斎藤文夫の発言 (地方分権及び規制緩和に関する特別委員会)
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○斎藤文夫君 我が国は、歴史をひもといて考えてみますと、鎖国から開国へ、そして大政奉還によって御一新を迎え、廃藩置県、断髪廃刀令等が行われ、百三十年前に世の中が大変大きく変わったところでございます。自来、欧米先進国を目標に、近代国家を形成するためには中央集権体制こそ合理的であり効果的でございました。それだけに、十分今日までの機能は効果を発揮してきたと率直に認めることができると思います。
しかし戦後五十年、目標だった欧米諸国をキャッチアップした今日、世界一流の経済大国と日本はなりました。中央集権的な社会システムがいつまでもこれから続いていく、そういう時代ではなく、先ほども総理が御認識をされておられますように、まさに時代の要請の中で地方分権というものが取り上げられるようになってきておるところでございまして、その意味からも新しい時代に適応した社会システムというものをつくり直していく、そういう大きな時代の転換期に差しかかったと私は考えておるところでございます。
そして、国際化、情報化、高齢化、そういう時代を迎えて国民の価値観やニーズが個性化、多様化してきた、そして集約から分散、一極から多極、中央から地方へとうとうたる流れが醸成されてきた今日でございます。個性あふれる活力に満ちた新しい地方自治がさらに強く要請をされる時代になったと言えると思います。
先日、総理の郷里であります大分県に参りまして地方公聴会を開催させていただきました。平松知事、岩崎市長会会長、正本町村会会長、それぞれ御出席をいただきまして、積極かつ活発な分権についての御意見を拝聴してまいったところであります。さすが総理御出身の県だけありまして、地方分権の先駆けたらんと御努力をされておることに敬意を表してきたところでございます。
その話の中で平松知事は、今日の中央と地方の関係を具体的に説明する例として、東京へ陳情すること年間七十二日間、一年の五分の一は東京へ出張しなければならない。いかに行政上大きな問題があるか、ロスがあるか、こういう姿が今日の中央対地方の行政の姿なのか、つくづく述懐をされておられたところでございます。要するに今のような状況では草木も東京になびく。だから、極論で平松知事がおっしゃるには、東京の一極集中排除あるいは首都圏をどこかに移転すればそういう状況が解消されるとお考えになっておられるようだけれども、今の中央対地方のシステムを改革しない限りは東京の一極集中というものは簡単には解決できない。四十七都道府県が三百六十五日のうち五分の一も中央へ押しかけて行かなきゃならない。自分一人ならいざ知らず、大勢の関係者あるいは県下の市町村関係者が東京へ東京へと陳情行政を繰り返して行かなきゃいけない。こういう実態というものをもっと真剣に、しかも掘り下げて対応を考えていかなきゃならないんじゃないか、私は本当にそうだと痛感させていただいたことでございます。だからこそ地方の社会資本を充実して地方の若者の定着を図っていかなければならない。
例として、大分県の下水道の普及率はたしか二七、八%と御指摘になりました。全国平均から見ても非常に低い位置にある。こういうようなことでは若い人たちに快適な生活環境を提供しようといっても遠く及ばない。だからこそ中央と地方の都市の格差というものを社会資本の充実という姿で埋めてもらって、そして若者も地方都市に魅力を感じ定住してもらう、そういう要件を整備しなければならない。平松知事は切々とお訴えになったところでございます。そして多極分散を、地方分権を進めれば豊かさを実感できる環境づくり、きめ細かな市民サービスの向上ができる、だからこそ一極集中排除は地方への分権が一番の近道ですよ、こういう御指摘もございました。
ややもすれば今の中央の行政のあり方というのは画一的と言われ、後追いと言われ、縦割り行政と批判をされておるところでございます。しかし、地方分権が進んでいけば、それが個性的であり自主、的であり、また市民のニーズに対応できる、即応できる生き生きとした幅広の地方自治というものが実現されていくのではないか
二十一世紀の日本社会のあるべき姿というのは地方分権によって私はでき上がってくるのかな、こう思いますときに、総理は分権時代の日本社会、都市の姿でも結構でございますが、どう変わっていくだろうか、分権によってどんな社会が期待できるのか、お考えをお聞かせいただければありがたいと思います。