中川昭一の発言 (予算委員会)
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○中川委員 もちろん、国内の停戦、そしてUNTAC受け入れの同意、そしてパリ和平協定、二十カ国の同意というものがあって、これでやっていくということについては私も異議を唱えるつもりはございませんけれども、憲章の趣旨、広い意味の人類の隷属からの脱却とか圧迫からの脱却とか、そういう意味での国連憲章が掲げている理念についてはよくわかるのですけれども、この国連というのが国単位の構成でもって憲章がつくられておる、あるいは国連自体が運営をされているという中に、人道的という、いわゆる超法規的といいましょうか憲章を飛び越えて入っていくという、これは新たな時代に入ってきたんだろうということで、私は憲章の範囲内というよりも憲章を超えた新しい解釈、新しい時代に基づく新しい解釈をしなければいけないというふうに思うわけでありまして、憲章から当然に読める行為だということは、私は率直に言って同意ができないわけでありまして、時代とともに国連も変遷をしていく、また、変えるべき条文はほかの部分でも私はあると思うのですけれども、変えるべき条文については変えていかなければいけない。
これはPKOができたのと同じように、やはりみんなの知恵でいろいろな悲惨な国の復興のため、平和のためにやっていくという国際社会の知恵だと思いますので、そういう意味で新たな国際社会における国連の役割というふうに考えたいと思っているわけであります。
そこで、日本の国連、UNTAC要員、停戦監視要員あるいは施設大隊、文民警察、選挙監視あるいは国連ボランティア、こういう方々が七百人以上現地で今大変危険な状態、私が言っている危険な状態というのは、武力による危険な状態というものもひょっとしたらあるかもしれませんけれども、気候、風土の違いとか交通事故とか病気とかマラリアとかいろいろな問題を含めて一般的な意味で危険という言葉を使わしていただきますけれども、そういう状態の中で頑張っておられるわけであります。彼らが本当に文字どおり八合目、九合目まで来たこの時点で、大変に地元の人たちから選挙監視要員の方々は感謝をされておる、日本の活躍について評価を受けておるという話を聞くと大変うれしいわけでありまして、これからさらに最後の詰めを頑張ってもらいたい。そのためにはやはり母国である我が国の国民そして政府、国会が一丸となって彼らの活動を応援をしていくということが、彼らが情熱を持って任務を遂行できる私は最大の支えだろうと思います。
もう一つの支えは、やはり何らかの事故や危険が予想されるとするならば、それに対して万全の対策をとっていかなければいけないということだろうと思います。現に政府は、特に中田さん、高田さんのあの悲しい出来事の後にいろいろな安全対策をUNTACに要請し、緊急展開部隊でありますとか二十四時間の医療体制でありますとか無線の傍受とかいろいろな対策が新たに追加されたわけでありますけれども、要は最初に安全対策があって、そのために私は法律や計画や要領というものが担保されておるんだという考え方を持ちたいわけであります。
日本の国内、このように法秩序が確立された国家においても、正当防衛あるいはまた緊急避難のように、刑法のやってはいけないことであってもこういう状況においてはやってもいいんですよと、急迫不正の侵害に対しては、これはやはりみずからが防衛をする、また、相手に対してみずから危険を防ぐということを、ある場合に限ってはやってもいいんですよということが日本の法律の中にもあるわけでありまして、これが国際社会あるいは海外で活動する場合にも、私はそれは当然必要だろうと思うのであります。
それが長い間、この法案成立に当たっての論議の中であった自己または自己と同一の場所にいる人に対して正当防衛、刑法の三十六条に基づいて、三十七条に基づいてという日本の刑法の概念をそのまま、はっきり言って危険な地帯に持っていって、その規定をそのとおりに運用しなさいというのは、私は、果たして現実性があるのかな。カンボジアは、もちろん法秩序を今からつくろうとしておる国家でありますし、また非常にそういう意味で、広い意味で危険を伴っておる地域であるわけでございますので、私は、そういう意味で安全対策、万全な安全対策ということになりますと、現地の情勢というものをまずじっくり判断して対策をとる、まず最初に法や計画や要領があるのじゃなくて、せっかくつくった法律ではあっても、現地の情勢を見て柔軟にそれに対応していかなければいけない。
私は、これはカンボジアのUNTACに限らず、今から二年前、記憶にあるところでありますけれども、ペルーでJICAの農業指導員の万三人が、テロによって日本人だけ三人殺されたという悲惨な事件がありました。あれもやはり、これは予想もしなかった危険に襲われたということで、大変悲惨な事件であったわけでありますけれども、また、ついきのうは、服部君という高校生が全く間違って人のうちにお面をかぶって行って、英語がわからなくて射殺された。これに対して陪審員は全員無罪の評決を出した。我々にとってみればこれは全く理解のできない話でありまして、少なくとも過失傷害とか過失致死ぐらいの量刑、殺人あるいはそういう議論でやられるならいいですけれども、無罪という判決が出た。これは我々にとってみれば、アメリカの社会がそうなんだからということで果たして済ましていいのか。
人命というもの、しかも本人に全く危害を与えるつもりがなかった、ちょっとした行き違いですぐ殺す、殺されるという社会というのは、やはり我々の社会と違うのだとは言いながらも、平和でそしてまた安心して生活できる国家づくりというのは、我々は日本が世界一平和で安心して暮らせる国だからこそアメリカに対しても訴え、カンボジアに対しても訴え、ペルーに対しても訴えていくべきだと思いますけれども、現実に今こうやってこのUNTACの皆さんが御苦労されておる。しかも、安全対策については完全だという満足感を持っている隊員は全部ではないというふうに報道等で言われているときには、私は、やはり法や計画等でもう抑制的にその安全対策をやるのではなくて、簡単に言いますと、現地の判断に、私は、柔軟な判断に任せるべきではないか。
もちろん、彼らはプロですから、文民警察の人も自衛隊の人もプロですから、それはめったやたらに、日本国憲法のもとでの国家公務員が行っているわけですから、最初から危害を加えるなんということはないので、危険を前提にして彼らが最小限にその危険を防止をするということは、現在の、今まで国会の中で細かく議論をされてきた、こういう場合はどうなんだ、ああいう場合はどうなんだといって、それがちょっとでも外れそうだったらこれは法律違反だといって大騒ぎするのじゃなくて、もっと現場の柔軟な判断に任せる。そして、仮にそれが東京の判断から見ておかしいということになったときには、これはちょっと質問さしていただきますけれども、こういう場合に、PKOの隊員が現地にやったことがPKOの法律に違反した場合には、これはどういう罰則があるのでしょうか。