小林武の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○小林参考人 二点お尋ねがあったと思いますけれども、第一点に関しましては、私の考え方によれば、そして先ほどの参考人発言を次のようにしたわけですけれども、それは、まず小選挙区制というこの制度それ自体、確かにおっしゃいましたようにいわばこれは客観的な制度の問題でありまして、しかも現状況ではそれを既に導入をした、国会が採択をしたというこのことが確かに前提になっておりましょうから、その意味で、先ほどおっしゃいました言葉、一つの宿命である、この上に立って考えるべきで、直ちにそのこと自体を不平等と言うことはできないという、それは確かにそういう論理になってくるのかなというふうに思いますけれども、私の考え方ではこうであります。
小選挙区制自体について、確かに私、現在でも批判的に思っておりますけれども、今の平等論から申しますと、小選挙区制のもたらす不平等問題は次の二つだと思います。
一つは、各選挙区におきまして、有権者の多数の意思あるいは相当多数の意思が国会の議席という形で届かないという点、これが一つであります。それからもう一つは、政党間の、あるいは政党ブロック間の得票率と議席占有率とが比例的でないという、いわば結果価値における不平等の問題ですね。そういう意味合いでの不平等の問題が、小選挙区制という客観的な制度から生じると思います。
他方におきまして、今回のこの区割りの問題でありますけれども、これは有権者にとりましては直接に投票価値の平等として、つまり一票の重みの平等として出てくるわけでありまして、その点での不平等です。
確かにこの両方の問題をそれぞれ私は不平等という言葉を使いましたので、林先生の場合には同じ言葉を使って説明すべきではないというふうにおっしゃっているかもわかりませんけれども、私はそんなふうに考えまして、そしてその限りでは、区割りの方で投票価値を不平等にしてしまった、一票の重みを、私によれば二倍を超えることは許しがたい不平等だと考えるわけでありますけれども、そうしてしまったことは、この客観的制度もその意味で不平等になっているわけでありますから、それを増幅させている、こういう論理でお話をしているわけです。
したがいまして、願わくは、なお残っているこの区割りに関しましては厳格に一対二未満という措置を、まだこの委員会でおとりになる余裕があるわけでありますから、そういう方向への踏み出しを心からお願いをしたというのが、これが第一点でございます。
第二点の問題でありますけれども、芦部先生の説などを参照されましてお話しになりました、厳格な二倍未満説というこの御質問には私も基本的に同感できる部分がございます。私も厳格な二倍未満説に立っているわけでありまして、やはり出発点は一対一だと思うのですね。これが大事だと思います。一対一を厳格に通すことは確かに、立法技術上も、それから非人口的要素を考慮しなければならないという真の事情を考慮しても、これは通せませんから、したがって緩和しなければならないわけですけれども、この緩和できる上限は、やはりそれは一対二だ。一対二になれば、これは一人が二票をとるということで許されない事柄だと考えなければならないというふうに思っております。
こういう考え方が現在の法曹界で広くなってきたかどうかというお尋ねにつきましては、私、そのことについてつまびらかにいたしませんけれども、ただ、私が注目いたしました、昨年、一九九三年一月二十日の最高裁判決では、実に四名の、これは四名でございますけれども、意見、反対意見、七名のうちの四名の裁判官が大変明確に二倍未満説をとっておられるということはかなり刮目すべき状況であるということでございまして、実はあの判決は私、最高裁の裁判官諸公の意識の中ではこの中選挙区制の判決をいわば総括するような、ですからかなりさまざまな問題をここで出しておこうという、その意味で理論的にも大変活発な判決であったというふうに思っておりますけれども、そういう中でそれを注目しているわけです。
そのことに関しまして、御質問の中にもありましたけれども、もし最高裁判所が一対二ということで厳格に判断をしたらいろいろな政治的不都合が起きるという御趣旨のことが出ておりましたけれども、これは、私の考え方によれば司法府のやるべき事柄ではない。司法府は、法律に基づいて、憲法に基づいて、このことに合理性があるかないかということの判断を議会に対して示されればよいということでありまして、最高裁判所は、そうであるにもかかわらず、すべきでない政治的配慮をしてしまっている。それは、一対三倍説をとったかに見える判断にも示されておりますし、それから合理的期間論ですね、ここにも示されておりますし、それからまた、事情判決を繰り返し用いる、事情判決を一度用いることはかなり理由のあることかもわかりませんが、繰り返し用いるという、それらの中に政治的考慮が非常に不必要に出されているというのが私の考え方であります。
国会におきましては、むしろそのようなことをいわば超えまして、国会は最高裁判所の判断どおりに立法をなさる機関ではございませんから、最高裁判所がここまでは最低合憲だという判断を仮に示したとしても、国会はそれ以上の、優に合憲の水準を凌駕できる立法をおつくりになるということが必要でありまして、つまり、非常に優秀な憲法上の合格答案を書かれるということ、これが国会の御使命ではないかというふうに私は思っている次第です。