柳沢伯夫の発言 (予算委員会)
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○柳沢委員 細川内閣が、昨年の八月の九日でしたか、発足を見ましてから六カ月を超える時間が経過をいたしております。この間、細川内閣は規制緩和を経済改革という名のもとで進められようとしておる、それからまた、所得税負担のフラット化と消費税の大幅引き上げ、これを税制改革のもとで進められようと企てられておる、こういうように私は見ておるわけですが、こうした細川内閣の政策の基本的な考え方を通観して、私としては、細川内閣はいわゆる新しい保守主義、ニューコンサバティズムの考え方に立っておられるように見させていただいておるんです。
一九七九年でしたか、サッチャーさんから始まって、アメリカのレーガンに引き継がれ、日本の我が自民党政権にもいささかの影響を与えた、こういう一つの政治的な思潮でございますけれども、これにより一層細川内閣の基本方針というのは合致した道を歩んでおるように見受けております。そうして、その基本的な考え方が昨今の我が国経済が直面している困難、これに対する対応、さらに日米関係を初めとする国際関係への対処の結果に必ずしもいい影響を及ぼしていない、私はこういう考え方に立っております。
以下、そういう観点から、最近行われました日米包括経済協議、それから平成六年度に向けての経済見通し、さらに平成五年度の補正予算絡みの諸側面につきまして質問をさせていただきたい、こう思うわけであります。
基本的に、私が質問をする、また批判をさせていただく基本的な考え方というのは、私は新保守主義に対して、決してサッチャーさんにしてもレーガンさんにしてもいい結果を生まなかったという考え方、評価に立っております。我々自由民主党は、先ほども申しましたように、若干この思潮に影響を受けた点もありますが、基本的に、自由を基本としつつも社会的な側面、自由がもたらすいろいろな社会的な影響、こういったものに注意深く配慮をしていく、こういうのが我々自由民主党の伝統的な考え方であると言っていいと思うのです。
私の友人のある学者は、ある雑誌の賞をいただいたときにこういうことを言っております。それは、自由民主党の四十年間にわたる政策を見てくると、西欧的な基準ではこれは明らかに社会民主主義であった、こういうことすら言っておるのです。私はこの評価を非常にうれしく実は受けとめたわけであります。
そういう観点からしまして、昨今の細川内閣のいろいろな時局に対処する方針が色濃く新しい保守主義に染められておって、そのことが決していい結果を生んでないということを申し上げたいのであります。
私は、日米包括協議が始まったときと申しましょうか、日米関係につきまして、細川総理は改革をスローガンに掲げられておる、それからクリントンさんは変化を同じく選挙キャンペーンのときから掲げられておったわけで、またそれぞれのキャリアが知事さんであったというようなことで、非常にある意味で共感を呼んだ関係を築かれたということは、これはうなずけるんですけれども、私の今言ったような考え方からしますと、これはおよそ改革と変化の中身が正反対。
つまり、クリントンさんの変化は、レーガン、ブッシュ両政権のもとで新しい保守主義をずっと進められた、それによってもろもろの社会的緊張が生まれた、彼らのねらいとする経済効率一点張りのそういう考え方が、経済の活性化に彼らが期待するほどには、我々客観的に見ても成果は上がっていない、こういうことのアンチテーゼとしてクリントンさんはチェンジと言ったのです。
細川総理は、その一周おくれのランナーみたいなものなんでございますが、要するに新保守主義を、日本もこれはもうかなり大きな影響を受けましたからわかるんですよ。全面的に否定しようなどとは言ってないんですが、そういうクリントンさんによって否定された新保守主義を担いでいらっしゃる。それで改革しようとしている。クリントンさんは新保守主義を変化させなきゃいけないと言って出てきたわけですから、変化と改革という言葉面は非常に相似ているんですけれども、およそその方向は反対だということなんです。
したがって、私は当初からこのことを党内でも指摘しておったのでございますけれども、この日米関係は、総理とクリントンさんの個人的な関係というのはなるほど非常にしっくりいっているということに見受けられるけれども、これはしっくりいきっこないよということをかねてから私は予想をいたしておったわけであります。
つまり、細川総理の改革がアメリカにとって政策的に都合がよい限りは支持されるでしょう。受け入れられるでしょう。もっとやれと言われるでしょう。しかし、総理の改革という路線は、絶対に米国の要求を断る場合の理由にはなり得ないんですよ。彼らはおよそその理由を挙げたときには違和感を感じざるを得ない。こういう構造のもとで、今の日米間、少なくとも日米首脳間の政治的な力学関係というのはでき上がっているんですね。したがって私は、今日、この前の日米包括協議がああいう格好で決裂を見たというのは、ある意味で予想どおりのことだったなという感じが実はいたしておるのでございます。
そこで、具体的にお尋ねしますが、先般の包括協議の決裂に関しまして、両国は一体どこで対立をしたんだ。また、決裂したと言って対立をついに埋め切れなかったわけでありますが、この理由を何回聞いても、はっきり言ってよくわからないんです。これは羽田副総理・外務大臣の御説明もあったし、また総理の御説明もあったんですけれども、どうもよくわからない。
特にわからない点をこちらから言いますと、マクロ経済についても、減税が一年限りだったというようなことで向こうが不満だった、これも決裂の背景というか理由だったというようなことも伝えられ、またそんな口ぶりでの御説明もいただいたような気がいたします。
しかし、なかんずくセクター別の問題について、客観基準が数値目標につながり、数値目標を採用した場合にはこれは管理貿易につながって、これは細川政権がかねてから掲げている、先ほどの新保守主義思想に基づく規制緩和と相入れないというようなことだったというふうに言われているんですが、さて、このセクター別の協議の対象になった優先分野と称せられるものについて申しますと、そういった御説明のロジックが通用するというか適用されるのかなというのは、少なくとも政府調達には恐らく適用されないんじゃないかなと思うんですね。
そうすると、完全民間の保険の分野と自動車及び自動車部品の点にだけ、今言ったことのこの対立点がそこの点で生じたのかなとも思うんですが、これらのことについていまいちすっきりした御説明をいただいてないものですから、御説明を賜ればありがたいと思います。