安全保障委員会

1995-02-07 衆議院 全123発言

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会議録情報#0
平成七年二月七日(火曜日)
    午後一時一分開議
出席委員
  委員長 神田  厚君
   理事 大野 功統君 理事 中谷  元君
   理事 町村 信孝君 理事 愛知 和男君
   理事 赤松 正雄君 理事 岡田 克也君
   理事 堀込 征雄君 理事 菅  直人君
      麻生 太郎君    伊藤宗一郎君
      金子 一義君    瓦   力君
      塩谷  立君    谷垣 禎一君
      中川 秀直君    中山 利生君
      中山 正暉君    西銘 順治君
      浜田 靖一君    今津  寛君
      佐藤 茂樹君    須藤  浩君
      中西 啓介君    西村 眞悟君
      東  順治君    二見 伸明君
      山口那津男君    石橋 大吉君
      土肥 隆一君    山花 貞夫君
      東中 光雄君    近藤  豊君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (防衛庁長官) 玉沢徳一郎君
 出席政府委員
        防衛政務次官  渡瀬 憲明君
        防衛庁長官官房
        長       三井 康有君
        防衛庁防衛局長 村田 直昭君
        防衛庁人事局長 萩  次郎君
        防衛庁経理局長 秋山 昌廣君
 委員外の出席者
        内閣総理大臣官
        房参事官    内藤 順一君
        文部省体育局競
        技スポーツ課長 笠原 一也君
        自治省行政局振
        興課長     松浦 正敬君
        消防庁防災課長 高田  恒君
        安全保障委員会
        調査室長    下尾 晃正君
    —————————————
委員の異動
二月六日
 辞任         補欠選任
  大島 理森君     後藤田正晴君
  渡辺浩一郎君     安倍 基雄君
同日
 辞任         補欠選任
  後藤田正晴君     大島 理森君
  安倍 基雄君     渡辺浩一郎君
同月七日
 辞任         補欠選任
  渡辺浩一郎君     須藤  浩君
  不破 哲三君     東中 光雄君
同日
 辞任         補欠選任
  須藤  浩君     渡辺浩一郎君
  東中 光雄君     不破 哲三君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 国の安全保障に関する件
     ————◇—————
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神田厚#1
○神田委員長 これより会議を開きます。
 国の安全保障に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中山正暉君。
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中山正暉#2
○中山(正)委員 お許しを得まして、今回の阪神大災害に対します問題を中心に、これは国の安全保障に大いに関係があるわけでございます。
 私は、国家の四本の柱、特に国の専権事項というのは国防と治安と外交と教育の中身、何を国家として教えていくか、この四本が私は国政の柱だと思っております。災害というのは、これは治安、その後に乱れるという心配が往々にしてあるわけでございますが、まずこの日本が、地震国といいますか、太平洋プレート、それからフィリピンプレート、そして北米プレートという三つのプレートの上に、日本の下を潜ってマグマが入り込んでいくという地震多発地帯に国家が位置しているわけでございまして、たび重なる地震に犠牲者が出たわけでございます。今回も五千数百という亡くなられた方を出し、まずその皆様方に心から御冥福をお祈り申し上げたく、また私は、ちょうど小学校六年生のときに戦争が終わりましたが、三月十四日に大阪の大空襲がありまして、その大空襲のときの死亡が四千七十八名だったと覚えておりますが、大空襲よりも死亡者が多かったということに私は大変ショックを受けております。
 そういう意味でこの問題を私どもは大いに今後の戒めとして、初動にいろいろな問題があったということも聞いておりますが、特に戒めにしなきゃいけないのは、ちょうど一五九六年でございますが、これは伏見桃山城が崩落をするという、伏見大地震というのがありました。これは明治になりましてからも地震加藤と言われ、加藤清正が太閤さんからしかられて謹慎をしておりますさなかの伏見城の大崩落、このときは伏見城で五百七十人の犠牲が出ております。一五一九年にも地震があっておりますし、その一五九六年のときはちょうど太閤秀吉が亡くなる二年前で、徳川家康が朝鮮出兵をやめたらどうかということを諌止をしております。ちょうどそのときも地震が起こったように、私は、ある意味では天罰が当たったのではないかな。
 今また一年のうちに四人も総理大臣がかわるという政治的に大変不安定な時期を迎えておりまして、そのときにこういう災害が起きたというのは、その災害が起きた場所も神様の戸口、神様の戸、神戸と書いてございますが、これは私は、日本に反省を求めるための神の試練であった、犠牲になられた方々には本当にお気の毒な犠牲だと思いますが、これは後の日本人のために大いにこの災害を、災いを転じて福にする、そんな心づもりが我々政治をする者にとって必要なのではないかということを思わせていただくわけでございます。
 阪神、大阪の阪という字と神戸の神という字を書いて阪神と言っておりますが、私も日曜日の朝、大阪市内も大変でございますと言われるので、此花区の伝法というところへ行ってまいりました。スーパー堤防の方は大丈夫であったのですが、古い堤防の方が、まるでチョコレートの板を粗割りにしてそれを箱に詰めたような、もう大変な災害でございます。気の毒なことに、その上を早朝ジョギングをしていた人が四人、その瓦れきの下から出てこられた。
 この災害に関しての不幸というのは、世界じゅうに出回っておりますタイムという雑誌の表紙にも、お母さんが瓦れきの下になって、救い出しに行ったけれども火の手が迫ってきて、お父さんとその娘さんにお母さんが、「もういいから火が来たから行ってください。」そう言われてその場を立ち去った、我が家の焼け跡にうずくまって合掌する女性が載せられています。生きている母をそこに残して私は立ち去りましたと、そのタイムの表紙になった方がテレビに出られての生のお話を私は伺いまして、本当に大変なことだったなと思います。そんな話があと幾つも出てきました。新婚の御主人に、倒壊家屋の中から助け出そうとする結婚したばかりのお嫁さんが、「あなたもう行ってください、また次生まれてきたら結婚しましょう。」と言って目の前で火に包まれていった話なんというのは、本当に涙なくしては聞けない話でございます。
 戦争末期にも、私の記憶に残っております昭和二十年三月十四日の大空襲のときに、荷物と赤ん坊を抱えて出た、荷物は水につけておけばやがてとりにきたら大丈夫だろうというので、そのころはまだ井戸がたくさんありましたから、井戸に荷物を捨てた。さあ避難所へ行っておっぱいを飲まそうと思って、赤ん坊だと思ってあけてみたら荷物だった。どこへ捨てたかわからない。戦争の災害も悲劇をいっぱい生みました。
 この地震の災害も大変な悲劇を生んだのでございますが、それに防衛庁の皆さんが大変な努力をしてくださった。玉沢さんという我々が大変信頼をする防衛庁長官が今ちょうどいてくださいますし、自衛隊の現場の方々も大変御苦労していらっしゃいます。その自衛隊の災害救援に当たってくださった方々に、私は心からまず感謝を国民の一人として申し上げたいと思いますと同時に、ある意味で連立てよかったなと私は思っております。
 社会党の総理大臣をいただきましたから、村山さんの人柄で、自衛隊は結構でしょう、沖縄にいる米軍もこれはアジアの平和に対して非常に結構な存在です、日の丸も国歌も結構でしょう、そうおっしゃってくださって、社会党の中で話がついたのかどうかは別に知りませんが、それを堂々と言ってくださった方が今いらっしゃるからこそです。
 私は、これからの自衛隊の主な任務というのは、敵の侵略を未然に防ぐこと、それからその侵略に対応すること、そしてまた、災害の救援をすることですが、三つ目の任務は、久保次官ぐらいのときまではこれは裏芸でございましたが、これが表芸になってまいりました。特に自衛隊は、いざというときには命をささげていただくということでございますから、ふだんは余計なところへは出ていただかずに訓練を重ねていただくということでございますが、これを遊休労働力みたいに思う方々がふえてまいりましたから、災害救援に特別の働きをしていただくということは大変ありがたいことであるし、これが自衛隊の任務として国民の信頼感を得る上で重要な任務であることは当然だと思います。
 我々の子供のときには、演習があると家に兵隊さんが三人も四人も来て、私ども子供をひざの上に乗せてくれて、そしておもしろい話をたくさんしてくださったという思い出があります。そのときは、おじさんが徴兵制度で兵隊にとられている、お父さんが行っている、だから慰問袋を送ろう。あのころの、戦前の軍隊というのは、いわば家族が働いている場所であったわけでございますが、今はそうもまいりません。
 そんな中で、自衛隊に対する信頼度をいかに高めていくかということ、そしていかに対応していただくかということでございますが、社会党の総理大臣をいただいているから対処がおくれたと言う人がいます。自民党の総理大臣ならばもっと早く対処したんじゃないかというと、私はそんなことないと思います。これはだれの責任でもない、早期に知り得るような組織になっていなかった、そんなふうに思っております。
 まず防衛庁から、初動でどんな対応をされたのか。いろいろ出版物で、きょうで災害以来二十二日目になりますから、二十二日目のせいもあって、いろいろな官邸の内部の話が外へ出てきております。まず、その初期にどんな対応をされたのかというところからお伺いをいたしたいと思います。
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玉沢徳一郎#3
○玉沢国務大臣 十七日の五時四十六分に地震が発生をいたしました。管轄は中部方面隊でございますので、中部方面隊は、六時に幕僚に非常呼集をかけまして、同時に、伊丹にいる第三師団に対しましても、同じように非常呼集がかかっております。さらに、名古屋の第一〇師団、広島県海田町の第一三師団、香川県善通寺の第二混成団等の中部方面隊隷下の部隊に非常呼集をかけ、午前七時十四分より、陸上自衛隊中部方面航空隊等のヘリコプター二機が、八尾から神戸及び淡路島方面に目視による偵察を行っております。次に、午前七時五十八分及び午前八時二十分に、伊丹駐屯地に所在する陸上自衛隊の第三六普通科連隊を阪急伊丹駅及び西宮市に派遣をいたしまして、人命救助を実施をいたしております。
 海上自衛隊は、午前八時十一分より徳島の教育航空群のヘリコプター一機が徳島から淡路島方面の航空偵察を行い、また、九時四十分及び五十分には、呉より輸送艦等二隻を阪神基地に向け、出発をさせたところであります。
 航空自衛隊におきましては、午前九時三十三分に航空幕僚長から、所要の待機態勢をとるよう指示したところであります。
 さらに、午前十時に兵庫県から災害派遣の要請を受けた後におきましては、直ちに姫路所在の第三特科連隊が現地に向かい、以降、各部隊が派遣をされまして、人命救助、物資輸送を実施したところでございます。
 以上であります。
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中山正暉#4
○中山(正)委員 自衛隊は、大変初動鮮やかに、連絡があるのを待ち受けてくださったと思いますが、官邸の中は大変混乱したようでございます。
 五時四十六分に地震があって、七時に総理大臣はテレビで地震のニュースを見られたと聞いております。私の娘は大阪におりまして、私は国会が始まるものですから十六日の夜にこちらへ来たのですが、今大地震があったといって娘から電話がかかってきたのは二分後でございました。何もかも、本棚も倒れた、人形棚から人形が落ちて割れた。私は大阪の東淀川区というところに住んでおりますものですから、家具は少々そういうことがありましたが、被害は大したことはなかったようでございます。
 八時に総理大臣は公邸を出発されておられます。ホテルオークラに行かれまして、ある大会社の会長さんと食事をされておられます。九時十九分に官邸に戻ってこられております。記者団と、非常対策本部をつくらなきゃいけないんじゃないかということを歩きながら話をされた。九時二十分に月例経済報告。何事もなかったように各閣僚が出ております。九時五十分、警視庁、初めて被害の具体的報告。そのときは、死亡二十二名、負傷二百二十二名という報告でございます。それから十時四分、定例閣議。このときも別に話が出ておらないようでございます。十時三十分、玉沢防衛庁長官、五十嵐官房長官、官邸入り、対応を協議された。これが十時三十分でございます。それから十一時五分、このときは二十一世紀地球環境懇話会。十二時七分、河野さんと武村さんと政府・与党首脳会議。秘書官から二百人を超えたと聞かされて、首相がそのとき、ええっとおっしゃったそうでございます。二時七分、執務室、武村、河野外務大臣、それから首相の首席内閣参事官、これは施政方針演説について話をされておられます。そのときには、まさか施政方針演説の冒頭に災害に対する話が出てくるとは思わなかったという話でございます。それから夕刊で、千人が死んだと。三時二十分に藤原国土庁事務次官が官邸に入られて、そして四時にやっと緊急記者会見。
 それから自民党の方二人が、何やっているんだということで電話をかけた。大先輩の後藤田先生もそのとき電話しておられたようでございますが、早く記者会見をした方がいいんじゃないかという電話が官邸にかかった。
 首相秘書官、警察庁から出ておられる秘書官が、お父上がお亡くなりになったために、福岡へ帰っておられた。携帯電話で電話したが、それのバックアップ体制がなっていなかった。秘書官がどこにおられても、電話をかければそれで動き出すという組織になっていればよかったのですが、それも動いていない。
 こういうことを葬式済んでの医者話と申しますが、もう今さらこんなこと繰り返してもしょうがないのかもわかりませんが、まあ一応、今の長官の自衛隊が六時から動き出したというのと、それから内閣がいかに遅かったかということの時間差を示すために、私は細かい話をしたわけでございます。
 こう考えてまいりますと、八十三条の二項、三項では、自衛隊は自分の判断で出かけられることになっていますが、一体何で自衛隊が出かけなかったのかということもちょっとお伺いしておきたいと思います。
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玉沢徳一郎#5
○玉沢国務大臣 今、委員が閣議のことについてもお触れになりましたので、正確を期すために申し上げておきたいと思います。
 まず第一に、私のことでございますが、私は、六時に秘書官より連絡がありまして、大変な震災が起きておる、こういうことでございましたので、できるだけ状況把握に努めて、そして対応にも万全を期すようにと、こう申し上げまして、防衛庁には九時に当庁いたしたわけでございます。そこで警備隊の激励を行いまして、九時までの段階で三自衛隊がとった措置につきまして報告を受けまして、十時の閣議に出まして、その際におきましては、もう既にこの閣議では地震の話は出ております。
 今、委員は、話がなかったようなお話がありましたが、国土庁長官からは、地震が相当の被害を及ぼしているということで、自分自身としてできるだけ早く閣議が終わったら現地に飛ぶ、こういう話がございまして、自治大臣それから防衛庁長官、建設大臣等からそれぞれ所管の問題について発言がございました。私自身も九時までの間においてとりました措置につきまして、閣議に報告をいたしておるわけでございます。そこで、国土庁長官を本部長といたしまして対策本部を設置する、こういうことになったわけでございまして、自後、事態の推移を見ながら対策を講ずる、こういうことになったわけでございますので、村山内閣の名誉のためにも、当日の十時の閣議には態勢を整えておったということだけは明確に申し上げさせていただきたいと思います。
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中山正暉#6
○中山(正)委員 ありがとうございました。
 まさかそんなことはないだろうと私も思っておりましたが、閣議の中でもそういう対応がなされた、そういうことを聞いて、しかし私は、現場の自衛隊がその場に直行しなかったという話は、自衛隊の方々は知事から依頼があったりするまで、それから上からの命令があるまで動かないでおこうと思っておられたのじゃないか。
 私は、それで思い起こすことがあるのでございます。五十三年のことでございましたが、週刊ポストで関野英夫という人と栗栖統幕議長が対談をなすった。もし何かあった場合には、まだとからの指令がないときには現場の指揮官の判断で行動をしなければしょうがないという発言があったことが大問題になりました。当時の金丸防衛庁長官が、おまえの顔も見たくないといってあっという間に首を切ってしまわれました。もう五十三年のことですから、随分日にちがたっております。私は、それ以来自衛隊の方々はそういうときの判断が萎縮してしまわれたのじゃないかなと思っているのです。
 きょうも上原康助先生が日本経済新聞に有事立法のことを書いておられますが、有事のときに一体どうするのかという有事立法関係について、防衛庁長官はどういうふうにお考えになっておられるのか。
 特に、戦前は憲法十四条に戒厳令規定というのがありました。旧憲法の十四条には「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」となっていました。ところが、今の日本国憲法には、全く緊急事態に対応する規定がないのです。世界じゅうの憲法の中で戒厳令規定がないのは日本だけでございます。
 今度の場合は地震災害でございますから、地域的な問題でございますので、それに対応するにそういう有事立法の話は別段持ち出す必要はないかもわかりませんが、今度起こるときには、特にお隣の隣国にはノドンとかテポドンとかいうような大変物騒なミサイルが核弾頭を載せて飛ぶかどうか、そんなこともささやかれておるときでございますから、そんなことに対して一体どういうふうにこの有事という問題を考えていらっしゃるのか。
 有事にいかなる対応をするか、この有事法制が今は全く欠落しています。これはマッカーサーが日本にいましたから、マッカーサーがおれがいるから大丈夫だよという意味の、アメリカからもらった憲法の中には、米占領軍の軍事力というものを背景にして日本には軍事力を与えない。それから警察はばらばらにする。国家警察というものを全般的にばらばらな組織にする。
 そして今度も、大災害に際しての消防の対応がいかなるものであったかが知りたくて、大阪の消防へ私ちょっと行ってきましたが、東京は消防庁が委託をされておりますから、一遍に消防庁がやればすっと指令が全地域に行き渡るのですが、大阪の場合は、三十二の衛星都市に全部電話をかけた。一本五分ずつ、出動してくれと。そうしたら、慌てていたので電話をかけないところがあって、出動しなくて、後で何で連絡しないかといって大変にお目玉を食らったというようなことまであるわけでございます。
 ですから、有事に対する対応を防衛庁はどういうふうに考えておられるのか。これは大変議論を呼ぶことでございますが、連立政権であればこそ、私はあえて防衛庁長官並びに防衛庁のお考えというものを伺っておく必要がある。
 そういう時代が来たんだ、五五年体制は崩れた、東西の対立もない、しかし、まだ共産主義を政治の主体にして経済は自由という不思議な国もいろいろあるわけでございまして、そういう観点からまだまだ、体制は崩れたけれどもそれぞれの国の国益は何の変化もない、こういうことでございますから、国益によって日本に危機がもたらされることはあるかもわかりません。現に、日本に援助を求めながら北方領土というのはなかなか返ってきませんし、ヨーロッパではヤルタ体制というのは崩れたといいますが、日本ではまだそれもそのままでございます。世界の議論にも何にもなりません。そんな中での有事法制というものに対してどういうふうにお考えか、ちょっと伺っておきたいと思います。
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玉沢徳一郎#7
○玉沢国務大臣 有事に対するお考えを御質問いただきましたが、まずその前に、今回のケースにおきまして、地震発生直後に出動要請がなくても出動できるのではないか、あるいはもっと部隊を大量に投入することができなかったかよく議論をされておるところでございますので、若干事実を明確にしておきたいと思いますので、お許しをいただきたいと思います。
 まず、地震が発生をいたしましてから、七時十四分にヘリコプターを飛ばしまして、相当の被害であるということはわかったわけでありますが、これは同時に関西地域、阪神、関西、相当広範囲にわたっておりまして、大阪も奈良も被害が及んでおる可能性がございます。そうなってまいりますと、限られた、兵庫を中心とする大阪の部隊、大体四千人ぐらいでございますけれども、これをどこに最も効果的に投入して人命救出、災害救済をやるかということを当然考えなければならぬわけでございますから、したがいまして、地域防災計画に従いまして、その場合は直ちに派遣要員を各自治体に連絡をし派遣をするということになっておるわけであります。
 そのような措置を七時半以降、例えば第三特科連隊は兵庫県に行く、それからまた第三師団からは近隣の町村、各市、兵庫県も含めて大阪とも連絡をとる。そういう形の中で、奈良県からは、県下全部連絡をしましたけれども自衛隊への要請を必要としない、こういうような連絡等もありまして、そうなってまいりますと、地域がだんだんと限定をされてまいるわけでございます。
 そういう中におきまして、なかなか県庁との連絡がとれませんで、八時十分に辛うじて第三特科連隊、姫路から連絡がつきましたが、その時点におきましては、県当局はまだ被害の状況が皆目わからない。後にわかりましたことは、八時半になって県警のヘリコプターが兵庫県では飛んでおるようでございます。
 そういうことがありまして、地域が特定できませんと、どんなに大量に部隊が投入されたといたしましても、なかなかこれは困難を来すのではないか。そういうことから、できるだけ正確な情報に基づきまして迅速に行動するということを心がけておったわけでございまして、第三特科連隊の副連隊長は、どうしても県庁との連絡がとれないということで、急遽八尾の方から姫路までヘリコプターを飛ばしまして、そのヘリコプターに乗りまして十時過ぎに県庁に入りまして、県庁の防災会議に出席をして、自後、部隊がそれぞれ連絡に基づきまして被災地に向かった、こういうことでございますので、出動要請をだんだんとただ待っておるということではなかったということだけは御理解をいただきたいと思うわけであります。
 今、兵庫県警のヘリは九時十五分というのが入りましたので、これは訂正いたしておきます。
 いずれにせよ、災害におきまして迅速に行動し国民の生命財産を守るということは当然のことでございますので、その点におきましては、今後反省のあるところは反省をいたしまして、できるだけ効果的に活動することができるような検討をしていかなければならぬ、こう思うわけでございます。
 それで、有事立法におきましても当然、我が国の防衛を確保する、こういう点におきましては、これはよく対策を講じておかなければならぬ、こういうことでございますので、委員御指摘のとおり、防衛庁におきましては有事法制の研究をずっと続けてきたところでございます。昭和五十二年八月に内閣総理大臣の了承のもとに、防衛庁長官の指示によって開始されたものでございまして、自衛隊法第七十六条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題を研究の対象とするものであります。
 その研究作業が進みまして、昭和五十六年四月には、有事法制の研究の対象となる法令を、防衛庁所管の法令(第一分類)、他省庁所管の法令(第二分類)及び所管省庁が明確でない事項に関する法令(第三分類)に区分した上におきまして、第一分類についての問題点を取りまとめ、報告を行っております。第二分類につきましては、昭和五十九年十月に検討項目と問題点の概要を取りまとめ、報告を行っております。第三分類におきましては、現在、内閣安全保障室におきまして、各省にまたがるものでございますので、種々の調整が行われておる、こういうことでございます。
 防衛庁といたしましては、これらの検討結果に基づきまして法制が整備されるということが望ましいと考えておりますが、いずれも高度の政治判断にかかわるものでありまして、国会における御審議、国民世論の動向等を踏まえて、今後検討してまいりたいと考えております。
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中山正暉#8
○中山(正)委員 この問題は改めて真剣な議論をしなければいけないと私は思います。
 私が先ほど申しましたように、連立政権がある効果を出すかもしれないと思っていますのは、勝海舟と西郷隆盛という敵の大将同士が品川で会談をしたわけでございます。それから幕末、明治維新、大発展をする日本の礎が築かれた。どちらかというと勝海舟と西郷隆盛の話し合いと似て、五五年体制の中では社会党と自民党が防衛問題なんかでは全く対立していたものが一つになるということでございますので、チャンスが来た、こう私は思っておりますが、自衛隊と地方自治体とがそんなにうまくいっていたのかな。私は特に、国会議員が二十八人おります大阪で、たった五人しか自民党がいないという大阪の出身でございます。四十七年以来、大阪は一切自衛隊に共同訓練も何も申し入れておりません。特に神戸市は、四十九年以来、自衛隊さん、御遠慮くださいということでございます。
 私は、自分の経験があるのでございますが、これは世界帆船祭りというのを大阪で、大阪港開港百周年記念にやってほしいというので、外務省の経済局と連絡をとりながら、世界じゅうから帆船をお願いして、集まってもらいました。チリからはるばると十八世紀の軍艦、見事な美しい帆船が来たのでございますが、これは戦争に反対するの反戦じゃございませんで、帆柱を立てた船という帆船でございますが、それがやってきたのですが、チリからえっちらこっちらやってくるのに、二億円かけて来てくれました。ところが、神戸港はこれを軍艦だといって入れなかったのです。航空母艦で音速を超える飛行機を乗せて世界じゅうを走り回る時代に、歴史上の軍艦でしかないものを、神戸港はそれも軍艦だといって入れなかった。私ども大阪でもいつも、もし大阪で大飢饉が起こったり大災害が起こった場合には大阪港に自衛艦を入れないでどうするんだと言い続けてまいりましたが、いまだに実現しておりません。
 これまた子供のころのことを申し上げて恐縮でございますが、海軍兵学校の卒業式を終えましたら、遠洋航海に出発する途上、まず第一番に寄港したところが大阪、神戸でございました。そして、子供心に覚えておりますが、大阪の中之島の堂ビル清交社に海軍兵学校の若き士官たちを招待して、そして振りそでのお嬢さんが花束を渡した、昔のこんなことはもう郷愁でございますから、今さら言っても仕方のないことかもわかりません……。
 この自衛隊と地方自治体との間が今どんなふうになっているのか、これをひとつお伺いしたいと思います。
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玉沢徳一郎#9
○玉沢国務大臣 災害対策基本法によりますと、地域防災計画を立てる場合におきましては、自衛隊も立ち会いましてともどもに計画を立てることに相なっておるわけでございます。計画は立てるわけでございますけれども、災害が少ないというふうな認識をされておる地方自治体におきましては、訓練も十分ではないというところは多々あろうかと思います。
 今回の大阪、神戸でございますが、余り大きな災害等もない、こういうこともあってかどうかはわかりませんが、例えば、神戸市に対しましても自衛隊から共同訓練等申し入れもしたようでございますけれども、神戸市におきましては、みずからヘリコプターを持っておるというようなお話もあり、遠回しにお断りをされた、こういうようなこともあるようでございます。
 それぞれの地方自治体によりまして濃淡があるようでございまして、熱心なところは熱心である。例えば、九州各地域におきましては、毎年水害等がございますので、常に自衛隊との連絡強化を強めておる。そういうところにおきましては、地方自治体と自衛隊との間の大変な連携がとれておるように思います。各地域においてもほとんど、自衛隊との連携といいますか、訓練はしてきたようでございますが、それぞれの地域において事情も異なり、連携についてはそれぞれ、こういうふうに申し上げておきたいと思います。
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中山正暉#10
○中山(正)委員 実は、これは一九八二年に出た「おもしろデータバンク」、この中に、大地震が発生しやすいところといって、名古屋、大阪、ここにちゃんとマークがついているのですね。一九八二年に出版されたものです。今一九九五年ですね。表紙のデザインで国会が崩れるところもちゃんとかいてございますけれども、東京以外でも危ないところがちゃんと指摘されています。それから、ここにおもしろい新聞が出ております。「古代人が残した巨大な地震計」「古墳は知っていた」、関西の古墳から大地震が起こったことがわかる。
 これは今の「おもしろデータバンク」からとったものだと思いますが、同じ地図が出ております。これは大都市、名古屋、京都、神戸、大阪と、指定都市が四つも入っていますね。この中にこれだけ指摘されていながら、私は東京偏重じゃないかと思うのです。東京のことだけ準備して、一極集中もここまでくればひどいものだと思っておるのです。今、地震が少ない地域じゃないかということが思われている。確かにそんな感じがいたしました。
 私らは何も知らないものですから、地震が済んでみていろいろ読んでみると、それは目まぐるしいほど年代別に、天正十三年(一五八六年)に大垣の城が崩れ、全壊した上出火。焼失した長浜城では、城主山内一豊の息女も圧死した。言経卿日記、これは山科言経という人がずっと日記をつけておるのなんか見ても、さっき言いました伏見大地震、文禄五年・慶長元年(一五九六年)七月十三日、伏見城倒壊、慶長地震とか、秀吉は難を免れましたが、女房、侍女五百七十名ばかりが圧死、もうそれは大変な地震が発生しているわけでございます。
 時間が短いのでなかなか時間が使いにくいのでございますが、この間、関西国際空港、一兆四千四百億円の空港ができました。二十四時間空港。何とその防災訓練に自衛隊は呼ばれてないのですね。ロシアなんか行くと、空港を警備しているのは青い帽子に帯を巻いた国境警備隊。空港は国境なんです。それが、関西国際空港の、開港をしたそこに、自衛隊が呼ばれてないというのですね。
 あちこちしますが、先ほど言いました栗栖さんが何を言っているか。栗栖さんは金丸さんにどう言ったかというと、防衛出動というのは、つまり国が有事であると認めた後いかに行動をするかということを規定したのが有事立法である、自分が言っているのはそれじゃないのだ、その前の段階、国が有事と認めるまでの段階をどうするのか、ここなんですね。それが首になったのです。これで、制服組は皆、もう何を判断するにも大変逡巡をする遠因になったと私は思います。
 これは毛沢東語録式に言いますと、戦争には二つの正義がある。共産主義が広まる戦争を正義の戦争と言い、それを阻止する戦争を不正義の戦争と言う。我々は正義の戦争をもって不正義の戦争に反対する。戦争に二つあみことを言っているのですね。これは共産主義であろうが何であろうが、正義は二つあります。夫婦の間でも、夫の正義、妻の正義、敵の正義、味方の正義と、正義は普通二つあるわけです。しかし、天災というのは天が相手でございますから、これは緊急避難、正と正、自分が守ろうとする法益よりも大きな法益を守るために少々傷つけたってしょうがないというのを、これは緊急避難というのですね。子供が自動車にひかれかけた。危ないよ、どんとぶつけたら向こうの壁にどんと当たって、おでこを傷した。これは、命を救ったからおでこの傷ぐらいは傷害罪にならないんです。
 そんなことからしますと、私は、防衛庁が有事立法を研究していただいているということでございますが、これからの研究の材料に、栗栖さんの残された言葉、これもよくひとつお考えをいただきたい、かように思います。
 きょうは自治省は来ていただいていますか。——私は、先ほど言いましたように東京偏重、東京都が首都であるという法律はないんですね。日の丸が国旗である、君が代が国歌であるという法律もありません。日曜日が休みだという法律はありませんね。これはみんながそうだと思っているから法律は要らないのです。だから、本当は遷都論というのはおかしいのですね。首都をどこに移すかなんというのは、これは厚かましい話だ。だから、東京都という都が一つである必要はないと思うのです。もう一つ都があっていいと思う。
 消防はばらばら、占領政策の残映ですね、これは。そういう軍事組織に転用できるようなものが一つにまとまっていない方がいいという、マッカーサーがやっていったまま、これは社会党、村山総理大臣の責任ではなくて、長い間の自民党が極楽トンボだったということですね。それを、つまらない法律と言ったら法律を書いた人に申しわけないかもわかりませんが、つまらない法律を通すために、大臣の首、本当のこと言ったらみんなぽんぽんはねていった。はねなきゃ国会が進まない。この悲劇の繰り返しをやっていたわけであります。
 ですから私は、消防の組織とかそんなものは、東京は消防は消防庁に委託しているらしいですね。だから、ボタンをぼんと押したら、全部ばっと集まってくる。大阪は電話がけなきゃいけない。そういう組織に関してそんなことにしておいていいのかということです。
 大阪湾臨海地域開発整備法という法律ができて、明石架橋一兆八千億円。この橋が何と、きょう参議院の井上幸先生に聞いたら、一メートル動いたそうですね。横に一メートル四十センチ動いた。よくあの三百メートルの橋脚が倒れなかったものだなと私感心をしているのですが、あの方は土木の専門家ですから、一メートル延びたから、まだ橋げたをつくっていなかったんで、一メートル延ばした橋げたをっくったら平成九年に橋がっく、こうおっしゃっていました。
 何を言いたいかというと、余りこれはマスコミにも出てこないのですが、私は、港都神戸、それから古都京都、それから古都奈良、それから商都大阪、これを一つにしてしまったらどうかと思うのです。都制をしくのですね。道州制なんていったら、自治省は入省早々から何とか知事になりたいと思っている人が山ほどいるものですから、四十七都道府県ないと自分の行き場所がなくなると思うから、幾ら言ったって道州制なんてできないですよね。だから私は、都制をしく、そういう府県合併を議員立法してやろうかと思っているのです。
 そういうように、近畿を一つにする。そして都が二つ。そうしないと、おかしなことに、外人がよく歩くようなところに行くと、目黒区なんて書いてないですね、目黒シティーと書いてあるのです。非常に不思議だと思うのです。だから私は、機能をもっと大型化しないと、大都市のこういう震災には対応できない命令系統になってしまうのじゃないか。
 これは自治省の方にしてみたら、あなたにそんなこと言ったって、私たち役人は法律を守っていくのが仕事なんで、それだけ言っていればいいという皆さんに対して、我々政治家は夢を語らなければいけませんから。政治家は、想像力、空想力、そういうものが私は政治家の一番持っていなければいけない資質だと思います。ただ今ある法律だけ守っていたら、賛成要員、全体主義国家の賛成要員になってしまいますから、私は、あえて自治省の中で考えていただきたい。
 昔は、広域行政論なんて、もう山ほどありました。昭和三十八年ぐらい。私も地方議会にいたときは、革新市長が出る前にはしきりに広域行政なんて言っていましたが、今度出てきたら、労働組合に反対されて一遍にしゅんとだめになってしまったのですね。
 どう思われますか。もう一つ都があってもいい。都というのは一つでなくてもいい。首都は東京という法律はない。天皇陛下がおられる、国会がある、中央官庁がある、それだけでみんなが首都だと思っているだけですから、首都は東京だという法律はないのですね。もしやられるなら、首都は東京だという法律を出してもらわなければいけないのですが、それができないのならば、もう一つ関西に、そして二眼レフ構造で世界を立体的にとらえるという地方自治体。特に私は、国会だけ小選挙区をやって、地方議員はみんな中選挙区ですね。山ほど市長がいて、三千三百二十五も自治体があって、この行政改革というのもやらなければいけないと思っていますが、その突破口に私はそういう都政を関西にも一つしく、自治省、どうですか。
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松浦正敬#11
○松浦説明員 大変大きな御提案でございまして、私どももまた実は勉強させていただきたいと思っておりますけれども、現在、先生御指摘になりました都道府県を超えたようないろいろな広域行政事業がございますので、実はこういったものに対応するための仕組みといたしまして、協議会であるとかあるいは一部事務組合という制度がございます。
 さらに、いわゆる新しい分権、地方分権というふうな観点から、昨年の六月でございましたけれども、地方自治法の一部改正をしていただきまして、広域連合制度というものをつくっていただきました。
 私ども、今後、都道府県におきまして、こうした広域連合制度を中心にいたしまして、ひとつ積極的にこういった制度を活用していただきたいというふうに思っているところでございまして、このような形で、御指摘ありましたような都道府県の区域を超えるような広域行政事業、こうしたことに対しましても対応していただけるのではないかというふうに期待をしているところでございます。
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中山正暉#12
○中山(正)委員 それができるころにはあなたは偉い人になっておられるでしょうから、これから生ずる将来の、何といいますか希望の星にお願いをしておきますが、とにかく関西は一つなどという言葉があるのです。悪口を言う人は、関西は一つ一つなんて言うのです。それは、京都とか大阪とか奈良とか神戸とか、肩を並べるような大きな市があるものですから、うまくいかないのですね。
 だけれども、ちょっと兆しが見えてきたなというのは、京阪奈学研都市ですね。これは、京都と奈良と大阪で一緒に新しい、筑波学園都市のような官製の学研都市ではなくて、民間主導型の新しいものをっくったということでございますが、ぜひひとつそういう方向で物事を考えていただきたい。国家の安全を守る組織というのはできるだけ広い方がいい。一ダースなら安くなるという言葉さえあります。ですから、市でもずっと合併していけば、そこにたくさんの議員なんか要らないですし、知事は、もし六つの道州制にするとしたら、もう六人で済むわけでございます。狭き門になって、自治省の人にはまことに申しわけないとは思いますが。
 そんなことは別にして、今、外国では、この間タイムという雑誌の漫画を見たら、富士山が後ろにかいてあって、新幹線二百七十キロと書いてあるのですね。その下に、カタツムリを救急車にして、時速二百七十メートルと書いてあるのですね。これは皮肉な話でございます。日本が被害をこうむって、ふだん生意気なことばかり言っているのに、さまを見やがれというような風潮がいっぱいあるということも聞きます。
 日本の高速道路は落ちない、そんなばかな話はないのです。生者必滅会者定離といいまして、これは、生あるものは滅びるし、形あるものは崩れるというのは当たり前のことなんです。できるだけ完全に近いものをつくろうというのが人間の人生だと思います。
 その意味で私は、外国に対しても、関西がこの地震でだめになったということではなしに、関西がこれからよくなるぞ、よくなりましたという最後の証拠を見せる必要があると思うのですが、ちょうどうまいぐあいに、大阪市がオリンピックに手を挙げているのですね。これは二〇〇八年か二〇〇四年といいます。それから今度は。ことしの十一月十六日から十九日までAPEC、アメリカも含めて十八カ国日本に集まる、こういうことでございますから、そのAPECの後は、APECで首脳会議が大阪で成功したら、紀元二〇〇〇年には今度はサミットが大阪で行われるだろうと思うのです。それに合わせて復興計画もやりながら、こんなに復興しましたということを私はオリンピックで示す必要があるのじゃないかと思うのです。これは政府の支援が必要です。きょう文部省来ておられますね。
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笠原一也#13
○笠原説明員 今先生御指摘いただきましたように、オリンピック競技大会を我が国で開催することになりますと、我が国のスポーツの振興や国際親善、それから開催国、開催都市の活性化に大きく寄与するものと考えております。阪神地区におきましては、大阪市がオリンピックの開催を希望しているところと承知をしております。
 ただ、オリンピックの開催立候補は、国際オリンピック委員会のオリンピック憲章によりまして、開催を希望する都市がその国のオリンピック委員会、日本の場合には財団法人日本オリンピック委員会の承認を得て行うものとされております。したがいまして、地震災害からの復興のアピールとして阪神地区から二〇〇四年のオリンピックの開催を希望する特定の都市があれば、日本オリンピック委員会と連携をとりながら対応していく必要があると思っております。
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中山正暉#14
○中山(正)委員 ありがとうございます。もう間もなく手が挙がってまいりますので、ひとつそれをしっかりと受けとめてやっていただきたい。これは、都市が立候補するものですから今御答弁のとおりだと思います。
 それから消防庁、せっかく来ていただいておりますので、まことに恐縮でございますが、先ほどの広域消防のことについて、東京と大阪、言っちゃ悪いですが、なぜそんなに地方扱いするのか。一点集中を排除するために消防設備も——大阪府下の地方生産力といいますか、これだけでカナダ一国と同じなんですよ。カナダと大阪府と匹敵するほどのGDP、カナダのGDPと大阪と一緒なんです。ひとつどうぞお願いします。
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高田恒#15
○高田説明員 地域の防災につきましては、それぞれの市町村、都道府県、それぞれの事情に従いまして地域防災計画を定め、実行いたしているところでございます。
 御指摘のように、関東は関東としてのいろいろな事情を勘案しまして広域的な防災体制を敷いておりますし、また関西におきましても従前そういう観点からも広域応援体制というのがございます。今回の災害におきましても、消防、水道、医療を初めといたしまして、被災者の受け入れ、物資の搬送と、幅広い分野におきまして広域的な支援が実施されたところでございます。
 ただ、各地においてなかなか広域体制がまちまちであるということで、全国的な規模でこういう応援ということになりますとまだまだ足りないところもございますので、今後、私どももそういった教訓を踏まえまして、全体的な広域応援体制というものを見直してまいりたいと考えております。
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中山正暉#16
○中山(正)委員 ありがとうございます。
 今度はヘリコプターも、大阪は消防局で二機持っていますが、一機はオーバーホールをやっていたそうで使えなかったのです。大阪市は二千七百億円の市電の軌道敷を国に寄附して市電を廃止しました。その後、私は、ヘリコプター事業をやれ、市電のかわりにヘリコプターで、奥地に安い土地を買って、そこへ市営住宅つくって、そこへ定期便を走らせたらどうかと。しょっちゅう予算要求のときなんかに、市電の事業をなくしてそのままあとは地下鉄だけというようなそんなみっともないこと、それから、バスの中で運転している人がそのバスに乗っている人の中で一番月給が高いというふうな、そんなバス運行している必要はないんじゃないかと私言っていたことがあるのです。
 私が関西国際空港ができるときの質問に立ったときの答弁では、日本はそのとき十四カ所しかヘリコプターの飛行場がありませんでした。この間運輸省に聞いてみたら、今五十五カ所、そのうち官製のヘリコプター飛行場は十九しかないのですね。何年か前に聞いてみましたら、これ、アメリカは二千四百カ所あります。だから、消火のときでも、消火弾というのはあれは酸欠にする薬ですから、人間のいるところではヘリコプターは消火弾を落とせないそうですし、それから、火事のところには上昇気流が発生しますから危険ですし、それから、埋もれた人は虫の鳴くような声で助けを求めているわけですから、ヘリコプターがバリバリ飛んでいったら、やかましくて声が聞きとれず、助かる人も助からないですね。静かにしなきゃいけないというのが、これは今度得た教訓のようでございます。
 時間がございません、あと五分ということでございますから。ついでのことでございますが、これは本当は一番大事なことなのでございます。
 防衛庁長官、去年だけで中華人民共和国が台湾上陸作戦の演習を十一回しているのです、これは今、日本のマスコミでは余り出ないのですが。これは今台湾でベストセラーとして、日本では二月十日に売り出されますが、「中国台湾侵攻」、これはもう大変なことでございます。私は入手したのでございますが、ここに「一九九五年八月」、これは香港が吸収されたら、台湾は二つの中国で独立をするかもわからない、置いておけない。これは時間があったら、江沢民が演説している春節の演説の原稿があるのです。二つの中国は絶対だめだと言っているという演説をしています。中身はいずれまた改めて時間をいただいてやろうと思うのですが……。
 これを書いた人は大陸の出身の人ですが、自分が、中国内戦が起こったころ、お父さんに対して、うちの国は危ないんじゃないのと言ったのに、お父さんは、いや、大丈夫だと言いながら晩飯の笑い話にしていた、またそれと同じことを子供にしたくない、自分が予見をしていたということを言いたいから書きたいのだと言っている。これに書いているのは、上陸作戦をやる。上陸作戦というよりも、一説によると、内部から蜂起するのではないかという説さえあるわけでございます。大変物騒な本でございます。
 台湾は毎年二万人ずつ海外に移民していますが、去年は六万人出ております。三倍。逃げ出しているのですね。
 それから、さっき言いましたアメリカのガルーチというのが来て、北朝鮮の核を一生懸命抑えます。それは抑えるはずです。イスラエルにぶち込む、シリアとかイラクとかイランにスカッドミサイル。ノドン。ノドンというのは盧泰愚の盧と洞。韓国では村のことを洞と書く。そしてノドン。あれはアメリカの軍部がつけたコードネームでございますから。労働一号なんて訳していますけれども、本当はノドンというのは韓国語で「慮の村」。それからテポドンというのは大浦洞と書きます。これは二千四百キロ飛ぶというミサイルの名前です。グアム島が目的だといいますが。
 これはアメリカは、イスラエルを攻撃するかもわからない中近東の国々を何とか抑えるために、日本から四十億ドル出してもらって、そしてまた、武器売り込みに関係する人は、それの日本防御網を買いなさい。片一方では四十億ドル出しなさいということと、二つ、アメリカにタカ派とハト派があることがこれでもうよくわかります。アメリカが北朝鮮の頭を一生懸命なでるのに日本を使う、韓国を使うというのは、これは中近東情勢でございますから、それが失敗したらアジアも崩れるということでございます。
 時間がありませんから、去年の五月二十八日と二十九日に四発、北朝鮮が能登半島の沖にぶち込んでおります。ところが、これ、どこから情報が来たかというと、アメリカから来ているのですね。日本は知らなかったのです。
 今度の災害に総理大臣がなかなか対応しなかったといいますけれども、自民党の福田さんのときには、これは台湾のところに機関銃をそろえた中国の船が二百隻入ってきたときに、長谷川峻先生から聞きましたが、総理大臣が知るまでに七時間かかっています。三木武夫総理大臣のときには、ミグ戦闘機が地球すれすれ、これはスキーインクというらしいのですが、海面上五十メートルに高度調整をして入ってきました。地球は丸い、電波は真っすぐしか行かない。地球の陰に隠れて見えなかった。三木さんの耳に入るまでに四時間かかっておりました。
 こんなことで日本はいいのか。もしミサイルが何発も落ちたら、それこそもう自衛隊はそんな災害救助どころの騒ぎでなくなるわけでございます。
 それやこれやあわせまして、最後にお伺いをしておきたいのは、これは防衛庁長官の御答弁はもう、この問題でまた改めてやりますからそのときにお願いするとして、今総理官邸を建てかえようというときですね、その中に、マルチメディアの時代ですから、マルチメディアというのは、ディジタルとそれからインテグレーティブといいますか、相互性ですね、総理がボタンを押して、兵庫県知事、画面に出てくださいと言ったら、ばっと押したら、向こうの画面に知事、市長が出てくる。そして話ができる。一般の企業ではそれをやり始めているのに、政府が総理官邸という孤島にいた、これはもう哀れでございますから、そういうマルチメディア、ディジタルと相互性とそれからボーダーレスといいますか境目がない通信、それを今もう日本の役所は一生懸命やっておるわけですね。それをどうぞ総理官邸に入れて、今度災害が、起こるなんということはもうないがいいのですけれども、これはもうしようがありません。日本列島というのは四回ぶつかっているそうでございます。最後に伊豆半島だけが来て、そしてそれが潜り込んでぶち上げたところが富士山でございます、だからあの辺が一番災害が多いと言いますけれども。そういうことを考えますと、日本列島というのは非常に物騒な島でございます。
 今度の淡路島、北淡町が一番ひどいのですが、あそこは、私どもの子供のころには、イザナギ、イザナミノミコトが天から矛をぶち込んで、そしてかき回して上げたらぽたぽたと落ちたのが淡路島だと、神話の中では日本に最初にできた島に育っています。だからオノコロ島と申しますから、そのオノコロ島で、神の戸で、神の入り口で災害が起こったことに、ひとついろいろな意味で国政に直接参画していらっしゃる皆さんとともに、これからの日本の将来がかかっています災害対策に万全を期さねばなりません。破壊は一瞬です、建設には暇がかかります、その一瞬の破壊にどう対応するかというのが私ども国政に参画する者の責任だと思いますので、よろしくひとつそれぞれの立場で御活躍いただくことをお願いいたしまして、ちょうど時間となりましたということでございますので、失礼をいたします。
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神田厚#17
○神田委員長 赤松正雄君。
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赤松正雄#18
○赤松(正)委員 去る一月十七日の未明に兵庫県南部の淡路や阪神地域を襲いました震度その大地震から二十二日がたちました。
 改めましてここで、五千二百人を超すとうとい命をなくされた方々の御冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、家屋を失って、今避難所で不自由な生活をなさっておられる被災者の皆さん方に心よりお見舞いを申し上げる次第でございます。また、連日復旧対策に追われておられる防衛庁長官を初めとする自衛隊の隊員の皆様、そしてすべての関係者の御心労に心より感謝を申し上げる次第でございます。
 さて今、神話の時代から今日まで歴史にさかのぼって、また世界に目を転じての中山正暉大先輩の、極めて造詣あふれる、示唆に富んだ御質問の後を受けまして、私も若干のお時間をいただいて、この阪神大災害、また防衛関連の問題について若干の御質問をさせていただきたい、防衛庁長官と議論をさせていただきたい、こんなふうに思います。
 先ほど中山代議士がおっしゃっておりましたけれども、政治家というのは想像力である。この言葉、先ほどのお話の中で私幾つか感銘を受けましたけれども、とりわけこれについては全くの同感をいたします。テレビとか新聞とかさまざまな人々が今回の震災に対して、想像を絶する、想像を超えたという言葉を異口同音に皆さんおっしゃっておりました。私も政治家の一人といたしまして、こうした大震災が起こり得ることを想像し得なかった自身の想像力の弱さというものを深く反省をし、大変に無念に思うわけでございます。
 通常国会の冒頭から連日展開をされております予算委員会、また災害対策特別委員等の審議を聞いたり、またマスコミを通じましてさまざまな意見が出ております。幾つか印象に残ることがありますが、私は、集約的に、結論的に申し上げますと、この辺は先ほどの中山代議士とは違うのですけれども、やはり村山総理の初動段階における極めてのんきともいうべき対応の弱さ、のんきさというのが決定的な問題を残したというふうに思わざるを得ません。昨日も、予算委員会で私どもの同僚議員の質問、追及に対しまして総理は、反省すべきは反省してなどと言われましたり、あるいは、批判は甘んじて受ける、こうおっしゃっておられるのですけれども、どうもその言い方の背後から白々しいものが漂ってくるという印象は否めないわけでございます。
 その辺のことにつきましてはさまざまなことが言われております。自衛隊違憲、合憲、この辺の大きな政策転換に対しての説明が極めて希薄である。せんだっても、予算委員会冒頭の私ども新進党の総務会長の質問に対しましても、政策を変えたんだ、憲法の解釈は変わってないというふうな、私たちには極めてわかりづらい説明をなさっておりました。こういったことがやはり全体的に大きな影響を及ぼしていると言わざるを得ないという感じがいたします。
 それと同時に、もう一点。初動のおくれということが指摘されている中にありまして、私は、防衛庁長官の発言を丹念に、私どもの先輩の二見伸明あるいは山口那津男、こういった議員の質問されているのをビデオで繰り返し見たりいたしました。防衛庁長官の発言をずっと迫ってみました。そのときに、私は非常に特徴的だなと思いますのは、はっきり言いまして兵庫県のせいにしておられる部分がちょっと強いなと。もちろんともに反省しなくてはいけないとおっしゃっているのですけれども、兵庫県の方にちょっと、言葉はかなり選んでおられますけれども、かなり言いたいことがおありだなというふうに私は印象として感じた次第でございます。したがって、そういう防衛庁長官の姿勢が、幾ら総理が反省すると言われましてもそうは聞こえないということの裏づけになってしまうというふうに私には思えてなりません。
 では、その辺の、具体的にどういうことかということを少し述べさせてもらいますと、せんだっての二見委員の質問に対しまして、予算委員会の総括質疑ですけれども、機動的な対処をするために自衛隊法八十三条を見直してでもというふうな角度を述べられた質問に対して、こうおっしゃっております用地域防災計画は兵庫県との間で打ち合わせをしてできておるわけです、どこに連絡をしたらよいかというマニュアルまでできておるわけでございます、また、県知事さんが不明の場合におきましても、当直の方から連絡があればできる、そういう点で、要請がなぜおくれたかという点も見ておかねばならない、ふだんからやはり防災計画と訓練をしっかりしておきますならば、初動のおくれはできるだけ解消できたと思う、こういうふうにおっしゃったり、あるいは、中央の危機管理も大事だけれども、地方の危機管理も大事だ、こういうふうに述べられておる。
 また、山口那津男議員の質問に対しましては、防衛庁と兵庫県の間では、災害の起きた場合の対応については打ち合わせがある、これを知っていたか知らなかったかわからないけれども、かなりのおくれがあったと指摘せざるを得ない、こんなふうな答弁をなさっております。
 改めまして防衛庁長官に、兵庫県知事の要請がどうしておくれたのかさっき、見ておかねばなりませんというのがありましたけれども、現時点で貝原兵庫県知事の要請がなぜおくれたのかというふうに考えておられるのか、お聞かせ願いたいと思います。
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玉沢徳一郎#19
○玉沢国務大臣 まずその前に、災害にどう対処して最も効果的な救生活動なり災害活動をするかということについて申し上げておきたいと思います。
 まず、災害対策基本法と、また自衛隊法の八十三条の趣旨は、やはり災害が起きた場合におきましては、その災害が県の段階で救済し得るものもあるわけでございます。県の段階でなかなかそれができないという判断をした場合には、速やかに要請をいただきまして、そして防衛庁がそれに対応する、こういう趣旨になっておるわけでございます。
 これは各国でも、やはり基本的には地方自治の精神もあり、また地域に最も精通しておりますのは地方自治体でございますから、例えばアメリカのFEMAがよく話題に出ますけれども、アメリカにおいても、災害が起きた場合はまず地方政府が州政府に対して報告をし、州政府がFEMAの本部に報告をし、FEMAの本部からホワイトハウスに連絡が行きまして、そこで連邦政府が救済活動に入るかどうかという判断をするという形になっておるわけであります。
 私は、災害といいますのは一義的にはやはり地方自治体が対処するということが第一である、こういうふうに考えるわけでございます。したがいまして、自衛隊法によりましても、災害出動、また県知事の要請による治安出動の場合におきましても、消防、警察がその災害あるいは治安問題に対しまして対処いたしますけれども、それが対処し切れない範囲の大きなものであれば直ちに自衛隊に対して出動を要請するという形になっておるわけであります。したがいまして、私は、もし地方自治体がみずからの持っておる能力を超える範囲のものであるというふうに判断した場合はできるだけ速やかに出動要請を行う、こういうシステムになっておるということを御理解いただきたいと思うわけでございます。
 私も二度にわたりまして現地に参ったわけでございますけれども、五時四十六分に地震が発生をいたしまして、それ以来なぜ十時までかかったかという点について見てまいりますと、いろいろ現場が混乱しておった、あるいは早朝であったということ、あるいは全体の規模を特定するまでに時間がかかった、こういうような観点からやはり県の要請がおくれたんだというふうに見てまいったところであります。
 以上です。
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赤松正雄#20
○赤松(正)委員 十時までなぜおくれたかということについて余りよく今の御説明ではわかりませんでしたけれども、十時に県から要請が来て、それから動いた。先ほど中山代議士の質問に対して、姫路の第三特科連隊のお話を防衛庁長官はなさっておりましたけれども、十時から県から要請が来て動いたにせよ、この第三特科連隊、私の地元なんですが、これが神戸に着くのが十三時十分、三時間十分かかっているわけなんですね。その辺のことについてどういうふうにお考えですか。
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玉沢徳一郎#21
○玉沢国務大臣 地域防災計画によりますと、第三特科連隊が県庁との間の連絡をとるということになっているわけであります。したがいまして、この第三特科連隊は県庁自体と連絡をとる、こういう観点から、七時半に三ルートにわたりまして派遣要員を出発させた。ところが、道路が非常に破壊をされておりましたり瓦れきがたくさんあるために、これらはいずれも時間がかかっております。また同時に、連絡をとると同時に地域の被災地を見て回るという偵察の業務もあったと思いますので、三班行ったうちで一番遅く県庁に着いたのは夜八時であった、こういう状況でございます。
 逐次第三特科連隊にはそれらの派遣要員から連絡があったと思いますが、六十キロ離れておるところでございますけれども、ふだんでは高速道路を通れば一時間以内で連絡がとれると思いますが、これは連絡がとれませんから、結局第三特科連隊からは県庁に対しまして電話での連絡を試みた。八時十分に連絡がつきましたけれども、県庁の方ではまだ被害の状況が全然わかりませんし、情報がない、こういうことでございますから、結局要請するかどうかということについてはわからない。また、知事さんもその時点では登庁しておらないわけです。八時半という話もありますし、九時という話もある。しかも、県庁の方におきましては、県警のヘリコプターが上空に飛んだのは九時十五分である。そうすれば、当然どこでどのような被害が起きているかということはわからない。また、第三特科連隊におきましては、近傍災害のおそれもありますから、姫路市内においてどのような被害があって、場合によってはそこで人命救助を行わなければならぬということもあったかと思うわけでございます。
 そうした経過がございまして、連絡をとりながらも、先ほども申し上げたように、この第三特科連隊の副連隊長はヘリコプターを八尾から呼び寄せまして、それに飛び乗って県庁の屋上におりて、そして十時半からの防災会議に出席をしておる。十時に県警を通じての要請がありまして、県警の方から、パトカーを用意するのでそれによって部隊を神戸の中心部に派遣してくれ、こういう要請がありまして、パトカーで先導しまして十時十五分に姫路から出発をしたわけでございますが、瓦れきと道路の崩壊その他がありまして、かなり緊急に行ったわけでございますけれども、市の中心部に着いたのは委員御指摘のとおり十三時十分、こういうことになるわけでありますから、三時間かかったということでございます。
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赤松正雄#22
○赤松(正)委員 私が聞いたことに一番最後でちょこっと答えられましたけれども、要するに、いろいろとおっしゃっておりますが、私、姫路にいまして思いますことは、姫路はほとんど全く災害がなくてということはすぐわかるわけでございます。その第三特科連隊が神戸に駆けつけるのに、今おっしゃったことは、一言で言えば交通渋滞に巻き込まれたということなんだろうと思いますけれども、災害が起こったときの非常事態、そうした交通渋滞が起こるなどということは当然計算に入っていないとおかしい、こう思うわけであります。
 そして、県の対応も遅かったかもしれませんが、先ほど私が申し上げた防衛庁長官御自身の答弁の中に、マニュアルができている、あるいはさっき県知事がいらっしゃらないとありましたけれども、不明の場合においても当直の方から連絡があればできる、そういうシステムもできているというふうなこともおっしゃっているわけで、姫路から神戸に駆けつけていく場合に、私も随分難渋して行きましたが、陸路であると難しいということは、大災害の予測をしている段階で当然わかっておられると思うのです。そうなると、今、八尾からヘリコプターを呼んでそれに乗っかっていった、それは神戸での会議に副連隊長が行かれたということなんでしょうけれども、そういうふうなことから見ましてもわかりますように、陸路だけじゃなくて海とかあるいは空から、こういうふうな角度のことを常に考えていなければいけないということを、当然のことながら指摘したいと思うわけであります。
 私はここでどちらに非があるかということをあげつらう気持ちはありませんけれども、これくらいの大震災では、やはりこの一番最初の時点できちっと問題点ほどこにあったのかということをお互いによくしっかり知っておかなくてはいけない、そういう意味であえて今のようなことを申し上げたわけでありますが、やはり今の防衛庁長官のお話を聞いておりますと、現場、県、市、そういったところからの対応の遅きというものが全体的なおくれにつながっていったというふうな形に聞こえてまいります。
 そこで、先ほど中山代議士の方からも質問がありましたけれども、兵庫県のことについて防衛庁長官はお答えになりませんでしたが、こういった日常的な自衛隊と地方自治体との共同訓練の実態という問題であります。
 いろいろな新聞報道あるいはいろいろなものを見ていますと、やっているところ、やっていないところがあるように書いているのもありますし、一方ではすべてやっているというふうに、報道によってまちまちであります。正式にきちっとお聞かせ願いたいんですが、各自治体とそれから防衛庁との共同訓練というのは全部過去において行われているんでしょうか。それともやってないところがある、年によってやっているときとやってないときがあるということなんでしょうかその辺について。
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村田直昭#23
○村田(直)政府委員 自衛隊は、地震等の災害の発生に備えまして、先生御指摘のとおり、全国で行われております防災訓練等に各地方公共団体の求めに応じまして参加して、災害派遣等の能力の向上を図っているところでございます。特に、地震災害の対応に適しました総合防災訓練におきましては、災害発生時に迅速かつ的確な救助活動、救援活動を行うことができるように、人命救助、物資の輸送、情報連絡等の各種訓練を実施して、各地方公共団体との連携の強化を図っているところでございます。
 各都道府県主催の防災訓練への自衛隊の参加の実績については、これは部隊からの報告でございますが、ちなみに平成六年度においてでございますが、一部を除いたほとんどの都道府県の訓練に参加をしているということでございます。このうち、平成六年度につきましては、都道府県主催の総合防災訓練で自衛隊が参加していないのは、京都府と大阪府と沖縄県の三府県であるということでございます。
 ただ、このうち京都府につきましては、府の訓練自体が隔年に行われているということもございまして、その前年には参加しているというようなことがございます。
 それから大阪府でも、府主催の林野の火災消火訓練というものには参加していますが、総合的な防災訓練には参加をしておらないということでございます。
 ただ、この内容につきましても、我々としては今後さらに強化していく必要があると思いますのは、人員的にも、各県によってかなり規模的にばらつきがありますが、割合少ない規模、五十人とか多いところでは数百人というのもございますけれども、そういうもの、それから車両が参加をする、あるいはヘリコプターが数機参加をするというようなことが、大体全県を通じてそういう状況でございますので、この点については今後ともさらに実践的な訓練をしていく必要があるんではないかと考えております。
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赤松正雄#24
○赤松(正)委員 恐らく今までの防災訓練というのは、特に関西地域におきましては、極めて確かなる知識に基づいたものはないわけですけれども、東海地域あるいは関東地域に比べて関西地域は地震が余りないのではないかというふうな、いわば非常に神話めいた話があって、至っていいかげんになされてきたのではないかということを危惧するわけでありますけれども、今後そういった防災計画に基づくところの防災訓練にしっかりと、ともに自治体そして防衛庁もかかわっていっていただきたい、こんなふうに思うわけでございます。
 ところで、私はせんだって、日曜日ですか民間の某テレビを見ておりまして、そこで元内閣安全保障室長の佐々淳行さん、松島中部方面総監あるいは元北部方面総監の志方さんですか、こういった方々が出ておられる番組を見ておりまして、あのときに一つ興味を引きましたことは——まず、これを防衛庁長官、ごらんになりましたか。
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玉沢徳一郎#25
○玉沢国務大臣 見ました。
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赤松正雄#26
○赤松(正)委員 その中で佐々さんが、志方さんあるいは松島さんは言いづらいだろうからということで、言葉をとる格好で大災害地誌の話を持ち出されましたけれども、この大災害地誌なるものについての内容をかいつまんでお話をしていただきたいと思います。
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玉沢徳一郎#27
○玉沢国務大臣 「大震災地誌」京阪神編、陸上幕僚監部が平成六年三月に研究をし、基礎資料として作成したものであります。
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赤松正雄#28
○赤松(正)委員 この「大震災地誌」ですか去年の三月、これはいわゆる地域防災計画、兵庫県なら兵庫県を中心とする今回の震災に遭った地域、特に県でいえば兵庫県なんですが、その防災計画との関係というか、その自治体の「大震災地誌」に対するとらえ方というのはどういうものだったのでしょうか。
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村田直昭#29
○村田(直)政府委員 お答えします。
 「大震災地誌」と申しますのは、これは京阪神編のみならず、東海編でありますとか南関東編でありますとか中京編というものをつくっています。私どもの考え方は、陸上幕僚監部が平成六年三月につくったものでございますが、これはその地域における地震災害に関する研究、災害派遣に関する検討の際の基礎資料として役立てようということからっくっておるものでございます。
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