました。さまざまな例外をつくりますが、それがまた抜け道をつくる、こういうことの繰り返してございます。したがって、この際、さっぱりとこの問題に決着をつけていただきたいと思います。
しかし、どうしてもこういうものは過渡的に段階を追ってやるんだということでありますならば、今回民間政治臨調が提案した中にございます政党に限って企業及び団体の献金を認める、こういう過渡的な手段もやむを得ないかもしれません。しかし、その場合は必ず政治資金委員会を設置すること、あるいは連座制の新設を行うという民間臨調の案であるほかの二本の柱も同時に盛り込んでいただかなければならない。要は、政治資金の透明性をどう確保するか、あるいはこれは非常に残念なことでございますけれども、国会議員の中にそういう違反をする人が出てくるならば、罰則をさらに強化していかなきゃならない。さらに、監視機構というものも、これも非常に国会議員を疑うようで悪いのでありますけれども、これもやはり整備していかなきゃならない。こういう透明性と罰則強化と監視機構の整備、こういうものが成って初めて公的助成という問題を考えなければならない。つまり、以上の三つなしに公的助成ということは、これはやはり筋が通らないと私は考えます。
なお、池田内閣以来政治記者として永田町をウォッチしてきた人間として、この政治と金の問題について一言申し添えます。
それは、金の問題というものがいわば非常に条件なしに語られ過ぎているのではないかということであります。私が存じ上げているすべての政党の議員さんで、それほどお金がたくさんあってゆったりとした選挙をしていらっしゃる人は寡聞にして知りません。ほとんどの方がお金を非常にやりくりしながら選挙をやっていらっしゃいます。私は、政治と金を考えるときに、最も政治と金について国民に不信を抱かせたものは何であるか。これは、過去におきましては、自民党の総裁選挙、これがいわゆる金まみれと言われるものの根源にあったと言わざるを得ません。再びあのような狂乱状態が復活するようなことがありますと、どんなに選挙制度を変えてみましても、金権政治というものはなくならない、これが私の実感であります。一言申し添えておきます。
次に、選挙制度について申し上げます。
もとより、選挙制度というものは、絶対にこれが正しい、これしかないというものはありません。世界じゅうどの国を見ても、さまざまな工夫をしております。その国の風土、つまり政治風土というものと選挙制度というものは密接に絡み合っていることは皆様御存じのとおりであります。したがって、我々としても、比較検討した上で、自分の国に適したよりましな選挙制度をつくり上げていく以外にございません。日本の政治風土から考えまして、この中選挙区制度というものが長い間続いてまいりましたが、これもまたそういう国の政治風土と無関係ではなかったと思います。しかし、この中選挙区制度というものがさまざまな問題をはらんできたことは皆様御存じのとおりであります。いわゆる五五年体制以後の日本の政治のシステムに果たして中選挙区制が妥当であるかどうかということは、私たちも疑問を感じております。
私は、この選挙制度というものの優劣を決める場合に、三つのいわば物差しを考えます。以下、その重要度の順に申し上げますと、第一は、民意をできるだけ正確に反映することであります。第二は、候補者本位ではなくて、政党・政策本位の選挙が戦えることであります。第三は、選挙の仕組みがなるべくわかりやすいということであります。
この三つの物差しを機械的に当てはめてみますと、第一の要件に合うのは何と申しましても比例代表制であり、第二の要件というものは、これは比例代表制も小選挙区制も両方とも合格。第三の要件は、つまりわかりやすさという点からいいますと、文句なしに小選挙区制であります。この選挙制度というのには一長一短がありますけれども、私個人の考えは、まず第一の要件、つまり民意をできるだけ正確に反映できるもの、これが選挙の最大の柱であるべきだ、こういう立場をとっております。しかし、御存じのとおり、あるいは先ほど申し上げましたとおり、ベストというものはありません。お互いに譲り合っていかなければならない。これが選挙制度の宿命であるとするならば、折衷案というものも、これは当然登場するでありましょう。ただし、その場合でも、この第一の要件、つまり民意をできるだけ正確に反映するというものに比重を置いたものでないと本旨にもとってまいります。私は、以上の考えから、自民党の単純小選挙区制案よりも、社会、公明両党の小選挙区併用型比例代表制案の方がよいと考えております。
よく、選挙制度を決めるに当たりまして、政権交代を容易にするあるいは安定政権をつくる、こういうような目的を唱えられる方がいらっしゃいます。これはどういうふうに考えたらいいのでしょうか。私は、政権交代を望むものでありますし、また政権が安定することを望む点ではやぶさかではありません。また、民主国家として、政権交代のない国というのは恐らく民主国家という分類に入れてもらえなかったケースがございますから、これも私はうなずけるところがあります。しかし、この政権交代を容易にするとかあるいは安定政権をつくるということがイコール小選挙区制ではないということを私たちは考えなければなりません。この政権交代を考えましたときに、現在の中選挙区制でも、仮に定数是正を十分に行い、さらにどの政党も政権を獲得するという意欲を燃やして政治活動を行われるならば、これは理論上は不可能ではありません。何もその点は小選挙区制の独壇場ではないのであります。
私は、この政権交代のための小選挙区制を唱えられる方々の考え方というのを次のように整理してみたいと思います。つまり、政権交代を可能にするためには二大政党制がいいのである、その二大政党制のためには小党乱立ては困る、したがって比例代表制を排して単純小選挙区制ていこうではないか、こういう論理の組み立て方であります。しかし、私に言わせますと、これは明らかに発想が逆さまであります。まず、自分で、あるべき政権、あらまほしき政権というものを想定いたしまして、それに沿うような選挙制度をつくろうとする、こういうのは本当の意味の政治の復権にはつながらないのではないか、こういうふうに私は思います。そういうふうな形でまいりますと、有権者というのは政治をますます無視し、あるいは政治離れを進行させ、むしろこれは将来に禍根を残すだけではないでしょうか。また、皆様御存じのとおり、欧米の現状が示しますように、今や必ずしも小選挙区制というものが政権交代の道を開くとか政治の安定をもたらすとか、そういうふうにはなっていないのであります。もはや仕組みの問題だけでこのことを論じることはできません。
私は、十年後とかあるいは二十年後を思わざるを得ません。老人の比重が非常に大きくなってまいります。医療問題や年金問題、こういう要求というのは非常に切実になってまいりますでしょう。一方では、環境問題あるいはエネルギー問題、こういうものがもう避けて通れないところに来ております。他方、日本の国際的な役割を求める声は世界的に大きくなってまいります。こういう内外の要求というものが多重的あるいは多層的になってまいります。これはどんなに政治の仕組みで抑えようといたしましても、国民あるいは国内外の要求というものは一つにまとめるということは困難になってまいります。これを無理やりに政治のあるいは選挙のシステムで封じ込めようといたしましても、これは恐らく政治は残ったけれども政治を支える有権者は政治から離れていったということになるのではないでしょうか。こういう時代でありますから、私は、人口が四十万人か三十万人かというところの市あるいは町村から一人の割合で地域優先型の代表選手が出てきて政治を担うという単純小選挙区制で乗り切れるかどうか、大きな疑問を感じております。
それでも、比例代表制というものは、小党乱立を招いて、和をたっとぶ日本には向かないと言う人もあるでしょう。あるいは、この制度では個人を選ぶのではないから僕らには全くなじめない、こう言う人もあるだろうと思います。そういう心配がある以上は、完全な比例代表制を直ちに実行することは無理であるし、無理は禁物であります。私は、そこに社会党と公明党が今示している併用案の効用がある、こういうふうに考えます。つまり、民意の反映と顔の見える選挙、この両立を目指していらっしゃる、これは多くのシステムの中では割合によくできた仕組みではないか、これが私の考えてあります。もちろんこの制度には多くの問題があります。最大の問題はいわゆる超過議席の問題であります。またほかにもさまざまな問題がございますが、例えば超過議席の問題は、ドイツの例で言いますと最高六議席ということを実現しております。これはやりようによっては、あるいは考えようによっては超過議席の問題は解消可能であろうかと存じます。
本日の新聞を拝見いたしますと、昨日はいわゆる一票制の問題が論議されたそうでありますが、こういう制度の手直しその他は十分に与野党で御検討されて、ぜひこの選挙制度も含めて今国会で立派に政治改革の第一歩がしるされるように願っております。
最後に、政治改革というものは、いわばあしたの政治、あさっての政治というところまで念頭に置いて行ってもらいたいということと、もう一つ、政治改革には終点はないということであります。今回でおしまいということはないのでありますから、それほどのいわば試行錯誤というものを恐れずに、とにかく手をつける、これを望んで、私の意見を終わらさせてへただきます。
ありがとうございました。(拍手)