二階俊博の発言 (災害対策特別委員会)
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○二階委員 関東大震災は、御承知のとおり今から七十二年前の出来事でありました。その生々しい記憶をいまだ体験として持っておられる方々も現存しておられるのであります。
復興に指導的役割を果たされた後藤新平、また、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実がある」こう喝破された、これは寺田寅彦が大正九年十一月のある雑誌に書いておられるのであります。
また、東大の地震研究所の玄関に、同じく寺田寅彦の撰文による銅版が掲げられ、その中に、地震研究所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の科学的研究と直接又は間接に地震に起回する災害の予防並に軽減方策の探究とである。この使命こそは本所の門に出入する者の日夜心肝に銘じて忘るべからざるものである。
昭和十年十一月十三日 地震研究所と書かれておるのであります。
賀川豊彦は、十一時五十八分、関東大震災発生を知るや、午後四時、神戸港に浮かぶ山城丸に乗り込んで、救援ボランティア活動のために東京に向かっております。
今、後藤新平、寺田寅彦、賀川豊彦等、歴史に残る先人の当時の御活躍をしのぶものでありますが、こうした教訓が政府の災害対策上ほとんど生かされていない。三陸はるか沖の地震の際、総理は、いつ、どこにおられ、だれから第一報を伝えられたのか、私は確かめておきたいのであります。