荒井広幸の発言 (予算委員会第八分科会)
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○荒井(広)分科員 どうぞよろしくお願いを申し上げたいと思います。
そこで、大臣のお話にもありましたけれども、地球環境に優しいというお話もあったわけでございます。実は、この間神戸に単身で行こうと思いましたが、四日目でございまして、私自身用意不足で入れないで戻ってきたわけでございますが、その際、梅原猛先生にお会いをしてまいりました。梅原猛先生の言をかりれば、まさに地獄のさたも金次第というような風潮がはびこっておったけれども、自然に対する畏敬の念を我々は忘れていたのではないかというような戒めの言葉をいただきました。
今までの全総は、どちらかというと、自然、あるいは環境を含めて自然というものを人間がその英知によれば克服できるんだ、支配できるんだという考え方がどうもあったのではないか。そして、今検討中であるいろいろな御意見等で出ているものでは、共生をしていこう、こういうような発想になってきておられます。そういう意味でのこの防災という位置づけは非常に難しいと思うのです。畏敬を持ちながら、恐れを抱きながら、同時に我々人類がどう生きていくのか、これも険しい闘いの中での共生という一面があろうと思います。
それで、こんな観点を一つにとらえていきますと、例えば東京と地方というものも対立概念でとらえているのではなくて、厳しい対立はあるけれども共生できるものではないか、あるいは都市と農村というのもそうじゃないか、生産者とあるいは消費者だ、こういう対立概念がもう非常に無理が来ている。そのいい例があのソビエトの崩壊でもあったのだろう、一方では、イデオロギーの世界ではそうだったろうと思います。
こんなところで、私は、相互が共生をしていく、相互が、お互いが交流していく、それはいろいろな次元があると思います。人の次元もあれば、自然との交流の仕方もあると思いますし、また情報もあれば物もある、もちろん金もある。しかし、そういうものの中に一つこの防災ということを考えていけば、例えば、従来は余暇ということをレジャーとか保養ということで考えていましたが、災害が起こったときには保養施設が実は緊急避難所にもなるんだ。そして、その保養とか余暇に行っていたところ、あるいは林間学校に行っていたところが、万が一地震が来たときに、あるいは何か自然が怒ったときに、ほえたといいますか、怒ったという意味での表現をさせていただくと、あのときに家族でみんなで林間学校に行ったね、保養にあの県に行ったね、あの町に行ったね、あそこにふるさと産物を届けていただけるあの米屋のおじさんいたね、あの米をつくっているお兄さんいたね。だから、緊急なときに何か引かれるものがあって一時避難をする、あるいはそこに住みつくかもしれません。
今神戸で一つの問題は、やはり皆さんそこにいたいと言うのですね。しかし、いたいけれども、こういうときには一度疎開をしていただいて、区画整理等々もしていけば、これはもう住まるべきところがあって、この非常に難しい気持ちと感慨の問題がある。こういうものを考えると、そういう視点が非常にこれから必要になってきたのではないかというふうに思います。保養所とかレジャー施設というものは、それは心が、そこに行ってもいいよ、家族がそこへちょっと避難しようじゃないか、そういう疎開地にもなるということだと思います。
同時に、私は家族に障害者を持っているものですから、今度の震災の経験をお聞かせいただいても、環境が変わるとおトイレ、用を足せないのです、眠れません。そんなことを考えると、そういうレジャー施設とか保養地とか、そういうところには必ず今言ったような避難所であったり緊急的に生活する場所であるというふうな位置づけをするとすれば、高齢者の方々と要看護の方々、それから障害者の方々に対して配慮をした施設も当然そこには機能として入れておかなくちゃならないと思うのです。
そのような観点から、新しい交流の形として、緊急時においてもその支援が円滑に行われるような組み込みも次期全総でいただきたい、このように思っておりますが、この点につきまして、局長さんの方から御見解等々いただければ幸いです。