伊吹文明の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○伊吹委員 石川先生の御指示でそのようになっておるのであれば、私ども安心をいたしております。
そこで、実は先生方の審議会ができました経緯を、私は率直に申し上げて、我々野党サイドから御説明をするだけの十分な機会がございませんでしたから、少し振り返ってみたいと思うのです。
連立側から、早くやれやれという自治大臣のもとにいる事務局ですから、どういうお話が入っているか私はよくわかりません。したがって、ここの同僚議員もこの作業に長く携わった人が多いので、私は事実のまま流れを申し上げますと、細川内閣のときには自民党案の政治改革案が提出をされました。同時に、細川内閣としての、これは閣法ですね、内閣提出の法案が提出された。自民党案は残念ながら衆議院で否決されました。閣法は残念ながらこれまた参議院で否決されたわけであります。そうすると、これは味村先生の御専門ですが、当然両院で可決されたときに法律案は初めて法律になるわけでございますから、二つの法律案がなくなったという事態になったわけです。
そこで、憲法五十九条の第三項という項があって、衆議院から、参議院と内容が違うから両院協議会というものを持ちたいということを実は参議院にお願いをしたわけであります。参議院でそれを受けていただいて実は協議が始まったのですが、衆参の意見が一致をいたしませんでした。
この時点で、実はこの五十九条の二項、三分の二でもう一度衆議院が可決をした場合に法律になるかどうかについては、これは味村先生の御専門ですが、いろいろ諸説あります。非常に疑義のあるところであります。
そこで実は、法律が一つもなくなってしまったので、河野さんと細川さんが、これは法律にも何の関係もないことだけれども、両院の多数を占めている政党の、あるいは政党のグループの代表として、政党間協議というものを行ったわけです。
そこで、六年の一月二十八日に十項目の合意ができまして、その合意に従って実は法律を衆議院で可決をした。
だから、この細川・河野会談の合意というのは、政党間の信義からしても、連立与党を形成する政党は政府に働きかけてこの合意を誠実に守らせる義務がある。私は、当然議院内閣制のもとではそういうことになろうかと思うのであります。それで、実はこの十項目の一番最後に、政治改革についての各党協議会というものを設けようという合意になっているわけです。そこで、私も実は自民党側のメンバーの一人だったのですが、与野党から六人ずつ出てまいりましてこの協議会が設けられたわけです。
その協議会が設けられたときに、石川先生が会長をしておられるこの審議会の中立性をどう担保するか、すぐれてこれは先生おっしゃったように政治的なもの、特に基準を出す時期、区割りを出す時期によって政局の動き、あすもし羽田総理のときに先生もう一度お出ましいただけるのなら、私は、政治改革という言葉が我々の思いから離れていかに権力闘争の御旗に使われているかということをあすお話をしたいと思いますが、そのようなことから考えて、この審議会というのは厳正中立てなければならないという議論になったわけであります。
そこで、この協議会の中でいろいろな議論がありまして、自民党案のように衆議院議長のもとにこの審議会を置いたらどうなんだ、そうすれば自治省の、新生党の幹部である石井自治大臣に任命をされている、生殺与奪権を握られている人が事務局を務めるようなことにはならないだろう、国会に置いたらどうなんだという案が一つあったのです。それからもう一つは、衆議院がこの法律を議決するに当たって、きょうやっていただいている中間報告を義務づけるという国会決議をしたらどうだという意見もあったのです。それから三番目に、法律そのものに法律を修正して基準についての中間報告をいただくということを書いたらどうだという意見もあったわけです。そして第四番目の案として、この与野党各六人の政治改革協議会の座長である、与党側は石井自治大臣なのですよ。野党側は今の松永委員長なのです。この二人がサインをされたいろいろな合意事項があって、それで実は先生方の審議会というものが動き出しているということなのです。そこに実はこの審議会をつくるについての覚書というのがあります。
これは参考のために伺っておきたいのですが、今までの経緯、それからこの覚書の内容の解釈については、石川先生あるいは味村先生は自治大臣もしくは事務局から十分御聴取をいただいておりましたでしょうか。