松尾浩也の発言 (法務委員会)

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○松尾参考人 上智大学法学部教授松尾浩也でございます。
 刑法の一部を改正する法律案が国会に上程されまして、現在御審議をしておられるわけでございますが、私は、この法律案の上程は時代の要請であり、刑法改正に関するこれまでの動きからしますと、必然的なものであったというふうにさえ考えるものでございますが、本日は、主としてその理由を申し述べさせていただきたいと思います。
 先ほど法務大臣の趣旨御説明の中にもありましたとおり、現行刑法は片仮名まじりの漢文調の古い文体で難解な用字用語を含んでいることは、だれしもすぐに気がつくところでございます。そしてこの点は、同じく明治時代の法律である例えば民法の第一編、第二編、第三編、あるいは商法の第三編、第四編というような箇所と比較いたしましてもひとしお著しいというふうに思われるのでありますが、それにはそれなりの歴史的な経過がございまして、明治維新の後、政府はまずもって刑事法の整備に力を尽くしたことは御承知のとおりでありますが、その際、最初に採用されましたのは、律令法系の法典であります。
 これはやむを得ないところでして、明治の初年に西洋法に通じている日本の法律家は皆無と言ってもいい状態でありました。これに反して、明律、清律等の研究の蓄積は相当なものがあったのでありまして、とりあえずこれを技術的に利用するということが不可欠であったと思われます。
 さらに、明治維新はある程度まで復古的な思想を基盤ともしておりましたから、両々相まって律令系の刑法典がつくられたということになるわけであります。明治三年の新律綱領というのがその代表的なものでございますけれども、これが十数年にわたって日本の法制、司法制度を刑事的側面において支配したということになるわけであります。
 むろん政府は、急速に西洋法の継受に努めることとし、フランスの法律家であるボアソナードを招聘して鋭意新しい法典の作成に努めたのでありますけれども、その経過におきましても、結局フランス語で書かれた草案を日本語に訳するという場合に、その作業に従事したのは、極めて漢学の素養のある、そして今の律令法に通じているような人たちであったわけでして、おのずからそこに生まれてきた日本語の法案というものも漢文体の荘重な文革ということになったわけであります。
 民法、商法などは、このような意味での前史を持っておりませんで、明治三十年前後に直ちに立案され、公布されたということになるわけでありますが、刑法は、そのような過程を経ながらやがて明治四十年に全面改正を受け、現行法になっているわけですけれども、その際、無論、旧刑法以来の古めかしい用語というものをかなりの程度において削り去ったのであります。しかしながら、反面において古いものも相当に残ったということになるわけであります。
 ちょっと前後いたしましたが、ボアソナードの原案をもとにした旧刑法は、明治十二年に成立し、十五年から施行されております。それが明治四十年に現行法に移行したわけでありますけれども、その際にもこの古い要素が残ったということで、際立った例を一つだけ申しますと、いわゆる抽象的な事実の錯誤と呼ばれる規定がございまして、「罪本重カル可クシテ犯ストキ知ラサル者ハ」云々という今では有名な規定でございますけれども、非常にわかりにくい例として挙げられますが、これはほとんど同じ文章の規定が唐律に見出されるという大変古いものであったわけです。
    〔委員長退席、斉藤(斗)委員長代理着席〕
 しかし、その後、明治から大正、そして昭和の初めの二十年という期間を通じまして、日本の法律あるいは公用の文書というものは文詩体のものがほとんどすべてでありました。この間に当たって、日常の生活は非常に変化を遂げ、文学作品を先頭に法律学者の論文なども、大体大正時代には原則として口語で書かれるという状況になったのでありますが、このような口語化への動きから全く取り残されたのが法律の条文であり、また裁判所の判決文であったということに相なります。
 そのような状態に対して、戦前から改革を試みる動きというものも無論見られたのでありますが、これは戦前は実を結ぶに至りませんでした。そのような状況が戦後になりまして一挙に変わったわけでありまして、日本国憲法の制定がその大きな引き金になりまして、それ以後に国会で採択される法律は、すべて口語体の現代の生活に適合した文章ということになったわけでありますが、そこで、取り残された法律というものをどうするかが潜在的には大きな問題であったわけでございます。
 刑事法の領域でも、刑事訴訟法は、昭和二十三年に全面改正を受けましたので御承知のとおり現代文で書かれておりますけれども、刑法は、たまたまその内容において現行憲法と抵触するところが比較的少なかったために、ごく一部の改正で済むということに相なりまして、結果的には、明治四十年刑法のほとんど大部分が残ったということになり、同じ刑事法の分野で、実体法と手続法との間で食い違いを来したという状況が今日まで続いているわけであります。
 そのような状況がいわば放置されてきたわけでありますけれども、それは無論理由のないことではありませんで、刑法につきましては、内容の改正を含む刑法典の全面的な見直しという作業が昭和三十一年から既に具体的な作業として法務省で進められてきておりまして、その辺の経緯は法務委員会調査室でおつくりになった関係資料の中に手際よくまとめられていると存じますが、この作業が、約二十年を要しまして、「改正刑法草案」という法制審議会の答申という形で一応の区切りをつけたわけであります。この改正が実現すれば文体の現代語化というのはいわば自動的に行われるというのが当時の理解でありましたが、それからさらに二十年余を経まして、これは現実のものとならなかったことは御承知のとおりであります。
 このような状況のもとで、とりあえず刑法の表記のみを改めることを先行させた方がいいのではないかという議論は、昭和四十年代の末あるいは昭和五十年代の初頭あたりから学界の一部にございまして、私もその方向で、刑法の口語化についてという論文を書いたこともございます。
 さらに、昭和五十年代の半ばごろからは、日本弁護士連合会の方でもその点に思いをいたされまして、日弁連では刑法の現代用語化という言葉を草案されまして、刑法典を現代用語に改めよう、ただ、日弁連の場合にはかなりの程度の実質改正も同時にやろうという御趣旨でありましたので、先ほど申しました学界の一部の考え方とは共通の点もあり、食い違っている点もあったということになるわけでありますが、その後昭和六十年代に、コンピューター犯罪に関する刑法の一部改正が、「改正刑法革案」とは全く別個のところで行われました。このときなども、原案はもちろん現代文で書かれていたのでありますが、それが法律になるときには、わざわざそれを古めかしい文語に戻して刑法典にはめ込んだというような操作があったわけでありまして、これは今後の改正を円滑に行うためにも口語化をする必要が非常に大きいということを感じさせられたわけであります。
 そのような状況を見て、法務省で現代用語化の作業を始められまして、その過程で私も最初のたたき台になる試案の作成等に御協力したのでありますが、かれこれ約五年近い歳月を費やしまして法務省としての成案を得られ、法制審議会の審議を経て国会に上程されたという運びになっているわけであります。
 その基本的な内容は、先ほど大臣の御説明にありましたとおりで、意味内容を変えないで、しかし表現は平明な現代語にするということであります。この二つは両立するかとおっしゃられれば、それは一〇〇%完全な意味では両立するはずがございません。しかしながら、極力意味内容を変えないで、しかもできるだけわかりやすい日本語にするというのが、現在お手元にある案の趣旨であると考えております。
 原案作成の過程でどういう点に気をつけたか、あるいは困難があったかということについて簡単に申しますと、ごく機械的に処理される段階というのもございます。それは例えば、片仮名を平仮名に変える、濁点がないのにそれを補う、あるいは送り仮名をつけるというようなことは機械的な作業であります。それから第二段階として、条文に句読点を打つ、見出しをつける、それからまた文体を改める、この辺になりますと多少難しい点が出てまいりまして、場合によっては句読点の打ち方によって意味が変わりはしないかというふうなことを考えさせられるわけでありますが、最後にこの用語、用字の問題がありまして、用語を現代語に変えるというのが一番難しい部分であります。この点については、資料集等に、どういう話句が変わっているか、あるいはまた、変えようと試みたけれども実行できなかったかということが表の形で示されているとおりでございます。
 用字につきましては、現在、常用漢字表という一つの枠がございますために、法律の条文はこの枠をなるべく尊重してつくるということになっておりますが、現行刑法にはこの枠からはみ出している字が約六十ございます。それをできるだけ使わないようにしたわけですけれども、若干どうしても残るというものがございました。これについては、こそくな措置ではありますけれども、現在ルビを振ることになっておりますので、そういうようなことをして何とかまとめたという次第でございます。
 以上、専ら平易化という点に焦点を合わせてお話しいたしまして、あと尊属の部分、聾唖者の部分があるわけでございますが、時間の関係もありますので、その点については割愛させていただこうと思います。
 以上でございます。(拍手)

発言情報

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発言者: 松尾浩也

speaker_id: 30409

日付: 1995-03-28

院: 衆議院

会議名: 法務委員会