坂上富男の発言 (予算委員会)
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○坂上委員 さてそこで、今回の組閣についてでございますが、この中にくしくも書いてあるわけでございます。どういうふうに書いてあるかといいますると、「伊藤、西園寺公望らのあとを継いで、最初の生え抜き政友会総裁となった原敬には、同じ岩手出身というよしみもあって、私は特別の親しみを感じている。」この次でございますが、「彼は、政友会によって政治と行政の統一的運営をめざした。」これがさつき三権分立との関係においてお聞きをした一つでございます。「そのために、明治憲法下で分立していた」、分立というのは与党もそうでございますが、この十会派といいますか、八会派といいますか、大変たくさんあるわけでございますが、明治憲法下でも「分立していた政治・行政機構の中に親政友会の勢力を浸透させていった。」こうあるんですね。
今の政治情勢に大変よく似ているわけであります。すなわち、衆議院の政友会を絶対多数派に育成する傍ら、これがこれからの小選挙区の選挙と大きく絡まってくるわけだろうと思いますが、貴族院では多数派だったんですね、その研究会を親政友会にしたというのですね。
行政機関については、今度はどういうことかといいますと、内務省を政友会化した。石井先生が今の自治大臣におなりになっているわけでございます。陸海軍及び司法部の大臣を親政友会系に固めていった。永野法務大臣、まさにそれでございます。今の防衛庁長官、必ずしもこちらと思えませんが、何か構想が似ているわけでございます。「行政機関についても、内務省を政友会化し、」行政機関ですよ。原はこうした権力基盤を足場に、藩閥や軍閥を抑えて政党政治を確立して対米協調路線を敷いたのである、こう書いてある。
ちょうとこれを置きかえてみますると、自民党さんには大変失礼でございますが、藩閥や軍閥を抑えて政党政治を確立した、こうあるわけでございます。まさに自民党を分離独立させまして、少数党を結集されまして、いわゆる多数派をつくって、今の連立政権ができておるわけであります。ちょうどこの配置も、重要なポイントはこの方が志しておられる政治の中に少しずつきちっきちっと布石をされているのでなかろうか、こう思っておるわけでございます。
これは羽田総理が言っておられるわけではございませんけれども、やはり大事な朋友の御意見でございまするから、大変な影響を受けられてこういう組閣になったんじゃなかろうかと思いますが、いかがです。