佐藤功の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○佐藤参考人 佐藤功でございます。
私に意見を求められている事項は、このたびのいわゆる区割り法案によると、小選挙区間の一票の価値、一票の重みの格差が一対二を超えて一対二・一三七となっている、これは憲法上の要求である平等選挙の原則に違反しはしないか、それからまた裁判所の審査にたえ得るか、こういう問題が中心であるように承知いたしております。
まず、私のその点についての結論を最初に申し上げますと、これは違憲ではない、違憲とは言えない、そのように考えるわけでありますが、以下、そのように考える理由について若干述べさせていただきたいと思います。
第一に、この区割り法案は、いわゆる区割り画定審議会設置法が第三条で画定案の作成の基準として挙げております三つの点、すなわち第一は各選挙区の人口の均衡を図ること、それから第二には最大格差が一対二以上とならないようにすることを基本とすること、それからその上で第三に、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこと、こういう設置法第三条で定めております三つの基準に忠実に従って作成されたものであると承知をいたしております。そして、この第三条の基準自体は、国会がそれを、何ら違憲ではないばかりか、憲法の要求する平等選挙の原則を具体化、明文化したものであるとして制定されたものであると考えるわけでございます。
したがって、この改定案が「この基準に従って作成された審議会の画定の勧告、それを内閣が尊重いたしまして、そのままに提案されたものであり、このたびの区割り案は、そういう点で憲法の要求に合致する、何ら違憲ではないと考えるものでございます。
次に、問題の中心は、格差が一対二以上となることのないようにすることを「基本」とすると言っている点でありますが、なぜ一対二を超えてはならないのかとされるその理由につきましては、ここに改めて申し述べるまでもないように思います。
極めて率直に申しますと、A選挙区で五万人に一人を選挙することができる、当選させることができる、その次のB選挙区では十万人に一人、こういうことになると、すなわち議員一人当たり人口の比率が一対二となるということになりますと、A選挙区の選挙民はB選挙区の選挙民の二人分の投票の価値を有する、こういうことになる。それは平等の原則の本質に合致しない、こういうことであると申してよろしいと思います。
このような人口比率の原則を「基本」とするといたしまして、そしてその上で、非人口的要素を考慮する、こういうこととなっているわけでありますが、それはこの原則の範囲内で認められる。すなわち、「基本」としてというのは、いろいろの事情を総合的に考慮してというのは、このことを意味するものと考えます。
この場合に、次のことを申し上げておきたいと思います。
第一は、今まで一対二以上という言葉を使いましたけれども、この場合でも、学説と申しますか、いろいろの憲法、選挙法の教科書的なもので言われておりますのは、おおむね一対二以上、おおむ
ね一対二ということが書かれているわけでございます。例えば、一対二をわずかに超えて一対二・〇一とか一対二・一とかいうのは、これは、そうしなければならないという点は非現実的であります。できる限り一対二を超えないように、一対二に近づけるということが主張されているわけでございます。
このたびの一対二・一三七というのは、そういう点でぎりぎり努力をして、行政区画その他のほかの事情、これを考慮したぎりぎりの努力を審議会がなされた結果である、一対二に近づけるためのぎりぎりの努力をなされたものであるというふうに了解しております。それが第一点。
それから第二には、この人口比率原則、すなわち人口比率の平等ということを「基本」とするということでありますが、これは、そういう人口的要素と、行政区画あるいは選挙区の沿革とかそういういろいろの非人口的要素と並べて、それを同等の基準とするというのではなくて、先ほど述べましたように、人口比率の原則が最も重要な基本的な基準とすべきであるということでされているということでございます。
この「最も重要かつ基本的な基準」という言葉は、後でも触れます最高裁の有名な昭和五十一年四月十四日の判決の中で使われている言葉でございます。そしてその点は、五十一年判決以前と異なるこの五十一年判決の重要な点であったと思うのでございます。
すなわち、この五十一年判決以前ありましたのが昭和三十九年二月五日の最高裁判決でございます。これは衆議院ではありませんで、参議院の府県別定数の比率が一対四であったということが争われた訴訟事件でございますが、それにつきまして、人口比例、人口に比例して議員定数を各選挙区に配分することは「望ましい」という言葉を使いまして、望ましいが、他の非人口的要素を考慮して配分することも合理的であるというふうに書きまして、人口比例の基準とほかの考慮すべき要素、これを同等のものと見ている。それが五十一年判決では、人口比率の基準が最も重要な基本的基準であるというふうにいたしまして、ほかの基準とは区別して、いわゆる最も基本的な重要な基準であるとしたというところにこの五十一年判決の特色があったと考えるのでございます。そこで、五十一年判決以後の主として最高裁判決でありますが、ここでは以後においても「最も重要かつ基本的な基準」とされているわけであります。
ただ、五十一年判決は以上の点で特色があるといいますか、画期的な判決であったと思うわけでありますけれども、しかしどこまで行けば違憲となるか、つまり具体的にどこまでが許容されるかという点については述べていない、判断を示していないわけでございます。問題となりました一対四・九九は違憲であるということを明らかにしたにとどまりまして、それならば一対四はどうだ、一対三はどうだという点につきましては触れていない。一対おおよそ二、おおよそ一対二までだとしたものではないわけでございます。そこで、その後その点がいろいろ裁判でも争われるようになりまして、この一対四・九九というのがだんだんに下回るということとなってくるわけでございます。
もう先生方御存じのとおりでございますが、一対四・四〇というのが問題となりました事件につきましての昭和六十年七月十七日の判決、これは、一対四・四〇は許容の限度を超えている。いろいろほかの事情をしんしゃくしてもなお一般的合理性を有するものとは考えられない程度に達しているというふうに申しまして、許容の限度を超えている。それからまた第二に、是正のために許容されるいわゆる合理的期間も既に経過しているということから、一対四・四〇の不均衡というものは、定めたあの公選法の規定は違憲であるとしたわけであります。
そしてまたその後におきましても、最高裁としては最近のものでありますが、一対三・一八が争われた平成五年一月二十日の判決におきましては、一対三・一八は違憲の状態である、合理的期間も経過をしているということで、違憲である。ただ、それに基づいた選挙の効力は有効だ。いわゆる御承知の事情判決の法理というものを使いまして、違憲の宣言はしたけれども、それに基づく選挙の効力というものは有効だとしたのでございます。つまり、最高裁のこれまでの判決の流れといいますか、その結果といたしましては、一対三・一八を超えれば違憲となる、こういうこととなっているのでございます。
その場合に、これも御承知のことでございますが、昭和五十八年十一月七日の判決、これは一対三・九四を違憲とした判決でありますが、その判決におきまして、昭和五十年の定数是正の法改正によって最大格差が一対二・九二まで縮小したということに触れまして、これによって不平等は一応解消されたと述べたことがありました。ということは、一対二・九二までは違憲ではないという、そういう判断であったと受けとめられておるわけでございます。すなわち、おおむね一対三までは違憲ではない、そういうのが最高裁の判断であると一般に受け取られているわけでございます。
そこで、その一対三までということに対しまして、学説は批判的でございます。初めに申しましたように、おおむね一対二までである、こういう立場から、そういう最高裁の判断には批判的な学説が多いわけでございます。
それからまた、下級審判決といたしましては、例えば昭和五十五年十二月二十三日の東京高裁判決、これもおおむね一対二を超えれば違憲となるということを判示しておりますし、またもっと新しい最近の平成六年六月三日の東京高裁、これは一対二・八二は違憲ではないとしたものでありますけれども、それの傍論としまして、非人口的要素を考慮するとしても、選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることとなってはならないという基本的な平等原則、これをできる限り遵守すべきであると申しまして、最高裁のこれまでのような基準というものに従って違憲判断をするということは、これは妥当、相当ではないということを言ったものがございます。
それからまた、最高裁自身の判決におきましても、御承知の先ほど述べました平成五年一月二十日の判決、これは一対三・一八は違憲の状態にあるとしたものであったわけですけれども、この判決に対しましては合計六人の補足意見ないし反対意見というものが出されております。その六人の中で四人の裁判官は、一対二を超えれば違憲となるということを主張しているのでございます。
そういう傾向というものを見てみますと、最高裁の判断は一応ほぼ一対三までということではあるわけでありますけれども、下級審や最高裁の反対意見あるいは傍論というようなものでは、一対二を超えないようにするべきであるということが主張されるようになってきているということを注目すべきであろうと思います。一対二までに近づけるべきだという考え方がだんだんに有力になってきているということを注目すべきであろうと思います。
最高裁の判断が今後どのようになるか、一対二までということにまで行くかどうかということは、これは予測すべき性質の問題ではございませんが、先ほど言いましたような四人もの一対二までという論者が最高裁自身の中にもあるということから申しますと、将来最高裁が、これはもちろんこのたびの改定案以前の問題として申し上げるわけでありますけれども、一対二までというような方向に最高裁自身の多数意見も変わっていくのではないかということも予想されるというふうに考えております。そして、私は、このような見解に賛成なのでございます。一対二、おおよそ一対二とすべきであるという考え方に賛成するものでございます。
そこで、今回の画定審議会の勧告、そしてそれを尊重したこのたびの法案、これが一対二を「基本」とするという原則を定めているわけで、一対二を「基本」とするとしているものであるわけでございますが、それに賛成するということになります。それが違憲ではないというにとどまらず、
むしろ憲法における平等選挙の原則を今回この改定案によって国会が明文化し、具体化したものであるというふうに考えるわけで、そういう点でこのたびの改定案に私は賛成するわけでございます。その成立を期待しているものでございます。
最後に、甚だ言うまでもないことのようでございますけれども、人口不均衡、定数不均衡の問題というのはもう随分長く前から論議をされてきた点で、それの是正是正ということが言われてきたわけでございます。最高裁も一対三までというところまで来ているわけですけれども、それは私からいえばいまだ不十分というふうに考えるのでございます。
最高裁は、いろいろな判決におきまして、国会に対して、立法を進めろ、抜本的改革を行うべきであるということを強く要望せざるを得ないというようなことまで言っているわけでございますけれども、しかし、言うまでもなく最高裁自身が区割りを決定するということはできませんので、それを国会に強く期待をしている、こういうことであろうかと思います。それは国会のお立場から申しますと、国会にはそれの責任がある、こういうことであろうと思います。
長く論ぜられました定数不均衡の問題を、このたびの選挙制度の改革、これは小選挙区比例代表並立制ということも重要ではございますけれども、それのもう一つの柱というものが定数是正、一対二を基本とする定数の改定ということであったわけでございまして、それがこの法案によって実現されようとしているということで、そういう点で私は、結局問題を解決するのは立法によるほかはないので、そういう立法をなされる責任が国会におありであるというふうに考えるわけでございまして、そういう意味でこのたびの改定案というものに賛成し、それの実現を期待するものでございます。
以上でございます。(拍手)