関根則之の発言 (政治改革に関する特別委員会)
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○関根則之君 自由民主党の関根則之でございます。
きょうは、お忙しい中を三人の参考人の先生方においでいただきまして大変貴重なお話を伺うことができました。まず最初に、お礼を申し上げておきたいと思います。
最初に、田中参考人にお伺いをしたいと思いますけれども、大変いわば学問的な理論的な根拠に基づきまして、学問の成果を踏まえて選挙制度のあり方等につきまして考え方をお聞かせいただきまして大変参考になったわけでございますけれども、今、選挙制度は二つしかないんだろうと私も考えております。中間的な形態はあるかもしれませんけれども。
一つは小選挙区制であり、もう一つの極に比例代表制というものがあるのかな。その中間にいろんな形があるけれども、どちらかというと、例えば中選挙区制も分類上は比例代表という考え方の方に入るんじゃないか、ちょっと範囲が狭いといいますかバラエティーのとり方が少ないというだけの差であって。大選挙区制に至っては、これはもう比例代表にほぼ同じようなところまでいくのかなと、そんな感じがいたしております。
そういう中で、小選挙区制は民意の集約であり、比例制は民意の反映だという考え方がございますけれども、これは衆議院の方の審議の段階でも野田さんから大変きれいな形で整理してお話がありまして、私もそのとおりだと思うんですけれども、そんな分類はもともとおかしいんであって、選挙である以上それはもう民意の集約であり反映である。特に議員内閣制を持っているそういう制度のもとにおける選挙というのは、これはもう両方を兼ね備えた制度でなければ全く意味がないのでございまして、そういう考え方に立つべきではないかと思いますけれども、こういう考え方に対して、先生、何か御意見がありましたらちょっとお聞かせいただければありがたいということ。
それからもう一つ、考え方の問題でございますけれども、私は、小選挙区制というのは死に票が大変出るじゃないかとか、四〇%で政権を獲得することができるじゃないかとか、そういう問題は確かにあることはありますけれども、もともと選挙というのは国家意思を一本に絞っていく、その集約過程というものが選挙であり政治であるのではないか、そんな感じがしてならないわけでございます。
国家意思というのは二つも三つもあったらおかしいのでありまして、数え方がいろいろありますから、私は一式という言葉を使いたいと思うんですけれども、総理はだれにするんだ、内閣の性格はどういうことにするんだ、税に対してはどういう考え方を持つ、福祉とか医療とかあるいは教育とかそういう問題についてはどういう物の考え方を持っているんだと、こういう一そろいの政策というもの、人の面から見ても物の面から見ても金の面から見ても一式の政策というものをきちっと国家として決めていく、そういう過程がやっぱり政治過程であり、また選挙が一番典型的にそういうものをあらわしてくるんじゃないか、そんな感じがしてならないんです。
その一つの国家意思を決めるときに、国民に、有権者にできるだけ近いところで有権者に決めてもらうというのが私は小選挙区制度じゃないかという感じがいたします。
二つの政党ないしは三つの政党、極めて限られた政党が争って、どっちが政権をとるんだ、どっちが総理をとるんだという争いを直接選挙民に決めてもらう。確かに小選挙区ごとに分かれておりますから、おれのこの地域ではこの人を総理に選ぶんだ、おれの地域ではこの党を通じてこの人に総理としてやってもらいたいんだ、そういう意思決定をぎりぎり選挙民に問うのがそれが小選挙区制の本質ではないか。むしろ、そういう意味からいうと、全部の意思を反映することはできないんですから確かに死に票はあるかもしれないけれども、意思決定を直接国民がやる、そういう意味では非常に民主主義の原理に近いんじゃないかという感じがいたします。
比例制、確かにパーセントできれいな形で反映はしますけれども、人間の持っている価値観とか物の考え方というのはこれはもう一人一様でありまして、十人寄れば十の意見があるんじゃないか。百人寄れば百の意見がある。一億二千四百万全部集めなきゃ本当の意味の民意を反映した政治なんてできるはずがない。しかし、そんなことは、これはもう国民集会なんというのは無理な話ですから、だからこそ代議制がとられているんだと。
しかし、そういう制度で政党数が相当大きくなる、数も大きくなる、そういうものがそれぞれ出しできますと、今度はその選ばれた人たちの間で次に政権をだれにするんだというそこでの話し合いが始まるわけですよ。その過程を通じて初めて二、三位連合というものも起こるでしょうし、三、四位連合ができるかもしれませんし、そういう形で必ずしも国民が考えているような政府ができない、むしろ国民の意思から遠いところで政府がつくられてしまう、そういうこともあるんじゃないかなという感じがするわけでございます。
その辺のところの考え方をちょっと参考までにお教えいただけるとありがたいと思います。いかがでしょうか。