野坂浩賢の発言 (建設委員会)
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○国務大臣(野坂浩賢君) 今委員から御指摘がありましたように、私も先生と同じような気持ちでありました。
十七日の地震発生直後に現地を訪れたときには、これは地獄かと、茫然自失をしておられますし、どういうことになるだろう、こういうふうに感じ、二十八、二十九日も現地を訪れました。そして、先週の土曜日に参りましたときには、救援から復旧へ、復旧から復興へと新しい息吹と活性化を感じてまいりました。これならやれるという私も新たな決意に燃えたところであります。
今も各局長から申し上げましたように、また皆さん方で命名をしていただきましたように、南部地震が阪神・淡路大震災というこの建設委員会の御命名が閣議でも決まったわけであります。そういう復興に対しては、日本の神戸ではなしに、新たに世界の神戸にするために我々は、今お話があったように、都市の利便性あるいは安全性、そして快適性というものが原則でございますが、特に安全性には気をつけながら、どうやれば防災都市ができるか幹線道路だ、避難もできる公園だ、そして余り被害がなかった電線共同溝だ、こういうものを配置しながら十分に防災都市というものをつくっていかなきゃならぬ。そのための三法案というものを提出し、あと二法案も出しますけれども、それらによって区画整理事業というものを、あるいは都市再開発事業というものを、都市整備事業というものを駆使して、庶民の皆さん、大衆の意見を十分に取り入れて、大衆のためのやっぱり都市というものをつくっていかなきゃならぬ、こういうふうに考えております。
我々が決して主導ではなしに、神戸市や兵庫県に協力をして防災都市兵庫県というものをつくり上げよう、日本の中にモデルとしてつくろうと、これが私の復興の決意でございまして、全力を挙げて神戸市の復興のために力をいたしたいと考えておりますので、委員各位にも御協力と御指導を賜りますように心からお願いを申し上げる次第です。