田辺哲夫の発言 (議院運営委員会国会等移転小委員会)
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○田辺哲夫君 宇野参考人には、きょうは御多用中のところを御足労いただきましてありがとう存じました。また、調査会で会長職を務めていただきまして、私どもも心から敬意を表しておるところでございます。
実は、私は東京で長らく政治をやっておりました。ちょうど八年前に東京都議会の推薦をいただきまして参議院に出てまいりましたが、この首都機能移転につきまして、政治上または行政上いろいろな質問が参ります。もちろん、私も決議とか法律には賛成した立場でございますので、これは反対じゃございません。賛成でございますが、そのような声を背景にいたしまして、極めてざっくばらんでございますが、基本的な問題につきましてお尋ねしたいと思います。
まず第一に、遷都との関連でございますが、言うならば遷都とか分都とか展都とか、この首都機能移転につきましていろいろ言われておりました。今回の国会等の移転、これは三権分立の中枢が移転するということでございますから、実態的には私は遷都ではなかろうか、このような感じを抱いておりますが、人によりますと憲法第一条を持ち出しまして、天皇は日本国の象徴である、このような観点から天皇の居住する地域が首都ではなかろうか、このような発言が実は多いわけでございます。私も憲法を持ち出されますと、国会は国政の最高の立場である、こういう点からさてどうかなというような一点の疑念を抱くわけでございます。
私に精神的支柱を与えていただく、こういう観点から、この国会等移転が遷都であるか、または天皇の居住地でございますこの東京が首都であるのかお教えを一点だけいただきたいと思います。
次に、今まで日本におきまする天皇の所在地、いわば皇居の移転でございますが、いろいろ考えますと、有史以来飛鳥にあった。次に近江京、滋賀県にあった、これは天智天皇の時代でございます。そしてまた飛鳥に戻りまして藤原京。そして今度は平城京、奈良でございます。そして平安京。そして東京というように段階を踏んできたわけでございます。しかしながら、鎌倉時代とか室町時代とか江戸時代とかお話がございました。これでいきますと、実態的に政治権力が結集しておるところが首都ではなかろうかというような御発言にも承ることができます。
このような歴史的経緯からいきまして、どこを実態として首都と定めるのか、このような点もお聞き申し上げたいと存じます。
私どもがいろいろ教わりました範囲におきますと、革命とか改革とか、または大きな民族的な大変動、こういう事態が生じましたときに天皇の居住地が移るという実は歴史的背景がございました。
例えば近江京でございますが、これは天智天皇が百済の応援によりまして新羅と戦った、そして大敗いたしまして、都を移すべきということで近江に都を移したわけでございます。これは大きな社会的変動でございました。また、江戸はもちろんいろいろな要素があったわけでございますが、この辺の実態を踏まえましてひとつ教えていただきたいものでございます。
次に、国際的視点から見ました首都でございますが、この中にもいろいろな論議が書かれておりました。
私、個人的見解でございますが、小さな国の首都はなかなか移転しない。欧州におきましてもフランスとかイタリーとかイギリス、または韓国、この首都は移転しておりません。大きな国の首都が実は移転しておるわけでございまして、大きな国といいましても面積の大きい国でございます。
オーストラリアのキャンベラ、このキャンベラのございますニューサウスウェールズ州という州がございまして、そこにシドニーもあるわけでございますが、この州と実は東京が姉妹都市提携を結びました。私が都議会議長の時代にシドニーに参りまして、それを提携した事実がございます。そのときにキャンベラへ参りますと、あの時代は非常に小さな町だった、人口もたしか三十万前後ぐらいではなかったかと思います。シドニーの経済人といろいろと話しますと、非常に都合が悪い、例えば官庁へちょっと用事に行くにも一日かかる、非常に不便だ、首都がまずいところに移ってもらったなという意見が実は多かったわけでございます。私はこれは十年ぐらい前の記憶でございますが、今頭に残っておるわけでございます。
また、実はブラジルのブラジリアでございますが、ここも将来的展望をいたしましてすばらしい首都になるというようなお話がございますが、この都市には私は行っておりませんが、ここも何かしらいろいろなうわさが実は流れておる町でございます。
こういう実態を踏んまえますと、首都の移転というものは非常に難しい。人心一新、新しい都市づくり、この点は十分わかっておりますが、ひとつ慎重に堅実に財政的基盤を有してやっていただきたい、こんな願いでございます。
そして、アメリカとか実は中国でございまして、ワシントンとか北京より大きな町があることは間違いございません。しかしながら、戦後この首都が変わったということはなかったわけでございまして、そこら辺もまとめましてお答えをいただきたいものでございます。
私は時間が限られておりますので、あと簡単に二つ、三つばかり申し上げますが、いろいろ論議が煮詰まりまして、まず第一に場所を見つけなきゃなりません。この場所を見つけるのが非常に実は難しいわけでございますが、この構想に基づきました立派な場所を見つけていただきたい。
国際交流というようなお話がございましたが、まさにそのとおりでございまして、私は陸海空、これがそろった場所でなければ新首都としてなかなか難しいのではなかろうか、こんな実は願望を抱いておるわけでございますが、ひとつリニアモーターカー等々もお考えいただきまして、すばらしい場所の選定をしなければならない。もちろん、私どもにも責任があることは承知しておるわけでございます。そこで、国際的国内的、すべてがほぼ合意のとれました場所の選定をしていただきたいと存じます。
次に、財政的基盤の確立、これなくして新首都はつくられないと思います。今、非常に財政的に軟弱でございまして、私は大きな金を積み立てて、そして初めてこれが実現するような気がしてなりません。このような点もひとつあわせてお答えいただきたいと思います。
最後に、都民の皆さんが大変願望しておりますのは、東京の将来がどうなるかということでございます。ここが私は大きな消極的意見が出てくる源泉だと思いますが、今の書類におきましても経済面、文化面で一万の極を極として発展を遂げるということが述べられておるわけでございます。東京はニューヨーク、またロンドンと並びまして世界の三大金融都市でございます。こんな点も踏んまえまして、お答えをいただきたいものでございます。私は賛成でございますが、都民のいろいろの意見を集約いたしまして、お尋ねした次第でございます。
以上でございます。