滝上宗次郎の発言 (国民生活に関する調査会)
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○参考人(滝上宗次郎君) 介護保険制度に入る前に、私はマスコミのあり方について注文があります。
といいますのは、例えば新聞を読んでおりますと脳死問題でありますとかそういったところに極めてたくさんの紙面が割かれるわけです。臓器移植みたいなところで大変大きな紙面が割かれるわけです。ここにたくさんの人たちがいらっしゃいますけれども、臓器移植に例えば自分の親族が絡んでいるというような人は一人か二人しかいないと思うんです。しかし、一方で老人問題はここに死問題であるとかそういった問題ばかりやると。大きなマスコミが自分たちの社会的使命というものを本当に自覚しているのかな、そんなふうに思います。それが一点。
それから、団塊の世代の方々が寝たきりの不安というものを感じるというのはよくわかりますけれども、私、有料老人ホームをやっていてわかりますのは、ホームに入居してくる方々はやはり万が一のときのことを考えて不安を持って入ってくるわけです。その不安の解消のために入ってくるんですけれども、しかし驚くべきことに、その方々が入居してから五年、十年して倒れるわけです。そして、倒れたときの話を聞くと驚くんです。いや、自分が倒れるとは思いませんでしたと言うんです。要するに、倒れてみて初めて、自分の体が動かなくなって初めて本当にその人は介護問題、福祉問題の重要性というものを認識するんです。私は、そういう点では介護問題を社会で論ずる、国会で論ずるには二重三重のまだまだバリアがあるのかなと思います。
そういう中で、国会の場で先生から介護保険について質問いただいたことを大変うれしく存じます。介護保険につきましては、やはりこれはぜひとも必要ではないかと思います。
注文があるのは何かといいますと、先ほども申し上げましたように、厚生省は昨年の秋からたび重なる議論を中でやっていてほとんどでき上がっているわけです。しかし、全くそれを外に明かさない。こういった態度がよろしいとはとても思えません。議論をオープンにしていただきたい。私たちの税金、保険を使っているわけですからね。どたばたしたところで出してくる、そして議論もない、これは困ります。ですから、現在の段階で公的介護保険制度についてはオープンにしていただきたい。これが一つ。
二つ目は何かと申しますと、ぜひとも在宅介護のところに光を当てていただきたい。一番悲惨なのはやはり在宅ですよね。昔は寝たきり問題なんというのはほとんどなかったです。私の祖父母も四人死にましたけれども、倒れて数週間であっという間に亡くなりました。医療がありませんでしたからね。しかし、今は寝たきりになって数年間、長いときには十年以上です。ですから、これを家庭の主婦の仕事だなんていうのはとんでもない話で、福祉の社会化をしなきゃいけない。
今、施設にほとんど入れないわけです。例えば、老人病院というのはどんどんどんどん長期化しています。薬を使わなくなってきた分だけ元気になって長期化している。ですから、今ほとんどの介護力強化病院の、回転という言い方はまずいですけれども、平均的な入院期間というのは三年ぐらいです。
じゃ、昔一年だったものが今は三年になったということはどういうことかというと、ベッド数が七十万あれば、昔は年間三倍の二百十万人の人が使えていたのに、今は七十万人の人しか使えないということです。老人保健施設をたくさんつくっていますけれども、当初は三カ月以内の適所施設だったんですが、五カ月、半年、一年とどんどん延びています。としますと、国民のみんなが使える老健施設だという話ででき上がったものが、今ではもう本当にごく一握りの人しか使えない。何となく福祉事務所にコネのある人しか入れないとか、そういったことになる。
それからもう一つは、東京では特別養護老人ホームはほとんどないですね。ほとんどありませんから、ちょっとお金があったら老人病院に入るしかない。そうすると、老人病院が完全に売り手市場になっておりまして、月々保険外負担十五万ぐらい取るわけですよ。それでも泣く泣く入れざるを得ない。例えば、保険外負担月十五万取りましたら年間百八十万ですか。百八十万といったら、これはもう社会保障とは言えませんですよね。年金生活者にはもう病院は利用できない。要するに、貧乏なお金のない人ほど自宅で面倒を見なければいけない。そして、その自宅にほとんど光が当たっていない。
そういうふうに考えれば、私は介護保険は在宅というものがメインで出てこない限り大いに反対してあげようと思っております。
以上です。