渡部一郎の発言 (本会議)
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○渡部一郎君 加藤紘一議員の御質問に対してお答えしたいと存じます。
先生から質疑の御要旨はいただいておるのでございますが、質疑の御要旨とただいまお話しになっていることと相当ずれがございますので、なるべく漏れのないようにはいたしますが、また漏れている点がございましたら御指摘をいただきたいと存じております。
お答えの前に、昨日の質疑の中におきまして、私、答弁につきまして補強しておいた方がいいと思う点がございます。時間が、きのうはテレビの中継が入っておりましたので、割愛させていただきました。
社公案によりますならば、直接政権が選べないという御質問が何回も繰り返されておったわけでございます。余り単純な御意見でございますか
ら、これはもう、そんなことを申しますならば、総理大臣も直接では選ばれてないわけでございますし、直接選はないものが全部悪いとはなり得ないからでございます。ただ、比例制の場合にはどういうことが特徴になるかと申しますと、明らかに選挙におきましては、政権の大多数の場合は比較第一党を選ぶことにならざるを得ないと存じます。
今までの選挙戦のデータから類推いたしますのは大変失礼でございますが、この強大な自民党においてすらも比較第一党でやっとだろうと思われます。そうしますと、国民の選ぶのは、その党に入ったといたしましても、政権の軸を選んだということになると存じます。その軸として選ばれた党がどの党と政権協議をするかは、その比較第一党の力量によるのが第一だろうと私は思うわけでございます。したがって、国民は政権の軸をここにする、あそこにするという選択を選挙のときにおやりになることになると存じまして、その意味では国民の意思が極めて明快にあらわれてくるものと思います。
また、第二に、今度は連立を組んだ場合にどこが主体がわからなくてもめるじゃないかというので、某国の例を挙げて議論を自民党の方がなさいました。尊敬すべき同僚議員にまことに恐縮な言い方ではございますが、各国の例を挙げられる場合に、罵倒の言辞にかかわるような例をお述べになる場合には、お気をつけて発言をしていただきますようお願いします。といいますのは、その国おのおの事情がございまして、そして、しょっちゅうそういうのか、たまたましくじったケースがあったのかというのでは用例が違うからでございます。
おおむねは、現在ECにおける連立のやり方というのを見ておりますと、連立のためにはあらかじめ協議をするのが普通でございます。というのは、国民から見て、選挙が終わって突発的にどこかとどこかが組むなどというのは耐え得ない、選挙民としてはどこの見とどこの党が組む可能性があるかということについては情報を得たいという要望にこたえるために、主要な党では、党の間で政権協議についてコンタクトをして打ち合わせをするわけであります。そして、その打ち合わせをした結果、何とかグループ、かんとかグループ、場合によっては右翼グループとか左翼グループとか、あるいは国民グループとか、いろいろな名前がついているわけではございますが、そのグループによっての打ち合わせを国民に公開した上で選挙をするというふうになるわけでございますから、御心配いただいているように、初めから政権協議をしたくないというかたくなな政党が存在しない限り、特に比較第一党になりそうな党がそういうことを事前に拒否するということがない限りは、そう混乱したことはあり得ないと私たちは考えておるわけでございます。(拍手)
さて、加藤先生の御質問にお答えしたいと存ずるわけでございます。
今回、政治改革関連法案の一括成立を期するつもりかというお尋ねであります。公明党・国民会議を代表して申し上げますが、心からそうしたいと思っております。委員長あるいは書記長のたび重なる説明あるいは会見等において、その決意は申し述べておりますとおりでございます。
と申しますのは、この改革にかける国民の大きな、もう期待なんという言葉ではない、ニヒルな、そして不愉快感を込めた国民の批判というものを、私たちは身にしみて感じているからであります。与党が悪いとか野党が悪いとかというような段階のレベルの話ではないのでありまして、深刻にこれを何とかしたいと思っているのであります。
しかし、ことで申し上げなければならないのは、その一括という言葉を言われる方の中に、時に変な表現があるわけであります。それは、妥協を拒否して一括成立だぞと言ってこられる方があるわけでございます。それは違うのであります。
一括成立というためには、おのずから両案の妥協点を模索する血のにじむような決意が胸の中になければならない。単純小選挙区制という、もうそれこそはしにも棒にもかからないようなものを、断固ここだけは譲らぬなどと言ったら、話し合いができるでしょうか。これは私は違うと思う。そして、私の尊敬する自民党の議員の方々の中にそんな石頭的な発言をされることが多くないことを私は肌身で知っている。だからこそ私は申し上げるのであります。(拍手)
どうか自民党の議員の諸君、ここのところだけは突破していただかなければならない。一括成立の前提として単純小選挙区制でなければならず、それだけは一点も許さぬなどという、そういう挑発的なことだけはどうかやめていただきますよう、心からお願いし、嘆願するものであります。まずは議論しようではありませんか。(拍手)
それから第二番目でありますが、次に、社会党の基本理念は社会主義であるが、社会党以外の野党はそこと連立、連合政権を組む用意はあるのかというお尋ねでございます。この辺は社会党を攻撃するためにおっしゃっているのかもしれませんから、自民党と社会党としっかり二党間討論をやっていただきますよう、お願いしたいと存じます。
ただ、私どもとしては、歴史的な経緯がございまして、これまでも社会党と何回か政権協議で公然と議論をいたしまして、二回やったことがございます。ところがその協議は、最終的には細目に至るまではまとまらなかったのが実情でございます。それは残念ながら、今次の法案のような選挙制度ができていなかった時代のときでございまして、きのうも申し上げましたように、今度我々の原案が通りますならば、社会党との間でも、もちろん自民党との間でも、政権協議につきまして十分お話をする用意があり、そしてそれは何でもお話をしたいと存じます。もちろん自民党と社会党との間でも協議が行われ、先ほどのような党名に関する議論が行われるような低レベルの段階でないお話し合いができるものと私は信じているわけでございます。
そして、私どもに、申し上げるわけでございますが、今度法案を一緒に出しているからといって、そんなにやきもちをやかないようにお願いしたいのであります。自民党の方は、公明党がどこへ行くと思われているのか。きのう私が壇上に立った途端のやじは、最初、社会党と手を組んでどこへ行くというやじでございました。だけれども、PKO法案のときは、我々は自民党と組んでやりましたが、それで政権をつくったなどと言われる筋はございません。法案ごとに態度が、いろんな組み合わせがあることは当然であります。
その法案、今の法案で何をしようとしているか、政治の土俵をつくろうとしている。政治の基盤になる土俵をつくろうとしているのであって、その土俵づくりをいいかげんにしておいて、政策連合を、政策の話をいきなりしようとしてもめちゃくちゃになってしまう。政治の信用を取り返すためにいかにあらねばならぬかということを今切に申し上げているわけでございまして、ぜひとも御理解をいただきたいと思う次第でございます。
また、社会党の皆様方には、今のが愛想尽かしと聞こえたならば、これはもうひどい誤解でございまして、今後ともこの法案成立のために徹底的なスクラムを組んで闘うことをお約束しておきたいと存じます。
さて、その次に、先生は大変御丁寧に、公明党は、今回の野党は、今度の政治改革法案でどの程度のダイナミズムを期待しているか伺いたいと仰せになりました。
政治のダイナミズムは、まさにこの議場における論議においても明らかなように、大変なレベルのものになると存じます。党内で議論をしておれば済むという時代ではなくなると存じます。そして、政治への信頼性がこうした形で取り戻されるならば、国民の議会制民主主義の再建設ができる
ものと喜んでいる次第でございまして、まことに難しい道でございますが、頑張りたいと存じます。
言うはやすく行うほかたしと仰せになりました。確かに、言うはやすく行うほかたしかもしれない。しかし、五十年失敗したことが肝心かなめなことで、そう簡単ではないと私も思います。しかし、困難だからといって話し合いを避けていて、どうして前進ができるでありましょうか。困難だからこそやる、困難だからこそ一歩前進をする、それこそ未来の日本人に対する私たちの世代の回答でなければならぬと思うわけでございます。
また次に、先生は、現在の金に係る問題につきまして大変率直なお話をしてくださいました。重大な行き過ぎが何回もあった、そして、ほかに政権担当能力を有する政党がないから、その都度結局我が党を許したと述べられました。本当に許したのかどうかは問題だと私は存じます。
ただ、公私の峻別委員会を設置して具体的な検討に入ったとお述べになりました。今ごろになって公私の峻別委員会をつくられたことは、私は重大な欠陥だと存じます。しかし、その立ち向かう勇気に対しては敬意を表したいと存じます。つまり、この法案の、自民党案の中には、公私の峻別がいいかげんであります。これでは、この法案が通ったとしても、決して国民の理解は得られないだろうと私は存じます。
また、先生は、本当に直接的に、いろいろ苦心をせられまして、自分の一つの後援会の例を、五千人集会の例を挙げられまして、率直なお話をなさいました。私は、この率直なお話に率直にお答えしたいと存じます。
犬集会をやるにはお金がかかります。もう何と言おうともかかります。それを放置しておけばどんなことになるか。ボランティアの青年たちに大きな負担がかかるか、あるいはどこかからお金を持ってきてそれを片づけるか、あるいは踏み倒すか、その三つしかないでしょう。それを無視して議論するわけにいかない。まさにおっしゃるとおりだと私は存じます。だからこそ私たちは逆にどうしているのか、私たちは率直に言いたいのです。
これにお金をかけるのは間違いなんだ。まず金をかけるのだけはやめましょうや。そして、昼飯の弁当代を出す、昼飯の弁当代が一人当たり八百円ならば三千人で二百四十万ですとおっしゃった。これは具体例でおっしゃっていただいたから話がしいいのです。八百円の弁当を配るのは、これは買収であります。最高裁の判決によれば、きんぴらごぼう事件というのがございまして、きんぴらごぼうを一つまみずつ村の人に上げて有罪にされた例があるではありませんか。やっていけないことをやっちゃいかぬ。弁当代などを出すのはやめる、それぐらいの規制は当然決意すべきなのが本当だと思いますが、いかがでしょうか。(拍手)
パス代もいけません。バス代もいけません。バス代を選挙時に使うことは買収罪であるという判決が既にあるではありませんか。バスを出してけいけません。そんなことぐらいは、法律を順守する我が国会議員としては当然の良識でなければからない。
そうすると、残るのは会場費だけなんです。全場費だけなら数十万円とここに書いてある。数十万円なら出せるじゃありませんか。どうして出せないことがあろうか。
私は、その意味では、議員は今や清貧に甘んじる決意が必要なのであって、そしてその清貧とは、運動における清貧がなければならない。きのう申し上げましたように、お金がかかるのではかく、かけ過ぎるのが問題なのであります。国会議員の演説会、ああぼろい会だな、国会議員の会だな、ああ弁当が出ないな、これが常識化されるように、我々は論議の間ではありますが、やろうではありませんか。(拍手)
先生はこうもおっしゃいました。政党に関する公的な助成案がこの社公案には盛り込まれているが、その資金の源は国民の貴重な税金であって、こうした大集会の料金に対して払うというような、病気の治療費ではないという話であります。僕は、金丸副総理がおっしゃった言葉をまだ覚えています。政治資金に関して、恐縮だけれども、こういう政党助成などというのが安易に行われるならば、泥棒に追い銭と言われることだってあり得るとあの方はおっしゃったのです。私はすばらしい意見だと思います。
私たちは、選挙運動について、自分たちの政治活動について、清貧に甘んじる態度をもってこれに応じなければならない。そしてそれと同時に、この論議の間にお互いの合意を詰める決意がなければならぬと存じます。その意味で、私どもは大きくみずからを戒めるとともに、合意に向けてさらなる努力をしていきたいと存じまして、尊敬すべき自民党議員の御質問にお答えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)