中山正暉の発言 (安全保障委員会)
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○中山(正)委員 この問題は改めて真剣な議論をしなければいけないと私は思います。
私が先ほど申しましたように、連立政権がある効果を出すかもしれないと思っていますのは、勝海舟と西郷隆盛という敵の大将同士が品川で会談をしたわけでございます。それから幕末、明治維新、大発展をする日本の礎が築かれた。どちらかというと勝海舟と西郷隆盛の話し合いと似て、五五年体制の中では社会党と自民党が防衛問題なんかでは全く対立していたものが一つになるということでございますので、チャンスが来た、こう私は思っておりますが、自衛隊と地方自治体とがそんなにうまくいっていたのかな。私は特に、国会議員が二十八人おります大阪で、たった五人しか自民党がいないという大阪の出身でございます。四十七年以来、大阪は一切自衛隊に共同訓練も何も申し入れておりません。特に神戸市は、四十九年以来、自衛隊さん、御遠慮くださいということでございます。
私は、自分の経験があるのでございますが、これは世界帆船祭りというのを大阪で、大阪港開港百周年記念にやってほしいというので、外務省の経済局と連絡をとりながら、世界じゅうから帆船をお願いして、集まってもらいました。チリからはるばると十八世紀の軍艦、見事な美しい帆船が来たのでございますが、これは戦争に反対するの反戦じゃございませんで、帆柱を立てた船という帆船でございますが、それがやってきたのですが、チリからえっちらこっちらやってくるのに、二億円かけて来てくれました。ところが、神戸港はこれを軍艦だといって入れなかったのです。航空母艦で音速を超える飛行機を乗せて世界じゅうを走り回る時代に、歴史上の軍艦でしかないものを、神戸港はそれも軍艦だといって入れなかった。私ども大阪でもいつも、もし大阪で大飢饉が起こったり大災害が起こった場合には大阪港に自衛艦を入れないでどうするんだと言い続けてまいりましたが、いまだに実現しておりません。
これまた子供のころのことを申し上げて恐縮でございますが、海軍兵学校の卒業式を終えましたら、遠洋航海に出発する途上、まず第一番に寄港したところが大阪、神戸でございました。そして、子供心に覚えておりますが、大阪の中之島の堂ビル清交社に海軍兵学校の若き士官たちを招待して、そして振りそでのお嬢さんが花束を渡した、昔のこんなことはもう郷愁でございますから、今さら言っても仕方のないことかもわかりません……。
この自衛隊と地方自治体との間が今どんなふうになっているのか、これをひとつお伺いしたいと思います。