渡辺脩の発言 (法務委員会)

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○渡辺参考人 日弁連の渡辺でございます。日弁連の立場からの意見を述べさせていただきます。
 初めに日弁連の基本的な立場を申し上げておきたいと思うのですけれども、冒頭法務大臣が説明されましたように、平成三年三月十二日の附帯決議では、これは罰金額引き上げのための一部改正の際のですが、この附帯決議の中には、大臣が紹介されました問題のほかに、罰金刑に限らず他の刑罰を含め、現行刑罰の適正化を図ること、それから、罰金刑が選択刑として定められていない財産犯及び公務執行妨害罪に罰金刑を導入すること等を検討することを政府は格段に努力すべきだということを言われております。今回の改正案は、尊属殺重罰規定と現代用語化にいわば絞られておりまして、その意味では日弁連の立場からいいますと、諮問自体が狭過ぎたのではないか、もうちょっとこの附帯決議、国会の意思を尊重した形で検討できるようにしてほしかったという気持ちは強うございます。
 日弁連は、昭和四十九年の意見書以来一貫して現行刑法の現代用語化に賛成し、あわせて弁護士会内外の意見が大きく一致すると認められる部分改正を求めてまいりました。昭和五十八年の試案を経まして、平成五年二月にはこの附帯決議に沿った形で日弁連案、現代用語化案を作成して発表しております。今回の改正のための法制審議会の審議の中でも、この平成五年の日弁連案に基づきまして、当面必要最小限度のものと見られる部分改正も含めて意見を述べてまいりました。その点を踏まえながら申し上げていきたいと思いますが、いずれにいたしましても、日弁連の基本的な出発点は次のような考え方にあります。
 「刑罰が国家による最終的な独制力の行使であるだけに、犯罪と刑罰に関する基本法としての刑法のあり方は、国民の基本的人権をどのように保障するのかという問題に直接的に深くかかわっている。」したがって、「刑法典は、当然、「何をすれば、どう処罰されるのか」ということが国民の誰にも分かるようになっていなければならない。」ということでありまして、この点から現行刑法の条文自体が早急に改められるべきことはもう当然の帰結でありまして、その意味でいいますと、今回の改正案というのは、本格的な刑法改正問題あるいは刑法改正を実現していくための第一歩であっただろうと思うのです。日弁連の立場からいいますと、もう少し大きな第一歩であったらよかったのにという思いはありますけれども、この第一歩がありませんとそれから先は進みませんので、この第一歩を少しでも早く踏み出すことができますように、先生方のお力をいただきたい次第であります。その意味で、この今回の改正案に基本的に賛成しております。
 それにしましても、文語体を現代用語化する作業自体は意外と難しいということを十分に理解しておりますので、今回の案をまとめられるに至った関係者の方々の御苦労と御尽力には敬意を表したいと思います。
 その意味で、これから申し上げたいのは、改正案をまとめていく過程で日弁連側が述べた意見、問題点、これがほとんど今後の課題として残されておりますので、これからの課題としてどういう問題が残されているのかということを中心に申し上げさせていただきたいと思うのです。
 まず、今回の改正案の枠内の問題点ですけれども、先ほどから説明されておりますように、平易化ということが最大の眼目であり、この目的から外れる提案はほとんど採用されませんでした。確かに、例えば四十二条二項に「告訴ヲ待テ論ス可キ」という規定が現行法ではありますが、大体これは何を言っているのかよくわからぬというのはかねてから専門家の間でも指摘されていたところであります。この部分が、「告訴がなければ公訴を提起することができない」というぐあいに明確に規定されました。それから三十九章の「贓物」というのも、読み方も意味もよくわからないということは言われておりましたけれども、これなども、「盗品譲受け等」というぐあいに改められまして、わかりやすくなっております。
 確かにそういう点はいろいろあるのですが、しかし、先ほど飯室さんが指摘されましたように、平易化という面から見てもなお十分なものとは言えない問題が多々残っているというぐあいに私どもも考えております。
 その一つの象徴的な事例として、二十八条の「仮出獄」の規定のところをちょっと細分しておきますと、これは昨年九月の法制審刑事法部会で活発に議論されたところでありますけれども、この規定に関する日弁連の提案は、この「仮出獄」というのはいかにも古い表現でありまして、これは「仮釈放」というぐあいに立てかえた方がよろしいと。
 そして「改俊の状」という、この「改俊」の「俊」には振り仮名がつけられているということに御注目いただきたいんですが、「改俊の状」ではやはりよくわからないので、「刑の執行を中止してその更生を図ることが相当であるとき」は「仮に釈放することができる。」というぐあいに改めるべきだという提案をいたしました。いろいろな議論があったんですけれども、例えばこういう問題が提起されております。ここは日弁連意見のように社会復帰の思想を盛り込むべきで、明治時代の「改俊の状」をそのまま使うのは問題だという御意見もかなり展開されております。
 ここでは用語の問題や表現の問題だけではなくて、考え方の問題を含まざるを得なくなってくるという面があることが端的に示されております。これをどこまでで、どの辺で調整するのかということが実は大変難しい問題だったんだろうと思うんですけれども、結局、日弁連の意見は採用されずに、今のままということで残りました。しかし、私どもの立場からいいますと、やはりこれは規定のあり方として古過ぎる。
 さらに、日弁連の立場からこれに反対したもう一つの理由は、振り仮名の問題であります。これは飯室さんの意見とは反対の意見でありますけれども、振り仮名をつけなければ読めないような用語は使うべきではないというのが日弁連の立場であります。その点でいいますと、九条の「禁錮」の「錮」、それから百七十七条の「強姦」の「姦」と「姦淫」、それから百八十五条の「賭博」の「賭」など、いずれも振り仮名がついています。
 一方、三十九条の「心神喪失」、「心神耗弱」、これはかねてからやはり難しい表現だということで議論されておりましたが、結局もとのまま残っております。特に「心神耗弱」の「耗」の字はだれもが読めないということは一応認めているのですけれども、これは常用漢字にあるということで振り仮名が振られておりません。だから、読みやすいという基準からいうと、どうもばらばらなんですね。
 さらには七条の二以下、各則の方にもありますが、「電子計算機」という用語は依然として残っております。これは時代おくれなんですね。明らかに時代おくれであり、かつ不正確であります。片仮名を使えないというのでコンピューターはどうも使えない。じゃ、片仮名は全部だめかというと、百十七条の「ボイラー」はいいということになっていますので、これもどうも基準がばらばらだ。
 やはり読みやすくわかりやすい表現を考えていくということになりますと、今申し上げたような点も含めまして、お役所的な物差してはなくて、何かもっと国民のための刑法を大事にする基準づくりというものをしなければいけないのではないかということを感じております。
 採用されなかった問題として当面残されているものにどういう問題があるのか、ちょっと触れさせていただきたいと思います。
 日弁連としては、国会附帯決議の趣旨に即して、当面する必要最小限度の部分改正の問題として、例えば窃盗、詐欺罪等への罰金刑の導入、公務執行妨害罪への罰金の導入、強盗致傷罪の法定刑を軽減するなどの提案をいたしました。いずれも今回の改正の目的外ということで採用されませんでしたけれども、問題としては残っているわけであります。
 私ごとで恐縮ですけれども、数年前、私は、拾った他人のカードで買い物をしたという、実害十万円程度の詐欺事件を引き受けたことがあります。この被告人は、交通事故による実刑判決を受けまして、その執行が終わってから五年たっていないんですよね。ですから、どうしても執行猶予がつかないというケースでありました。そのために一般的に高い保釈保証金がもっと高くなりまして、このケースの場合、たしか二百万ぐらい積まされたと思いますけれども、一審は実刑一年、控訴してさらに保証金は上積みになりました。
 逮捕されて仕事を失うわけです。そしてまた、その執行猶予の見込みがありませんので、新しい仕事につくこともできないという状態で、これは生活費から保釈保証金から全部借金になっちゃうんですね。ですから、最終的に判決が確定した段階では、その保釈保証金を貸したという人だとか、その取り戻しの請求権を譲渡されたと名乗る債権者たちが私のところへ押しかけてまいりまして、一体だれに返したらいいか全然わからないという状態もありました。私はそれを、手続的には供託で済ませましたけれども、これはもう最低の状況ですね。被告人と家族の生活破綻の惨状は、見るにたえないものでありました。
 このケースの場合、借金した分を、罰金を払って働きながら返せるようにした方が、はるかに社会復帰の適正な機会を与えることになったと思います。犯した犯罪行為やその責任の程度をはるかに超える処罰が実際に行われていて、救いようがない。これは詐欺、窃盗、十年以下の懲役になっておりますけれども、罰金刑がないからこうなるんですね。重過ぎるんです。軽微な詐欺、窃盗事件の場合、多かれ少なかれこのケースと同じようなことを経験いたしますけれども、やはり軽微な事件に適切に対応できるための罰則の領域は広げるべきだと思います。
 公務執行妨害罪について言いますと、公務の執行の適法性が問題になるケースがしばしばありまして、それとの関係で、責任の程度をかなり軽減していい場合もあります。罰金刑がありませんので、当然禁錮以上の刑になってしまいますが、そうなりますと公務員は身分を失います。やはりこれもまた適正な処罰が実現できるように法定刑の範囲を広げる必要があり、罰金刑をどうしても導入することが最も必要とされる部分ではないかと考えております。
 強盗致傷罪は、現在七年以上ですけれども、酌量減軽しても三年六月で、執行猶予がつかないという問題があります。多く問題になりますのは、窃盗犯人が逃げる際に抵抗して傷を負わせたという、ごく軽微な強盗致傷事件です。これ、全部強盗致傷罪にされちゃうんですね、実際。逃げるときにちょっと抵抗して、ちょっと傷を与えると、もうそれで強盗致傷になっちゃいまして、もう酌量減軽しても執行猶予がつかないという、つまり、これもまた軽微事件に対応できるシステムになっていない。やはり法定刑は少なくとも六年ぐらいに下げてもらわなければいかぬということは弁護士会の立場から、かねてから主張しておりました。
 これは裁判実務の中で、あるいは弁護実務の中から、切実に今要求されている課題でありますけれども、こういうものが全部まだ残っているということになるわけです。これらの点は、今回の改正の第一歩を踏み出した上で、やはり早急に御検討いただきたい。これはもう国会の附帯決議で指摘されている問題でありまして、お願いしたいところであります。
 こういうことを見ますと、今回の改正は、基本的には文語体の世界からやっと脱却したという意味での第一歩にとどまるものだろうと思います。それだけに、尊属殺規定だけではなくて、聾唖者の行為に関する規定が削除されたことは、これは平等原則に反するということを含めて論議されていた問題でありまして、これは非常に積極的な意義を持っているというぐあいに考えております。
 しかし、そうなってまいりますと、もう必要性がなくなっていることが客観的に明白な十四章の「阿片煙二関スル罪」、それから、何を処罰するのかよくわからないということで批判を受けております百八十二条、淫行勧誘罪、それから、現実に機能していないし、平等原則にも反しているということでいろいろ批判を受けております単純堕胎や同意堕胎罪、これはまあ刑法から外して、特別法できっちり対応するべきだという問題も伴いますけれども、これらの規定についてはいずれもやはり削除しながら、刑法典に本当に必要な規定は何かということを見詰め直していく必要があろうと思います。その意味では、現代社会の諸状況に応じて、真実処罰するべき対象は何かということを改めて検討する必要があるのかもわかりません。そういう意味での総合的な整理も必要になっているということを強調しておきたいのであります。
 そして、そのような総合的整理を進め、現代的刑法のあり方を考える上で絶対的に必要な原則が罪刑法定主義だと考えております。今回の改正につきましても、この罪刑法定主義の原則規定を一条に盛り込むように提案いたしましたが、採用されませんでした。私どもが主張しております罪刑法定主義の意味は、つまるところ次の三点であります。
 基本は人権保障ということでありますけれども、第一点は、刑罰は必要最小限度にとどまるということです。もうほかの施策ができなくてどうしても刑罰しかないという意味での補充的、そしてまた断片的なものでいいわけで、間違っても時代の要請を先取りするなんということになってはならない。謙抑主義と言われておりますけれども、そういう必要最小限度のものに絞って何が必要かということで考えていく。
 第二番目に、当然のことですけれども、構成要件がわかりやすく明確であるということです。今回の改正も、いろいろ不十分な点を伴いながら、この原則に結びつく面を持っているということになろうかと思います。
 第三に、罪刑の均衡です。罪とされる行為と処罰がやはりつり合いを保たなければいけない。先ほど来申し上げております窃盗や何かの軽微なケースについては、やはり刑の方が重くなり過ぎている。これをつり合いを取り戻す必要があるという問題だろうと思います。
 この原則は、処罰規定の要否、構成要件の定め方、罰則の適正化などについて現行刑法のあり方を検討し、将来的な課題に取り組むための基準として考えられるべきものであって、そういう意味で私どもは罪刑法定主義の原則規定をぜひ設けるべきだということを主張したのであります。今回の改正の枠組みから外れるという理由で採用されませんでしたけれども、新設自体に反対する刑事法部会の委員の先生方の御意見はなかったように伺っておりますし、そのようにも理解しておりますので、こういう原則規定の定め方の問題は将来的な課題としてぜひ御検討いただきたいと思います。
 時間が参りましたので最後に一言申し上げておきたいと思いますが、こういう課題がいろいろな形で大きく残されておりますし、いずれも刑法のあり方の基本にかかわる課題である。したがって、これにどう取り組んでいくのかということについては、その体制のあり方についても今回の改正の経過からいろいろ学んでおく必要があるのではないかという気がいたします。
 一つは、法律専門家ではない一般市民の意見を聞く機会をもっとつくるべきではないか。先ほど飯室さんから貴重な御意見をいろいろいただきましたけれども、ああいう御意見をやはり改正作業のプロセスの中で十分に聞いていく必要があるのではないか。
 それからまた、言葉に関する問題が出てくる場合には、やはり国論、言語の専門家の意見も一方ではよく聞く必要があるのではないか。法律専門家の間だけで議論をして案を決めていくというのでは、やはり両面で非常に不十分になるのではないか。
 それから、法制審議会の刑事法部会の構成を見ますと、女性の委員や幹事が一人もおられません。これは審議体制の構成としてはやはり異例なんだろうと思うのですね。法律家で女性がおられなければ一般市氏の方でもいいはずでありますから、そういうことも含めて、これはぜひ女性にも加わっていただいて案をつくっていくような体制というのを考える必要があるだろう。
 それから、日弁連が要求してまいりましたことの一つに、部会委員の名簿の公開や議事録等の資料の公開の問題があります。広く国民的な論議を広めていく上で、それからまた委員会審議がオープンにされるという意味でこれらのことは実行していただきたいということを強く考えております。
 こういう論議のあり方に関する課題は、国民のための刑法を国民の手によってつくり出し、真の罪刑法定主義を実りある大きなものにしていくという上で欠くことのできないものだと考えております。そのような国民主権と民主主義のもとにおける刑法改正作業の進め方、そういうプロセスをつくっていくということが非常に大事ではないのか。これは明治四十年の時代とは決定的に違うところでありまして、そういうことを実行していくということこそ、現行刑法を本当に現代の社会的諸状況に適応するように改めていくための手続的な面での保障ということにもなるだろうと思います。
 私ども日弁連としては、今後とも在野の法律実務家の立場から、刑法改正問題に関する国民的論議にいささかでも役立っていくように努力したいと考えておりますので、よろしく御指導のほどお願い申し上げます。(拍手)

発言情報

speech_id: 113205206X00519950328_011

発言者: 渡辺脩

speaker_id: 30276

日付: 1995-03-28

院: 衆議院

会議名: 法務委員会