矢上雅義の発言 (厚生委員会)
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○矢上委員 歴史に基づく重みがあるとおっしゃいましたが、政治というものは、シナリオをつくっていくのが政治と行政でございますから、政治がシナリオをつくり、行政がそれを動かす。そこで、この一年間の少ない知識の中で自分なりに趣旨というものを考えてみました。どうせ聞いても答えが出ないと思ったものですから。
社会保険方式、これは自立と連帯を基本にして、社会連帯というのですか、一生懸命自分の力で稼ぐ、そして自分の力で稼いたお金の中で少しずつみんなで出し合って老後の不安を取り除く、そういう自己の責任と自覚に基づくというものが社会保険方式の中心でございますから、やはり国民の努力が主体になる。しかし、国民の努力だけに任せておけばなかなか財政の安定というものが思うようにいきませんから、国家が加勢をする。つまり、国家がわきから、サイドから支援をするというものが、結局、社会保障、社会保険の中での国家の役割であるとすると、国民の努力が主となり国家の支援が従となる。そうすると、単純明快に割ると、数学の世界で言うと、三分の二が国民の負担であり、三分の一が国家の負担かな、それが原則であり、そこからスタートすると私は思っております。
ただ、今、自民党さんあたりからも出ております二分の一をめどにという、一部の方ですけれども二分の一をめどにという考え方もございますが、それも一理あると思います。それの理由づけとしましては、産業の空洞化、価格破壊の進行による賃金の低迷、これは押しとどめることのできない流れでございますから、賃金から標準報酬を主体とした社会保険方式ではおのずと破綻してしまう可能性がある。その中で、何らかの税というものでのバックアップを考えて、しかも国民が主体であるということを考えれば、二分の一という説もまああながち無理はないかなと最近私も思っております。
この辺に対して、長期的に、中長期的にそういう国庫負担の見直しをするということは、国会議員一同共通した理念として持っておりますが、先ほどとダブってしまうかもしれませんが、もし二分の一にするとした場合、二分の一引き上げを前提とした場合、増税しないままで今のままの予算の枠内で実現しようとすると、厚生省予算の中でのどの枠を削ると国民が喜んでくれそうだなというお考えはございますか、先ほどはないということでございましたが。この国庫負担の引き上げという問題は、転んでもタイムスケジュールにのってくる問題でございましょうから、長期展望として、増税しないで済む場合、また、増税して負担を引き上げるとすればいつごろか、例えば平成九年度前後の消費税アップに連係するのか、もしくは平成十一年、十六年の財政再計算のときに考えていきたいのか、また、仮に増税したとしても、すべて国庫負担引き上げに回すつもりはなく、厚生省の予算の柔軟性を取り戻すために使いたいのか、この三点についてちょっとお聞きしたいと思っております。
先ほどの答弁とダブりますけれども、まず一番目に、増税しないで国庫負担を将来引き上げようとすると、厚生省の予算の中でやりくりできる余裕があるかないかについて改めてお答えください。